とね日記

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物質のすべては光: フランク・ウィルチェック

2017年08月20日 14時15分03秒 | 物理学、数学
物質のすべては光: フランク・ウィルチェック」(文庫版

内容紹介:
磁力や重力を思い出せばわかるとおり、物体のあいだに働く力はふつう、互いに離れるほど弱くなる。離れるほど引きあう力が強くなる、そんな作用を考えるなんて馬鹿げていると皆は言ったが、その「漸近的自由性」を実際に見つけた本書の著者は素粒子物理学を大きく前進させることとなった。素粒子物理学の最先端では、常識を超えた考え方が往々にして現実化する。その世界の第一人者であるウィルチェック博士が、物質の質量の起源などホットかつ根源的な話題をさまざまに盛り込んで語る本書を読むことは、理論物理学者の天才的な発想を垣間見つつ、宇宙のもっとも基礎的な階層の秘密に分け入ることにほかならない。彼が開いてみせるめくるめくヴィジョンは、「否定されたはずのエーテルに満たされ、物質と光の区別のない宇宙」だ……2004年度のノーベル物理学賞をはじめとしてさまざまな賞に輝く理論物理学者が、大胆かつユーモラスに先端科学を説く。
2009年12月刊行、365ページ。

著者について:
フランク・ウィルチェック
1951年、ニューヨーク生まれ。1974年にプリンストン大学より博士号を取得。弱冠21歳の時に行なった「強い相互作用の理論における漸近的自由性の発見」により2004年、ノーベル物理学賞をデイヴィッド・グロス、デイヴィッド・ポリツァーとともに受賞した。現在、マサチューセッツ工科大学ヘルマン・フェッシュバッハ物理学教授。先端科学をユーモア溢れる軽やかな筆致で紹介する一般読者向けの科学解説でも定評がある。


理数系書籍のレビュー記事は本書で340冊目。

本書はクォークの漸近的自由性の発見により2004年にノーベル物理学賞を受賞したウィルチェック博士がお書きになったもので、英語版は2008年に、日本語版は2009年に刊行された。日本語版は吉田三知世さんという京都大学理学部物理系を卒業され、英日・日英の翻訳業をされている方による。

副題は「現代物理学が明かす、力と質量の起源」だ。物質の質量のうち95パーセントは「強い力」が起源となることがわかっており、強い力とはクォークとクォークを引き付けるグルーオンによるものだ。つまり素粒子物理学の中の「量子色力学(QCD)」の研究によって解明されたことがらである。原子を構成する電子と光子の働きは「量子電磁力学(QED)」で解明されたが、本書の中心テーマは原子核の中が舞台だ。

量子電磁力学(QED: Quantum Electrodynamics): ウィキペディアの解説
量子色力学(QCD: Quantum Chromodynamics): ウィキペディアの解説


2013年暮れにNHK BSで放送された「神の数式 完全版」(動画検索)は好評を博し、その第2回では「動きにくさ」によって質量の95パーセントが生じるという解説がされていた。そして番組で映されていたのはクォークを球体であらわした粒子的描像にもとづいていた。



また2014年6月にNHK Eテレで放送された「宇宙白熱教室」(動画検索)も好評を博したわけだが、その第1回で紹介されたクォークとクォークの間で働いている強い力のエネルギーは、このようにもやもやしたものだった。これは本書で詳しく解説されている「グリッド」、「格子ゲージ理論」を使って描き出したグルーオン場のCGである。(この画像はアニメーションGIFなのでパソコンだと動いている様子がわかる。解説と動画はこのページ。)




また、科学雑誌Newtonや素粒子物理の入門書でよく紹介されるのは、こようなイメージである。



もやもや(波動的)イメージと古典的(粒子的)イメージを合わせると、次のような描像となるだろう。



説明の都合でそれぞれ違うイメージを紹介するから初心者は戸惑ってしまう。どれがいったい本当なの?となるのだ。事の本質は、量子力学が原子レベルだけでなく、さらに小さい原子核の内部でも成り立っているため、波動的描像と粒子的描像が両立しているからなのだ。そして量子力学の不確定性原理による揺らぎも原子核の中では無視することができない。

そしてアインシュタインが特殊相対論によって導いた E=mc^2 は物体の静止エネルギーと質量が等価であることを意味している。原子核を構成する陽子や中性子の中に強い力(強い相互作用)のエネルギーがあれば、それは陽子や中性子が質量を持つということになる。

そして陽子や中性子はクォークとグルーオンで構成されている。そのことはCERNのLHC加速器が建設される前、LEP (The Large Electron-Positron Collider)という装置だったときに行われた実験によって明らかになっていた。この2つの実験結果は量子色力学(QCD)によって解釈可能になっていたのだ。

2ジェット・イベント


3ジェット・イベント


クォークは陽子や中性子、そして中間子などの中に閉じ込められているから単独では観測できない。漸近的自由性がある強い力によって引き付けられているからだ。漸近的自由というのは近づけば近づくほど弱くなる力、離れれば離れるほど強くなるという不思議な力である。この力がグルーオンを介在して発生している。

しかしクォークどうしを結びつけるグルーオンはバネのように物質としてくっついているわけではない。バネならばフックの法則のように漸近的自由性にも納得がいくのだが、バネではないのだからこのような力が働いているのは不思議なのだ。

大事なことは陽子や中性子の質量の起源は、それらの中にあるクォークやグルーオンの質量ではないということだ。

量子色力学における自発的対称性の破れを厳密に実証(KEKプレスリリース、2007年04月24日)
https://www2.kek.jp/ja/news/press/2007/supercomputer2.html


クォークとグルーオンの間の物理学はこのようにとてもわかりにくい。量子力学的な条件、特殊相対論的な条件、クォークがもっている色価とフレーバーという性質、グルーオンがもっている色価という性質をどのように組み立てて理解すればよいのか。

本書の前半ではこのように難しい量子色力学(QCD)のからくりを、つまり強い力による漸近的自由性や質量の獲得がどのように生じるのかを日常的な言葉と図版だけで見事に解説しているのだ。そのために3つの段階を経ながら、160ページあまりが費やされている。そしてその中ではさらに弱い力、量子電磁力学(QED)との違いを浮き彫りにしながら理解が深まるように工夫されている。

さらに量子電磁力学(QED)と量子色力学(QCD)は標準理論(本書ではコア理論と呼んでいる)にまとめ上げられるまでの解説もされている。その解説は時に詩的でもあり、引用されるたとえ話もセンスがよいものばかりなのだ。

本書で解説されているクォークとグルーオンの物理の説明は、実験的には上に掲載した2ジェット・イベント、3ジェット・イベントの観測結果であり、理論的にはグリッド(格子ゲージ理論)をスパコンで計算して得たもやもやのエネルギー(グルーオン場)の影響を考慮して解釈できる素粒子の衝突実験なのだ。


第2部と第3部が本書の後半である。第2部は標準理論とは相いれない重力の話。電磁気力や強い力、弱い力とくらべてとても小さく見える重力なのだが、理論は重力が弱いということを示していない。重力はむしろ強いと言えるのだそうだ。

第3部からは標準理論が示しているU(1)、SU(2)、SU(3)などのゲージ対称性の話から始まる。U(1)、SU(2)、SU(3)はそれぞれ電磁気力、弱い力、強い力に対応し、「リー群」という対称性をもった数学的表現であらわされる。これらの対称性を含むより大きな対称性が見つかるのだろうか?重力理論をも含む「超対称性」を見つけることができるのだろうか?この点については(本書執筆時点では稼働していない)CERNのLHC (The Large Hadron Collider)への期待が語られている。ご存知のようにこの実験施設では「ヒッグス粒子」が検出され、2012年7月4日に発表され標準理論の正しさが裏付けられ、質量の起源の残りの部分が解明された。(参考記事:「祝!:ヒッグス粒子発見」)

ツイッターでアンケートをとってみたところ、このような結果になった。(アンケートはこちら。)



その後、本書ではダークマターやダークエネルギーについての解説が行われている。ダークマターの候補としては「アクシオン」(本書ではアキシオンと表記)という未知の素粒子があげられているが、この名前を付けたのは本書の著者である。


本書の邦題「物質のすべては光」は、一般の人にはわかりにくいかもしれない。原題は「The Lightness of Being」(存在の軽さ)である。Lightness(軽さ)とLight(光)をかけていること、そして原題は「The Unbearable Lightness of Being」(「存在の耐えられない軽さ」)という小説をもじったものである。

オヤジのダジャレ好きは日本固有ではないようだ。


翻訳のもとになった原書はこちら。

The Lightness of Being: Mass, Ether, and the Unification of Forces: Frank Wilczek」(Kindle) (Hardcover)




関連記事:

量子物理学の発見: レオン・レーダーマン、クリストファー・ヒル
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0be01aa80fe038ae361fdd259b3532f2

強い力と弱い力:大栗博司
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/06c3fdc3ed4e0908c75e3d7f20dd7177

「標準模型」の宇宙:ブルース・シューム
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/25297abb5d996b0c1e90b623a475d1aa

質量はどのように生まれるのか:橋本省二
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b0090a747cf0543c3b535fe175d76885

超対称性理論とは何か:小林富雄
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/365372dbf8716d6f57b67f58fbaf8722

番組告知:NHK-BS1「神の数式 完全版」全4回
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d763b4d8161efae445f37e05ab23f1e6

番組告知:NHK宇宙白熱教室(ローレンス・クラウス教授)
http://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/fdcf3a5173e9f55fc37c9b8d85f4128b


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物質のすべては光: フランク・ウィルチェック」(文庫版



第1部:質量の起源

第1章:「これ」に取り組む
第2章:ニュートンの第ゼロ法則
第3章:アインシュタインの第二法則
第4章:物質にとって重要なこと
第5章:内側にいたヒドラ
第6章:物質のなかのビット
第7章:具現化した対称性
第8章:グリッド(エーテルは不滅だ)
第9章:物質を計算する
第10章:質量の起源
第11章:グリッドの音楽―二つの方程式のなかの音楽
第12章:深遠な単純さ

第2部:重力の弱さ

第13章:重力は弱いのだろうか?実際にはそうだ
第14章:重力は弱いのか?理論的にはノーだ
第15章:ほんとうにすべき質問
第16章:美しい答

第3部:美は真なるか?

第17章:統一―セイレーンの歌
第18章:統一―ガラスを通して、ぼんやりと
第19章:擁護可能性
第20章:統一SUSY
第21章」新しい黄金時代の予感
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12 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
題名 (hirota)
2017-08-21 11:17:21
存在の光っぽさ … 分かるような分からんような …
ゲージ原理を指してると思えん事もない。
返信する
Re: 題名 (とね)
2017-08-21 11:51:06
hirotaさん

そうなんですよ。僕も「光っぽさ」は本書のタイトルにはそぐわないと思うのです。光やその軽さ(質量ゼロ)が取り上げられているのは本書の中のほんの一部ですし。

本の冒頭で、著者は英語版のタイトルについて次のように説明しています。これを読む限り、邦題は光が前面に出過ぎてしまっている気がします。

著者による本のタイトルについての説明
http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/2a/b4063ffeaa4efc8cd0655481e0705ea5.png
返信する
タイトル説明 (hirota)
2017-08-22 11:34:57
「存在は光のような場である」の意味でしたか。
それも複数の粒子が別々に存在するわけじゃなく、単一の場が様々な姿を見せてるから代表とした光と同一でもあるような…
返信する
Re: タイトル説明 (とね)
2017-08-22 12:37:17
hirotaさん

はい、「存在は光のような場である」の意味です。

そしてこの本は光子とは関係ないクォークとグルーオンの世界の話が中心で、さらにそれらが存在するグリッド場さえも質量をもっているそうなので、本のタイトルと本の主題を結びつけて考えるのが難しいのです。
返信する
質量0 (hirota)
2017-08-23 11:36:24
質量は真空が凍った時にヒッグス機構で付いただけで元は0ですから、本来は軽いという事じゃないですか?
返信する
Re: 質量0 (とね)
2017-08-23 11:51:19
hirotaさん

本のタイトルはそのように解釈するのが妥当のようですね。
光子も他の物理条件下では質量を獲得する、たまたま私たちの宇宙では光子の質量がゼロになっているだけだと書いているページもありました。
返信する
エネルギーがあって質量が無いって? (ひゃま)
2017-08-30 10:18:29
ひゃまもこの本持ってるんですが、

光速度基準にしても尚、質量の定義が古典のままなんじゃないとひゃまは変だなと思ってるんです。

双子が加速によって非対称になるように、光も重力により質量があるんじゃないでしょうか?
返信する
Re: エネルギーがあって質量が無いって? (とね)
2017-08-30 14:31:23
ひゃま様

おっしゃるとおり質量の定義が古典のままのように思います。
EMANの掲示板のこのページに対するひゃま様の読ませていただきました。
光子に質量がなければ速度無限大?(EMANの数式掲示板)
http://eman.hobby-site.com/cgi-bin/emanbbs/browse.cgi/160420001da6915c

そもそも光には「慣性質量」を定義できないと思うのです。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1283905552

「今度こそ納得する物理・数学再入門:前野昌弘」
にもこの問題の解釈のしかたが書かれていますね。

なお「物質のすべては光」には「光子が質量を獲得する場もありうる」ことが書かれていますが、これは私たちの宇宙のことではありませんが、この議論とはまた別です。

今度こそ納得する物理・数学再入門:前野昌弘
返信する
慣性質量の式 (ひゃま)
2017-08-30 15:17:18
前に陽子半径問題の論文を書いたといいましたが、その時、慣性質量の閉じ込め式を開発しました。

m=(h/cλ)(1-e^(-3r/2λ))/r

λはコンプトン波長で、rは動径半径(相互作用距離)なんですが、要は1/rと湯川ポテンシャルの差動で慣性質量が決まるというものなのですが、

通常は光子の場合、r=1mでコンプトン波長になりますが、物質場があれば、湯川項が効いてきて近接場光のように振舞うっていうものです。

要は、無限小に発散するのではなく、差動から折り合う存在確率密度の半径があり、その無限大への広がりが重力相互作用になるっていうものですw
返信する
Re: 慣性質量の式 (とね)
2017-08-30 15:21:12
ひゃま様
勤務中ですので、さしあたりいただいたコメント投稿の公開だけさせていただきますね。
返信する

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