新・私に続きを記させて(くろまっくのブログ)

ハイキングに里山再生、れんちゃんとお父さんの日々。

それはまだ知らないヴェルレーヌ フランス流日本文学(7) 

2021年02月01日 | 文学少女 五十鈴れんの冒険

[今回のテクスト]
『こう読めば面白い! フランス流日本文学 -子規から太宰まで-』柏木隆雄(阪大リーブル)
第7章 竹友藻風とヴェルレーヌ -学匠詩人の面目-

[登場人物]
御園かりん
14歳の中学2年生。夢見がちで都合良く解釈する性格と、漫画の読み描きという趣味が相まって、自分のキャラクターを設定してしまった、いわゆる「中二病」。「怪盗少女マジカルきりん」という漫画に影響されてきたが、去年、また新しい「神作品」に出会ってしまったらしい。れんの父のブログで、手塚治虫の『新撰組』について知り、借りに来た。なぜかヴェルレーヌについて調べている。

五十鈴れん
15歳の中学3年生。小さいときから内気で、人と話すことは苦手。好きなことは、文章を書くこと、絵を描くこと。学校の違うかりんとは、商店街の「エミリーの相談所」で知り合った。かりんが企画したこども会のクリスマス会では、サンタ役で協力した。

五十鈴九郎(お父さん)
ひとり娘のれんを溺愛する、コロナで隔日勤務の会社員。ヴェルレーヌとランボーは昔読んだ。
 

[二月に入ったある日の午後]


[1]かりん登場
かりん お初にお目にかかります。御園かりんです。五十鈴先輩には、商店街の「魔法少女の店 エミリーのお悩み相談所」でお世話になっております。

お父さん こちらこそ初めまして。れんの父です。「魔法少女の店」は、商店街の木崎会長のお孫さんがリーダーの「商店街レスキュー隊」の拠点でしたね。

かりん 私も、たまにPOPのイラストを描かせていただいたりしています。

父 それはすごい。さて、御園さんは、手塚治虫やフランス文学ご関心がおありだったんでしたね。たいした本はありませんが、どうぞご自由にごらんください。
れん、どうする?先に本を見てもらう?それとも、お茶にする?

れん ぁ、はぃ! 御園さん、ぉ茶は後でいい…かな?

かりん 後でいいの!…でござります。

お父さん では、ごゆっくり。


[2]書斎のふたり

れん ふぅ。何で、「御園さん」と呼ばせるの?かりんちゃん、私のこと、「先輩」なんて呼んだことなぃくせに…

かりん れんたん、心配ないの。汚れを知らない天使のれんたんのお友達らしく、ヲタバレしないよう猫をかぶり続けてみせるの。

れん 無理しなくて、ぃいよ?「ぉ初にお目にかかります」ってヴァイオレットちゃんのごあいさつだよね。ぉ父さん、ヴァイオレットちゃん好きだょ?

かりん 一度いってみたかったの! それにヴァイオレットは、アーティストのアリナ先輩も認める芸術アニメだから別なの! きっと私も芸術を理解する知性と教養あるインテル入ってる人に見えたに違いないの!
でも、れんたんパパ、加齢臭まで芳しい、おしゃぶり昆布の梅昆布部長みたいでかっこいいの! 思わず創作意欲を掻き立てられてしまうの!

れん もぅ…それ、全然ほめてないよぉ。ぁ、手塚さんの本は、この辺の棚です。ぉ父さん、加齢臭を気にして、朝と夜の二回ぉ風呂に入ってぃるんだからね。ぁ、それから、ぅちのぉ父さんで、絶対漫画描いたりしないで…ょ?

かりん れんたんがファザコンなのは、梨花たんやオオカミさんからも情報入手済みだから、安心するのなの!生ものは取扱注意なの!

れん むぅ。ファザコンじゃなぃ…ょ! それに、オオカミさんはハロウィンのぉ芝居のときの役名でしょ。そろそろちゃんと名前ぉぼえなょ?名前は…さ…

れん 『新撰組』あったの!帰ってじっくり読むけど、あのシーンだけはいますぐ読みたいの!
えーと、えーと、えーと。
きゃゃゃぁぁぁぁぁー!

れん ぁ、ぁ、ぁ。かりんちゃん、ぁ、ぁ、ぁ。

お父さん どうした?何があった!

れん ぇっと、ぁの、御園さん、どうしても読みたかった本が見つかって、感激しちゃったみたいで…だよね?

かりん そ、そうなのの、ののの!でごじゃります!

お父さん それならよかった。お役に立てたようですね。じゃあ、ごゆっくり。

れん 行った。ふぅ。だめ! 大きな声を出したら。

かりん ごめんなさいなの。でもれんたんのパパのブログを読んで、萩尾望都さまが「お目覚め」になったこの作品を知って、どうしても見たかったの。

れん 吉本隆明さんと萩尾望都さんの対談を取り上げた記事だね。…新撰組の丘十郎くんと、実は長州の間者だった大作くんが、最後に対決するシーンだっけ。

かりん そうなの! さすが萩尾望都さまを「目覚め」させた作品だけはあるの! 「きみかぼくのどっちかが死ねばいいんだ」という親友同士の命がけの対決、これはもう最高の愛の形なの。尊すぎて死にそうなの。

れん 死んじゃったらだめ…! はぃ、ヴェルレーヌさんの詩集と、ランボーさんの『地獄の季節』だよ。二人の恋愛関係について、知りたいんだよね?

かりん ありがたいの! おかげで、不足しがちなラン×ヴェル分が補給できるの! でも、れんたん、呼び方の順番はランボー×ヴェルレーヌのカプ固定でお願いしたいの! では、まずは解説から読ませてもらうの!

れん カプコティ? 意味わかんないょ。ぅーん。しかしその二人だけじゃ、ぉ父さんに気づかれてしまいそうです。『海潮音』『月下の一群』『巴里の憂鬱』。これだけ選んでおけば、かりんちゃんが普通のフランス文学好きに見えるでしょうか…。『コクトー詩集』『アポリネール詩集』『エリュアール詩集』は、どうしましょう。

かりん ないの!

れん ぇっ?どうした…の?

かりん ヴェルレーヌ様が、ランボーたんを撃ったお話しか書いてないの。これだけでは二人のラブラブ時代について、何もわからないの! れんたん、他にないの?

れん ぅーん、たぶん、ないと思う。ぃま、ぉ父さんが読んでいるご本に、ヴェルレーヌさんのお話は出てくるけれど。

かりん それなの!

れん ぇっ? 私も読んだけれど、ヴェルレーヌさんの詩の翻訳の話がテーマで、ランボーさんの話も、『酔いどれ船』の話しか出てこなかった…と思うよ?

かりん それでもいいの!今の私はコロナのせいで、ラン×ヴェル分が不足して死亡寸前だから、二人の名前を聞いているだけで、幸せな気持ちなれるの。ぉ父さんに、本を見せてもらって、話を聞くの!

れん ぇっ?かりんちゃん?

かりん 任せるの!絶対れんたんに迷惑はかけないの!

れん もぅ…大丈夫かなあ…。



[3]お父さん、「秋のうた」を読む

お父さん さっぱりわからねえ。フランス語は元よりわからねえが、日本語までわからなくなってきた。
あ、お探しの本は見つかりましたか? いま、れんの部屋にお茶をお持ちしましょう。

れん ぁ、ここでぃい。御園さん、ぉ父さんにヴェルレーヌとランボー…じゃなくて、ランボーとヴェルレーヌについて、聞きたいことがぁるみたいだから。

お父さん いまちょうどヴェルレーヌのくだりを読んでいるところです。

かりん はい、それで、いろいろお話を伺いたいと思いましたの!…です。

お父さん いま読んでいたのが、上田敏の訳で有名な「秋のうた」です。知っていますか。従姉のお姉さんに教わりましたか。そう、ノルマンディ作戦の暗号にも使われました。御園さんはよく知っていますね。
最もよく知られる上田敏訳の「落葉」の出だしは、こうです。

「秋の日の/ヴィオロンの/ためいきの/身にしみて/ひたぶるに/うら悲し」

この詩が、上田敏の高弟の学匠詩人、学問に優れた詩人という意味ですが、竹友藻風の訳だと、

「秋の日の/ヴィオロンの/長きためいき、/ひといろの/なやみにて/こころを破る」

と、なります。よく似ていますが、藻風は師の上田敏の訳に敬意を払いながらも、細かな修正を加えていて、微妙なところで決定的に違いますね。最後の「破る」は、還暦を記念した訳詩業の集大成の『法苑林』(ほうおんりん)では、「傷る」になっています。これはこちらの方がいいですね。

かりん この秋のギロチンの詩は、何らかの犯罪事件を暗示したものなのでしょうか?

れん こそこそ(「ヴィオロン」だよ。「バイオリン」のこと)

かりん ヴィオランです!失礼しました!

お父さん 秋の日のギロチンなら、「ひたぶるに/うら悲し」でもいいような気がしますね。太宰治なら、この詩を、ヴィオロン、ヴィオロン、キュルキュルキュルと戯れ唄に仕立てそうです。失礼、つまらないオヤジギャグです。
私も何で秋風がバイオリンなのかは、考えてみたこともありませんでした。ちゃんと説明した解説あったかな。この本の著者の先生は違いますね。この上田敏訳の「ためいき」は、藻風訳では「長きためいき」ですが、元の「Les sanglots」、レ・サングロって読むのかな。すすり泣き、嗚咽という意味だそうです。北風がプラタナスなどの街路樹の葉叢、生い茂った葉を吹きたてる音の隠喩だと、この先生は説明していて、なるほど、初めて秋風がバイオリンになる意味がわかりました。秋のヴィオロンの音は物悲しいだけでなく激しさも秘めている。
藻風は本当は「長きすすり泣き」と訳したかったけれど、これでは8字だし、たんに「すすり泣き」では「長き」が落ちると、この先生は書いています。
しかし、どんなことばがあるんでしょうね。「すすり泣く声」では、くどいし、「長い」のニュアンスは伝わらないですね。

れん (かりんちゃん、猫かぶって、真面目に聞いてるけど、ぃつまで我慢できるかな?)

かりん さっぱりわからなかったのは、いまのレ・ガングロのところでしょうか?

れん こそこそ(レ・サングロ…)

お父さん 巴里の都と、ガングロのヴェルレーヌか。映画『ジョーカー』の白黒逆パターンのようですね。あの映画にも、ガングロならぬガンシロのジョーカーが初めて殺人を犯した翌日、自分の弟かもしれない少年と会うシーンがあるんです。実は、その少年が、後に宿敵となるバットマンなんですけれどね。落ち葉が舞う中、ジョーカーは、一生懸命、弟かもしれない少年を笑わそうとするのです。あれは本当に切ないシーンでした。御園さんが大人になったら、楽しいお酒が飲めそうです。
今のレ・サングロも難しいですが、上田敏訳では「ひたぶるに」、藻風訳では「ひといろの」となっている「Monotone」、モノトヌ、英語のモノトーンのところが、一向にわからないのです。
御園さん、たしか漫画を描くんですよね。スクリーントーンは、今の若い人も使うんですか?

かりん まだ使ったことはないけど、知ってるの!ののの、でございます。

お父さん 今は漫画もデジタルの時代でしたね。スクリーントーンも、モノトーンの白黒ニ階調なのに、その表現は自由自在でバリエーションも無限大です。ここにある、わが家の愛読書の『ちはやふる』では、いまクイーン戦のクライマックスですが、千早と詩暢の着物の柄のトーンが実に美麗です。モノクロ印刷なのに鮮やかな色彩が見えてきそうだと思いませんか? 清少納言タイプの千早と紫式部タイプの詩暢、究極のライバルである二人の個性を表現して余りあります。
「ひたぶるに」は、一途、ひたむき、ひたすらに、という意味です。ひたすら思い詰めて、頭の中がそれ一色、モノトヌになっている、という解釈も不可能ではないのかもしれませんが、それはどこかこじつけのようにも聞こえます。上田敏訳は必ずしも忠実な訳ではなく、訳したときの日本語のことばの調べや音色や響きを重視したというのがよくわかるところですね。
モノトヌは、スクリーントーンがそうであるように白と黒のニ階調であるわけですから、たんなる「ひといろ」、たんなる単色ではありません。しかし、このことばなら、無色に近い陰翳のニュアンスは出せる。訳者としては、そこで我慢せざるをえなかった、と、この先生は指摘されています。
私はフランス語が読めませんが、藻風が原典に忠実に、誠実に訳しているというのは、この「ひといろの」でわかるような気がします。かわりにどんな言葉があるのか。ずっと考えてみましたが、さっぱり思いつきません。

れん (じーっ。ぉ父さん、かりんちゃん、完全にぉぃてけぼりだ…ょ)

お父さん ああ、藻風は学者ですが、翻訳だけでなく、自身も良い詩を詠む詩人ですね。感心しました。この「うす青の空のかなたは、月光の海の底なり」なんか、どうです?

かりん ファンタジーなの!いえ、ファンタジーなのは、私も好きです…はぃ。

れん 私も、その詩好き…空のかなたは月の光の海の底…素敵です…この詩も大好き。
「月うかび、水に泣き、樹樹はみな、声をのむ。恋人よ、恋人よ……月しずむ、丘のかげ、色あをみ、風ぞ吹く」
私も、藻風さんみたいな詩が作れたらなぁ。

お父さん 「藻風は訳詩において韻律を守ることに節を通した。あたかもその窮屈な詩型に、自由な詩想をいかに巧みに盛り込むか、にひたすら情熱を注ぐかのように」という柏木先生の言葉に、「現代人にラスコーの壁画が描けるか」というある絵描きさんの言葉を思い出しますね。今は韻律も字数も守る必要はなく、むずかしい漢字も一発変換できて、知らないことはスマホで一瞬で調べられるけれど、本当の意味で自由を手に入れられただろうか。
しかし、無理に定型に納めようとする弊害はあるね。「詩学」で、「奇数脚」を「分け難き数」と訳しているのは、「なぞなぞ」みたいになってしまって、ちょっと苦しいものがあるかな。




[4]ヴェルレーヌを読みたいなんて、かりんはちょっと(かなり?)変わった女の子

お父さん しかし、ヴェルレーヌに興味があるなんて、こういう言い方は失礼かもしれませんが、御園さん、いまどき珍しいですね。私が最後にヴェルレーヌについて読んだのは、かなり以前ですよ。この本で25年ぶりくらいかな。

かりん は、ははははい。『文豪ストレイドッグス』という作品がございまして、映像作品から入ったの!でございます…はぃ。

お父さん 『文スト』劇場版は、私もれんと観に行きましたよ! 仕事の関係で、チケットをもらったんです。れんがお友達と行く予定だったんですが、お友達が風邪をひいてしまったので、ピンチヒッターでした。『文スト』は日本の文豪がメインですが、ドストエフスキーが敵役でしたね。最近はヴェルレーヌも登場するんですか?

かりん い、いいいいいえいえいえ、『文スト』は、文学に興味を持ったきっかけで、ヴェルレーヌを知ったのは、ほ、他の作品です。

お父さん そうですか。ヴェルレーヌは出てきませんか。それは残念です。
失礼。お客様にお茶をお出しするのを忘れていました。いま支度しますね。

かりん ふう。やばかったの。『文スト』作戦は失敗なの。まさかパパたんが『文スト』を知っているなんて油断も隙もないの。れんたん、こういう大事なことは最初に伝えておいてもらわないとすごく困るの。

れん ぇーっ。『文スト』の話をするなんて、聞いてないよ…。ぁのね、ぉ父さん、かりんちゃんの好きなものに偏見ないから、正直に話した方がぃいんだょ? 萩尾望都さんのこと尊敬してるの、読んだ記事でわかるでしょ?

かりん だめなの。愛娘の大親友が腐りきったヲタクだと知られたら最後、純真無垢な天使のれんたんのイメージまで汚されて、梅昆布パパが悲しみのあまり発酵してキムチわかめパパになってしまうの。

れん ぅれしい…大親友って、ぃってくれて。でもね、かりんちゃん、…

お父さん お待たせしました。

かりん ふゅう! ど、どどどうもありがとうございます。
ところで、お尋ねしたいのですが、わ、私も女子として生まれたからには、恋愛などにも、興味があったりするわけですが、こ、恋に恋する乙女におすすめの詩はおありでしょうか。あ、今は男女間の恋愛に限定すると、パリコレで問題になりますから、恋に恋する少年でも構いません。むしろ、そちらの方が、いえ、そういう意外性のある詩は、ございませんでしょうか。

お父さん うーん。意外性か。ランボーには、型破りな衝撃力や突破力がありますが、ヴェルレーヌの場合は、『詩法』になるのかなあ。しかし、まずは王道で、初期のラブソングなどから入ったらいかがですか。優しくロマンティックでね。婚約者に贈った歌でしたね。マチルドという名前でしたか。

かりん そ、その人とは何ごとも問題なく、結婚できたのでしょうか。

お父さん 結婚しましたが、離婚したはずです。前半生は、恋にも生活にも破れ、「デカダンス派」、頽廃芸術といわれますが、破滅的で悲劇的な生き方が、かつてのヴェルレーヌ人気の理由かもしれません。無頼派といわれた太宰治が、小説のエピグラフに使ったり。ランボーに対する狙撃事件とか……。

かりん 大変興味深いお話です。(ガタッ、グィッ)

れん (かりんちゃん…それじゃあ、丸わかりだょ…)

お父さん うーん。同性愛がタブーだった時代ではあるのですが、近松の心中物のような悲恋物語というのとも違いますし、あの事件は何だったのでしょうね。
何年か前、『ゴッホとゴーギャン展』を見に行きました。この二人は同性愛関係ではなかったようですが、ヴェルレーヌとランボーの関係を思い出しました。二人の天才がその才能のピークに出会い、握手し、抱擁し、衝突して、破局を迎え、またそれぞれの道に旅立っていく。哲学者のニーチェのいう「星の友情」ですね。

かりん 『星の友情』?すぐに話を聞かせてくださいなの!です!

れん (猫どころか、獲物を見つけた虎だょ、かりんちゃん…)

お父さん ニーチェは哲学者であると同時に詩人でした。こんな内容ですよ。記憶なので、正確な引用ではありませんが。


〈わたしたちは友人だった。それぞれに別々の航路と目的地を持った二艘の舟だった。わたしたちは同じ港で出会い、祝祭の日々を過ごしたが、異なる海へ、異なる太陽のもとへ旅立ち、遠く離れた。ふたたび、まみえることがあっても、お互いがわからないかもしれない。異なる海と異なる太陽が、わたしたちをすっかり変えてしまっているだろうから〉

かりん それなの! それこそ私が求めるラン×ヴェルなの! ねぇ、私、それ読みたいの!

れん ツンツン(かりんちゃん、完全に地が出ちゃってるょ)

お父さん ランベル? あー、ランベルトのことですか。円周率が無理数であることを発見した人でしたね。永遠に終わらないし、どこにもたどりつけない。そう、それこそ、ヘーゲル弁証法の欺瞞を拒絶する、ニーチェの永遠回帰の思想ですよ。御園さん、あなたはすごい。

れん (全然関係なぃと思ぅょ、ぉ父さん…でも、かりんちゃんなぜドヤ顔なの…)

お父さん しかし、困りましたね。いまのは『悦ばしき知識』でしたが、ニーチェの本は読むこともなくなったし、必要になったらまた買おうで、処分してしまったのです。今日のような日があると知っていたら、残しておいたのですが。
そうだ。同人作品ですが、このニーチェの詩をコンセプトにしたSFファンタジーがあります。その本に全文引用されています。まあ、原作のお手伝いを少しした私が、引用したのですが。サンプルにいただいたストックがまだ残っていますから、一冊ご進呈しましょう。

かりん ありがたいの!…です。

お父さん いまどきヴェルレーヌに注目するとは、御園さんはお目が高いですね。
ヴェルレーヌは、今では大学の授業か研究以外に、ほとんど誰まれていないんじゃないでしょうか。ヴェルレーヌの作品に、価値がなくなったからではありません。秋、落ち葉、恋人たちの出会いや別れ。代表作の「秋のうた」の世界は、映画やドラマや漫画やCMで、商業広告や商業出版のアイコンとして消費されてしまったからです。
いまいちど、この先生のように、ヴェルレーヌその人のテクストに立ち返り、紋切り型ではない新しいヴェルレーヌ像を打ち出せたら、学者ならよい論文が書け、クリエイターならよい作品が作れるでしょうね。

かりん わ、私も、ヴェルレーヌを主人公に、何か描いてみたいの!ですが、はぃ…でも、どうしたらいいか、わからないなの!です…はぃ。

れん (かりんちゃん、急に私のマネしなくても…)

お父さん ふーむ。そうですね、ストレイドッグに対抗して、ストレイキャッツでいきましょうか。

れん (ぁ…ぉ父さん、スヌ太ちゃんやちかちゃんで遊んでくれたときと同じ顔してる…また何かぉ話を思いついたらしぃ…何を言い出すんだろ…)


[5]お父さん原作・御園かりん作画『仏文ストレイキャッツ』(仮)

かりん 面白そうなの!はっ。面白そうでございます。どんなお話なのでございますか?

お父さん えーと、フランス語なら…英仏変換…Le chat errant ? レ・シャ・エランって読むのかな。おしゃれすぎるな。タイトルは、改めて考えることにしましょう。登場人物は全員猫と犬にします。
フランスを占領した黒魔術のドイツ犬の支配に抗して、レジスタンスの白魔術のフランス猫が、ことばの魔法を武器に祖国解放をめざしてたたかうんです。ヴェルレーヌは、レジスタンスのリーダーの一人です。ドイツ犬は、総統犬の「わが闘争」、宣伝犬の「勝利の日記」、オカルト犬の「二十世紀の神話」、哲学犬の「存在と時間」と、凄腕の固有魔法使いばかりです。

かりん でも、フランス猫が絶対勝つに決まっているの! ヴェルレーヌたんが、ドイツ犬なんてギッタギタなの!でございます!

お父さん その通り! ヴェルレーヌは、一切の悪を浄化する、究極の秘法を持っています。
でも、ドイツ犬も悪者ばかりではありませんよ。いい犬もいることにしましょう。総統に追放された詩人犬は「ローレライ」、本当は戦争に反対の宣伝猫の部下の童話犬は「飛ぶ教室」で、フランス猫をピンチから救ってくれます。

れん (ぉ父さんとかりんちゃん、ものすごく気が合ってる…似た者同士、なのでぁろうか…)

かりん ヴェルレーヌの究極の武器を教えてくださいなの!です!

お父さん それは、詩の究極の秘法を歌った『詩法』です。これはことばの霊力の源泉ですから、「わが闘争」だろうが「存在と時間」だろうが、それが言葉である限り、全て無効にできる、チートな固有魔法です。『Fate』の宝具のルールブレイカーのようなものですね。
弱点のない、完全無欠なキャラクターは、つまりませんから、言葉の天才ヴェルレーヌも、アブサンでいつも酔っ払っていて、相棒のランボーを間違えて打ちのめしてしまうドジキャラにしておきましょう。ランボーの固有魔法は「酔いどれ船」で、酔っ払い同士の凸凹コンビです。

かりん かっこおもしろいの!はっ!です、はぃ。
『詩法』は、どんな作品でございますなのでしょうか。

お父さん 『詩法』の「智慧」という作品の一節が、この本に紹介されています。

   ああわが神よ、君は愛もて傷つけたまへり、
   その傷手(いたで)、いまもなほ戦(おののけ)るなり、
   ああわが神よ、君は愛もて傷つけたまへり、

   ああわが神よ、君がおそれはわれを撃てり、
   雷火はいまなほ鳴りひびくなり、
   ああわが神よ、君がおそれはわれを撃てり、

かりん かっこいの!です…はぃ。むずかしくて、意味はよくわからないのでございましたが…

お父さん うーん。デカダンの果てに神に救いを求めた詩だそうですね。そうだ。アイドル好き、アニメ好きが歌った詩だと考えてみましょうか。

アイドルファンもアニメファンも、信者の行く着く先は「ああわが神よ、君は愛もて傷つけたまへり」なのではありませんか?推しへのお布施で傷が広がり出血が絶えないわけですから。
一連めは、推しへの愛が止まらなくて傷口が広がるばかりなんです。ずっきゅん⭐︎ハートで、生きるのが辛いんです。
二連めは、推しはおそれ多い、尊みがやばくて、雷火、ビリビリ⭐︎ショックでヘビロテ不可避な感じですか。『レールガン』のビリビリちゃん、かわいいですよね。

かりん わかるの…5万5千円は、中学生の私には無理なの…それに、画力もお話を作る能力もない私には、まだまだ無理なの…はっ、なのです…はぃ。

お父さん 中学生が5万5千円は、さすがにお布施のしすぎですね。しかし、御園さんは、まだまだこれからじゃないですか。勉強して、勉強して、勉強してください。
今日は、御園さんの大好きなアニメのBlu-ray観せてもらうんだって、れんが楽しみにしていました。時間を取らせてしまって、すみません。
私はこれから職場に顔を出して、買い物してきますが、夕飯食べて帰ってくださいね。ああ、おうちに帰りますか。では、帰りにおみやげを持って帰ってください。れん、本の部屋に置いておくから渡してあげなさい。
その他の本も、自由に見て、自由に持って帰ってください。それではごゆっくり。



[6]かりんの秘密

れん ぉ父さん、出かけて行ったょ。
ぉ父さん、楽しそうだった。かりんちゃんのこと、すごく気に入ったみたい。

かりん そうなの…?でも、結局最後はヲタバレしていたみたいなの。

れん 気にしないで! 私がプ リキュア卒業した後も、ぉ父さんは好きで毎週観ている人だから。
それより、『怪盗少女マジカルきりん』劇場版のBlu-ray、早く観よ!

かりん はぃなの!

(180分後)

かりん ふぅ…やはり『マジカルきりん』は私の原点なの。最近はBLばかりだったけれど、久々にマジきりトークが楽しめたの!

れん 私も大好き。マジきり好きなぉばぁちゃん、早く退院できるとぃいね…

かりん お心遣いありがとうなの!では、今日はお母さんのポトフの日だから、お暇するの!

れん 待って…その前に、ご本の部屋に寄ってこ。ぉみやげがあるって。こっちこっち。ぃま、電気つける…ね。さぁ、どうぞ。ぉ客様のおみやげ用のこれかな?

かりん あ、紙袋にクッキーと薄い本が入っているの!

この表紙絵、萩尾望都さまみたいで超絶きれいな絵なの!

きゃぁぁぁぁ!

れん ぇ? え? どうしたの?

かりん これBL界で伝説の同人作品なの。パパたん、ボーイズラブの原作を手伝うなんて、ホモだったなの?

れん 「ホモ」は差別語だから、「ゲイセクシャル」とぃおうね?…ぉ父さんは、たぶんちがう…と思うよ。BLでも何でも、よい作品なら楽しみ、応援する人なんだ…。

かりん れんたん、どうしたなの?

ぁれ…!

あぁぁぁぁぁ! まさかのまさかなの!


れん ど、どぅしたの?


かりん 『太陽と月に背いて』の映画パンフレットが、あそこに見えているのなのおぉぉぉ!

原作クリストファー・ハンプトン、監督アニエスカ・ホランド、主演レオナルド・ディカプリオ、デヴィッド・シューリス、ボーイズラブの神映画の『太陽と月に背いて』なのぉ!

れん この文庫本は映画のノベライズだね…。ぉ父さん、こんなご本も読んでぃたんだ…。

はぃ、かりんちゃん、どうぞ。プレゼント。その他の本も自由に見て、持ち帰っていいって、ぉ父さん、いってたし。


かりん ほんとなの? ありがたいの!

文庫にも、この映画のスチールのポスカが入っているの! すごいの!

れん かりんちゃん、去年のぉ正月、東京の従姉のお姉さんのところで、この映画、観せてもらったんだょね…

かりん そうなの! やんちゃで小悪魔なランボーたんに、若ハゲでずんぐりむっくりで毛むくじゃらなヴェルレーヌ様が、あんなことやこんなことをされちゃって、私はもう完全に、ずっきゅん⭐︎ハートのビリビリ⭐︎ショックだったなの!
でも、去年の夏休みも今年のお正月も、コロナで東京に行けなくて、『太陽と月に背いて』が観られなくて、気が狂って死にそうだったの!

お正月も、東京行きはだめっていわれて、映画のDVDをネットで探したら、5万5千円もして、貯金箱に5456円しかなくて、もう生きることに絶望したの!

れん それで、ぇみりちゃんの相談所に来たんだったよね…。中学生でも5万円、すぐに稼げるバイトはないか、とか…。無謀すぎて、みんなで心配したょ…?

かりん ねえ、何で?何でなの?

パパたん、エスパーなの? 何でこの映画観てたの?

れん わかんないよ…話も聞いたこともないし。ぉ父さんもぉ母さんも映画はァクションばかりで、ラブストーリーあまり観ないのになぁ…(ぱらぱら)ぁ…これ…

かりん ねえ、れんたん、このパンフと本、借りてもいいのなの?

れん ぃいよ、ぉ父さん、本は自由に見てぃいし、自由に借りてぃいってぃってたから。
このパンフとご本、かりんちゃんに貸したままにしてぉくね? 私が読みたくなったら、貸して…? でも、ぉ父さん、このご本、もう読むことないと思うから…はぃ。

かりん うそ? ほんとうに、ずっと貸してくれるのなの? 

でも、れんたんパパ、どうして読まないってわかるの?

れん 何となくです…はぃ。ぃいよ、かりんちゃんが持ってて…

かりん 死ぬほどありがたいの!
このパンフと本、写真と文字だけど、また東京に行ける日まで、『太陽と月に背いて』を補完できるの!

感謝するの!

今日は『新撰組』も借りられて、面白い話も聞けて、お宝もクッキーももらえて、人生最高の日だったの。れんたん、ありがとうなの!

れん ょかったね…じゃぁ、またね…ばぃばぃ。……


[7]父の秘密


れん もぅ6時過ぎだ。ぉ米研がなきゃ…ぁ。もうセットしてある…。

お父さん ただいま。御園さんはもう帰ったの?

れん ぅん。ぉ帰り…かりんちゃん、喜んでいた…よ?

お父さん そうか。念のためおかずもう一人前買ってきたけれど、帰っちゃったか。でも、喜んでもらえたなら良かった。

れん ぅん、『太陽と月に背いて』のパンフとご本も。かりんちゃん感激してぃた。でも、貸してぁげてよかった…ょね?

お父さん もちろん。

しかし、よく見つけたね。ずいぶん昔に観た映画だよ。ヴェルレーヌとランボーの話だったから、ちょうど良かったね。

れん かりんちゃんが、ヴェルレーヌについて知りたいと思ったのは、あの映画がきっかけなんだ…ょ。私もあのパンフもご本も見たことなぃ。

お父さん それはまた僥倖だ。こないだ本棚を整理したとき、たまたま腐海の底にいるやつらが、深海魚みたいに浅瀬に上がってしまったのかな。

れん たまたま、だね。かりんちゃんに聞かれたらそう説明してぉく。聞いてこないとは思ぅけど。自分の趣味、ぁまり知られたくないみたぃだから。
でも、私には教えて。

ぉ父さんには、どうしてかりんちゃんがあの映画が好きとわかったの?

お父さん うーん。わかっちゃったと、れんちゃんにはわかっちゃったか。
令和の世の中学生からヴェルレーヌの名前を聞くなんて、思いもよらなかったからだよ。昭和の終わりだって、お父さん以外、ヴェルレーヌを読んでいる中学生は周囲に絶無だったからね。
あの原作の翻訳者も、本のあとがきで、図書館でヴェルレーヌの詩集を借りようとしたら、司書が名前も知らなくて、最後の貸し出し日は昭和57年だったと書いていた。20年近く誰も借りる人がいなかったんだ。
25年前でそんな状況なのに、令和の世の中学生が、いかなる経路でヴェルレーヌに出会うのかと不思議だったんだ。『文スト』でないのなら、『文アル』かもしれないし、他の作品かもしれないが、あの映画しか思い当たらなかったんだ。当たっていたんだね。
あの映画のヴェルレーヌもランボーも、頭が悪そうで詩が作れるようには見えなかったけれど、女の子が激ハマりするのもわかるよ。若い頃のディカプリオの美しさは神がかっていたからね。『マイ・ルーム』もおすすめしたらどう?

れん かりんちゃんは、ヴェルレーヌさん派…なの。ぉじさんが好きなんだょ。ぉ父さんも好みのタイプだって。歪んだ捉ぇ方ではぁりましたが…はぃ。

お父さん へー。お父さんのことはそっとしておいてほしいけれど、おもしろい子だね。ヴェルレーヌの役者さん、額が後退して、かなり老けて見えたが、あの頃ヴェルレーヌはまだ20代の青年だったはずだよ。

れん でも、計算が合わない…。

お父さん 計算?

れん 私が生まれたのが2005年、ぉ父さんとぉ母さんが結婚したのが2003年。でも、ぁの映画、1996年公開だね…。だれと行ったのかな…かな?

お父さん さあ。ランボーのような美少年だったかもね?

はは、お母さんも知っているはずだし、秘密でもなんでもないから、安心してね。若い頃あきらめた文学に、もう一度夢みた時期だったな。すぐにそれどころじゃなくなっちゃったけれど。
さあ、今日はステーキを焼いて、ワインも開けて、がんばっているお母さんをねぎらおうか。


ぉ友達のかりんちゃんです…はぃ。


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