プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

やさしい悪夢

2013-08-20 23:59:29 | SS








「ねえねえまこちゃん!明日お買い物行かない!?」

 土曜の午前授業が終わって教室から出ると、うさぎちゃんが陽気に声をかけてきた。いつもながら、絵に描いたように天真爛漫な子だな、と思う。隣にいた亜美ちゃんが、あたしに目配せをしたあとうさぎちゃんをたしなめる。

「もう、うさぎちゃん。最近新しい敵も出てきたのだし、お休みなら作戦会議したほうがいいでしょう?それに、月曜日提出の宿題もあったはずだし、遊んでいる余裕はないはずよ」
「そ、そうだけどぉ~・・・一日中それだけってのもなんだし、宿題もあとで絶対やるから!ね、亜美ちゃん!みんなで息抜きに行こうよ!」

 いつも通りの光景。亜美ちゃんは頑張っているけど、結局うさぎちゃんに少し圧されているみたいだ。みんなで遊びにいくのは、亜美ちゃんにとってもとても楽しくて、大切な時間だから。

「そう!レイちゃんがね、この前すっごいかわいいお店見つけたんだってー!ちょっと遠いみたいだけど、せっかくのお休みだし!ね!まこちゃんも」
「あー・・・ごめんうさぎちゃん。あたし、明日は用事があるんだ」
「えー・・・先週も用事あったよね?まこちゃん最近忙しいね」
「うーん、そうだね。ちょっと忙しいかも」
「そういえばまこちゃん、少し顔色が悪くないかしら。大丈夫?」

 亜美ちゃんは今度はあたしを心配そうにのぞきこんできた。そんな心配することないのに、と思う。この子はこちらが心配になるくらい心配性だ。

「ああ、だいじょうぶ、元気だよ!今は授業が終わってお腹が空いてるからそう見えるだけだよ、きっと」
「そう・・・?」
「だいじょうぶだってば!あたしは行けないけど、せっかくだからみんなで行っておいでよ」

 ざーんねん!と膨れて腕を大きく振ってあたしの隣を並ぶうさぎちゃんに、少し困ったような顔をしたけど、結局最後は笑顔を見せてくれた亜美ちゃんと笑いながらあたしも歩く。
 忙しいって、もしかしてボーイフレンドができた?なんてうさぎちゃんに聞かれただけで、用事がなにか聞かれなかったのは幸いだった。

 なにも変わらない、いつもの放課後。













 
 東京は便利なところだ、と思う。
 ある程度歩けばどこかしら駅やバスの停留場が目に入る。外れの方まで行ったとしても、やみくもに歩いていればやがてどこか公共交通機関が使える場所に出くわす。
 だから行く当てがなくとも、こうやってどこでも行ける。休みになると、家から一番近い駅でなんとなくやってきた電車に乗り込む。気まぐれに降りた街でふらふらと歩く。やがてまたどこかで駅が見つかれば移動する。
 ここのところ、週末が来るたびにずいぶんそんなことを繰り返した気がする。はじめて来る場所はいつも少しだけ不安になるけど、それでも一縷の希望というやつがあたしを突き動かしていた。

 ひどくふわふわした頭をなんとか回す。でも、やっぱりあたしは昔自分が住んでいた場所を覚えていない。

 それでも家の中の記憶は鮮明だ。
 家の階段の段差がすごく急に思えて苦手だったこと、家の中で一番太い柱の高いところにある傷を見上げ背伸びをしていたこと、家に帰った時に庭に新しい花壇があるのがうれしかったこと、キッチンの包丁が入った引き戸がなんだかすごく怖い扉に思えたことなんかははっきり覚えているのに、具体的な住所はまったく思い出せない。教わる前に、そこから離れてしまったのかもしれないし、そもそも東京ではなかったのかもしれない。

 もう、それすらも思い出せない。それでも、どこかに歩いていれば昔小さいころ住んでいた場所にたどり着けるんじゃないかとどこかで思ってしまって、あたしはそれを止めることができない。

 はじめての場所は迷子になってしまったように錯覚してしまうけど、誰も迎えには来てくれないのに、座り込んで泣いてしまうことを自分に許せるほど子どもじゃない。どこかに歩けばどこかにたどり着く東京で、体力と時間の許す限りはさまよっていたように思う。

 それでも、ある駅で降りたとき迷子になった。見覚えのない街で、どちらかと言えば閑静な住宅街だった。陽ももう沈みはじめていたから、次の駅を見つけたら十番街に帰るつもりで漠然と歩き始めたけど、行けども行けども同じような家が並ぶばっかりだった。
 あたしが同じところをぐるぐる回っているのか、単に公共交通機関から取り残された街なのか、ただ淡々と壁と門が並ぶだけで信号さえない道。駅を降りたときに長く伸びていた影がだんだん夜に同調していく。人通りはなく、間隔広く建てられた街灯がかちかちと瞬きはじめる。

 歩いているのはあたしだけなのに、壁の向こうからは声や生活の物音が聞こえてくる。暗くなって雨戸を閉める音や夕飯のにおいが漂ってくる。焦るような気持ちで角を曲がと、曲がらなくても同じなんじゃないかと思うくらい、固く侵入者を閉ざした壁が並んでいるだけの道に出る。ひたすら歩いていれば必ず公共交通機関にぶつかると信じていた東京で、自分が遠いところに取り残された感覚に陥る。

 陽の光と自分の体内時計に頼って時計は持っていなかったので、そこでどれだけ歩いたのかわからない。月明かりもなくどんどん濃くなっていく夜から逃げるように住宅街を行くのに、いつまで経っても平凡な住宅街に迷路みたいに閉じ込められていた。

 それでも、怖いというよりどこかうれしかった。

 一日中移動していたせいで足はくたくただし、しばらくなにも食べていなくて、空腹の感覚はとっくに麻痺していた。明日は学校だし、終電があるうちに帰らなければまずいというまともな思考回路はあるはずなのに、行けども行けども出られないこの街のどこかに自分の住んでいた家があるんじゃないかと思う気持ちが止められなかった。
 次の角を曲がったら、きっと、あたしの住んでいた家があって、あのころ見たときとは見える景色が違っていたとしても、きっとあのときのまま佇んでいる。門をくぐったら季節の花が咲いた花壇が置いてあって、中に入ったら、ずいぶん背が高くなったあたしでもまだ見上げるあの場所に柱の傷があって
、今のアパートの階段と変わらない高さのはずの段差がひどく急なものに感じて、料理が数少ない特技となった今でも、開けるのがおっかない包丁の扉があって。

 お母さんが晩ごはんを作って待っててくれていて、お父さんが遅かったじゃないかと怒りながらも頭を撫でてくれる家があるはずだ。

 ほとんど駆け込むみたいに角を曲がる。ありふれた、大きくない家が目の前にある。息を整え門の前に立つ。息を整え、震える膝を押さえつけ顔をあげる。あたしの身長より門は低くなってしまったから、中に入らなくとも庭に季節の花を植えた花壇がある。中に入らなくても慣れ親しんだ夕飯のにおいが漂ってきて、窓から明かりと生活の音が漏れている。
 もうあの頃と見える景色は違うけど、ここは。

「・・・あの」

 ふと、玄関が開き、家の中から声をかけられる。黙って顔を上げたら、知らない中年の男の人が困ったような顔をして立っていた。あたしよりも小柄なその人は、不信感をあらわにしてあたしを見つめる。
 いつから気づかれていたのか、時間の感覚がないから、どれくらいそこに立ちっぱなしでいたのかわからなかった。

「・・・ここの家の人ですか」
「うちになにか用ですか?」

 丁寧でも、決して警戒心を隠さない言葉。こんな口調は、小さいころから、住所を思い出せないあの家を出てから、いろんな人から向けられてきた。意図がなくとも、どこまでも他人だと感じさせる無意識の冷たさが滲んでいる。

「・・・道に迷っちゃって。人に聞こうにも誰も通らないので、家に人がいるならチャイムを鳴らして駅までの道を教えてもらおうとしたんです」

 丁寧な口調で、家の前に立っていた非礼を詫びた。ああ、自分は正気だな、と虚しくなった。
 事情を知ったら、彼は少し遠いですよ、と道を教えてくれた。ありがとうございます、と頭を下げたら、気をつけて、という無感動な声が帰ってきて、彼はあたしの存在をなかったことのように扉の向こうに戻った。
 簡単に飛び越えられるくらい低い門なのに、あたしが入ることは許されない。彼が玄関で家族に出迎えられているのを見て、その距離のあまりの遠さに思わず笑う。玄関の鍵が閉まった音を聞いて、他人の家なのに閉め出されたような気分がして、また笑う。当たり前のこと過ぎて、涙も出てこない。

 閉ざされた家は、記憶の中のものと似ても似つかない。あたしの頭はどこまでも冷静に、さっき教えてもらった帰り道を反芻していた。





 家に帰ったときは日付が変わっていた。

 思ったより遠出をしてしまったらしく、慣れない道を歩き慣れない路線で電車を乗り継いで帰って、時計を見て驚いた。
 一日放っていた植物に水をあげなきゃ。学校で宿題は出ていたっけ。明日のお弁当はどうしよう。初めて来た街の他人の家でとうにいない人たちがいるんじゃないかという錯覚に囚われていたくせに、こんな現実的な思考が浮かんでくる。

 あたしは結局正気を手放せない。

 毎週末なにも食べないで見知らぬところをふらふら歩いているくせに、学校の時間と睡眠時間を一応気にしている。昔住んでいたところがどこか覚えていないくせに、交通の便の良さと帰る時間を考えると東京から出られない。交通費を使いすぎると生活できなくなるのがわかっているから、タクシーなんて使えない。ここにいる植物たちが、あたしがいないと枯れるしかないとわかっていてこうやって家を空けてしまって、ひどいことをしていると胸が痛む。

 平日、仲間に会っているときはいつもと変わらない生活の中であたしは笑っている。結局、あたしは最初から正気のままだ。本気で探す気なら、学校もお金も眠る時間も生活もこの家に残していくものも、なにより仲間たちを心配させないようになんて気にせずに、なりふり構わず狂ったように駆け回ればいいはずなのに。
 それができない自分を、認めたくなかった。正気を捨てきれない自分がピエロのように滑稽な生き物のように思えた。お母さんとお父さんは、今日もあの家であたしの帰りを待っているはずなのに、結局この家にひとりで帰っている自分が惨めだった。

 なんだかいても立ってもいられなくなって、突き動かされるようにキッチンに向かう。

 包丁は、怖いものだった。それをたくさん仕舞っている包丁入れの扉が、とても怖い扉に思えていたのはどれだけ幼い頃だっただろう。今はしゃがまないと開かないその扉を開ける。きちんと収まるべきところに収まった包丁を見て、これを最後に使ったのはいつだったか、とふと思う。
 最後に学校でお弁当を持って行った、金曜の朝だ。平日の学校にはきちんとお弁当を作って行っていた。いつもと違うことをして仲間に心配されたくなくて、なによりあたしのお弁当を待ってくれる子たちの存在が純粋にいとおしかったから。

 つまり、最後にものを食べたのは、金曜の昼だ。今は日付が変わってもう月曜、太陽が昇れば学校に行かなければいけない。ずいぶんなにも食べてなくても案外動けるもんだな、と変に冷静に感心した。
 でも最後にした食事を思い出せるだけで、あたしは充分正気だ。でも、それをどうしても認めたくなかった。目の前で扉が閉じて鍵が閉まる音が、締め出された感覚が脳内でリフレインして、震える手で包丁を握る。蛍光灯の光を反射する包丁は、なんだかとても禍々しくて、幼いころを思い出す。尖った金属は、疲れてやつれた腕にはあの頃と同じように重くて、それを持つ責任感に震えた。

 だから、あのとき、包丁は正しく使えば怖くない、そうあたしに教えてくれた人の顔を思い出す。正しく使って、喜んで欲しいと思った人の顔を思い出す。

 それを思うと震えは止まった。あたしは包丁の刃を自分に向ける。切る物をしっかり見て、と教わったけど、間違えようがないから目を閉じる。たくさん血を吸ってきた包丁の刃が反射する光が見えなくなっただけで、どこか安心する。

 必ず思い出して帰るから、夕飯を用意してもう少しだけ待って。遅くなっても必ず帰るから、迎えて頭を撫でて。

 包丁を振りかぶり、刃を突き立てた。こんな使い方は教わらなかったけど、怒られてしまうかもしれないけど、待ってくれているのがわかっているからもう怖くない。









「・・・こちゃん、まこちゃん!」

 耳元であたしを呼ぶ声が聞こえた。
 それを聞いた途端、胸になにかどんよりしたものが下りてくる。目を開けるのが面倒くさくて、声も聞きたくなかったけど、もしかして、という希望がやっぱり捨てられなかった。 
 ぼんやり目を開ける。あたしの周りでたくさんの気配が動く。目を覚まして隣に誰かがいるなんて、いったいいつ以来なのか。うれしい気持ちも確かにあるけど、隣にいる人たちが望んでいない人たちである現実に、絶望感はもっと重くあたしの中に澱んだ。

「まこちゃん!」
「まこちゃん!大丈夫!?」

 霞む目で、みんながあたしを覗きこんでいるのが見える。うさぎちゃんに、亜美ちゃんに、レイちゃんに、美奈子ちゃん。
 今自分がどこにいて、何時なのかもわからない。面倒くさくなって目を閉じようと思ったけど、でも、みんな悲しそうな顔で、うさぎちゃんなんかもうぼろぼろに泣いているのが見えて、眠っていてはいけないような気分になった。まばたきしても瞼は重いままだったけど、首を動かして順にみんなの顔を見つめる。

「・・・まこちゃん、覚えてる?」

 亜美ちゃんが心配そうに尋ねてくる。なにも答えなかった。昔住んでいた家がどこにあるかどうしても思い出せないのに、なにを答えろというのだろう。
 包丁の使い方なら覚えている。しっかり握りしめておくこと。使うときはふざけないこと。決して人に刃を向けないこと。包丁を使うのは命をいただくことだから、責任と覚悟を持つこと。技術よりなによりも先にそう教わったのは、はっきり覚えている。

「まこちゃんっ」
「まこちゃん、わかる?ここ、あなたのベッドよ」
「・・・まこちゃん。返事しなくてもいいから、あたしが知ってる限りのことだけど、聞いていて」

 ああ、もう、面倒くさい。そう思いながら、返事しなくていいんだ、と少しうれしくなった。美奈子ちゃんは感情を押し殺した声で、あたしに語りかける。

「まこちゃん、キッチンで倒れてたのよ。そばに包丁が落ちていたからびっくりしたわ」

 キッチンで倒れていた、という言葉。はっとする。包丁を確かに自分に振り下ろしたはずなのに。どうして、あたしは。
 そう思いつつ、やっぱりどこか冷静な思考回路が自分に囁く。大切な人からもらった自分を自分で傷つけるなんて、使い方を教えてもらった包丁をそんな風に使うなんて、できるはずがない。意識はどんどんはっきりしてきて、それと同時にどんどん絶望が膨らんでくる。

「外傷はなかったけど、声をかけても目を開けないから、心臓が止まるかと思ったわ」

 軽々しく心臓が止まるなんて言うんじゃないよ。あたしの死体を見ても誰も死ななかっただろう?と、少し苦しそうに語る美奈子ちゃんにどこか自虐的に思う。
 助けてくれてうれしいはずなのに、こうやって目が覚めたときに信頼できる人たちがそばにいて、うれしいはずなのに。

 美奈子ちゃんは昨日、みんなで買い物から帰ったあと、あたしのアパートの前を通った時、夜遅いのにあたしの部屋に明かりがなかったことを不審に思ったらしい。家に帰ってからあたしに電話してくれたらしいけど、やっぱりあたしは出なくて。

 そりゃそうだろ、帰ってきたの日付が変わってたもん―と、頭で思う。返事をしなくていいと言ってくれたので黙っていた。美奈子ちゃんはそれから夜のうちにみんなに電話で連絡をして、うさぎちゃんにこのところ忙しいと言っていたこと、亜美ちゃんからあたしの顔色がよくなかったこと、レイちゃんも少しだけ不穏な気配を感じていたと聞いたらしい。それで、朝になってからいつもより早い時間にみんなであたしの家に来てくれた。

「チャイムを鳴らしても反応がないし、でも鍵は開いていたから・・・悪いと思ったけど入ってみたら」

 キッチンにまこちゃんが倒れていたの、と美奈子ちゃんが言うと同時にうさぎちゃんがわっと大声をあげて泣いた。レイちゃんがそれを「うるさい!」と一喝する。亜美ちゃんは真剣な眼差しでこちらを見ている。
 みんな、どうして、と言いたげな悲痛な顔をしてあたしを見ている。既視感を感じて、あのときと同じように笑えた。

 Dポイントであたしが死んだときも、みんなそんな顔をしていたね。

「・・・ごめん」

 あのとき言えなかった言葉が出た。
 もしかしてあたしはまだあの場所にいて、今見ているのも幻覚なんじゃないかとずっと期待した。だってあたしはあそこで死んでしまった。見渡す限り雪と氷しかない場所で、骨が割れるほどの冷たさの中で命を吸われた感覚は、今でもはっきり思い出せる。
 死に行くあたしが見たのは、仲間たちの驚きと悲しみが詰まった顔だった。

 だからこれは幻覚でないとおかしいんだ。死んだ人間と生きた人間が同じ場所にいるはずがないから。

 あたしはあそこで死んでしまったけど、みんなは先に進んだはずだ。そして戦って、衛さんを取り戻して、地球に平和が戻って、みんな普通の女の子に戻って、それぞれの未来に向かって進んでいなくちゃいけないのに。将来の夢を叶えて、素敵な相手を見つけて、たくさん愛されて幸せになって穏やかに老いて行かなければいけなかったのに。
 あたし以外の人は、みんな待っててくれる人がいたんだから、みんなは家に帰らなくちゃいけなかったはずだ。

 だからみんなの未来にもうあたしはいないはずなのに。

「最近忙しくて・・・ほんとに疲れてたみたいだ」

 昨日道を教えてくれた人に答えたみたいに、当たり障りない言葉を探す。納得してもらえるとは思ってなかったけど、今は眠りが欲しかった。
 それでも、もしかしてみんなに学校をさぼらせてしまったのかな、と現実的な思考回路がよぎる。申し訳ないとも思う。ああ、やっぱりあたしは正気だ。ひどく悲しくなって、目を閉じた。
 新しい敵が現れて、ルナに戦士だった頃の記憶を戻してもらってから、またみんなで戦えるようになってから、ずっとそれはあたしの夢なんじゃないかと思っていた。あたしの体はまだDポイントにあって、これは死ぬ間際に見ているあたしに都合のいい夢じゃないかって。生き返ってまたみんなと戦えるなんて、あたしに都合よすぎじゃないか。生き返るなんて、まるで、ほかのみんなもあたしみたいに死んでしまったみたいじゃないか。
 自分が体験しているだけに、あんな冷たいところで死んでいくみんなのことを想像したくなかった。どれだけ現実的なことを考えても、宿題が面倒でも生活費を計算しなくちゃいけなくても、これは現実じゃないと思いたかった。

 あたしに都合のいい夢だから、あたしは死んでしまっているんだから、あの家を見つけられたらお母さんとお父さんが待っていてくれているんじゃないかと東京中を探した。自分に包丁を突き立てても痛くないと信じたかった。なにもかも束の間の幸せな夢だと思いたかったから。

 それでも、今すぐそばにいる確かな熱があたしをすべて否定する。これは現実で、今ここにいるみんなは確かに生きている。あたしと同じように生きている。死んだあたしとこうやって同じ場所にいて生きているということは、みんなもあたしと同じように死んでしまっていた。

「ちょっと寝るよ」

 誰に言うでもなく、つぶやいた。後頭部が引っ張られるような眠りの感覚が死ぬときに似ていた。死ねないのはわかっていた。
 あたしはずっと正気で、だから自分を傷つけることも結局できなくて、ずっと探してた両親はもうどこにもいなくて、仲間たちが確かに生きてそばにいるのがうれしくて、なによりも悲しい。友達が死んでしまった現実をようやく受け入れなくちゃいけなくなって、泣きたくなった。

 それでも、と思う。無駄な抵抗なのはわかっていた。でも止められなかった。もう二度と目覚めたくなかった。目覚めたら今度こそ現実に戻らなければいけないこともわかっていたから、せめて最後に、家族と仲間に包まれた日常を瞼の裏で見る。

 死んでしまうような眠気に包まれながら、あの時とは違う穏やかな優しさに包まれながら、それでもありえないことを思う。

「起きたら、ちゃんと元のあたしに戻ってるから」

 これから眠って見るんじゃなくて、ここにいる仲間たちが、あたしのためにこんなに必死になってくれる仲間たちのいるこの現実が、死に行く前のやさしい悪夢ならよかったのに。








                   *************************


 Dポイントで、まこちゃんは自分は死んでも仲間の生存は信じていたんじゃないかなと思います。誰の死も見ていないから仲間が死んだのが信じられないみたいな。
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