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昭和は遠くなりにけり

プログはいくつも作ってるのです。だけど本音愚痴を書くプログが欲しかった。

「こいさんのラブ・コール」 フランク永井 cover 清紅

2019-09-27 07:19:28 | 懐メロ
「こいさんのラブ・コール」 フランク永井 cover 清紅



占い教室でコンパがあってそのあとカラオケに行った。
私には京都の血と大阪の血が色濃く流れている。
カラオケがあると懐かしい歌を歌う。
フランクナ永井さんのこいさんのラブコールを歌った。
さいなら大阪の街 こいさんこいさん 女であることああ夢見る
小学校の時この歌が流行っていた。

次に黄昏の御堂筋を歌った。大学時代この歌が流行っていた。雨夜花も。


それからサクランボの実るころ。河は呼んでいる。。憧れのシャンソンを歌った。
いつかプロヴァンスに行こう。デユランス河に行こう
歌いながら泣けてきた。




学生時代

身を立て名をあげ父母の名をあらわすはこれから孝の終わりなり

2019-09-02 16:49:16 | 懐メロ
仰げば尊し 立川清人


身体髪膚、之父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり。身を立て道を行い、名を後世に揚げ、以って父母を顕わすは、孝の終わりなり。  ​​身體髮膚、受之父母。不敢毀傷、孝之始也。立身行道、揚名於後世、以顯父母、孝之終也。
孝経

仰げば尊し聴くだけで泣けてくる。卒業式のたびに泣いていた。身を立て 名をあげ歌いながら泣いていた。映画24の瞳の卒業式シーン見てたら泣けた。立川澄人さんの顔見てたら泣けた。
故鳩山邦夫氏も子供のころ24の瞳見てわんわん泣いたと書いておられた。

​1.仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば
2.互(たがい)に睦(むつみ)し 日ごろの恩
別(わか)るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば
3.朝夕 馴(な)れにし 学びの窓
蛍の灯火(ともしび) 積む白雪(しらゆき)
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば

最近は中原中也、太宰治、芥川龍之介、、名前見るだけで泣けてくる。
蛍のともしび窓の雪明かりで学ぶ少年おもい涙がこみあげる。

石川啄木、宮沢賢治、芥川龍之介が「蛍のともしび積むしらゆき」を卒業式で歌ってるシーン見れないかな 。

「身を立て名をあげ」歌ってるシーン見れないかな。



孔子様この歌聴いて泣いてくれないかな。
孔子様この歌うたってくれないかな。

先日湯島聖堂歩いてきた。なんとも言えず、、孔子様の香りがした。私孔子様に会いたい。また会いに行こう。​






「 百万本のバラ 」 加藤登紀子

2019-07-26 07:38:21 | 懐メロ
「 百万本のバラ 」 加藤登紀子



百万本の薔薇を贈った画家


1.信じてくれますか 一人の若者が
  小さな家を売り バラを買いました
  信じてくれますか 嘘だと思うでしょう
  町じゅうのバラを あなたに贈るなんて
  ※バラを バラを バラをください
   ありったけのバラをください
   あなたの好きなバラの花で
   あなたを あなたを あなたを包みたい

「百万本の薔薇」を初めて聴いた時、世にもけったいな人がいたものだと呆れた。これでもかこれでもかと手紙送る人も困る。アンデルセンは生涯に3回大恋愛して一回も成就しなかった。好きな女性があらわれると大学ノート一冊分の手紙を書いて送ってたらしい。


恋は成就せず失恋ばかり。
この歌で歌われてる画家は。


ニコ・ピロスマニ (1862年 - 1918年4月9日)は19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍したグルジアの画家。彼はグルジア東部のミルザーニの村で生まれた。後にトビリシに出て、グルジア鉄道で働いたり自分の商店を持ったりしたが、体が弱いうえ
人づき合いが下手で長続きしなかった。その後、独学で絵を描く。彼はプリミティヴィズム(原始主義)あるいは素朴派(ナイーブ・アート)に分類される。彼の絵の多くは荒野にたたずむ動物たちや食卓を囲むグルジアの人々を描いたものである。彼はグルジアを流浪しながら絵を描いてその日暮らしを続けた。

一旦はロシア美術界から注目され名が知られるようになったが、そのプリミティヴな画風ゆえ幼稚な絵という非難を浴びてしまった。失意の彼は1918年、貧困のうちに死去した。russian3foto1.jpg

死後グルジアでは国民的画家として愛されるようになる。

1894年、彼の町を訪れたフランス人女優マルガリータと出会って。彼女を深く愛したピロスマニは、愛を示すためにホテルの前の広場を薔薇で埋め尽くした。この伝説がアンドレイ・ヴォズネセンスキーの詩になり、歌となってヒットした。

ニコ・ピロスマニの絵のお蔭でグルジアが大好きになった。あの歌のおかげでますます好きになった。グルジアを描いてくれてありがとう!!ピロスマニのおかげでグルジア神秘的!




死んだ子どもの残したものはねじれた脚と乾いた涙

2019-02-02 15:14:35 | 懐メロ
高石ともや / 死んだ男の残したものは


死んだ子どもの残したものは

ねじれた脚と乾いた涙

他には何も残さなかった

思い出ひとつ残さなかった


去年ゆあちゃん死亡事件にショックを受けてたと思ったら今年早々みあちゃん死亡事件。ショックはつづくどこまでも、、

自宅で死亡した千葉県野田市の小学4年、栗原心愛(みあ)さんは、父親の栗原勇一郎容疑者(41)=傷害容疑で逮捕=の「いじめ」について、学校のアンケートで必死に助けを求めていた。

 「お父さんにぼう力を受けています。夜中に起こされたり、起きているときにけられたり たたかれたりされています。先生、どうにかできませんか」
母親のなぎさ容疑者(31)が「夫に『外に出すな』と言われ、娘を1カ月ぐらい外出させていなかった」などと供述している。「1カ月ぐらい外出させなかった」と話していることから、心愛さんは死亡する同24日まで自宅に閉じ込められていた可能性が高い。


死亡の5歳、船戸結愛(ゆあ)ちゃんノートに「おねがいゆるして」両親虐待容疑


2018年6月6日11時58分


東京都目黒区で虐待を受けたとされる船戸結愛(ゆあ)ちゃん(5)が3月に死亡した事件。
「ぜったいやらないからね」死亡した結愛ちゃんのノート​
子供が親に殺されるたびに胸がはりさけそうになる。赤ちゃんや幼児を見るたびに頭なでなでしてかわいがらずにおれない。
ゆあちゃんやみあちゃんは何でこんな運命に?
以前塾の成績が下がったというだけでシ小学6年の男の子が父親に殴られて死んだ。
子供に期待しすぎてこんなことに?
ベトナム戦争のとき歌われた高石ともやの歌を歌いながら今日もまた泣いているよ。
「死んだ男の残したものは」
谷川俊太郎作詞・武満徹
1.

死んだ男の残したものは
ひとりの妻とひとりの子ども
他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

2.
死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった
3.
死んだ子どもの残したものは
ねじれた脚と乾いた涙
他には何も残さなかった
思い出ひとつ残さなかった

4.

死んだ兵士の残したものは

こわれた銃とゆがんだ地球

他には何も残せなかった

平和ひとつ残せなかった

5.

死んだかれらの残したものは
生きてるわたし生きてるあなた

他には誰も残っていない
他には誰も残っていない

6.

死んだ歴史の残したものは

輝く今日とまた来るあした

他には何も残っていない

他には何も残っていない
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身を立て名をあげやよ励めよ 孝経

2018-01-05 11:02:45 | 懐メロ
仰げば尊し 立川清人


https://www.youtube.com/watch?v=YhhDGKo2Siw

https://www.youtube.com/watch?v=ERuAlRzITX0

身体髪膚、之父母に受く。敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり。身を立て道を行い、名を後世に揚げ、以って父母を顕わすは、孝の終わりなり。  ​​身體髮膚、受之父母。不敢毀傷、孝之始也。立身行道、揚名於後世、以顯父母、孝之終也。
孝経

仰げば尊し聴くだけで泣けてくる。卒業式のたびに泣いていた。身を立て 名をあげ歌いながら泣いていた。映画24の瞳の卒業式シーン見てたら泣けた。立川澄人さんの顔見てたら泣けた。
故鳩山邦夫氏も子供のころ24の瞳見てわんわん泣いたと書いておられた。

​1.仰げば 尊し 我が師の恩
教(おしえ)の庭にも はや幾年(いくとせ)
思えば いと疾(と)し この年月(としつき)
今こそ 別れめ いざさらば
2.互(たがい)に睦(むつみ)し 日ごろの恩
別(わか)るる後(のち)にも やよ 忘るな
身を立て 名をあげ やよ 励めよ
今こそ 別れめ いざさらば
3.朝夕 馴(な)れにし 学びの窓
蛍の灯火(ともしび) 積む白雪(しらゆき)
忘るる 間(ま)ぞなき ゆく年月
今こそ 別れめ いざさらば

最近は中原中也、太宰治、芥川龍之介、、名前見るだけで泣けてくる。

先日湯島聖堂歩いてきた。なんとも言えず、、孔子の香りがした。私孔子様に会いたい。また会いに行こう。​


https://www.youtube.com/watch?v=eG3afAIi6IQ

​​ 
蛍の光の歌詞もそうだった。晋書の蛍雪の功からとっていた。孔子の言葉や蛍雪の功を歌いながら日本の子供は成長したのだった。

1)蛍の光 窓の雪

書読む月日 重ねつつ

いつしか年も すぎの戸を

開けてぞ今朝は 別れゆく



2)とまるも行くも 限りとて

互みに思う 千万の

心のはしを ひとことに

幸くとばかり 歌うなり



3)筑紫のきわみ 陸の奥

海山遠く へだつとも

その真心は へだてなく

ひとえに尽くせ 国のため



4)千島の奥も 沖縄も

八洲のうちの まもりなり

いたらん国に いさおしく

つとめよわがせ つつがなく




蛍雪の功


辛苦して学問をし遂げること。中国、晋(しん)の時代。

車胤(しゃいん)は家が貧しくて油を買えなかった。、夏には蛍を集めて袋に入れ、その光で書を読むなど日夜勉学にいそしんだ。天運は努力する少年に味方しました。彼はついには出世して尚書郎(しょうしょろう)となった。

同じころやはり貧しい少年がいました。

孫康(そんこう)もまた家貧しく、冬に雪に反射する光で読書をし、その功によって御史大夫(ぎょしたいふ)になりました。いずれも『晋書』「車胤伝」「孫康伝」の故事による。