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「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」

望月三起也の『ジャパッシュ』が気になる

2011-11-27 | 本・番組・映画など

 ずっと以前に読んだ漫画だが、最近どうにも気になって仕方がない漫画がある。それが望月三起也の『ジャパッシュ』である。
 話は20世紀初頭にある日本の若い学者が古代マヤ文明の石碑の文字を解読したことから始まる。そこに世界の征服者の名前と生没年月日が記されていたのである。アレクサンダー、ジンギスカン、ナポレオン、ヒットラー、ジャパッシュ…と。そして、ドイツがポーランドに侵入して第二次世界大戦が始まり、その指揮者としてヒットラーが登場してきたことを知り、彼はその予言の正しさを確信する。
 そして、ジャパッシュというのは…。
「ジャッパシュとは…? 次の世界を流血の参事に巻き込む男… その男の名か… ジャパンに通じるごろだが… まさか日本人のなかからでることは…?」
 その学者はやがて小学一年生の孫五郎の級友に出会って衝撃を受ける。可愛らしい顔立ちをしたその少年、日向光は、予言のとおりの生年月日であった。学者は日向を殺そうとするが、良心の呵責が生じて殺しきれない。しかし、日向は逆に学者を返り討ちし、家に放火してしまう。
 やがて中学生になった日向光は、スポーツも勉強も苦手な少年として登場する。しかし、彼には絶対的な威力を持つ武器があった。それは彼の美しい顔であった。彼は女子生徒の心を次々にとりこにしていくが、心の中では「またひとりドレイが…!」とつぶやく。そんな彼の正体を知っているのは、祖父を殺された石狩五郎である。しかし、彼が日向光の本質を暴こうとして起こした行動は全て裏目に出て、彼は少年院に送られてしまう。
 日向光は石狩五郎の子分を味方に付け、そこから親衛隊を次々に増やしていく。日向は集めた部下を海運業の会社で無賃金で働きに行かせることで、その会社との結びつきを強める。
 そしてついに、日向は「ジャパッシュ」という組織を作り出す。それはなんと美男であることが入団の条件の組織なのである。それが軍服を着てパレードをするのを、公安警察は「軍国主義とはまったく関係ない兵隊ごっこ」としか見ない。しかし、「ジャパッシュ」は、じわじわと政治に関わり出す。
 そんな時、「過激派グループ」が自衛隊の武器庫を襲撃するという事件がおこる。実はその武器庫の図面を彼らに渡るように画策したのが日向であった。そして、彼らを一網打尽にし、かつ警察に自首することによってマスメディアはこれを好意的に煽り立て、一躍ジャパッシュは市民の英雄となった。彼らの行動は裁判で「無罪」とされる。
 警察は大きくなったジャパッシュをデモ隊の鎮圧に利用しようと考え、彼らに警察権を与えてしまう。
「うふふ…ばかなガキが! 番犬に使われるともしらず…」とほくそ笑む警察幹部。一方日向の方も「フフフ警察権というミサイルをとうとう手に入れた。このミサイルの恐怖、一週間もしないうちに味わわせてやるぜ」と笑う。
 ジャパッシュは組織を飛躍的に拡大させ、「徴兵制に反対」というスローガンを掲げることによって左翼学生までをも取り込んでいく。さらに、自衛隊をも闘争の末、その指揮下に入れ、「1971年から政治不信におちいっていた国民は『英雄』の出現を喜び迎えた」という状況の下、「1976年12月 日向 国民投票で 独裁者となる」。国民もマスメディアも日向に熱狂し、彼が企む世界戦争を誰も阻止し得ない。しかし…。

 日向が独裁者となる前に彼を止める機会は幾らでもあった。しかし、教師も会社の社長も警察も自衛隊も、日向を見くびり、利用することしか考えていなかった。しかし、気が付いたら逆に利用されてしまっていたのである。
 彼の悪を知った者も総じて無力であった。たとえば日向が自分の権威を示すのに部下の一人を自殺に追いやったのを偶然目撃した工員は「警察へうったえるべきじゃないのか」と思いつつも結局は報復を恐れて「いいさ…どうせ不良がひとりこの世から消えただけだ。わたしに関係はない…だまっていよう」という態度を取る。また、ジャパッシュの行動は法律的にはまちがいなく過剰防衛であったのだが、裁判官はあまりの暑さにいらついて無罪にしてしまう。三年後、この裁判官は、爆撃にあって廃墟となった町を這いながら「感情にはしったわたしの不用意な一言がジャパッシュを巨大な組織にしてしまった!」と後悔する。
 そして、日向の悪を止めるべき役回りの石狩五郎もまた無力である。彼のやり方は結局において、日向と同じである。日向を暗殺するためなら他の者が巻き込まれて犠牲になっても仕方がないという発想で行動する。そして、そんなやり方をしている限り、いつも日向の方が一枚も二枚も上手を行くのである。日向はジャパッシュの組織員に信頼されているが、石狩は自分が所属する組織である自衛隊と信頼しあっていないという違いにおいても彼の無力、敗北が運命づけられている。
 しかし、興味深いのは、ネタバレになるから具体的には言えないが、日向や石狩とは全く異なる感覚の人物、社会的にはまったくの弱者が彼を倒すことになるという結末部分である。
 そして最後にマヤの予言者らしき老婆が不気味な笑いを浮かべる「フフフ… こんな世の中がつづくかぎり第二第三のジャパッシュはあらわれる… わたしの望みはいつかは達成されるわ…」
 『ジャパッシュ』が発表されたのは、1971年のことであるが、「こんな世の中」は今も続いているような気がしてならない。

 望月三起也はこの漫画を自ら途中で打ち切ったという。彼はこのように後書きで述べている。
 「…主人公は悪を憎む少年だったハズが、悪いヤツの方がどんどん魅力を持ってしまって『巨悪』」の出世物語になってしまったのですね。」「回を追うごとに主人公が悪党の方になり、その魅力に読者が引き込まれていく。マズイ!!」「読者を悪の道の魅力へ案内するような作品は『悪』です。面白がってはいけません。で、連載を中止することにしました。」
 ここには、望月三起也の少年漫画家としてのモラルと同時に、作家の意図とは独立に現実の矛盾を作品に反映してしまうという事が示されていて非常に興味深い。(鈴)

(『ジャパッシュ』は現在はぶんか社のコミック文庫として発売)

 


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