駅から自宅までの道
こんな何十年も経っても、家までの道を覚えていることが驚く。
まっすぐ行って突き当たったら右へ曲がる。 家の周りに大きな杉の木があってうちはいつも薄暗かった。
家はとても古い借り家の一軒家。 うちが最後の借り主だったらしい。
引っ越した後の空き家はしばらく近所の子どもたちに「お化け屋敷」と呼ばれ
やがて更地になり今は新築の家が3軒並んでいる。
それ以外に道が舗装されて少し広くなり、向かいにあった医院が移転しただけで他はあまり変わりがない。
杉の木はさらに大きくなった。
この地区の「三溝」という地名は、鎌倉時代に灌漑用水路が三本造られたことに由来する。
どの道を行ってもこういう橋をわたることになる。
親から何回も聞いた話では、年中か年長になった兄にお使いを頼んで行かせたところ、おつりを持ってこなかったので
どうしたのか尋ねたら「めんどくさいから川に捨てた」と言ったという。
おそらく私もついていったので兄は片手に買い物の袋を下げ もう片手で私の手を引いた。
だからお財布を持たずに握った小銭が邪魔だったんだと思う。
卵から孵ったばかりの雛が、最初に見た動くものを追うように
いつもいつも兄に付きまとっていた。
その頃の視野が半径20メートルくらいなら、私の世界は半径20メートルであり、その中にはいつも兄がいなければならなかった。
保育園に行きたがったのも、習い事に付きまとって邪魔したのも全部兄と同じにしたかっただけ。
いざ保育園入ったら部屋が別だと知って大泣きし、しばらくお弁当の時間だけ兄の隣に置かせてもらっていた。
倒れそうな板塀の前で指をくわえる三歳児。結構気は強いw 三つ子の魂健在
近くに枝垂れ桜の有名なお寺があるのだけど、ここは全く覚えていないが話だけ。
よそ者に厳しい田舎の悪ガキどもにいじめの洗礼を受けた兄は靴を隠されて片足立ちで大泣きしてたところをここで発見された
ということを後で聞いた。私がまだ後を追えない1歳児だったころのこと。
悪ガキどもには 親が「なかよくしてね」とキャラメルを配ったことで簡単に解決したらしい。
まだキャラメルのおやつなんてもらったことがない子もいた時代。
ここの桜も古い。 わたしたちのこともすべて見て聞いていたよね?とさすってみた。
あの狭い世界を
はるか遠くの時を 覚えているということは
そこが幸せだったということなんだろう