「サイエンスZERO」のネコの特集。
トップギアとスーパーGT+のせいで見逃して、
再放送も忘れてたから、見られてよかった。
遺伝子の話むずかしかったけど。
レトロウイルスって最近どっかで聞いたなと思ったら、
新垣結衣さんがやってた「生命大躍進」でやってたんだった。
「foot×brain」で、解説陣の選ぶスーパーゴールと、
本人のスーパーゴールをやってたんだけど、前園さんがもうなんかおかしい。
ブラジル代表のジルマールにラグビーみたいにタックルをさせてしまったセレッソ戦のやつは、
今でも覚えてるくらいすごいゴールなのに、
なんか自分で笑いに持って行こうとしてる感じだし、
福田さんの「ウーベ・バイン」をいじりたくてしょうがない感じ。
すごいパスなんだから、ちゃんと解説してくれないと。
なんかバラエティから変な影響受けすぎ。
「マツコとマツコ」って、
はじめは、ミッツさんとかクリス松村さんみたいに、
生身のマツコさんを知ってる人たちが、
マツコロイドを見てどういう反応をするのかとかやってて、
なんかおもしろかったイメージがあるんだけど、
しまいに、隠れてマツコさんがしゃべるんだったら、
本人が出ていっても変わらないような気がするんだけどなあ。
あんまり関係ないことを、なんかちょっと思い出したんだけど、
たぶん、親の七光りで世に出た人って、
一生、親の七光りって言われ続けるんだろうし、
お笑いタレントでデビューした人は、
文化人になっても俳優になっても、お笑いって言われることもあると思う。
そのほかにも元〇〇って呼ばれるのって、
本人はいやで、いまは違うっていくら言ったとしても、
なかなかそのイメージを変えることは難しいと思う。
で、自分がどういうふうに呼ばれるのかが、すごく気になるんなら、
結局、もう人前には出ないようにするしかないよね。
独裁者にでもならない限り、人の口を閉じさせるのは無理だもの。
なになにって分けて、分類するっていうか、カテゴリーに分けるっていうか、
そういうのって、わりとふつうにしてしまうことなんだよね。
ひとりひとりみんな違うっていっても人間って無数にいるわけだし、
この人はこういう人だって決めつけることは、
やっぱり問題はあるかもしれないけど、
ある程度はそうしないと人間のキャパシティには限界がある。
もっと近しい存在になれば、その人その人の個性を認めることもできるんだろうけど、
それをすべての人に求めるのは無理だと思うし。
「星の王子さま」のキツネとのやりとりになんかそういうのあったな。
教育テレビかなにかで池澤夏樹さんが言ってたと思うけど、
「appivoiser」について。
なんていうか、付き合いが深まるから、
その人についていろんな受け止め方がしてあげられるようになるわけで、
仕事でなんどか会ったとか、ましてやTVでちらっと見たくらいの人に、
自分をまちがいなく理解してもらおうっていうのが、
そもそも無理な話なんだと思う。
というか、自分ならそんなことを期待するなんて厚かましいと思ってしまうくらい。
あと、「誤解」っていうのは、こちらがそう思ってるだけで、
相手は、ただそういうふうに「理解」してるだけなんだよね。
それを自分が思ってる通りに「理解」させるのは、
相当大変だし、相当押しつけがましいことでもあったりする。
それだけの価値があるか、それだけの信念を持てるか、
っていうことなんだよね。
だからある程度あきらめることも必要な気もする。
あーあ、ずれてしまった。
書きたいことべつにあったんだけどなあ。