いささか遅くなってしまいましたが、このたび、モデルアート社から「帝国海軍補助艦艇総ざらい」という本が発刊されました。
今まで戦艦や空母などを取り上げてきた「総ざらいシリーズ」の一角ですが、艦船模型でも最もマイナーな部類の補助艦艇に特化したこのような本が出るとは、感慨を禁じ得ませんね。今までのモデルアート本誌に掲載された補助艦艇の作例をまとめたという感じですが、補助艦艇はまとまった資料自体が少ないため、素直にこのような本が出されることをうれしく思います。工作艦「明石」などすばらしい作例がいろいろ載っています。
ただ、私的には、2、3点の苦言を呈さないわけにはいきません。それは、せっかく取り上げられた敷設艦「常磐」や工作艦「朝日」について、図面や解説に大いに疑問があることです。
この2艦とも、本の中で掲載された艦形図は、かつて、モデルアート誌で掲載された衣島尚一氏の連載「連合艦隊編成講座」(最近、惜しくも連載終了となってしまいましたが……)の再録です。工作艦「朝日」については2000年9月号、敷設艦「常磐」は2006年5月号で取り上げられています。ただ、今回の本で再掲された図は、その掲載当時の図から、新考証とかを何ら反映することなく、かえって退化しているぐらいの解説が添えられている気がするのです。
「常磐」については、連合艦隊編成講座で取り上げられら数年後に、衣島氏自身が、モデルアート本誌の敷設艦特集でも取り上げています。その際の作例には、上甲板の機雷敷設軌条がきちんと前甲板まで設置されている状態で再現されていますが、今回の「総ざらい」の図では、敷設軌条は後甲板だけ。また、「総ざらい」の本では武装について最終時を掲載していますが、前部主砲撤去跡に設置された「40ミリ単装機銃」が、なぜか「25ミリ単装機銃(推定)」と解説されています。私に言わせると「なぜ25ミリ単装?」。連合艦隊編成講座の時はきちんと40ミリと解説されていたにもかかわらずです。前にも当ブログで、主砲撤去跡には後艦橋の40ミリ単装機銃を移設したという資料を紹介していますし、ウィキペディアですら40ミリ単装と書いてあるのに、なぜこんな解説がつくのか大変不思議です。全く知識のない人が、衣島氏の図面に適当に解説を付けているとしか思えないぐらいひどいです。(推定)という文字すらそらぞらしく感じてしまいます。
ちなみに、最近出た別の模型雑誌「NAVY YARD」28号のジミ艦のコーナーに敷設艦「常磐」の最終時が取り上げられていますが、こちらの方が、その他の機銃配置などを含めて考証がはるかに正確で、製作を考えている方はこちらの方を参考にされることを勧めます。
工作艦「朝日」についても同様で、主砲跡に設置された機銃に「連装機銃を装備(推定)」と書かれていますが、ここも、衣島氏の「朝日」の記事が掲載されたころは、「朝日」についてはまったく研究が進んでなく、衣島氏は作例で、一番妥当だった25ミリ連装機銃を装備した状態で再現されたと思われます。ただ、昭和12年ごろ「朝日」を写した写真には、機銃が単装らしいということがわかるものがありますし、私が主張しているように、この「朝日」の主砲跡に設置された機銃は40ミリ単装機銃でしょう。その辺のことは、新資料の紹介とともに次回に詳しく述べたいと思います。
今まで戦艦や空母などを取り上げてきた「総ざらいシリーズ」の一角ですが、艦船模型でも最もマイナーな部類の補助艦艇に特化したこのような本が出るとは、感慨を禁じ得ませんね。今までのモデルアート本誌に掲載された補助艦艇の作例をまとめたという感じですが、補助艦艇はまとまった資料自体が少ないため、素直にこのような本が出されることをうれしく思います。工作艦「明石」などすばらしい作例がいろいろ載っています。
ただ、私的には、2、3点の苦言を呈さないわけにはいきません。それは、せっかく取り上げられた敷設艦「常磐」や工作艦「朝日」について、図面や解説に大いに疑問があることです。
この2艦とも、本の中で掲載された艦形図は、かつて、モデルアート誌で掲載された衣島尚一氏の連載「連合艦隊編成講座」(最近、惜しくも連載終了となってしまいましたが……)の再録です。工作艦「朝日」については2000年9月号、敷設艦「常磐」は2006年5月号で取り上げられています。ただ、今回の本で再掲された図は、その掲載当時の図から、新考証とかを何ら反映することなく、かえって退化しているぐらいの解説が添えられている気がするのです。
「常磐」については、連合艦隊編成講座で取り上げられら数年後に、衣島氏自身が、モデルアート本誌の敷設艦特集でも取り上げています。その際の作例には、上甲板の機雷敷設軌条がきちんと前甲板まで設置されている状態で再現されていますが、今回の「総ざらい」の図では、敷設軌条は後甲板だけ。また、「総ざらい」の本では武装について最終時を掲載していますが、前部主砲撤去跡に設置された「40ミリ単装機銃」が、なぜか「25ミリ単装機銃(推定)」と解説されています。私に言わせると「なぜ25ミリ単装?」。連合艦隊編成講座の時はきちんと40ミリと解説されていたにもかかわらずです。前にも当ブログで、主砲撤去跡には後艦橋の40ミリ単装機銃を移設したという資料を紹介していますし、ウィキペディアですら40ミリ単装と書いてあるのに、なぜこんな解説がつくのか大変不思議です。全く知識のない人が、衣島氏の図面に適当に解説を付けているとしか思えないぐらいひどいです。(推定)という文字すらそらぞらしく感じてしまいます。
ちなみに、最近出た別の模型雑誌「NAVY YARD」28号のジミ艦のコーナーに敷設艦「常磐」の最終時が取り上げられていますが、こちらの方が、その他の機銃配置などを含めて考証がはるかに正確で、製作を考えている方はこちらの方を参考にされることを勧めます。
工作艦「朝日」についても同様で、主砲跡に設置された機銃に「連装機銃を装備(推定)」と書かれていますが、ここも、衣島氏の「朝日」の記事が掲載されたころは、「朝日」についてはまったく研究が進んでなく、衣島氏は作例で、一番妥当だった25ミリ連装機銃を装備した状態で再現されたと思われます。ただ、昭和12年ごろ「朝日」を写した写真には、機銃が単装らしいということがわかるものがありますし、私が主張しているように、この「朝日」の主砲跡に設置された機銃は40ミリ単装機銃でしょう。その辺のことは、新資料の紹介とともに次回に詳しく述べたいと思います。