とね日記

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時間は逆戻りするのか 宇宙から量子まで、可能性のすべて: 高水裕一

2020年08月09日 17時41分08秒 | 物理学、数学
時間は逆戻りするのか 宇宙から量子まで、可能性のすべて: 高水裕一」(Kindle版

内容紹介:
自然界の多くは対称性をもっているのに、なぜ時間は一方向にしか流れないのか?古来、物理学者たちを悩ませてきた究極の問いに、ホーキング博士の晩年に師事し薫陶をうけた著者が、理論物理学の最新知見を縦横に駆使して答える。量子レベルで観測された時間の逆戻りとは?時間が消えてしまう宇宙モデルとは?読めば時間が逆戻りしそうに思えてくる!

2020年7月16日刊行、272ページ。

著者について:
高水裕一(筑波大学計算科学研究センター研究員):
HP: https://www2.ccs.tsukuba.ac.jp/Astro/Members/takamizu/index.html
Twitter: https://twitter.com/7A4tNERoY8VmnZC
1980年生まれ。2003年、早稲田大学理工学部物理学科卒業。2007年、早稲田大学大学院博士課程修了(理工学研究科物理学及び応用物理学専攻)。理学博士。2009年、東京大学大学院理学系研究科ビッグバンセンター 特任研究員。2011年、早稲田大学理工学術院物理学科助教。2012年、京都大学基礎物理学研究所 PD特別研究員。2013年、英国ケンブリッジ大学応用数学・理論物理学科理論宇宙論センターに所属し、ホーキング博士に師事。2016年、立教大学理学部物理学科博士研究員。2016年より現職。著書に『知らなきゃよかった宇宙の話』(主婦の友社)。

著者の本: 単行本を検索 Kindle版を検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で443冊目。

このところ講談社ブルーバックスで時間論をテーマにした新刊書の刊行が続いている。どのような違いがあるのか気になるから、すべて読まないと気がすまない。これまでに次の2冊を読んで紹介してきた。

時間とはなんだろう 最新物理学で探る「時」の正体: 松浦壮」(Kindle版)(紹介記事
時間はどこから来て、なぜ流れるのか? : 吉田伸夫」(Kindle版)(紹介記事

そして今回は3冊目である。そして、ちょうどこの記事を書き始めたのが8月8日の土曜だった。その日、NHKラジオで放送された「夏休み子ども科学電話相談」という番組で、たまたま時間に関する質問が取り上げられていた。この番組は毎週日曜に放送されている「子ども科学電話相談」を毎日長時間に拡大した夏休み特集番組である。

この質問はツイッター上で、話題になった。「どうして時間は動くのですか?(流れるのですか)」という本質的で、たいていの大人が答えられない質問をしたのは、小学1年生の女の子である。

回答を担当されたのは「史上初!ブラックホールを撮影し、その存在を証明」という記事で紹介したように、昨年4月にブラックホールの画像を発表した天文学者の本間希樹先生、そして途中から回答に加わった法政大学の藤田貢祟先生(当番組の「おしえてくれる先生」を参照)である。本間先生は「巨大ブラックホールの謎 宇宙最大の「時空の穴」に迫る」というブルーバックス本の著者でもある。

さて、先生方はどのようにお答えになったのだろうか。この番組は「聴き逃しページ」からパソコンやスマホで聴くことができる。この日の番組は10月3日まで公開されているので、ぜひ聴いてみていただきたい。

手順:
聞き逃しページ」を開き、8月8日の放送の「8時台」の再生ボタンを押す。そして「残り時間 11分50秒」まで進めて再生すると、この質問の最初から聞ける。
そして、女の子からの質問に対する本間先生の回答は、スタジオの換気のため中断し、「9時台」の放送で再開される。藤田貢祟先生は、9時台の放送で回答に加わっている。


このようなわけで「時間は逆戻りするのか 宇宙から量子まで、可能性のすべて: 高水裕一」(Kindle版)を紹介するにはとてもよいタイミングになった。

まず本書に興味を持ったのは「逆戻りするのか」ということである。時間は順行するのが当たり前で、それは「時間はどこから来て、なぜ流れるのか? : 吉田伸夫」(Kindle版)(紹介記事)での解説で納得していた。今さら何を言い出すのだろう?というわけである。

本書には、時間が逆行する具体的な例、そして理論的、仮説の段階の例がいくつも紹介されている。逆行するというのは物事の因果関係が崩壊するわけであるから、それが私たちの世界でおこったら大混乱することは間違いない。原因と結果がおこる順番が逆になるということだ。「入学試験を受ける前に合格通知を受け取り」、「思いを募らせている相手に恋を告白する前に断られ」、「結婚する前に離婚し」、「生まれる前に死ぬ」のである。タイムトラベルするのよりたちが悪い。

物理学を学んだ人であれば、時間の順行と聞くと「熱力学第二法則」、つまり「エントロピー増大則」を思い浮かべるだろう。また「マックスウェルの悪魔は存在しない」というフレーズを思い浮かべる人もいることだろう。熱力学第二法則は、数ある物理法則の中で唯一、時間の流れが順方向であること、「時間の矢」を説明するのに使える法則であるからだ。

時間論についてのブルーバックス本をこれまで2冊読んできたが、本書を読んでみてどうだったかというと、結果的には「とても良かった」と言えるだろう。

本書は、科学教養書によく見られがちな「何度も相対性理論や量子力学の復習をしなければならないわずらわしさ」を感じることはほとんどなかったし、前提知識がある人でないと読めない本でもなかった。全体的に書き方が軽快で、やわらかい話題を盛り込みながら読み進められる本であるからだ。

章立ては次のとおりである。

第1章 「時間」に目覚めた人類
第2章 時間のプロフィール
第3章 相対性理論と時間
第4章 量子力学と時間
第5章 「宿敵」エントロピー
第6章 時間は本当に1次元か
第7章 量子重力理論と時間
第8章 サイクリック宇宙
第9章 始まりなき時間を求めて
第10章 生命の時間 人間の時間
第11章 誰が宇宙を見たのか


時間論は次の4つに分けられて考えることができる。本書では大半を1) 物理学における時間に割き、2)~4)も本書終わりの方でざっくりと解説している。つまり「哲学」における時間にはページを割いていない。(個人的には、これは良いところだと思う)

1) 物理学における時間
2) 認知学における時間
3) 生物学における時間
4) 心理学における時間

本書を読んで、印象に残ったところを、いくつか取り上げておこう。

物理学という学問は、自然という「神」が創り出したこの世界のルールを切り取って、人間が理解しているかたちに表現することを目的としている。そのために使われる言葉が「数学」であり、「方程式」である。そして、これまでに人間が発見してきた物理法則のすべての方程式は、時間的に発展する(流れる)ことを暗に前提としているということ。しかし、量子力学の不確定性原理によるとミクロの世界では「時間の矢」が逆転することがあり得る。

熱力学、統計力学の発展史を解説していく中で、マックスウェルの悪魔のことが解説され、そのような悪魔がいないことが確認される。しかし、本書ではこの悪魔が情報熱力学という文脈で復活をとげている。この悪魔は、時間の逆行をもたらす悪魔のことである。そして2019年(昨年だ!)、モスクは物理効果大学(MIPT)の量子情報物理学研究室での実験により「我々は、熱力学的な『時間の矢』と反対方向に進化する状況を人工的に作り出した」という発表が行われた。これがマックスウェルの悪魔の復活である。本書には実験のあらましが書かれている。

量子重力理論(超弦理論やループ量子重力理論など)から考える時間について解説されている。ループ量子重力理論では、時間はもともと存在しない。この理論によって時間は無から創り出されるのだ。それは「時間は存在しない: カルロ・ロヴェッリ」(Kindle版)(紹介記事)で、詳しく述べられており、今回のブルーバックス本で、高水先生は、この本やロヴェッリ先生の量子重力理論について解説をされている。ロヴェッリ先生によると量子力学における非可換性(ab≠ba)が「時間の矢」をもたらす「時間の芽」だということだ。そして、エントロピーが存在しているように見えるのは、私たちが世界を曖昧な形で見ていることの結果であり、ミクロなレベルでの量子状態を完全に知ることができれば、エントロピーが示す時間の矢は消失すると考えている。つまり、時間は存在しない。

そして、超弦理論とループ量子重力理論のどちらが正しいのかということについて高水先生はお書きになっている。実はこの2つの理論はどちらも「ブラックホールのエントロピーは表面積の大きさに比例している」ということを理論的に証明してしまうからなのだ。物理学は理論だけではだめで、実験で証明しなければならない。この問題に関して、それぞれの理論がどのようなアプローチをとって検証を行なおうとしているかが解説されている。

余談であるが、本書には「ファインマン先生は、超弦理論に反対だったこと」が紹介されている。しかし、博士は最晩年にこの考えをあらため、長年のライバルだったゲルマン博士から超弦理論の個人的なセミナーを受けるようになったことを僕は書いておきたい。この逸話は「ファインマンさん 最後の授業:レナード・ムロディナウ」という本に書かれている。

本書ではループ量子重力理論の文脈で「アキレスと亀」の議論(ゼノンのパラドックス)を復活させているのが面白い。走るのが遅い亀をアキレスが追いつくことができるかどうかは、この理論のもとで議論するのは興味深い問題である。

ミクロの物理学だけでなく、超マクロな物理学における仮説も紹介されている。高水先生のご専門の宇宙論のひとつ、2001年に提唱された「サイクリック宇宙論」である。このような宇宙論がどのようにして考えられるようになったか、宇宙誕生時のインフレーション、ブレーン宇宙、ダークマター、ダークエネルギーのキーワードで語られる。サイクリック宇宙論では、宇宙の収縮時に時間が逆行する。そして2007年に提唱されたサイクリック宇宙の次のバージョンも紹介されている。

著者の高水先生は、ホーキング博士の最後の弟子のお一人でもある。ホーキング博士が提唱した「虚時間説」は、ビッグバンの特異点問題を解決してインフレーション宇宙論への道を開いた。ホーキング博士と過ごした日々のことを紹介されながら、博士が亡くなる2年前に発表された「重力波の初観測」の発表を、博士がどのように受け止めていたかを高水先生はお書きになっている。重力波の観測は、インフレーションの証拠と考えられているのだ。

第10章の「生命の時間・人間の時間」も、興味深く読めたのは僕には意外だった。それは、生命現象もエントロピーと関連付けて説明を続けていたからだと思う。「私たちは宇宙とは真逆の「時間の矢」を持っている」のだ。生きるということは時間の矢に抗うことである。

最終章では、これまでの議論を総括している。それだけでなく、ファインマン図における未来へ遡って進む粒子の解説が紹介されている。この理論については「QED: The Strange Theory of Light and Matter: Richard P. Feynman」の解説(記事は日本語)をお読みいただきたい。この本は「光と物質のふしぎな理論―私の量子電磁力学: R.P.ファインマン」として翻訳されている。


とても読みやすい本である。ぜひ書店でお手に取ってみていただきたい。

本書や他の2冊のブルーバックス本を読むと、時間に関するひと通りの知識を得ることができる。子どもに説明したいという気持ちがでてくることだろう。けれども、小学1年生の子どもに説明することには、まったく違うレベルの難しさがあることを強調しておきたい。冒頭で紹介したラジオ番組をお聴きになるとそれがよくわかる。


関連記事:

時間はどこから来て、なぜ流れるのか? : 吉田伸夫
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/5bc8d145f76b637ece8d2de8eaa7e81d

時間とはなんだろう 最新物理学で探る「時」の正体: 松浦壮
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/30e586091ba9dda356e9a0d2d3a0e815

時間は存在しない: カルロ・ロヴェッリ
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/55f4ffc2e5f45add46dea97086bb3aed

時:渡辺慧
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/d149cf16bb9dd319f572e4228fdfe241


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時間は逆戻りするのか 宇宙から量子まで、可能性のすべて: 高水裕一」(Kindle版


はじめに

第1章 「時間」に目覚めた人類
- 二人のスター
- それは「暦」から始まった
- 「7曜日」の起源
- 「時間とは何か」を問い始めた人類
- 「時間」にもいろいろある

第2章 時間のプロフィール
- 方向: 不可逆な「時間の矢」
- 次元数: なぜ1次元なのか
- 大きさ: それは一定ではない
- 時間は気持ち悪い?
- 方程式には「時間」が隠れている
- 方程式と「時間の矢」
- 落下運動も逆向きOK!
- 宇宙のどこかに逆向きの時間が?
- 「宿敵」エントロピー増大の法則

第3章 相対性理論と時間
- 「光」を独裁者にした特殊相対性理論
- 「ヒーローの時間」はどれだけ遅れるか
- 「重力」で時空が歪む一般相対性理論
- ブラックホールに吸い込まれたら
- 相対性理論を使えば長生きできるか
- 「因果律」はどこまで未来を決めるか
- 光円錐と「時間の矢」

第4章 量子力学と時間
- 基本的な素粒子はクォークと電子
- これが元素のつくり方
- 我々はどこからきたのか
- 素粒子の「トンネル効果」
- 素粒子の「不確定性原理」
- 未来は確率でしか予言できない
- 因果律は破れるか?
- 量子力学の怪 ①エネルギーは飛び飛び!
- 量子力学の怪 ②観測者が状態を決める!
- 時間も素粒子でできている?

第5章 「宿敵」エントロピー
- 「永久機関」への挑戦
- エントロピー誕生
- ボルツマンの偉大なる功績
- マクスウェルが生みだした「悪魔」
- ミクロとマクロのあいだに
- 悪魔、ついに倒される
- 悪魔が復活した!
- 量子世界で時間は逆転する?

第6章 時間は本当に1次元か
- 「時空」を知っていた古代中国の宇宙観
- 宇宙のあらゆることがわかる方程式
- もしも時間が2次元だったら
- 空間はなぜ3時間なのか
- 次元数が多い世界は安定しない

第7章 量子重力理論と時間
- 自然界には「力」は四つしかない
- 「重力」のプロフィール
- 「量子重力理論」は物理学者の悲願
- 超弦理論のプロフィール
- ループ量子重力理論のプロフィール
- 二つの理論はどちらが正しい?
- 時間が消えた!
- 時間は「無知」から生まれる
- 「アキレスと亀」の答え合わせ

第8章 サイクリック宇宙
- 「弦」から「膜」へ
- 「ビッグバン」はブレーンの衝突か?
- インフレーション宇宙の「創成期」
- 「神」に頼るしかないのか
- サイクリック宇宙の登場
- もしも宇宙が収縮したら
- この宇宙は50回目の宇宙?
- サイクリック宇宙の危機と復活

第9章 始まりなき時間を求めて
- 宇宙は静かでなければならない
- 宇宙項ってやつは!
- 「真空エネルギー」の謎
- ファントムが復活させたサイクリック宇宙
- ホーキングの「虚時間宇宙」
- 虚時間はなぜ特異点をなくすのか
- ケンブリッジの思い出
- 「神」の答えを聞く数学者

第10章 生命の時間 人間の時間
- 「星のエントロピー」は減少するか
- 「生物のエントロピー」は減少するか
- 星は生物なのか
- 生命に宿ったもう一つの「時間の矢」
- 「認識」としての時間
- 時間の「連続性」も幻か
- 「未来の記憶」にとらわれた人たち

第11章 誰が宇宙を見たのか
- 二つのシナリオ
- ファインマン図が暗示する時間の逆戻り
- タキオンは時間を逆戻りするか
- 収縮宇宙のもう一つのシナリオ
- ブラックホールによる「どんでん返し」
- 宇宙最大級の謎「人間原理」
- 謎解きの鍵は「時間の逆戻り」にあり?

おわりに
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2 コメント

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とねさまへ (ken7row)
2022-08-05 20:45:15
とねさんは、時間にも興味があるのですね。

私は時間には興味はあれども、時間についての本もあまり読まないのですが、この本と「関連記事」に載っている4冊計5冊のうち、何と4冊を持っていました!

うち松浦氏の1冊だけは半分まで読んでいましたが、残りの3冊は、ごく一部しか読んでいません。私は時間については自分で考えるのが好きなので、他の方が書いた本を読むのが面倒臭いのです(笑)。

持っていないのは、「時間は存在しない: カルロ・ロヴェッリ」です。とねさんの紹介記事を読むと相当面白そうですね。買ってみようかと思います。
返信する
Re: とねさまへ (とね)
2022-08-06 12:41:13
ken7row様

「時間は存在しない: カルロ・ロヴェッリ」は、ループ量子重力理論に基づいた時間論の本ですね。
とても面白かったです。

ただし、その後カルロ・ロヴェッリ博士の本は2種類邦訳されましたが、これら2冊は面白くなく、途中で読むのをやめてしまいました。あくまで個人的な感想です。
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