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京アニ放火殺人事件について

2019年07月22日 | ニュース

 京都アニメーション(京アニ)の第1スタジオが放火され、34人もの社員の方々が犠牲になりました。今は亡くなった方を悼み、負傷者の方の一日も早い回復を祈るばかりです。


 素晴らしい作品を送り出してきた若者たちの命と未来が奪われたことに、憤りが収まりません。京アニは、「作品作りは人作り」という経営方針のもと、正社員の比率は15・5%しかないといわれる中で、正社員採用を原則として、福利厚生を充実させてきた優良企業としても知られます。ブラック企業なら何をやっても許されるというわけではありませんが、次代に残したいすばらしい会社が、大きく傷つけられたことに、激しい怒りをおぼえます。

 先週は仕事に専念して、ネットもほとんどチェックしておらず、今は新聞も購読していないので、事件を知ったのは、日曜の夜でした。この文章は、来月出る媒体の編集後記として書き出したのですが、長くなりすぎたので、一年近く放置してきた個人のブログに公開することにします。

 「犯人には精神疾患がある」と伝える報道があります。しかし、事件の背景や動機などが不明な段階で、精神疾患とこの事件を結びつけるのは、差別と偏見を広げることにしかなりません


 『平成30年犯罪白書』によれば、日本における、刑法犯の検挙された人数の総数のうち、精神障害者等の比率は、1.5%であり、また報告では多いとされる放火は検挙された人数のうちの18.7%であると報告されています。


 つまり、精神疾患を持たない人の犯罪の比率は、98.5%であり、放火に関しては、81.3%です。このようなデータは、並列して報道されることが決してありません。精神障がい者であれいわゆる健常者であれ、暴力的な犯罪に走る人の存在はごく一握りだということを、共通認識としていかなければなりません。

 

 この京アニ放火殺人事件が「美への憎悪に基づいたアート・ヴァンダリズム(芸術破壊)」だと指摘する国際政治学者の六辻彰二氏の分析は、この事件の本質に鋭く迫るものだと思いました。独裁国家が芸術家を弾圧したり、宗教原理主義者が他宗教の文化遺産を破壊するなどの組織的な芸術破壊の事例は絶えませんが、今回は個人が犯した犯罪であり、三島由紀夫や水上勉が小説化した1950年の金閣寺破壊との類似性があるというのです。
 https://news.yahoo.co.jp/byline/mutsujishoji/20190722-00135103/

 

 京アニの作品世界は、六辻氏が語るように、犯罪や暴力からは全く対極的で、誤解を恐れずにいえば、「健全」そのものです。障がい者へのいじめが描かれる『聲の形』では、原作の暴力的・エキセントリックな描写は極力抑制され、ことばにできない想いに揺れる少年少女の繊細な心情を、美しい映像や音楽とともに描き出しました。


 『リズと青い鳥』では、友人への羨望、自分への失望、友情というには重すぎる独占欲、多感な少女たちの内なる思いをセリフに頼らず、2人が歩く足元のクローズアップ、髪を払う仕草、視線の交錯とすれ違いなどで表現した素晴らしい作品でした。


 容疑者は、過去にコンビニ強盗事件を起こしたり、近隣住民とのトラブルが絶えない暴力的な人物であったことが報じられています。およそ京アニ作品の優しい世界とはかけ離れた存在です。報道によれば、「小説がパクられた」と叫んでいたといい、京アニ作品はよく知っていたのでしょう。


 京アニの代表作の一つ、『けいおん!』は、軽音部の少女たちのゆるやかな日常を描いて、「日常系」といわれるジャンルを築いた名作つです。京アニ作品の穏やかな日常や温かい人間関係は、学校生活や会社生活に疲れ、コンプレックスを抱えた若者たちの心を、どれだけ癒やしてきたかわかりません。容疑者も元々は、そうした京アニ作品のファンの一人だったのでしょう。

 

 日本の若年層の死因でいちばん多いのは自殺だといわれます。この国は戦争しているわけでも、紛争があるわけでもないのに、毎年2万人以上の若者が命を自ら絶っていることの意味は深刻です。戦争国や紛争地帯のように、温かい家族や優しい友達と一緒に学園ライフをエンジョイする「日常」が、簡単には手に入らない「非日常」になってしまっているのです。美しい世界への憧れが、自分には実現不可能という絶望に変わる時、美しいものはかえって憎しみの対象にもなり得るでしょう。

 

 愛情が憎悪に変わる、ストーカーの倒錯した心理と一緒です。しかし、ストーカーと異なるのは、京アニの社長や監督などの個人ではなく、また特定の作品の想像上のキャラクターでもなく、京アニという会社全体が狙われたことです。美しさゆえに憎しみの対象になる。ここが金閣寺放火事件との類似性です。

 

 「金閣寺とアニメ」を同列で語ることに、違和感を感じる人もいるかもしれませんが、本のアニメーションは、ディズニーに大きく影響を受けながらも、オーバーアクションやタメの動きなどに、歌舞伎や日本舞踊、空手の型などの日本伝統の様式美が取り入れられています。京アニの名を高めたのは、『涼宮ハルヒの憂鬱』のEDのダンスでしたが、これも古典芸能が身近な京都の地場企業であるということと無関係ではないでしょう。

 

 京アニには、一人も知り合いがいないのに、肉親や身内の命を奪われたような悔しさ、憎しみ、痛みを覚えます。キャラクターがウチの「嫁」であるとか、自分の「娘」であると冗談で言ったりしますが、京アニ作品のキャラクターたちは、実際、私にとって肉親も同然になっていることに気づきました。


 まだ事件の詳細はわかりません。アニメーションの語源は、「命(アニマ)を吹き込む」だといわれます。奪われた命は帰りません。あまりにも多くのものが奪われました。残されたご遺族と社員の方々の、恐怖と怒りで凍り付いた心と時間が、また命の温もりを取り戻し、ふたたび動き出す日を願って、今はただ哀悼の祈りを捧げるのみです。

 

 

2022年7月22日の追記。画像は京都アニメーションの代表作、『ヴァイオレット・エヴァーガーデン外伝』より。この作品は事件前日にクランプアップしており、秋に無事公開に漕ぎ着けることができた。この作品に携わったスタッフも大勢犠牲になった。


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