とね日記

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半導体デバイスの基礎 (上) 半導体物性

2018年04月07日 15時04分02秒 | 電子工学、工学系
半導体デバイスの基礎 (上) 半導体物性

内容紹介:
本書は半導体デバイスの動作原理と特性を学ぶための実用的・総合的な教科書である。一般の理工系学生を読者として想定し、特別な予備知識を前提とせずに、徹底的に平易なデバイス物理の解説を行う。上巻では原子と半導体結晶に関する初歩的な概念から説き起こして、半導体におけるエネルギーバンド構造とキャリヤ(電流担体)としての電子と正孔、不純物添加によるキャリヤの導入、電流生成機構や光学応答などキャリヤの基本的な挙動、不均一な半導体試料における電気的な効果などを論じ、電子デバイスの動作の理解に不可欠な半導体物性の基礎知識を与える。補遺において量子力学の基礎、Hall測定、キャリヤへの温度の影響、フォノンの性質などについても一通り紹介する。
2012年2月刊行、297ページ。(シュプリンガー版は2008年5月刊行)

著者について:
Betty Lise Anderson, Richard L. Anderson
http://www2.ece.ohio-state.edu/~anderson/

訳者について:
樺沢宇紀(かばさわ うき): 訳書: https://adx50150.wixsite.com/kabasawa-yakusho
1990年大阪大学大学院基礎工学研究科物理系専攻前期課程修了。(株)日立製作所中央研究所研究員。1996年(株)日立製作所電子デバイス製造システム推進本部技師。1999年(株)日立製作所計測器グループ技師。2001年(株)日立ハイテクノロジーズ技師。

樺沢先生の訳書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で361冊目。

物理学だけでなく電子工学も僕の関心分野だ。電子回路は小学生の頃から興味を持っていた。物理学への関心が芽生えていなかった1990年代初め「電気・電子の基礎:飯高成男」という中学、高校生向けの本を読んだことを思い出した。この本はいまでも持っている。

また6年前には「史上最強図解これならわかる!電子回路:菊地正典」や「改訂版 電子回路の「しくみ」と「基本」 :小峯龍男」で、トランジスタやダイオードを始めとする電子部品について学んでいる。

けれども、これらはいわゆる電子工作を指向した本なので量子力学はでてこない。電流のキャリヤとしての電子や正孔は古典物理的な粒子として描かれ、後は電磁気学の理論で間に合う範囲だ。半導体に必須な量子力学、特にバンド理論は、その後しばらくして2015年以降に「基礎の固体物理学: 斯波弘行」や「固体物理の基礎:アシュクロフト、マーミン」で詳しく学ぶことになった。

それでトランジスタやダイオードがよく理解できたかというと「?」である。電子工作系の本と固体物理学系の本で理解したことは、すっきりつながらない。要素還元主義の立場から言えば、2つの間にはまだ学ぶべき何かがありそうだ。

そして見つけたのが樺沢先生が訳された「半導体デバイスの基礎 全3巻」である。アマゾンの内容紹介や樺沢先生による紹介文を読む限り、僕でも読めそうだ。3分冊だから1冊あたりの分量も手ごろで取り掛かりやすい。

上中下「全巻の構成」はリンクを開いていただくとわかる。上巻の章立てはこのようなもの。

第1章 半導体内部の電子状態
第2章 均一な半導体のキャリヤとバンド構造
第3章 均一な半導体におけるキャリヤの挙動
第4章 不均一な半導体
補遺1A 量子力学入門
補遺1B 半導体物性に関する補足


第1章はだいたい固体物理の本で学んだ内容。量子力学を復習しながら原子の結晶構造の中、特に伝導帯と価電子帯の間で電子がどのように振る舞うかを学ぶ。その舞台は結晶固体内でのパウリの排他律、共有結合、イオン結合だ。電子の波動関数、ド・ブロイの関係式が使われ半導体結晶内の自由電子の量子的側面と古典的な側面が示される。また電子(粒)と光(波)の相互作用についても解説されている。


第2章では均一な半導体のキャリヤとバンド構造を学ぶ。ひとまず電子を準古典的に扱い、結晶内で電子が受ける力や電子のエネルギー、群速度などがニュートン力学の方程式で記述される。面白いと思ったのは電子の「有効質量」だ。もともと電子は決まった質量があるわけだけれども、Newtonの法則など古典論で馴染みのある式が正しい結果を与えるように「実効的」なパラメータを導入するという方法だ。これによって電子の正確な運動を予言できるようになる。有効質量は結晶をつくる半導体の原子の種類、価電子帯あるいは伝導帯、結晶に対して進む電子の方向によって異なる値をとる。(実験して決める値だ。)

その後、電子や正孔、エネルギーバンド図の見方、不純物半導体、バンド内での電子の密度、電子と正孔についてのFermi-Dirac統計とエネルギー分布の解説と計算が量子力学から得られる式を含んだ形で紹介される。ここまでは室温を前提にした計算だ。そして2章の最後では温度の変化によって状況がどのように変わるかという計算が示される。電子工作系の本では学べない内容だ。


第3章では半導体内部で電気伝導が電子と正孔などのキャリヤによってどのようにおこるかが解説される。その基本的な機構は「ドリフト」と「拡散」だ。ドリフトは半導体に電界がかかると生じ、個々の電子はランダム運動をしながら集団として半導体内を移動する現象だ。そして電子や正孔などキャリヤの移動度を計算する中で「オームの法則」が導かれる。キャリヤの移動度はn型半導体とp型半導体では異なること、不純物の濃度にどのように依存するかを具体的に計算できることが僕の興味をひいた。

キャリヤの移動度を制約する要因は2つあり、1つはキャリヤが不純物状態に入ることでおきる。また2つめは格子(フォノン)散乱だ。温度は結晶格子の音響的な振動によっておきること、つまり音響フォノンによっておきることを、とね日記で初めて言及したのは「熱の解析的理論:ジョゼフ・フーリエ著、ガストン・ダルブー編纂」という記事だった。キャリヤの移動、つまり電子のドリフト速度の抑制がキャリヤと音響フォノンの衝突から計算できることが、僕には目新しかった。結晶格子の振動(つまり熱)も粒子的に扱えるものなのだなぁと実感したわけだ。

そして半導体内部での光学的な過程も興味深い。キャリアの移動に対して光子も影響を与えるということ。電子の挙動を考えているのだから光子の放出や吸収があることは量子力学を学んでいるから知っているわけだが、光の吸収や放射が半導体内のFermi準位に影響を与える。熱平衡状態にない半導体でキャリヤの密度を決める「擬Fermi準位」が導入される。


第4章では不均一な半導体が解説される。不純物添加の条件が半導体内部の位置に依存しているケースだ。なぜそのような半導体を考えるかというと、意図的に不均一にすることで半導体の性能を変えることができるからだ。たとえばトランジスタには増幅作用とスイッチング作用という2つの用途があるが、半導体の内部を不均一にすることでスイッチング作用にかかる時間を短縮することができる。不均一にする例として「傾斜ドーピング」と「組成勾配」が詳しく解説される。第3章までの解説や計算をふまえ、それがどのように修正され、より実用的な半導体が作れるかを理解するのが、この章を読む意義である。


だいぶ内容を端折って書いたが、これが本書のおおままかな流れだ。状況に応じて古典電磁気学の式、量子力学に基づく式が使い分けられるのが面白い。あるときは高校物理の力学、電磁気学の式をあてはめ、量子力学の式をあてはめるときにも波動性と粒子性のそれぞれの立場で立式をする。量子力学で学んだシュレーディンガー方程式、不確定性原理、群速度、フェルミ準位、量子井戸のポテンシャルなどの計算方法が、実際の半導体にそのまま使えること見ると、量子力学なしにエレクトロニクス技術の発展はなかったことがよくわかる。

また、電子工作系の本では電子と正孔のことだけを考えれば十分だったが、それだけでなく光子や音響フォノン、光学フォノンも半導体内の物理現象を考える上で大切なこともよくわかった。半導体の性能が温度に依存することは知っていたけれども、そのからくりが電子と光子、フォノンの衝突という粒子どうしの相互作用で記述されるのも面白い。

固体物理の本では定性的な理解、グラフと図版、実験結果による理解が主だったが、本書ではかなりのことが解析的な計算で求められる。もちろん求められないケースも多いわけだが、豊富なグラフや図版でわかりやすく解説されている。本書全体を通じて、半導体内部でのキャリヤの移動はかなりリアルなイメージで伝わってくる。

本書では「補遺」も大切だ。量子力学を学んだことがない人は補遺1A「量子力学入門」を先にお読みになるとよいだろう。本書を読む上での前提としては、電子工作系の本のレベルでのトランジスタやダイオードの理解、高校レベルの微積分を使った力学、電磁気学までである。量子力学は本書でカバーされているが、前もって入門的な教科書で学んでおいたほうがよいと思った。


このように物理学専攻の学生とはとても相性のよい半導体入門の教科書である。青と黒の二色刷り。翻訳も読みやすく、訳者による補足説明が脚注に書かれているのが助かった。ぜひご一読されるとよいだろう。

本書を訳された樺沢先生による紹介文、刊行までの経緯は次のページでお読みいただける。

《樺沢の訳書》No.8 半導体デバイスの基礎
https://adx50150.wixsite.com/kabasawa-yakusho/08

樺沢先生、とてもわかりやすく教育的な本を翻訳していただき、ありがとうございました。

4月7日現在、アマゾンでは在庫切れです。ネット書店で在庫があるのは、hontoと紀伊國屋ウェブ、e-hon、HonyaClub、セブンネットだと取り寄せ(もしくは出版社在庫確認)してくれるようです。

半導体デバイスの基礎 (上) 半導体物性
半導体デバイスの基礎 (中) ダイオードと電界効果トランジスタ」(紹介記事
半導体デバイスの基礎 (下) バイポーラ・トランジスタと光デバイス」(紹介記事

  

シュプリンガー版も含めて: Amazonでまとめて検索


翻訳の元になった原書はこちら。2004年に刊行された。

Fundamentals of Semiconductor Devices




その後、原書のほうは昨年改訂されたばかり。いま買える最新のものは第2版である。

Fundamentals of Semiconductor Devices 2nd Edition




関連記事:

半導体デバイスの基礎 (中) ダイオードと電界効果トランジスタ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/c5a743de58e41a9ae2bd7e9b7357649e

半導体デバイスの基礎 (下) バイポーラ・トランジスタと光デバイス
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/484c62f4f934506b988cec927f9fca69


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半導体デバイスの基礎 (上) 半導体物性



第I部 半導体物性

第1章 半導体内部の電子状態
- はじめに
- 歴史的な経緯
- 水素原子模型への応用
- 波動・粒子の二重性
- 波動関数
- 電子の波動関数
- 光の放射と吸収
- 結晶構造および結晶内の面と方向
- まとめ
- 付録の参考文献リストについて
- 第1章の参考文献
- 復習のポイント
- 練習問題

第2章 均一な半導体のキャリヤとバンド構造
- はじめに
- 結晶内の電子に対する準古典力学
- 伝導帯の構造
- 価電子帯の構造
- 真性半導体
- 外因性半導体(不純物半導体)
- 正孔の概念
- バンド内の電子の状態密度
- Fermi-Dirac統計
- 電子と正孔のエネルギー分布
- 縮退半導体
- まとめ
- 付録の参考文献リストについて
- 第2章の参考文献
- 復習のポイント
- 練習問題

第3章 均一な半導体におけるキャリヤの挙動
- はじめに
- ドリフト電流
- キャリヤの移動度
- 拡散電流
- キャリヤの生成と再結合
- 半導体における光学的な過程
- 連続の方程式
- 少数キャリヤの寿命
- 少数キャリヤの拡散距離
- 擬Fermi準位
- まとめ
- 付録の- 付録の参考文献リストについて
- 第3章の参考文献
- 復習のポイント
- 練習問題

第4章 不均一な半導体
- 熱平衡状態におけるFermi準位
- 傾斜ドーピング
- 不均一な組成
- 組成勾配と傾斜ドーピングの組合せ
- まとめ
- 付録の- 付録の参考文献リストについて
- 第4章の参考文献
- 復習のポイント
- 練習問題

補遺1A 量子力学入門
- はじめに
- 波動関数
- 波動関数と確率
- Shrodinger方程式
- Shrodinger方程式の電子への適用
- 量子力学に基づく考察
- まとめ
- 復習のポイント
- 練習問題

補遺1B 半導体物性に関する補足
- キャリヤ密度と移動度の測定
- 束縛状態の電子に関するFermi-Dirac統計
- 半導体におけるキャリヤの凍結
- フォノン
- まとめ
- 付録の- 付録の参考文献リストについて
- 補遺1Bの参考文献
- 復習のポイント
- 練習問題

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