プラマイゼロ±

 某美少女戦士の内部戦士を中心に、原作、アニメ、実写、ミュージカル等問わず好き勝手にやってる創作、日記ブログです。

夏の始まり

2010-06-18 23:59:44 | SS

「・・・まこちゃん?」
 水野亜美は困惑していた。IQ300と言われる頭脳で現状と何故こういうことになったかを必死で把握しようとしていた。
 只今自分がいるのはベッドの上。昨夜はまことの家に泊めてもらっていた。まことは下で寝るからと自分がベッドを使わせてもらったことを、そしてそれを申し訳ないと思いつつ結局は押し切られる形でお言葉に甘えてしまったことを覚えている。そして普段まことが身を横たえているその場所に意味もなくときめきを覚えてしまっていたけれど、努めて平静を装って、そしていつの間にか眠っていたことは現状把握には関係ないので脳内でスルーした。
 昨夜は確かにまことの様子はおかしかったのかもしれない。
 今年の学校のプール開き、時間こそ被らなかったものの同日に初の水泳授業を迎えると言うことを、お泊りの際に次の日の時間割の教科書を詰めた鞄と共に持参したプールバッグを見たまことが言った。そして妙に嬉しそうな顔で「二人とも明日水泳の授業があるのなら早く寝た方がいいね」とか。
 そもそも次の日も学校があると言うのに、亜美に突然泊まるように誘ったまこと。その時点で何か特別な用はあったのかもしれないけれど、そんな亜美の予想に反しお泊りはただのオトモダチの域を超えないもので。実は微かに何かを期待していた心があったことも亜美が現状把握に関係ないとスルーした。
「あーあ、亜美ちゃん、起きちゃったのかぁ・・・ちぇー残念」
「ざ、残念って・・・」
「おはよう亜美ちゃん。よく眠れたみたいだね」
「そうね、水泳の授業もあることだし、しっかり眠れたのはいいのだけど・・・まこちゃん」
「・・・ん?」
「その・・・これは、どういうこと?」
 水野亜美はいつもと違う匂いと微かな揺れで目が覚めた。ベッドのすぐ下に敷いた布団を見るとまことはおらず、既に起き出しているようで―と思ったところでまことは目の前にいることに気づいた。
「昨日から思ってたんだ。でもプールあるからってやめようかなって思ってたけど、亜美ちゃん寝てる姿可愛いから、やっぱりしたくなった」
「や、やっぱりって・・・」
 今まことと亜美はベッドの上である。たった今目を覚まして体を起こした亜美に向かうようにまことはベッドに乗り、亜美の膝辺りに手をつき顔を覗きこむような仕草をする。そして開いたもう片方の手で亜美の寝巻きの裾を少し捲り上げるように指先で素足に触れた―これが亜美が把握しようとした現状。まことは目を細め亜美に暢気な口調で訪ねる。
「水泳あるなら、やっぱ、尚更」
「・・・?」
「大丈夫。まだ始業まで全然時間あるから、少しだけ」
「・・・何?」
「いたずら、していい?」
 そのときのまことの笑顔は、亜美には天使の微笑みか小悪魔の囁きに見えたのか。始まったばかりの夏の朝の熱が窓に滲みだす頃、寝起きの亜美の頭も目の前のまことに熱で支配されたような感覚に陥り―何故か、普段ならとても即座では言えないような言葉を。
「―ええ」
 何も考える間もなく吐いていた。亜美が自分が何を言ったかを反芻する間に、まことは嬉々として「いたずら」を始めた。寝巻きの裾を勢いよく捲くられたところで反射的に足を引いたが、それもまことに捕らえられてしまった。
「え、あぁっ・・・ま、まこちゃん!?」
「動かないでね。大丈夫、すぐすますし、でも痛くしないから」
「痛くしないって・・・えぇ!?」

 こうして朝も早くから、プールより先に困惑の波に投げ出される水野亜美であった。






「(まこちゃんの・・・ばかっ!!)」
 亜美は午前中の水泳の授業中、一人朝のことを思い赤面していた。
 まことのせいである。亜美の体にはまことの朝の「いたずら」の跡が残っている。女子高生ともなるとそういうことに興味を持っていて然るべきであるお年頃なのは分かっているし、決してそれ自体は悪いことではないのは分かっているが、それでも恥ずかしかった。
「(確かに水着でもそれほど目立ってはないけど・・・)」
 まことは行為の後「そんなに目立たないから」とへらへら笑っていたが、目立たないならわざわざやることもないんじゃと言う野暮な突っ込みは亜美には浮かばなかった。ただ行為そのものが恥ずかしかったことをはっきり覚えている。
 ベッドの上、彼女に鼓動が聞こえるんじゃないかと言うくらい近い距離で胸を高鳴らせた。頭が熱で溶けそうだったわりに、彼女の、自分の肌をすべる器用でくすぐったい指遣いとか、吹きかけられた息とか、憎らしいくらい嬉しそうな顔と不意に真剣な目付きに戻るところとか、伏目になったときの長い睫毛とか、そのときの彼女の一挙一動を体が覚えている。そして見とれていたことも。
 そして今、折角の水泳に集中出来ていないわけである。亜美はプールサイドで自分の「跡」を見る。
「(でも、やっぱり・・・器用ね、まこちゃん)」
 左足の小指にだけうっすらと塗られたネイル。他の爪より血色がいい、程度の薄く甘い色合いのピンク。
 確かに然程目立つものではないが、実際に塗られる過程やまことの指遣いを見るにそれは難易度の高いものであることを知る。やすりで爪の手入れから始まり、一番小さい爪に器用に刷毛を滑らせていく手先には全くぶれがなかった。薄い中にも色にはグラデーションがかかっており、シンプルながらもまことの並外れた器用さと関心が窺える。
「(だから水泳の授業があるときにって言ったのね、クラスは違うけれど)」
 学校でも靴下を脱ぐこの授業の折、まことはこれを狙っていたのだろう。だからって寝起きにあんな真似をしなくてもいいじゃないと亜美はますます一人赤面する。ベッドに乗って、寝巻きの裾を捲くられ、足先に触れる手とか、爪先を乾かすために吹きかけられた息とかそういうものにいちいち胸をときめかせてしまった自分が恥ずかしい。亜美は頭を冷やすために勢いよくプールに潜った。
 だがしかしピンク色は水色に塗られたプールでは却って目立つ気がし、実際の所別段目立たないと頭で分かっていても、ひたすら気になって仕方なかった。折悪しくその日は背泳ぎの授業で、上向けの足が気になりいつも以上に足をばたつかせ無駄に水しぶきを上げてしまい、挙句慣れ親しんだ25メートルの距離感が狂いターンを失敗し頭を派手に打ち周囲に心配されるなどと言うありえない失態まで犯した。

 落ち着かない水泳の授業を終え、改めてプールサイドで亜美は足を見る。冷たい水のせいで他の爪の血色が悪くなったせいか、プールに入る前よりも遥かにそのピンクはきれいに見えた。甘い優しい色が、水を弾いて光っていた。
 水から離れたせいか、再び亜美は頭に熱が上るのを感じる。打った頭が痛いからとは、流石に無理のある言い訳だなと自分に苦笑した。







 亜美のクラスは折悪しく水泳の授業の後も移動教室であったため忙しなく、髪に櫛を通す暇さえなかった。それでも夏の暑さで亜美の短めの髪が乾く頃にその授業も終わり、身だしなみがどうなっているかと教室から出たところで塩素の匂いが鼻をついた。目の前の廊下を、次に水泳の授業があったクラスの生徒達が通り過ぎていく。
「亜美ちゃん!」
「あ・・・まこちゃん、美奈子ちゃん」
 どうやらそれはまことたちのクラスだったらしい。見知った友人二人が髪を拭きながら陽気に手を上げる。
「まこちゃんたち、今水泳だったのね」
「今年初泳ぎねー。楽しかったわー」
「うん、遊びでプール行くのもいいけど、学校で泳ぐのって、ほんと夏が来た!って感じするよね」
「そうね、私も・・・学校はお勉強の場だけど、そこで泳ぐ時間って、何だか特別な気がして凄く好きなの」
 漂う塩素の匂い。まことはがしがしと頭を拭きながら、ふと気付いたように亜美の頬に手を伸ばし顔を近づけた。そのあまりに唐突ながら自然な動作に亜美は見開き、美奈子は美奈子で驚いているようだった。
 だがそんな二人に気付かず、まことの手はそのまま亜美の耳を掠めるように髪に触れる。
「うーん・・・もう髪乾いてる、いいなぁ・・・」
「・・・え?」
「亜美ちゃんは水泳あたしらの前だっただろ?一時間で乾いちゃったんだね」
「えっ・・・知ってるの?」
「うん、教室から見えてたよーちょっと遠いけど、亜美ちゃんのフォームってすごいきれいだから一目で分かったよ」
「も、もう、まこちゃん、よそ見しないで授業に集中しなくちゃ」
「やーでもさ、水泳の授業近づくとついそっち気になるじゃないか?それに一人だけすごいばた足水しぶきあげてる子がいたし。あ、そういえば思いっきり頭打ってたけど大丈夫かい?」
「まこちゃん!」
 そんなところまで見られていたのかと亜美は赤面する。まことといえばそんな様子の亜美にへらりと笑いながら再び亜美の髪を撫で付ける。
「それにプールの後なのにさらさらじゃないかーもーいいなー。シャンプーとか何使ってるんだい?・・・って、昨日はあたしと一緒の使ったのか」
「ん?聞き捨てならない言葉ね」
 そしてまことの言葉に反応したのは美奈子のほうで。美奈子は黙っていれば美少女な表情をにやりと歪ませ、まことを肘で小突きながら尋ねる。
「ちょっとーまこちゃん、一緒のシャンプー使ったってどーゆーこと?」
「ああ、昨日亜美ちゃん、うちに泊まってね。お風呂グッズとかはうちにあるの使ってもらったからさ」
 美奈子は露骨にからかうような口調だが、まことは特に恥じらう様子もなく簡単に答える。美奈子はそんなまことに眉を潜めるしかない。まことはまことで美奈子のそんな様子には気付かず、はたと気づいたように亜美に目を細める。
「・・・そういえば、いつもの亜美ちゃんならターン失敗なんてしないのに・・・もしかして、朝の、そんなに気になってた?」
「・・・・・・・・・・・・・ちょっと、だけ」
「そっか。ごめんね・・・いいと思ったんだけど、やっぱり悪いことしちゃって・・・」
「あ、そ、そうじゃなくて、ほんとうにきれいだなって思ったの!特に水から出た後とか・・・まこちゃんって、手先器用だな、とか、女の子らしくて羨ましいな、とか・・・その・・・」
「亜美ちゃん・・・」
「嫌だったわけじゃないの・・・ただ、恥ずかしくて・・・」
「・・・あ、ありがとう。でも、そこまで気に留めてもらえるとは思わなかったな」
「だって、本当にきれいだったのよ」
「そう?無理矢理でちょっと悪かったかなって思ってたけど、やっぱり女の子だしちょっとくらいは」
「あ、そうじゃなくって!」
「?」
「きれいだったの・・・まこちゃんのこと、だから・・・してくれてるときの指先とか・・・目とか・・・すごい、きれいだなって・・・思ったから・・・」
「・・・え、え?」
 亜美はそこで耳まで赤く染め顔を伏せた。まことはまことで予想外の言葉に頬を染めた。そこで美奈子は場違いな空気を感じたが無視することにした。
「ねー、まこちゃんは亜美ちゃんに何したの?」
 美奈子は片手を上げまことと亜美の間に割り込んだ。長い付き合い、この一連の会話が何か不埒なものでないと言うのは察しがついていた。現にまことは、やはり何でもないことのように言う。
「ああ、亜美ちゃんのクラスも今日プールだって聞いたから、靴下脱ぐならって、足にちょっとネイルをね」
「あー、こないだまとめ買いしてたやつね!」
「まとめ買い?」
「まこちゃん、こないだ薬局のセールでネイルケアセット衝動買いしてたくせ自分にしてないから、あたしやってもらったのよねー」
 そこで美奈子は勿体つけたような仕草で靴下を脱ぐ。指にはオレンジベースに赤いラインストーンをちりばめた陽気なイメージの、彼女によく似合っているネイルアート。それぞれの指に微妙な差異があり、その細やかさに、亜美でもやはり一目で感心してしまうほどの出来栄えだった。
「買ったはいいけどあたしには似合わないしさ?手だと先生にも目付けられるしね。でも使う機会あって良かったよ」
「まこちゃん本当器用よねーこれからもお願いしようっと。確かレイちゃんにもしたんだっけ?」
「ああ、レイちゃんは情熱的で大人っぽい感じでってお願いされたから、赤と黒でね。まだ残ってるなら頼めば見せてもらえると思うよ。あれも力作なんだ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 まことは自分の腕を褒めてもらったのが嬉しいのだろう、嬉々として語った。亜美の表情がそれで微かに曇ったのに気付かないまま。
「(みんなにも・・・してたんだ)」
 別にそれが悪いとは思わない。むしろまことの性格なら特に驚くようなことでもない。だがそれでも一度理不尽にささくれ立った心は治まらない。あの指遣いとか、吹き出す息とか、少し尖った唇とか、真面目に爪を見つめる瞳とか、その一挙一動に目を奪われていたのに、それは彼女にとっては何でもないことで、誰にでも見せるもので。
「(・・・まこちゃんは、わたしのものじゃないのに)」
 そんな分かりきったことに振り回されて。一日中頭に熱を持って一人で恥ずかしがって頭を打ったりして、それでも胸を高鳴らせて、それなのに今は跡が憎らしくすら感じる。そんな自分が酷く下らないものに思えた。
「亜美ちゃんは?どんなの?やっぱ青?」
「あ、いえ・・・」
 不意に美奈子に覗き込まれ亜美は我に返った。どう伝えていいものか。たった一つ、左の小指、あんな小さな爪に、よくよく見ないと分からないグラデーション。水から出た後にこそ最も映える色。少なくとも、亜美の知る限りは、これはまことにしか出来ないことだ。
 まことの残す痕跡。
「亜美ちゃんのは指一本だけなんだ。亜美ちゃんが気に入ってくれるか分からなかったし、でも亜美ちゃんの爪本当にきれいだったからさ、どうしてもしたくなったんだよ」
「・・・そう」
「でも、やっぱり、亜美ちゃんは女の子らしいからピンクが似合うね」
 再び、亜美は今度はまことに覗き込まれた。先ほどと違って手を伸ばしてこない。ただ、今度は亜美の髪でなく目を真っ直ぐ覗き込んで。朝と同じ、息が止まるくらい柔らかく甘ったるい笑みで。
「・・・また、していいい?」
 その言葉を聞いて、その表情を見て、今朝のことを亜美は思い出す。これから更に熱くなることを予感させる朝の熱とあの独特の匂いとまことの指先から伝わる動き全て。
 あの時正直何をされてもいいとすら思ったのだ。それほどまでに心を奪われていた。
「―はい」
「じゃあ、次のプールの授業までにね」
 こうして、また、彼女のささやかな言動に熱が上がっていく。




 その後まことや美奈子と別れ教室に戻ろうとした亜美を、美奈子が捕まえた。まことは先に行ってしまったようだった。
「ちょっと待って亜美ちゃん!」
「・・・美奈子ちゃん、どうしたの?」
 美奈子は廊下の端に亜美を引っ張る。亜美はその向こう側に無意識にまことの姿を探すが見えなかった。こんなときまでと自分に呆れつつ、少し何を言われるのか怖いと思いつつ亜美は笑顔を作った。美奈子もにやりと笑った。
「亜美ちゃんが塗られた一本って、もしや左の小指?」
「・・・え、何で分かったの?」
 思わず亜美の声のトーンが落ちる。普通指一本と言えば、特にネイルの話なら、親指を指すのが普通と思うからだ。まことは美奈子にどの指を塗ったとは伝えていなかったはず、隠すようなことではないが、何故美奈子が小指であることに気付いたのか亜美は首を傾げる。しかし美奈子はまるで犯人を追い詰めた名探偵のようにびしりと人差し指を亜美の鼻先に突きつけ、突拍子もないことを尋ねた。
「何でピンクだと思う?」
「え?」
「亜美ちゃんのネイル、何でピンクだと思う?」
「え、まこちゃん、目立たないようにって・・・実際、それほど派手なものではなかったのだし」
 そして亜美は自分の言葉で、だからまことは小指に塗ったのだと気づいた。だがそれは美奈子の欲しい言葉ではなかったらしく今度は美奈子が首を捻る。
「ま、ピンク一色だと確かにさして目立つもんでもないけど・・・ピンクって、まこちゃんの好きな色じゃない?」
「・・・え?」
「左・・・手じゃなくて足だけど、左の小指ってあれじゃない、運命の人と繋がってる指ってやつ。そこをわざわざ好きな色で塗るってのもなんか可愛いわよねー」
「え、え?」
「あと、あたしとレイちゃんは頼んでやってもらったからね。まこちゃんが自主的に塗ったのって亜美ちゃんだけよ」
 美奈子はにやにやと笑んでいる。亜美は朝同様困惑していた。美奈子は一体何を言いたいのか。
「・・・その様子だとやっぱり知らないのね」
「・・・何のことかしら?」
「あたし、今日の水泳の時間に、まこちゃんの爪見たんだけど。プールの中だと目立たないから気付きにくかったし、こないだは何もしてなかったしさっきも自分は似合わないって言ってたのに」
「・・・・・・・・・・・・?」
 美奈子はそこで一拍置き、亜美に寄り添うように耳元で囁いた。
「左足の小指だけ・・・水色だったのよ?」
 亜美はそこで目を見開く。確かに今朝自分が目を覚ましたときにまことはもう制服を着て靴下を履いていたし、先ほど自分で似合わないからしないと言っていたのに。
 いつもと違う匂いで目が覚めた。あれはマニキュアの匂い。だが、まだ塗られる前からその匂いが漂っていた違和感に気付かなかった。
 まことは亜美が起きる直前に自分の爪を塗っていたのだ。早起きなまことが爪一本だけしか塗れなかったと言うことはないだろうに、何故か左足の小指だけ。女の子らしくありたいと思っているはずのまことなら、むしろ隠すように入れるネイルなら、尚更水色など選ばないだろうに。
「・・・それは、どう、いう・・・意味?」
「流石にそこからは本人から聞きなさいよー」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「案外まこちゃんも亜美ちゃんが聞いてくれるのを待ってるんじゃない?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「そーれーかー、いっそ襲って剥いちゃえばいいのよ!そっちの方が手っ取り早いし、あんな人既成事実でも作んなきゃいつまでもふわふわしてるわよ!?」
「お、襲・・・っ?え、え・・・?」
「言葉で駄目ならカラダで勝負!女は黙ってプロポーション!雌豹のポーズで悩殺よ!」
「そ、そんなことしません!」
 亜美はそこで一気に顔を真っ赤に染めた。美奈子はそこで、これからどうなるかを想像しほくそ笑んだ。愛の女神は友情にも厚いのだ、不器用な友人にはこれくらい発破をかけてやった方がいいと言うものだと自分に満足し、優雅に亜美に手を振った
 取り残された亜美は、やはり熱が篭る頭をひたすら混乱させたままで。
「・・・でも、ほんとうに、美奈子ちゃんの言うとおりなら・・・」
 何故左の小指だけなのか。何故亜美にだけほぼ押し付けるような形でネイルを塗ったのか。そして何より何故そんなお揃いのような真似をして黙っているのか。その疑問は夏の暑さではとけてくれそうにない。美奈子の言うことを全て真に受けるほどうぬぼれてはいないが、でもまことの爪のことだけは事実だろうから。
 水泳の授業は、これから先もある。そして露出の多い夏、機会はいくらでも増える。そして勇気さえあれば、自分がまことの素足を見ることも、事実を確認することも出来る。
 もしかしたら一歩踏み出せば何か分かるのかもしれない。何か変わるのかもしれない。
 果たしてまことの真意はどこにあるのか。少しは期待するべきなのか、それとも単にからかわれているのか。或いは本当に何も考えていないのかもしれない。
「・・・本当に・・・何考えてるのよ・・・」
 わざとやってるなら腹立たしいけれど、何も考えずにやっているなら尚更腹立たしい。
 せめて、頭がのぼせあがるのは、彼女に心を奪われたせいではなく、始まったばかりの夏の暑さのせいだと亜美は自分に思うことにした。そうでなければ、きっと、これからは水泳の授業のたびに正気ではいられなくなってしまうだろうから。
 そうなることに微かな恐れを抱きつつ、それでも目線は、完璧に覚えている筈の時間割表を追っていた。また今週、もう一度、授業がある。今週が終わっても、また来週にはある。勿論彼女のクラスにも。

 また亜美の頭がのぼせ上がっていく。熱はしばらく収まりそうになかった。







 その頃美奈子は教室に戻りながら一人、やはりほくそ笑んでいた。これからの展開、どう転んでも面白そうだ。もどかしくじれったいきらいはあるものの、二人には似合っている。
「亜美ちゃんずっと顔赤くしちゃって・・・可愛いわねー」
 水色のネイルのことを教えただけでああなら、現実は教えてあげられそうにない。
 一度ネイルアートしてしまった爪は手入れをし続けなければ却って見苦しいものになる。無論そこで全て落とすと言う選択肢もあるものの、世の乙女達の多くは一度覚えたそれから離れられず、結果金を払ってでも繁く手入れをし続ける羽目になる。
 そして仲間内でこの技術があるのはまことだけ。 
 ネイルアートをする関係とされる関係である以上、ある意味心身共にまことに囚われている現実がある。逃げるのも自由だし深入りしなければ適度な息抜き程度の距離を保っていられるが、そんな真似が亜美にできるとは思わない。そんなものがなかろうが彼女はまことに心を奪われているのが明白なのだから。
 だったら尚更何故まことがそんな行動を亜美に、しかも有無を言わせずにしたのか。分かっててやっているなら相当な魔性だが、生憎美奈子にもまことの真意は掴めない。
「・・・美奈子ちゃん?どこ行ってたんだい?」
 教室に戻った美奈子にまずまことが声をかけた。作意を全く感じさせない純粋な笑顔。美奈子はそれを見、ため息をついた。
「・・・魔性よりタチ悪いってどーなの?」
「ん?何?」
「べーつーにー。でもあんまり放っとくとそのうち食べちゃうわよ」
「え、何を?」
「内緒ー。自分で考えるのね」
「なんだか分からないけど・・・」
「あたしからすればまこちゃんのがよっぽど分かんないわよ」
 多分、本当に何も考えていないからこうやって笑っていられるんだろうとも美奈子は思った。やっぱりタチが悪い。だが、まことが真実を知ったあとも、どうかこの笑顔が消えることはないように、美奈子は少しだけそう思った。だけどそれはやっぱり言わないことにした。
 美奈子は未だに首を傾げているまことを尻目に、靴下を脱ぎ自分の足の指の爪を見る。プロと見紛うような見事な出来に溜め息をつき亜美のネイルはどんな風に完成するのかを考える。青い彼女に似合うピンクは、果たしてどうなるのか。そしてまことは、やはり彼女には珍しい青を纏っているのだろうか。

「さて、現実はともかく真実はどこにあるのかしら」


 全てはこれからの季節に分かること。夏はまだ、始まったばかり―






            *****************


 夏は足の爪が目立つ季節ですねー甘酸っぱい話を目指そうとしたらしいです(そして撃沈)でも久々にがっつりなまこ亜美とヘタレ一辺倒な亜美ちゃんが書けたので自己満足です。
 最早ここにまこ亜美サイトとしての需要と認識があるかという現実からは積極的に目を反らして、気の向くままにやります(木野剥くままにって一発変換されたとか)
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 嵐の夜に | トップ | 花びらの嵐 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

SS」カテゴリの最新記事