以前に述べた「空母隼鷹はマリアナで噴進砲を装備したのかな」で紹介した本「最前線の医師魂」(加畑豊著、光人社NF文庫)について、ちょっと訂正と補足したいことを発見しましたので、報告したいと思います。
同本の49ページ、昭和19年6月22日の記述で、あ号作戦から帰投中の隼鷹を守って被雷沈没する駆逐艦のエピソードがありました。これについて、私は、「記録ではこの日や前後に沈没した駆逐艦はない」とした上で、「昭和19年12月9日、輸送作戦を終え帰港途中の隼鷹が潜水艦から魚雷2本を受けた際、護衛の駆逐艦槇が、3本目の魚雷を身を挺して防いだというエピソードがあります(佐藤和正著「軍艦物語」光人社NF文庫)」と紹介しました。
それをうけて、「筆者が隼鷹から退艦した後の話を登場させた可能性がある」としました。
ところが、昭和19年の11月3日に、輸送作戦中の「隼鷹」を護衛していた駆逐艦「秋風」が、潜水艦の魚雷を受けて沈没している記録があるのに気がつきました。「秋風が身を挺して隼鷹を守った」と書かれている慰霊碑も、実際に呉市に建てられているそうです。本の作者が隼鷹に乗組んでいた時です。なので、本のエピソードは、筆者のその時の体験を登場させた可能性が大きく、その点については、お詫びして訂正したいと思います。
しかし、時期は全く違うことには変わりなく、同本の“記録”としての信憑性は高いと言い難いことには変わりはないと思います。
同本の49ページ、昭和19年6月22日の記述で、あ号作戦から帰投中の隼鷹を守って被雷沈没する駆逐艦のエピソードがありました。これについて、私は、「記録ではこの日や前後に沈没した駆逐艦はない」とした上で、「昭和19年12月9日、輸送作戦を終え帰港途中の隼鷹が潜水艦から魚雷2本を受けた際、護衛の駆逐艦槇が、3本目の魚雷を身を挺して防いだというエピソードがあります(佐藤和正著「軍艦物語」光人社NF文庫)」と紹介しました。
それをうけて、「筆者が隼鷹から退艦した後の話を登場させた可能性がある」としました。
ところが、昭和19年の11月3日に、輸送作戦中の「隼鷹」を護衛していた駆逐艦「秋風」が、潜水艦の魚雷を受けて沈没している記録があるのに気がつきました。「秋風が身を挺して隼鷹を守った」と書かれている慰霊碑も、実際に呉市に建てられているそうです。本の作者が隼鷹に乗組んでいた時です。なので、本のエピソードは、筆者のその時の体験を登場させた可能性が大きく、その点については、お詫びして訂正したいと思います。
しかし、時期は全く違うことには変わりなく、同本の“記録”としての信憑性は高いと言い難いことには変わりはないと思います。