プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

きみはうそつき

2018-07-24 23:59:50 | SS





「あーつーいー」
「まこちゃん、さっきからそればっかり」
「あ、ごめん。でもほんとうに」

 放課後、少し日は傾いても暑さは少しも衰える様子を見せない。
 亜美とまことは並んで帰宅しながら、日陰を探すように歩いていた。趣味や勉強などの話などを繰り返しつつ、話題の切れ間につい口について出るのは暑さのことだった。亜美も言葉だけはまことを非難しつつ、実際にうだるような暑さの中、そう言ってしまうのも仕方がないと実感していた。
 入道雲すらない夏空で、太陽は街を炙っている。黒いアスファルトの照り返しはとても強く、亜美はルナやアルテミスがやけどをしないかふと心配になる。

「そうね・・・ほんとうに・・・暑いわね」
「暑いっていうか、熱のほうの熱さ?ほら、アスファルトで目玉焼きできちゃいそうだよ」
「真夏の日中のアスファルトは60度を超えることもあるそうだから、フライパンのようにはいかないけれど、工夫さえすれば卵は焼けると思うわ」
「うわあ」

 亜美の言葉に、苦笑い半分でまことが感嘆する。
 それでもアスファルトで焼いた卵は食べたくないなあ、などと至極まっとうな言葉を返しながら、まことは手のひらでぱたぱたと顔の前を扇ぐ。転校してきてずいぶん経った今でも前の学校の制服で通しているまことは、こんな真夏でも冬服を着ている。それは亜美から見てもずいぶんと暑そうだった。

「ほんとに暑いねえ」
「でも、夏だと体育の授業が水泳になって、私はうれしいわ」
「亜美ちゃん水泳得意だもんね。あー、同じクラスだったらいっしょに泳げるのにね」
「そうね。そうだったら・・・いいわね」
「なら、夏休みに入ったらプールに行こうか」

 まことが行こうとするプールは、亜美と「いっしょに」なのか、ここにいないいつもの「みんなと」なのか。そこが心に閊えて、でもとっさに聞き返す勇気も亜美にはない。音も景色もじわじわと滲みそうなつきそうな気温と湿度の中、すぐ隣のまことの真意もどこかぼやけている。いつも。いつも。

「・・・ええ」

 じくじくと夏がまとわりついてくる。陽の光はとてもまぶしくて、それが作る影はとても鮮やかな濃さで、頭がちかちかする。
 まことの長袖も、亜美に向ける言葉も、夏の空のように、どこか遠い。それなのに、別れなければいけない四つ角は近づいてくる。こんなに暑い中歩き続けるのはよくないことだと頭はわかっていても、いつも、この帰り道が終わるのを惜しむ心を、止められない。
 
「そういえば亜美ちゃん、このあと塾だっけ。駅前の」
「あ、ええ。そうなの」
「一度家に戻る?」
「いえ、勉強道具はあるし、もうそのまま行こうかと」
「あー・・・なら、途中まで一緒にいいかな。その・・・あたしもこのまま夕飯の買い物行きたくて」

 じくじくする。外気も、頭も、心も。
 暑い暑いと言いながら、家に駆けこむのでなく、隣に並んでくれるのがうれしい。それがただの用事であったとしても、それでも。

「ええ、もちろん。でも、まこちゃん、駅のほうに行くには遠くない?」
「えーっと、目当てがあってね。保冷剤が欲しいんだ」
「保冷剤?」
「この季節お弁当が傷みやすいから、保冷剤使ってたんだけどね、あー、さっき見たら袋が破れちゃって」
「あら、大変」
「・・・だから今日中に欲しいんだ」
「そこで売ってるの?」
「いや、保冷材だけ買うのは悔しいから、洋菓子屋を覗いていこうかなって。駅前のほうのスーパーに入ってる店、商品買うと保冷剤ただでつけてくれるんだよ」

 まことは名案だと言わんばかりに、にひりと笑った。ただ保冷剤を買うより、無料の保冷剤付きとはいえ洋菓子のほうが高くつきそうなものだが。
 ただ、朴念仁の亜美でもまことのその気持ちはわからなくもない。これだけ暑いと、ゼリーやアイスクリームなどがあれば手を伸ばしたくなるだろう。むしろ、まことにとってはそちらがメインで、保冷剤が必要なことはきっかけにしか過ぎないのかもしれない。完全に合理的とはいえない行動なのに、保冷剤と言い訳をつけショーケースを覗くまことが浮かぶようで、亜美は頬を緩ませる。

「亜美ちゃん、なに笑ってるのさ」
「・・・いえ。洋菓子、いいなと思って」

 ふたりで、ゆる、と氷が融けるように笑う。

「そういえば、亜美ちゃんは塾何時に終わるの?」
「・・・えっと、一応、授業が終わるのが・・・8時ね。そこから質問をしに行ったりすると、帰りはもっと遅くなるかもしれないけど・・・」
「うわぁ、大変だね。そんな遅い時間まで・・・危なくないかい?」
「だいじょうぶよ、駅前だから明るいし、人通りも多いから」
「うーん・・・気をつけてね。でも、そんな時間じゃお腹すいちゃうなー」
「あ、今日は帰っても母がいないから、もう塾で食べてしまうつもりなの。途中で休憩時間があるから・・・えっと、実は、私もスーパーに寄ってなにか買おうと」
「お母さん、留守なの?あー、知ってたらお弁当作ったのに・・・あ、今、うち寄る時間あるかい?」
「そんな、まこちゃん、悪いわ!それに・・・ほんとうに、だいじょうぶ、だから」
「・・・そう?」

 暑い。
 まともな生物なら、少しでも日陰や冷房のある施設に向かうべきであろうに。というより、これだけ暑い暑いと言っているまことを、こんな日光の下で問答させるのは気が引けるのに。
 暑さのせいでない熱さでくらくらする。与えられた熱で熱くなる、照り返しのアスファルトのようだ。もっとも、アスファルトと違って工夫したって卵を焼くことはできないから、随分ともったいない熱だ。

 亜美は実際の時間の問題よりも遠慮からまことの申し出を辞退したが、まことは亜美の態度に随分残念そうに見える。不要なことを言ってしまったと思う心より、彼女が自分を思ってくれたという喜びに、亜美の比重は傾いた。

 あつい。まことのように、しかしまことよりももっと深く重い熱を抱えてあわやそれを言葉に出しそうになってしまう亜美を、まことのへらりとした笑顔が迎える。
 
「でも亜美ちゃん、買うにしても、サンドイッチはやめなよ。昼もそうだったんだから」
「・・・・・・片手で食べられるから便利なのよ」
「そういうこと言うからお弁当作りたくなっちゃうんだな~」
「・・・・・・・・・」
「心配なんだよ」

 あはは、と明るい声で亜美に微笑みかけるまことの姿が、亜美には眩んでよく見えない。







 塾の講義を終えて亜美が外に出ると、当然だが街は夜の中にある。日中のような炙られるような熱は感じないものの、ひどい湿度と昼から残り続ける熱気で重苦しい空気は、熱帯魚の水槽の中にいるようだ。しばらく冷房の効いた部屋にいたせいもあって、思わず亜美は顔をしかめる。

 もう10時も近いのに。

 昼にアスファルトで目玉焼きが焼けるなら、夜は空気中でポーチドエッグが作れそうだ。亜美は夕方のまこととのやり取りを思い出しながら、そんな非現実的なことを考えてしまう。そして、まこととのやりとりも。
 帰る最中、つい帰る時間を早く言ってしまった。自分でもつくつもりのない、それでもとっさに口から出た嘘だった。あまり遅い時間を言うと、おそらく、まことを心配させてしまうだろうから。ほんとうにつまらなくて、アスファルトで目玉焼きを作るよりもずっと不合理で、意味のない、ひどい嘘だ。だから、すぐに訂正できなくて、そのままだった。

 8時でもまことは気をつけてと言ってくれた。申し訳なくともうれしかった。でも、やっぱり申し訳なかった。ばれるはずのない嘘というのは罪悪感となって、暑さのようにじくじくと頭の片隅を焼く。

 外気と、脳の片隅の熱が、澱みとなって亜美に沈殿していく。
 生物として、からだは冷たいものを求めていた。熱だまりのような街にたたずんでいる不合理さ、頭と心に閊える熱が渦巻く中、ただ涼を求める体だけは正直だ。こんな時間に寄り道は好ましくないことだが、まことについた嘘の罪よりは比べものにならないほど軽かろう。

 まこちゃんは結局洋菓子店でなにを買ったのかしら、そう思いながら、コンビニで冷たいものでも買おうか、なんて考えていた時である。

「こんな時間に寄り道なんて、不良だね」

 暑い中冷たいものを求めているのに、体が熱くなるなんて不合理だ。背後からの声は、あるはずがないもの。それなのに、恐怖よりも罪悪感よりも、熱をもたらす。不合理で、不条理で、それでも甘苦しくていとしいもの。
 熱い。血液が熱を持って体を駆け巡る感覚。日中とは違う、体を冷やす日陰はどこにもありはしない。

「8時って言ってたのに」
「―な」
「ぎりぎりだったじゃないか」

 振り返ることもできない亜美の顔の横に掲げられた保冷ポーチ。中身はほとんど融けてしまっている保冷剤の下に、少し上等な洋菓子屋の瓶詰のプリンがふたつ。

 想像の中で目玉焼きになったりポーチドエッグになったりした卵は、今冷たいプリンとなって亜美の目の前にある。だが、それを亜美の前で掲げている人がここにいるのは、そもそも空気中でポーチドエッグができるよりもあり得ないはずなのに。

「どう、して。まこちゃん」

 まことの真意はいつもぼやけている。こんなに近くにいても、蜃気楼みたいにつかみ所がないのに。

「ふたつ以上買わないと、保冷剤つけてくれないっていうから」

 そんなのは嘘だ。

「洋菓子って、今日中に食べないとだし」

 なら、日持ちするものをふたつ選べばよかったはずだ。どうして。

「亜美ちゃんが、冷たい洋菓子、いいなって言ってたから」

 最初こそとがめる口調だったまことの言葉は、耳から脳を焦がすように甘い。
 こちらから捕まえることはできないのに、どうしてもまことは亜美を離してくれない。熱した水槽で回り続ける熱帯魚のように、蜃気楼ににじんだ楼閣を追い求めるように、熱の中をさまよい続ける。

「そ、んな」

 そんなの、嘘だ。そんなことのためにこんな場所にいるはずがない。なら、嘘はどこから?保冷剤が必要だったのは、そもそも本当?わざわざ駅のほうまで買い物に行く必要があったのだろうか。いくら頭を回転させても、もう、熱で鈍くなりすぎて、なにもわからない。
 不合理で、不条理だ。亜美が必要のない嘘をついた同様、まことも必要のない嘘をついていたとしか考えられない。

「まこちゃん」
「帰ろうか。送っていくからさ」 

 誰とプールに行きたいのか、言ってくれないのに。よく似合う制服はいつまでも長袖で、いつまでも同じ学校にいてくれるのかと、ふとした時に不安になるのに。ようやく振り返った亜美の視界には、日中ではくらむようだった笑顔が、月明かりに輪郭を浮かび上がらせ今ははっきりと見える。

「それか―よかったら、いっしょに、これ、食べないかい?」

 悪い相談を持ちかけるようないたずらな笑顔で、まことが亜美の頭に手を乗せる。嘘だらけの日中のやりとりの中、今亜美の肌に直接感じるてのひらだけはひどく熱く、それだけがどうしようもない真実だった。








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