月明かりの下の独り言

こちらに舞い戻って参りました。
こちらで、ちょっくら暑苦しく真面目な話題に、取り組んでいきたいと思います。

ともに生きていく

2008-01-30 | 平和について
昨日の韓国軍によるベトナム戦争における加害体験。韓国とベトナムの民間レベルでの交流について、昨日の記事からの補足説明です。

韓国では、97年に金大中氏が大統領に当選し、長らく続いた軍事政権による統治が終わった。軍人が大統領だった時期には、韓国軍の負の側面は明るみに出すことができなかったという。

99年にこの事実がベトナム留学中の韓国人学生によって韓国の雑誌に紹介され、韓国の人たちに衝撃が走った。今まで、韓国はベトナム戦争における被害者である、という認識をしていたからである。

この事実を紹介した雑誌の読者たちは募金を集め、ベトナムで慰霊のための公園を作ったり、慰霊碑を建てたり、被害者の生活費を支援したり、家を修理したという。韓国人医師もボランティアで村に入り診察を行い、若者が現地でキャンプをしながら歴史を学ぶ。こういった草の根の謝罪と和解のための行動が、現在も続いているという。

金大中大統領も、ベトナム訪問の際、謝罪の言葉を述べている。軍の正式な調査はまだ行われていないが、これらの活動が、市民レベルでの関係改善に役立っていることは、想像に難くない。

話は飛ぶが、ルワンダでも人々は、文字通り隣り合わせに同じ村の中で生活していたフツ族がツチ族を虐殺するという、悲惨な経験をしている。加害者の数は膨大であり、命令によって殺人や暴行に参加した人々は、伝統的な草の根裁判で処理することになったという。そのほとんどは、和解を目指し、労働奉仕刑に処せられ、被害者のための家の建設などに携わっている。その中で、完全ではないが、被害者と加害者の和解が進んでいる、という記事を、これまた1月14日付の朝日新聞で読んだ。

その中の被害者の言葉が、ひどく印象的だった。
「一緒に住み続けるには許してあげるしかない。彼らは悪魔に突き動かされたのだと思うようになった」

将来、ともに生きていく。そのためには、どうすればいいのか。

この言葉は、夫と子どもを目の前でツチ族の隣人に虐殺された女性の言葉である。

もし、自分の目の前で家族が殺されたら、自分はその後どう生きていくのだろうか。ベトナムでも、目の前で韓国軍に家族を殺された人たちがいる。そして、朝鮮・中国でも、日本軍にそんな経験をさせられた人たちの記憶は、まだ生々しく生きているだろう。

そんな傷を負った人たちと、日本人もともに生きて行かなくてはならない。政府間での和解は終わっている。だが、それだけですでに問題は終わってしまっているのだろうか。

幸か不幸か、中国では、政権が世論を圧迫することができているんだろう。だから、反日的な感情も、政府の方針によって押さえることができていると、私は見ている。だが、民主化が進んだ時、自由な意見が言えるようになった時、日本と中国の関係は、どうなっていくんだろう。


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