昨日は、真珠湾攻撃の日であるとともに、ジョン・レノンの命日でもありました。27年前のあの日、家の電話が鳴り続け、そのたびに「ショックだ~!」という程度の感想しか交わしきれず、次に言葉が続かなかったことを思い出します。正直、リアルタイムで「ジョン・レノンが死んだ」という意味を理解できなかったのです。
mixiでは、マイミクさんのひとりがYouTubeからジョン・レノンの生前の映像を見つけて日記にアップしていました。その映像は『Give Peace A Chance』を歌っているもの。それを観て、僕も色々な事を考えてしまいました。
All we are saying is give peace a chance
森達也氏は、主語が大きくなると述語が過激になると最近の風潮を表現していましたが、この頃は“All we”という大きな主語、でも世界中の多くの若者が信じ共有していた主語なのに、述語はささやかで平和的です。
しかし、彼の死後27年過ぎても、決して彼の望んだ世界にはなっていません。戦争は無くならず、国境は残り、世界中の人が平和に暮らす日々はきていません。
世界中の若者が共感し、現在はその若者たちが社会の中枢にいるはずなのに、ジョンのささやかであり、基本的な願いを実現できなかった現実を僕たちはどう受け入れればいいのでしょうか?
「願いは叶う」…はずなのに。
ちなみに、今日、僕の大切にしている本『神との対話』を読み直していたら、こんなフレーズを見つけました。
愛は寛容を、寛容は平和を生む。不寛容は戦争を生み出し、耐えがたい状況に無関心になる。
愛は無関心ではいられない。どうして、無関心でいられるのかわからない。
人類すべてに対する愛と関心への一番の近道は、全人類を自分の家族と考えることだ。
全人類を家族と考える一番の近道は、分裂をやめることだ。世界の国民国家は団結すべきだ。
まだまだ、僕たちは“愛すること”が足りないのでしょう。
まずは、近くても分裂する相手を愛することからはじめる必要があるのでしょう。
たしかにジョンも
Love is real
と歌っていますものね。
mixiでは、マイミクさんのひとりがYouTubeからジョン・レノンの生前の映像を見つけて日記にアップしていました。その映像は『Give Peace A Chance』を歌っているもの。それを観て、僕も色々な事を考えてしまいました。
All we are saying is give peace a chance
森達也氏は、主語が大きくなると述語が過激になると最近の風潮を表現していましたが、この頃は“All we”という大きな主語、でも世界中の多くの若者が信じ共有していた主語なのに、述語はささやかで平和的です。
しかし、彼の死後27年過ぎても、決して彼の望んだ世界にはなっていません。戦争は無くならず、国境は残り、世界中の人が平和に暮らす日々はきていません。
世界中の若者が共感し、現在はその若者たちが社会の中枢にいるはずなのに、ジョンのささやかであり、基本的な願いを実現できなかった現実を僕たちはどう受け入れればいいのでしょうか?
「願いは叶う」…はずなのに。
ちなみに、今日、僕の大切にしている本『神との対話』を読み直していたら、こんなフレーズを見つけました。
愛は寛容を、寛容は平和を生む。不寛容は戦争を生み出し、耐えがたい状況に無関心になる。
愛は無関心ではいられない。どうして、無関心でいられるのかわからない。
人類すべてに対する愛と関心への一番の近道は、全人類を自分の家族と考えることだ。
全人類を家族と考える一番の近道は、分裂をやめることだ。世界の国民国家は団結すべきだ。
まだまだ、僕たちは“愛すること”が足りないのでしょう。
まずは、近くても分裂する相手を愛することからはじめる必要があるのでしょう。
たしかにジョンも
Love is real
と歌っていますものね。