古事記 上つ巻 現代語訳 二十七
古事記 上つ巻
八岐大蛇
書き下し文
故、避追はえて、出雲国の肥の河上、名は鳥髪といふ地に降りましき。此の時に、箸其の河より流れ下る。是に須佐之男命、人其の河上に有りと以為ほして、尋覓めて上り往でまししかば、老夫と老女と二人在りて、童女を中に置きて泣く。尓して問ひ賜はく、「汝等は誰そ」ととひたまふ。故、其の老夫、答へ言さく、「僕は国つ神、大山津見神の子なり。僕が名は足名椎と謂ひ、妻の名は手名椎と謂ひ、女の名は櫛名田比売と謂ふ」とまをす。亦問ひたまはく、「汝が哭く由は何ぞ」ととひたまふ。答へ白言さく、「我が女は、本より八の椎女在り。是の、高志の八俣の遠呂智、年毎に来て喫ふ。今其が来べき時なり。故、泣く」とまをす。尓して問ひたまはく、「其の形は如何」ととひたまふ。答へ白さく、「彼の目は赤加賀智の如くして、身一つに八頭八尾有り。亦其の身に蘿と檜椙生ひ、其の長は谿八谷岐八尾を度りて、其の腹を見れば、悉に常に血に爛れたり」とまをす。
此に赤かがちと謂へるは今の酸漿ぞ。
尓して速須佐之男命、其の老夫に詔りたまはく、「是の汝が女は、吾に奉らむや」とのりたまふ。答へ白さく、「恐し。また御名を覚らず」とまをす。尓して答へ詔りたまはく、「吾は天照大御神の伊呂勢ぞ。故、今天より降り坐しぬ」とのりたまふ。尓して足名椎手名椎神、白さく、「然坐さば恐し、立奉らむ」とまをす。
現代語訳
故に、避け追われて、出雲国の肥河(ひのかわ)の上流、名は鳥髪(とりかみ)という地に降りになられました。この時に、箸(はし)がその河より流れ下ってきました。ここに、須佐之男命(すさのおのみこと)は、人がその河上に有りとお思いになられて、尋ね求めて、上っておいでになられたところ、老夫(おきな)と老女(おみな)の二人いて、童女(おとめ)を中に置いて泣いていました。尓して、問になられて「汝等は誰だ」といいました。故に、その老夫が、答えて、「僕は、国つ神、大山津見神(おおやまつみ)の子です。僕が名は、足名椎(あしなづち)といい、妻の名は手名椎(てなづち)といい、女(むすめ)の名は櫛名田比売(くしなだひめ)といいます」といいました。また、問いになられて、「汝が哭く理由は何だ」といいました。答て、「我が女は、本より八の椎女(おとめ)在り。この、高志(こし)の八俣(やまた)の遠呂智(おろち)が、年毎に来て喫(く)ってしまいました。今、それが来る時です。故に、泣いているのです」といいました。尓して、問いかけ、「その形は如何(いかに)」といいました。答えて、「彼の目は、赤加賀智(あかがち)の如くして、身一つに八頭八尾有ります。また、その身には、蘿(ひかげ)と檜椙(ひすぎ)が生え、その長(たけ)は、谿八谷岐八尾(たにやたにをやを)を度りて、その腹を見れば、ことごと常に血に爛れています」といいました。
ここに、赤かがちというのは、今の酸漿(ほおずき)のことです。
尓して、速須佐之男命は、その老夫に、「この汝の女は、吾に奉ってはどうだろうか」といいました。答えて、「恐しことです。また御名を知りません」といいました。尓して、答えて、「吾は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の伊呂勢(いろせ)だ。故に、今、天より降ってきた」といいました。尓して、足名椎・手名椎神は、「然らば、坐(ましま)す恐し、奉ります」といいました。
・鳥髪(とりかみ)
現・島根県仁多郡奥出雲町鳥上
・高志(こし)
越国・古代における本州の日本海沿岸域北東部を指す地名で,古志・高志・古之とも書く
・赤加賀智(あかがち)
酸漿(ほおずき)の古称
・蘿(ひかげ)
つたなど、匍匐性の植物
・伊呂勢(いろせ)
「いろ」が同母。「せ」が兄弟、恋人、夫など親しい男性を呼ぶ称
現代語訳(ゆる~っと訳)
このように、追放された須佐之男命は、出雲国の肥河の上流、名は鳥髪という地に降りました。
この時、
箸(はし)が
その河より流れ下ってきました。
そこで、須佐之男命は、
人がその河上に住んでいると思い、
尋ね求めて、
上って行ったところ、
老夫と老女の二人いて、
少女を間に置いて、
泣いていました。
そこで、須佐之男命は、
「お前たちは誰か?」
と問いました。
それで、その老夫は、
「私は、国つ神、大山津見神の子です。
妻の名は手名椎、
娘の名は櫛名田比売と申します」
と答えました。
また、須佐之男命は、
「お前たちは、
どうしてそんなに泣いているのか?」
と問いました。
足名椎は、
「私の娘は、本来、8人おりました。
しかし、
高志のヤマタノオロチが、
毎年やってきて、
食べてしまうのです。
今、それが来る時です。
ですから、
泣いているのです」
と答えました。
そこで、須佐之男命は、
「その姿はどのような形なのか?」
と問いました。
足名椎は、
「奴の目は、
ホオズキのように赤く、
体が一つで、
頭が八つ、尻尾が八つあります。
また、
その身体には、
ツタやスギ、ヒノキが生え、
その長さは、
八つの谷と八つの峰を渡るほどで、
その腹を見れば、
余すところなく、
常に血にただれています」
と答えました。
ここに、赤かがちというのは、今のほおずきのことです。
そこで、速須佐之男命は、その老夫に、
「このお前の娘は、
私に献上してはどうか」
といいました。
足名椎は、
「恐れ多いことです。
しかし、
私は、まだあなた様の名前を知りません」
と答えました。
そこで、速須佐之男命は、
「私は、天照大御神の同母弟。
わけあって、
今、高天原より降ってきたところだ」
と答えました。
これを聞いた、足名椎・手名椎神は、
「それならば、恐れ多くも、
娘を献上いたします」
といいました。
続きます。
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ありがとうございました。