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艦船、つれづれ雑記帖

艦船模型好きの筆者が、つれづれなるままにつづる考証とか批評とか

「八雲」昭和11年の図面

2011年11月14日 | 巡洋艦・海防艦「八雲」
呉の大和ミュージアムでは、「八雲」の昭和11年12月につくられた図面も見つけました。

同館のパソコンのデーターベースから見つけた「軍艦八雲 一般艤装一部改正図」(資料番号06000922)です。とは言っても、前艦橋下の8センチ砲を短5センチ礼砲に換装した状態や、船体内蔵の魚雷発射管を撤去して倉庫などに改造した部分を示したもので、一般艤装図のように艦の詳細を示したものではありません。この図では、写真では確認できる拡大された羅針艦橋や後艦橋の8センチ高角砲も描かれてなく、「八雲」の当時の状態を正確に示したものとはいえないでしょう。

しかし、前マストの後ろの箱型構造物はきちんと描かれています。今まで私は写真から平面形は四角だと思いこんでいたのですが、前の部分に「でっぱり」がある特殊な形だったことがわかります。以下にその形状のイメージを参考までに添付します(はじめてパソコンで作図しましたので、形がいびつなのはご容赦ください)。

この構造物は1階が「電信室」、2階が「通信指揮室」とも書かれております。前に元乗組員の方からの証言で当ブログでは「作戦室などがあった」と紹介していましたが、どうやら違うようです。

また、艦橋ウイングの後ろ部分から、その「通信指揮室」まで、渡り廊下のようなものも描かれていました(図参照)。これについても私は今まで写真などで判断がつかず、悩んでいたポイントでしたので、おおいなる収穫でした。ちなみに、図では、艦橋ウイングの平面形は凸型ですが、昭和11年には「磐手」のような「おむすび型」に拡大されていることが、写真から確認できます。

終戦時の「八雲」(その3)

2011年07月20日 | 巡洋艦・海防艦「八雲」
「JAPANESE NAVAL VESSELS~」に書かれている武装に疑問を持っていると書きましたが、根拠の一つは、先日の「終戦時の『八雲』について」でアップした写真です。
これを見ると、前艦橋ウイング前方に機銃台が設置されていることがわかります。両舷に2箇所せり出すように設置されていたと思われます。なので、同書の図のように、艦橋ウイング一段下の部分に単装機銃を設置するのは無理です。しかも、私には、せり出したあの機銃台は、25ミリ単装機銃用にしては立派すぎると思うのです。

また、もう一つの根拠に、アジア歴史資料センターHP(http://www.jacar.go.jp/)で閲覧できる、防衛研所蔵資料の「軍艦八雲引渡目録」(昭和20年10月5日、レファレンスコードC08011345200)という資料があります。これによると、「八雲」の兵装は、12・7センチ連装高角砲2基、8センチ単装高角砲3門、25ミリ3連装機銃3基、同連装2基となっています。
この目録では、武式2メートル半測距儀1組と、97式2メートル高角測距儀1組が装備されていたこともわかります。
また、双眼望遠鏡の数や鉄兜の数、果ては手術道具の数まで書かれていることから、私は、こちらの方が、信憑性が高い資料ではないかと思っています。

なので、私が推測するに、八雲の終戦時の武装は
1、前後の主砲跡に12・7センチ連装高角砲2基(これは異論はないところでしょう)、
2、前艦橋ウイングの前に作られた両舷の機銃台に25ミリ連装機銃各1基ずつ
3、前艦橋直後の両舷の副砲ケースメート上に8センチ単装高角砲各1基(つまり練習艦時代と同じ位置)
4、後部艦橋ウイング両舷の機銃台に25ミリ3連装機銃各1基(とはいっても、ちょっと前より。私がいう「『八雲』の謎の部分」あたり)
5、後艦橋ウイング中央に8センチ単装高角砲1門(練習艦時代と同じ)
ではないかと考えています。

でも、そうすると、あと1基の25ミリ3連装機銃はどこに設置したのかという問題も出てきます。また、「JAPANESE NAVAL~」の本では載っていた15センチ単装砲4門はどうなったんだという疑問も浮かんできます。

この点、私も、全く判断がつかず、悩んでいるところです。何かいい資料や写真が出てこないものですかね。

終戦時の「八雲」(その2)

2011年07月19日 | 巡洋艦・海防艦「八雲」
終戦時の「八雲」の武装についてですが、もっとも頼りになる資料は、1947年4月に第二復員局がGHQに提出するためにまとめた「JAPANESE NAVAL VESSELS AT THE END OF WAR」(昭和館に所蔵あり)でしょう。終戦時残存の帝国艦艇の状況が網羅されています。

これによると、「八雲」の武装は、15センチ単装砲4門、12・7センチ連装高角砲2基、8センチ単装高角砲1門、25ミリ3連装機銃2基、同連装2基、同単装2基となっています。
下に、同書から「八雲」の兵装配置図を引用します。


同書は,ある意味、公文書といえるものですが、「編集(編纂?)・福井静夫」とも書かれており、上の図をアップするかいささか悩みました。発表から50年以上経っていますし、また、ほかの方のHPで同書全文を公開されている方もいます。「引用」としても問題ない範囲と思いますのでアップしました(上記の図面はその方のHPから転用したものではないことを申し添えます)。ただし、無秩序な拡散を防ぐために透かし文字を入れていることをご了承ください。また、問題が指摘されれば即時、削除します。

また、戦前船舶研究会発行の「大型艦船正岡調査ノート1」でも、「八雲」の武装は、上記と同じに表記されています。

しかし、「JAPANESE NAVAL VESSELS~」でも、関係者の記憶によった箇所などもあり、からなずしも正確とはいいきれないようです。私も、別の資料や、写真などから上記の兵装にはいささか疑問を持っていますが、それはまた次回に。

終戦時の「八雲」について

2011年07月18日 | 巡洋艦・海防艦「八雲」

上の写真はネットで拾った写真です。
太平洋戦争終戦後、復員船時代の「八雲」で間違いないでしょう。
戦争末期、主砲を取り外して設置した高角砲の砲座が残っているほか、艦橋ウイング前方に、機銃座が増設されているのがわかります。
何よりカラー写真なのが、貴重です。

この画像、もとネタはGHQが撮影したカラー映像の一部と思われます。
その映像は、DVDボックス「昭和二十年」(発売・日本写真新聞社/プロジェクトワイ、販売・株式会社セブンエイト)でもみることができます。
全7巻の中には、引き揚げ船時代の「八雲」のほか、「葛城」「宵月」のほか、大破着底した「日向」「伊勢」「榛名」「青葉」「天城」などのカラー映像も入っています。当時の軍艦の色を知ることができる資料としては一級品ともいえ、艦艇ファン必見です(ちなみに、「鳳翔」と紹介されていた艦は私には「龍鳳」に見えますが)。

ただ、問題は値段が高いこと。私は、3年ほど前に購入しましたが、たしか3万円ぐらいしたと思います。相当悩んだ末に購入したのを覚えています。

ちなみに、株式会社メディアボーイから「総天然色で見る日本の終戦」という本の付属DVDにも、「八雲」「天城」「日向」「葛城」「青葉」の同じ映像が少し出ています。こちらは定価1980円です。しかし、こちらも問題があり、映像が画面一杯の大きさで流されないことです(画面の中に小さな窓みたいな感じで流される)。なかなか上手くいかないものです。

「八雲」の終戦時の武装については次回に。

「八雲」の前甲板とキットについて

2011年07月07日 | 巡洋艦・海防艦「八雲」

昭和14年練習艦隊巡航記念写真帖より、「八雲」前マスト上から見た、前甲板全景です。「八雲」の特徴でもある前主砲塔まわりのブルワークがよくわかります。このブルワークは復員船時代も撤去されることはなかったようです。
あと、画面下に、艦橋の天井がちょっと写っているのが、珍しいと思います。艦橋天井の質感や先端の平面形がわかります(もっと艦橋全体がわかるように写っていればいいのにと惜しまれますが)。

 話は変わりますが、700分の1の模型では、「八雲」はシールズモデル(有限会社フォーサイト)からレジンキットで発売されています。明治艦を積極的に出している同社は、私のような明治艦ファンには、大変ありがたい存在です。しかも、発売されているキットは、どれもすばらしい出来です。

しかし、レジンキットは市場在庫も尽き、現在は入手困難なのが大変残念です。

私も「八雲」を購入したいと昨夏、同社HPを通して通信販売依頼のメールをお送りしましたが、「在庫がない」との返事。「暮れにはNHKのドラマ『坂の上の雲』(日露戦争を取り上げたドラマ)第2部の放送に合わせて再生産するかもしれないので、その時にまた連絡してほしい」との回答をいただきました。
しかし、その年の暮れにメールを送っても返事はなし。今年に入って再度メールをお送りしましたが、やはり返事がありません。あまりしつこくするのもあれなので、今は、今年の暮れに、「坂の上の雲」の第3部(クライマックスの日本海海戦が描かれるはず)に合わせて再生産するかもしれないと思い、時期を待っています。

せっかく、いいキットを作っているのに、最近、同社に元気がないのが本当に残念です。このブログで、少しでも明治艦のファンが増え、同社のキットを購入したいと思ってくれる人が増えてくれればいいなと思います。