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やわらかな日々~の

面白がって生きてきた

これからも 面白がって 生きていく

半径20メートルの視野

2025-04-04 21:48:44 | おでかけ

駅から自宅までの道

 

こんな何十年も経っても、家までの道を覚えていることが驚く。

まっすぐ行って突き当たったら右へ曲がる。 家の周りに大きな杉の木があってうちはいつも薄暗かった。

家はとても古い借り家の一軒家。 うちが最後の借り主だったらしい。

引っ越した後の空き家はしばらく近所の子どもたちに「お化け屋敷」と呼ばれ

やがて更地になり今は新築の家が3軒並んでいる。

それ以外に道が舗装されて少し広くなり、向かいにあった医院が移転しただけで他はあまり変わりがない。

杉の木はさらに大きくなった。

この地区の「三溝」という地名は、鎌倉時代に灌漑用水路が三本造られたことに由来する。

どの道を行ってもこういう橋をわたることになる。

親から何回も聞いた話では、年中か年長になった兄にお使いを頼んで行かせたところ、おつりを持ってこなかったので

どうしたのか尋ねたら「めんどくさいから川に捨てた」と言ったという。

おそらく私もついていったので兄は片手に買い物の袋を下げ もう片手で私の手を引いた。

だからお財布を持たずに握った小銭が邪魔だったんだと思う。

 

卵から孵ったばかりの雛が、最初に見た動くものを追うように

いつもいつも兄に付きまとっていた。

その頃の視野が半径20メートルくらいなら、私の世界は半径20メートルであり、その中にはいつも兄がいなければならなかった。

保育園に行きたがったのも、習い事に付きまとって邪魔したのも全部兄と同じにしたかっただけ。

いざ保育園入ったら部屋が別だと知って大泣きし、しばらくお弁当の時間だけ兄の隣に置かせてもらっていた。

 

倒れそうな板塀の前で指をくわえる三歳児。結構気は強いw 三つ子の魂健在

 

近くに枝垂れ桜の有名なお寺があるのだけど、ここは全く覚えていないが話だけ。 

よそ者に厳しい田舎の悪ガキどもにいじめの洗礼を受けた兄は靴を隠されて片足立ちで大泣きしてたところをここで発見された

ということを後で聞いた。私がまだ後を追えない1歳児だったころのこと。

悪ガキどもには 親が「なかよくしてね」とキャラメルを配ったことで簡単に解決したらしい。

まだキャラメルのおやつなんてもらったことがない子もいた時代。

 

ここの桜も古い。 わたしたちのこともすべて見て聞いていたよね?とさすってみた。

あの狭い世界を 

はるか遠くの時を 覚えているということは

そこが幸せだったということなんだろう

 

 

 

 

 


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「あの頃」に会いに行く

2025-04-04 16:27:46 | おでかけ

記憶にはない広大な土地

 

大学病院のある松本市は、わたしにとって とても思い出深い場所なのです。

正確に言うと上高地に向かう電鉄沿い 当時は松本市でなく波田町。

有名な「スイカ」の産地で(ものすごく大きくて甘い高級スイカ)

それ以外は何にもないところ。 

そこで1歳4か月から4歳3か月まで過ごした ずっとずっと遠くの記憶。

 

自分の一番古い記憶が2歳の頃で、たぶん写真が残されているからということもあるけれど、

もの心ついたころから、何度も思い返していたからだろうか?

 

引っ越してからそこに行ったことは数回しかなく、結婚後は一度もなかったし思い出すこともほぼなかったのに

ここ数年内に片付けついでと身内のごたごたでアルバムを見返していたら、思い出があふれ出してきた。

 

昭和39年 引っ越したばかりの春の駅、桜の木の下で親子で写真を撮った。

今あの場所がどうなっているのかが気になり、ストリートビューで探したら2023年の画像で駅の桜がまだあるじゃない!

 

まさに春。一昨日桜の開花宣言。 松本へ行くなら あの桜の木に会いにいこう。

 

子ども心には松本市街地からかなり離れていたような気がしたけれど、今見ればそれほど遠くない。

まっすぐ上高地に向かう道

見えてきた無人駅のホーム・・・遠くからでも気が付いた

おいおいおいおい~~~~~~~~~!! 根元からバッサリ! いつ伐られたんだよぉーーーーーー!(号泣)

もうね、この「がっかり感」どうしてくれようかねw

というわけで、感動の対面はありませんでした。 

まあ、そりゃそうだ。60年も経っている。 60年経ってもここが無人駅でまわりに何もないところが変わらないってそこはどうだ?

空洞になったりその中にひこばえが生えたりを繰り返した形跡の大きな切り株 

写真で見ても当時から古そうではあったし100年くらいは経ってるんじゃないかな?

 

何にもない小さな集落なので、保育園には大人に交じって電車で通った。

親はこどもを駅まで送ると、電車に乗ってる先生が回収して園まで連れていく。帰りはその逆。

 昭和41年頃のこどもたち。これは帰りの駅。

園から駅までの道中二人一組で手を繋いで並んで歩き「おてて繋いで」を歌わされて、その歌とともに自分の足元の映像が浮かぶ。

なぜか思い出すのが足元なのだ。

道脇のたんぽぽの花が咲いていたことさえ覚えている。

 

長くなるので続きます。

 


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正解探しの旅

2025-03-22 09:48:55 | おでかけ

♪う~みはあらう~み♪

むこうはさ~ど~よ~♪

 

いや?ちょっと方角違う

 

こっちや。こちらの方角が佐渡(見えない)

 

 

何年(何十年?)ぶりかの日本海を見てきました。

めっちゃ強風!!!  春の「ひねもすのたりのたり」ではなく、まだまだ冬の荒波日本海でしたよ。

吹き飛ばされそうだったw

 

さて、今回出不精のわたくしがここまでたどり着いたわけですが。

事の始まりは「棒鱈」にあります。

誰も覚えてはおられないでしょうが

今年の正月に棒鱈を煮漬けて食し こんな記事を書きましたところ

 

日日是好日 - やわらかな日々~の

氏神様の大ケヤキするすると日が開けてもう5日目元旦は一家で歩いて近所の氏神様にお参り。道中で誰にも会わず、境内でも誰にも会わず。世の中にはうちの家族しかいないのか...

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なんと、お二人から「食べたことあります!」と連絡をいただきました。

でも~  どちらも記憶が子供の頃のことらしくて、どのようにして煮てどんな食感だったか?あたりが少し曖昧な感じだったんですね。

ただ、今でもレトルトになって売ってるはず!という情報に

昨年作り方も何も知らずにお土産に干物を購入してきた娘が

「じゃ、また東北方面に行ったら買ってくるよ」というけど全くそれがいつになるのかわからない。

もはや、我が家の脳内には「棒鱈の謎」のみがこの冬中駆け巡っておりました。

 

そして、わりと最近 某BS番組の「鉄道の旅」のなかで「新幹線妙高高原駅」に棒鱈の駅弁がある!!と言ってる!

え?それなら新幹線で行って買ってくればいいんじゃね?

と、時刻表を調べて、朝の電車に乗れば昼には帰って来れる!・・・とそこまで。

そこまで調べるのは早いのよ。

だからって、行動には移らないのよ。

 

うちの場合。(ここまでの話でイライラする人いるよね 笑)

 

それからしばらくして某日、再びBSで「日本の鱈について」の番組が!!

もうね、脳内棒鱈一家なので、情報アンテナが働いてましてん・・・

日本の漁業、北前船、たら文化、なぜ関西で棒鱈煮が正月料理になったか・・など、さまざまな「たら」に関するお話ののち

 

でたよ。

「たら弁当」が!!!!(笑) ヤダ、この前見たのより美味しそうじゃん!! どこ?

「直江津」だってよ?? 車で行くしかないね。あははははは。

この時、夫は番組見てなくて、娘と二人だったので、またまた「行く気のない旅」に終わるとこでしたが

数日前に、夫にも何気にこの話をしたところ

「行く!」 即答  (食べ物のこととなると決断がはやい)

天気もよさそうな昨日。 出がけにぐずぐずの私も車に押し込まれ、これまた久しぶりに娘も同乗で出発。

目的地は直江津駅。 駅弁屋さんは駅前に店舗があり到着すると「これから作るのでお待ちください」とのこと。

ざざん~ ざざん~ と荒波を見て待つこと30分ほど

 

 

ついに!! ついに我々は「正解」を手に入れたっ~~!!!! やんややんや♪

近くの公園?海が見える高台で 車内でいただきました(強風すぎて外だと弁当が飛ぶ)

小ぶりなお弁当箱なんだけど、いろいろが詰まっていてすごく充実。おいしかった~

あ、肝心の棒鱈煮は自分で煮たよりも もう少し柔らかく、味は濃すぎずちょうどいい塩梅の塩加減でした。

はあ~ 3か月間の謎が解けたよ~~(嬉)

 

目的は達したので、これ以外に予定はなくw 水族館も惹かれたけど時間的にそれはやめて近くの神社仏閣を少し見て

地元スーパーで再び棒鱈の干物を買うべきか否か悩み(時期的にあまり売ってなかった)

お土産屋さんで煮たもののレトルトを購入して帰宅。

 

もう海など見ることはないかと思っていたけど、案外海近かったww

海はやはり海無し県民にとってめっちゃテンション上がります。


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ついでのお出かけ

2025-02-15 09:40:55 | おでかけ

白い煙は水蒸気

地球が呼吸してる

ここは御代田町

 

やっぱり行ってきました「正面から見たい浅間山」 

で、やっぱり通院のついでのお出かけ~  

 

昨日は整形だったけど、レントゲンが激混みで午前診察ってこんなに混むんだっけ?

メンドクサイ患者が多いのかな?と思ってたら、自分がメンドクサイ患者だったww

腕と骨盤の両方撮ることになってたので時間がかかって「皆様お待ちどうさまでした」という感じでそそくさと着替えて出ました。

そのかわり?診察は早く呼ばれて(これもめずらしい)

「骨は健康人の骨折と変わりないくらいきれいになってるよ!」といわれておしまい。

また3か月後に骨密度測定。

帰り際に相談センターの看護師さんに先日のガンマナイフの件の報告と、薬の飲み方についての相談(薬剤師さんに聞いてもらうことに)

いつでも、どんな時にでも どんなことでも相談できるって本当に安心。

 

11時にはすべて終わって、迎えに来てもらった夫に「天気いいもんねええぇ!」と、まっすぐ家に帰る気ゼロ。

出不精人間ってのは自宅を出るときが一番腰が重いけれど、ひとたび家を出たなら後は軽々なことがあって

わたしを引き留める「おうち魔物」は家から5キロ以上過ぎると離れるらしい。

 

それはさておき

向かったのは 「御代田町」  佐久と軽井沢の間らへん。街道で通過するだけの地点 

でもねえ、こちらも昔は栄えてたんですよ

ええ、縄文時代くらいには。

ということで

縄文ミュージアムがあります。

入館料400円で見どころ満載でした。 

(入館券がそのまましおりにも使え、説明書+ポストカードなど入れる袋もすべて手作り)

上の写真は、縄文土器が 時代の初期から後期までにどう変わっていったのかという流れを説明しているのだけど

最初は単純な形が、装飾が増え複雑な模様や形になり やがてまた単純な形に戻るという

この一連の流れが 数千年にわたっての変化ってどうよ? 数千年ですよ? 

ちょっと奥さん。近代の携帯の形の変化(電話の形と言ってもいい)と比べてごらんなさいな。

夫に、並んでる土器のやかんみたいのを指さして

「この初期の この形練ってるときに、こんなのも作っちゃおうかな?とか思わなかったんかね?」

と言ってみましたが無視されました。

 

1万年前といったって、人間の作りとしてはそれほど変わっていないと考える。

文明の変化とは単なる知恵の積み重ね。

必要か必要でないか、不満があるから変化を探るとしたら近年になるほど「不満」が増えてきたってこと?

 

数千年かけて土器の形を変えたこと、きっと満ち足りた時代だったんじゃないかなあと

縄文好きは思うのだ。

 

と、そんな悠久の時の流れを感じた場所から一転、ミュージアムのすぐ隣に出来たのが

MMoP(モップ)

写真ミュージアムやショップ、カフェ、レストラン、公園の複合施設。

まさに軽井沢の隣! サレオツ、若者の集まりそうな・・・あつ・・まり・・・そう・・・?

残念ながら平日の御代田町、そして今は冬・・・ いるのは我々老夫婦のみ。

コンクリート打ちっぱなしの建物に絡みついたツタ類が枯れて、おしゃれに植えたはずの草も枯れはてて

ちょっとごめん、廃墟かと思うわw

 

↑でも、中はオシャレ空間でした。 写真も素敵、しかもココ「無料」なの。

(トイレをお借りしたけど きれいで広くてここだけでも有料にしてもいいと思った。)

 

大きな写真を眺めてたら、無性にジグソーパズルがやりたくなるわたしくし。(どはまり中)

県内どこにでもある「ツルヤ」の隣にセリアがあったので「4こ」も大人買い。脳トレですよ、脳トレ!

ついでに、どこにもある「ツルヤ」だけど、ご当地「ツルヤ」ってものがあるに違いないと入店したら

さすがに「軽井沢の隣」(しつこい)だけあって、お酒の売り場面積がハンパなかったw

ご当地ビールがどどどどどどどどどっつと並んでました。ワインとかもね。

ま、うちは飲まないので買うものは無かったんだけど。(ほかの商品は全部近所のツルヤと変わりなかったし)

帰りの道沿いの農園直売の八百屋さんで、大根1本50円(×5)は買いました。

しばらく大根祭りです。

 

 

 

 

 


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縄文から現代激安店へ

2024-11-10 09:53:08 | おでかけ

 

標高1000メートル付近

真ん中あたりの台地が「北御牧が原台地」~「立科」 その奥の一番高い山は「蓼科山」

河岸段丘で千曲川は見えず

 

右にカメラを回すと

一番奥の青い山が北アルプス

撮影者背中側に湯ノ丸 続いて高峰、浅間山

ぐるっと360°山の中

 

最低気温がついに0℃になった週末。 寒いが抜けるような青空に誘われてドライブ続き。

とはいえ、車で3,40分圏内。 買い物のついでだの資源ごみ回収のついでなので。

金曜日は上田城址公園の紅葉の状況を見に行って

場所によっては銀杏がよく色づいているものの、まだ半分という感じ。遅いねー 例年よりずっと遅い。

公園内、また何かの発掘調査とかで重機が入ってた。

 

翌、土曜日は上の写真の場所。 隣の市の道の駅にいったら激混みに慄いてすぐに移動。

美術館に行くつもりがナビで「遺跡」の文字を見つけて、そちら方面へ

前記事のごとく、前時代が気になりすぎてついふらふらとww

4000年前ですってよ。でもね、案内看板によると発見したのが昭和5年とかなので、もうちょっと近年の再調査とかないのかなあ?

歴史も調べているうちにどんどん変わっていくでしょ。小中学生の時の歴史の教科書と(半世紀くらい前)今ではだいぶ違ってると思うのだけどね。

まあ、この地域周辺遺跡多いし、ざっくりでもいいのか。ざっくり。大昔(笑)

見渡す景色、あの山を越えてきたのか?とか、この地形は数千年ではそれほど変わらないのか?とか

浅間山の噴火は繰り返しただろうとか。川の水位やら流れやら 想像してたらきりがない。

現実の時間が瞬く間に流れて、他の用事のために急がなければ 秋の日はすぐ暮れる。

 

山の会の人に教えてもらったというお店が通りがかりにあって「あ、この店寄ろう!」と夫が車を止めたのは

え? ここ昭和40年代ですか?みたいな。というか、そもそも店ですか?と疑ってしまいたい外観。

青木村に都会のパン屋が出現してた驚きに匹敵するが、ちょい真逆。

ところがね。そんなお店(しつれい)なのに、パン屋さんと同じくらいのお客さんが出入りしてて

県外ナンバーまでちらほらと。

店内通路は2通り。入って真ん中の商品棚を回って出るだけ。なのに一通りの商品があって、奥には肉も魚も総菜もある。

まあ、それらはちょっと・・・・なかんじもするけど(しつれい)、

とにかく、野菜が安い。見栄えはいまいちだし、まあ、安いといっても今年の野菜がどこもバカ高いのに比べるからであって

例年なら大根99円は普通。でも今年もこの値段ってことに驚く。ほかもすべて直売よりも安い。

野沢菜も激安だったけれど、量が多すぎて断念。 

ほくほくとたくさん買ったつもりでも1000円くらい。

雄大な時代の流れを堪能した後でも主婦には1000円でどれくらい買えたかが重要なのだ! 

根っから庶民。 主婦にとって買い物は「狩り」に匹敵。 たぶん縄文人と心は変わらない・・・・・・はず。(笑)

 


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