「π(パイ) :ダーレン・アロノフスキー」
数学や自然科学に関係する映画ということで、映画通の友達から勧められたのが1998年公開のアメリカ映画。
全編ハイコントラストのモノクロ映像で、映画「リング」の中の貞子のシーンで使われたようなザラザラ感のある映像効果。音楽はほぼすべてテクノミュージックを使っていることに時代的なリアリティを感じた。
主人公の数学者マックス・コーエンは、類稀な数学の才能があり、世の中のすべての物事は、全て数学的な法則性を持つと考えて研究を続けていた。その法則を見つければ、株式市場の相場予想にも応用できるため、マックスの知識を金儲けに利用しようとする人間や、ユダヤ教のカバラ主義の謎を解くために数式を探すユダヤ教徒などが、彼に近づいてきた。ある日、216桁の数字をコンピュータがはじき出し、マックスは恩師であるソルに相談するのだが・・・。
カルト色を帯びてミステリアスなサスペンス映画だ。いくつかのゴダール監督作品に似た印象を僕は受けた。精神異常すれすれな数学者。神経質で妄想にとらわれた日常を淡々と映しながら進行していく。
タイトルに使われている円周率π(パイ) はほとんどでてこない。そのかわりにフィボナッチ数列、ピタゴラスの黄金比、らせん理論などと自然の中に見られる形との不思議な一致が紹介されている。
一見論理的だが感性的に捉えられるかどうかがこの映画を楽しめるかどうかの境目だと思った。理数系的な見方、批判的な見方にとらわれているうちはこの映画の良さは見えてこない。
ダ・ヴィンチ・コードなども出てくるような文字を数字に置き換える暗号やカバラとかの神秘主義者、数秘術などは数学の論理性とは無縁のものと割りきって見ることが大切だ。
マックスが自作したキャラクター・モードのスーパーコンピュータ(上記の画像)は、80年代のコンピュータを思い起こさせてくれた。
今でこそパソコンは進化してインターネットやメールなど日常的に使われているが、その反面、一般の人でもコンピュータでできることの範囲や限界を知っている。
けれども80年代は性能が低かったにもかかわらず、コンピュータはまだ神秘的な存在で、人工知能ができるんじゃないかと多くの人が幻想していた時代だった。だからマックスのコンピュータは216桁の秘密の暗号を打ち出す装置としてまさにぴったりだった。
数学に詳しくない読者のために、彼がとらわれていた妄想について僕の考えを補足しておこう。
まず、世界中の事象はすべて数式で表現できるかどうかについて。
数学の歴史の中では「ヒルベルト・プログラム(ヒルベルト計画)」という試みがなされたことがある。これは数学を形式化すること、すなわちその証明を形式化することで、数学全体の完全性と無矛盾性を示そうというものだ。
でも、これは「世界中の事象をすべて数式で表現できれば」という前提が成り立っていればの話。
そしてこの「ヒルベルト・プログラム」は「ゲーデルによる不完全性定理(1930年)」によって不可能であることが証明されてしまった。数学の命題の中には証明不可能なものが存在することが証明されたのだ。ゲーデル自身は数式や数学の命題を「ゲーデル数」という数字に置き換えてこの証明の中で使っている。
ゲーデルの不完全性定理については「数学ガール/ゲーデルの不完全性定理:結城浩」という記事で詳しく紹介したのでお読みいただきたい。
また「万物の理論」とされる「超ひも理論」や「M理論」が物理学として確認されたとしても、それはあくまで基礎物理学であって、生物科学や脳科学などの複雑系とは関係ないことである。
そしてもうひとつ。株式市場の相場予想についても僕は否定的だ。
日本における確率論の先駆者でいらっしゃる伊藤清先生が求めた「確率微分方程式」というものがある。この方程式は量子力学や「ファインマンの経路積分」にも応用された。
この理論は金融工学の「ブラック-ショールズ方程式」に応用されてしまい、アメリカでオプション取引に対しての適用がうまくいかったことがある。これが経済活動モデルを方程式で表すことに僕が抵抗感を持っている理由のひとつだ。
伊藤清先生は金融工学の父などではない。(参考ブログ記事)ウィキペディアの記事にも次のように書いてある。「伊藤自身は経済学に無関心で、ある経済学者の集まりに出席した際にあまりの歓迎ぶりに当惑のあまり、そもそもそんな定理を導いた記憶はないと言い張ったというエピソードが伝えられる。」
リーマン・ショックの原因とされているアメリカの「サブプライムローン問題」はブラック-ショールズ方程式から得られる予測への過度な期待のもと、無責任なオプション取引が増えすぎてしまったことによる。
相場を決める無数の要因をすべてコンピュータに入力したところで、正確な予想を行うための理論がなければ意味がない。「ごみデータ」が溜まっていくだけだ。金融工学や数理経済学というものに対して、僕は胡散臭い印象を持っている。深く学んだわけではないが。
ところでこの映画の予告編は、YouTubeの動画でご覧いただける。
さすが映画通だけあってマニアックな作品を紹介してくれたものだ。こういう機会がなければきっと見ることはなかっただろう。僕が持っていても仕方がないので、DVDはその友達にあげることにした。
レンタルはあまりされていないようなので、購入したい方は、こちらからどうぞ。
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数学や自然科学に関係する映画ということで、映画通の友達から勧められたのが1998年公開のアメリカ映画。
全編ハイコントラストのモノクロ映像で、映画「リング」の中の貞子のシーンで使われたようなザラザラ感のある映像効果。音楽はほぼすべてテクノミュージックを使っていることに時代的なリアリティを感じた。
主人公の数学者マックス・コーエンは、類稀な数学の才能があり、世の中のすべての物事は、全て数学的な法則性を持つと考えて研究を続けていた。その法則を見つければ、株式市場の相場予想にも応用できるため、マックスの知識を金儲けに利用しようとする人間や、ユダヤ教のカバラ主義の謎を解くために数式を探すユダヤ教徒などが、彼に近づいてきた。ある日、216桁の数字をコンピュータがはじき出し、マックスは恩師であるソルに相談するのだが・・・。
カルト色を帯びてミステリアスなサスペンス映画だ。いくつかのゴダール監督作品に似た印象を僕は受けた。精神異常すれすれな数学者。神経質で妄想にとらわれた日常を淡々と映しながら進行していく。
タイトルに使われている円周率π(パイ) はほとんどでてこない。そのかわりにフィボナッチ数列、ピタゴラスの黄金比、らせん理論などと自然の中に見られる形との不思議な一致が紹介されている。
一見論理的だが感性的に捉えられるかどうかがこの映画を楽しめるかどうかの境目だと思った。理数系的な見方、批判的な見方にとらわれているうちはこの映画の良さは見えてこない。
ダ・ヴィンチ・コードなども出てくるような文字を数字に置き換える暗号やカバラとかの神秘主義者、数秘術などは数学の論理性とは無縁のものと割りきって見ることが大切だ。
マックスが自作したキャラクター・モードのスーパーコンピュータ(上記の画像)は、80年代のコンピュータを思い起こさせてくれた。
今でこそパソコンは進化してインターネットやメールなど日常的に使われているが、その反面、一般の人でもコンピュータでできることの範囲や限界を知っている。
けれども80年代は性能が低かったにもかかわらず、コンピュータはまだ神秘的な存在で、人工知能ができるんじゃないかと多くの人が幻想していた時代だった。だからマックスのコンピュータは216桁の秘密の暗号を打ち出す装置としてまさにぴったりだった。
数学に詳しくない読者のために、彼がとらわれていた妄想について僕の考えを補足しておこう。
まず、世界中の事象はすべて数式で表現できるかどうかについて。
数学の歴史の中では「ヒルベルト・プログラム(ヒルベルト計画)」という試みがなされたことがある。これは数学を形式化すること、すなわちその証明を形式化することで、数学全体の完全性と無矛盾性を示そうというものだ。
でも、これは「世界中の事象をすべて数式で表現できれば」という前提が成り立っていればの話。
そしてこの「ヒルベルト・プログラム」は「ゲーデルによる不完全性定理(1930年)」によって不可能であることが証明されてしまった。数学の命題の中には証明不可能なものが存在することが証明されたのだ。ゲーデル自身は数式や数学の命題を「ゲーデル数」という数字に置き換えてこの証明の中で使っている。
ゲーデルの不完全性定理については「数学ガール/ゲーデルの不完全性定理:結城浩」という記事で詳しく紹介したのでお読みいただきたい。
また「万物の理論」とされる「超ひも理論」や「M理論」が物理学として確認されたとしても、それはあくまで基礎物理学であって、生物科学や脳科学などの複雑系とは関係ないことである。
そしてもうひとつ。株式市場の相場予想についても僕は否定的だ。
日本における確率論の先駆者でいらっしゃる伊藤清先生が求めた「確率微分方程式」というものがある。この方程式は量子力学や「ファインマンの経路積分」にも応用された。
この理論は金融工学の「ブラック-ショールズ方程式」に応用されてしまい、アメリカでオプション取引に対しての適用がうまくいかったことがある。これが経済活動モデルを方程式で表すことに僕が抵抗感を持っている理由のひとつだ。
伊藤清先生は金融工学の父などではない。(参考ブログ記事)ウィキペディアの記事にも次のように書いてある。「伊藤自身は経済学に無関心で、ある経済学者の集まりに出席した際にあまりの歓迎ぶりに当惑のあまり、そもそもそんな定理を導いた記憶はないと言い張ったというエピソードが伝えられる。」
リーマン・ショックの原因とされているアメリカの「サブプライムローン問題」はブラック-ショールズ方程式から得られる予測への過度な期待のもと、無責任なオプション取引が増えすぎてしまったことによる。
相場を決める無数の要因をすべてコンピュータに入力したところで、正確な予想を行うための理論がなければ意味がない。「ごみデータ」が溜まっていくだけだ。金融工学や数理経済学というものに対して、僕は胡散臭い印象を持っている。深く学んだわけではないが。
ところでこの映画の予告編は、YouTubeの動画でご覧いただける。
さすが映画通だけあってマニアックな作品を紹介してくれたものだ。こういう機会がなければきっと見ることはなかっただろう。僕が持っていても仕方がないので、DVDはその友達にあげることにした。
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