以前、住んでた家に一本の柑橘類の木があった。冬になると枝が折れそうなほどたわわに実をつけた。
一個ちぎって来てミキサーに入れ牛乳と一緒に攪拌して飲んだら。ヨーグルトみたいな味がしたが酸っぱくてまずくて一回で止めてしまった。以後我が家の橘は烏がつついて終わりだった。
昔はこの橘が不老不死の霊薬だったと古事記に書いてある。
1900年前垂仁天皇の御世に疫病が流行って天皇は切実に不死の薬を求めた。常世の国にある時じくのかぐの実を但馬守に探させた。
但馬守は常世の国にゆき10年かけて探してきた。
この功績により但馬守はお菓子の神様となる。理由はわからんけど饅頭やぼた餅の神様なんである。たじまもりがたちばなの語源となる。
橘の実を絞って蜜を混ぜ葛で固めてお菓子にしたんだろうか?今風の蜜柑ゼリーか?
たちばなと聞くと酸っぱくてまずくて鳥しか食べないものを連想するが、ときじくのかぐの実と呼ぶと奥ゆかしい。
年々メタボの症状がひどくなる。私も哀れな気持ちになりだして 時じくの香ぐの実を求めだした。蜜柑農家からキズキズオレンジを安く買って一日3個食べることにした。
時じくのかぐの実は果たして寿命をのばしてくれるであろうか?
さつき待つ花たちばなの香をかげば 昔の人の袖の香ぞする 伊勢物語
(ある女が、夫に見切りをつけ他の男のもとに走った。元夫はその後、大出世した。地方へ出かけた時、そこで元妻がわびしく暮らしてるのを知った。
元妻を呼び、晩酌をせよと命じて、酒の肴のたちばなを差し出させた。
「昔愛した君の香りがするよ」
と詠んだところ、女は過去を恥じて出家してしまった。
この女性は昔、シトラス系の香を焚き染めていたのでしょう。
近江の家には枇杷の木があり白梅があり、なんなん棗の樹があり花橘の木もあった。不老不死の妙薬が庭に植わってた。京都の家にはこういう不老不死の樹はなかった。私は糖尿病悪化するばっかりだったが
近江の家に来てから持ちなおした。枇杷の葉は不老不死の妙薬だった。
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