とね日記

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線型代数学(新装版):佐武一郎

2019年03月05日 23時41分58秒 | 物理学、数学
線型代数学(新装版):佐武一郎

内容紹介:
本書の旧版(1958年刊、1974年増補改題)は、線型代数学に関する最も基礎的な理論および諸概念を明快に解説し、より本格的に線型代数学を学びたい読者にとって最適の参考書として、数十年にわたって理工系の多くの読者から親しまれ支持されつづけてきた定評の書。第V章のテンソル代数は、表現論や微分幾何学を学ぶ上で特に重要な概念について詳述している。2006年には日本数学会出版賞を受賞した。
その旧版をもとに、2015年刊行の新装版では、最新の組版技術によって新たに本文を組み直して読みやすくし、読者の便宜を図った。なお改版にあたっては原則、一部の文字遣いを改めるにとどめ、本文は変更していない。

2015年6月6日刊行、339ページ。(旧版は1974年1月20日刊行、324ページ)

著者について:
佐武一郎(さたけ いちろう): ウィキペディアの記事
1927年-2014年 山口県出身。東京大学理学部卒業。東京大学助教授、東京大学助教授、同 教授、シカゴ大学数学教授、カリフォルニア大学バークレー校名誉教授。東北大学名誉教授、中央大学教授などを歴任。専門は微分幾何学、代数群。佐武同型、志村多様体の佐武コンパクト化、ディンキン図形の一般化である佐武図形などで知られる。主な著書に『リー群の話』(日本評論社)、『リー環の話』(日本評論社)、“Classification theory of semi-simple algebraic groups”(Marcel Dekker)ほか。

佐武先生の著書、訳書: Amazonで検索


理数系書籍のレビュー記事は本書で397冊目。

4年前にこの新装版がでたとき勇み足で買ったのだが、その後誤植が訂正された第2刷が販売されていることを知って少し後悔している。(正誤表はこのPDFファイル

線型代数は理工系の学生ならば大学1、2年の必須教科だけれども、いきなり本書を読むのはお勧めできない。日本の大学で線型代数が教えられ始めたのは1960年頃からである。本書の大もとになった教科書は1958年に刊行された旧版で、数十年かけて増補、改良を重ねて出来上がったのがこの新装版だ。これまでに日本で刊行された線型代数の教科書の最高峰と言ってよいだろう。高校数学が抜けきらない大学1、2年生には難しすぎるのだ。1冊目としてお読みになるのなら「線型代数[改訂版]: 長谷川浩司」のほうをお勧めする。

「最高峰」という言葉がずっと気になっていた。他の本と何がどう違うのだろう?より抽象的、数学的なのだろうことは漠然とだがページをめくるだけでわかっていた。数学書は他にもたくさん読み込んできたから、そろそろ理解できるのではないか?そのような期待で読んでみた。章立ては次のとおり。

I.ベクトルと行列の演算
II.行列式
III.ベクトル空間
IV.行列の標準化
V.テンソル代数
附録 幾何学的説明

工学部系の線型代数の教科書と全く違うのは、視覚的に数の要素を縦横に並べて示すような行列表記がほとんどないこと、アルファベットの右下の小さな添え字で済ます記法をとっていることだ。昔の製版技術を使った本をベースとしているからそれは仕方がないことだが、そもそも実用的な連立方程式の解法を紹介するのを目的とする本ではない。かろうじてCramerの解法が紹介されている。

物理学科向けの教科書と同じレベルで進むのは「I.ベクトルと行列の演算」、「II.行列式」。ここまではいわゆる「数」を要素とするベクトル空間だから、難なく読める。そして「III.ベクトル空間」から始まるのが一般的なベクトル空間だ。ここからは慎重に読むべきだ。「IV.行列の標準化」も一般的なベクトル空間を含む形での解説、証明になっていることに注意すべきだろう。

佐武先生の教科書をいちばん特徴づけているのが「V.テンソル代数」の章で、かなりのページ数が割り当てられている。テンソルは「ベクトルや行列の添え字を増やして一般化したもの」ではないことがよくわかるはずだ。双対空間からテンソル積、対称テンソルと交代テンソルの順に線形代数の世界の拡がりが増していく。テンソル代数,グラスマン代数あたりで、僕はついていくのがきつくなった。

あともうひとつ本書を特徴づけているのは、各章末に設けている「研究課題」である。現代物理学とその基礎付けとなる数学の諸分野と線形代数のつながりが、かなり高度なレベル、抽象的なレベルの構築が証明付きで解説される。線型代数の本にリー環や群の表現、テンソル表現、ヤング図形が物理学の教科書のレベルを超えた形で書かれているのには畏れ入ってしまった。そもそも佐武先生はディンキン図形を一般化した佐武図形を発見した人である。

とはいうものの本書には素粒子を始めとする物理用語は一切でてこない。物理への応用を意識せず純粋に数学の理論として証明を重ね、理論を構築している。それにもかかわらず、ベクトル空間を発展させていく末に環論、外積代数、微分幾何などの代数構造が現れ、それらが現代物理に深く結びついていることに気がつくと、本書の価値がますます実感できるようになる。


相当な辛抱が要求されるが無味乾燥な数学書ではない。線型代数の奥深さが堪能できる名著である。何度も読み込んでいくうちに、新しい発見を与えてくれる稀有な教科書だ。


なおAIを学ぶのに線型代数は必須だが、証明を重ねて理論を組み上げる本書までは必要ない。そのような方には「線型代数[改訂版]: 長谷川浩司」をお勧めしたい。


関連記事:

線形代数学入門のための教科書談義
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/9d2ac30c9f5f620ad703304d710ed90b

線型代数[改訂版]: 長谷川浩司
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2ef742e3bfe4561bea2b6994bc16909c

高校数学でわかる線形代数:竹内淳
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/622b94fbf39e086f13185565df9519aa

テンソル解析:田代嘉宏
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/2c836967d34de2d35737292d95ad426b


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線型代数学(新装版):佐武一郎


正誤表(pdfファイル)

2006年度日本数学会出版賞受賞のことば (pdfファイル)
増補版への序/序 (pdfファイル)
凡例/編集部による注記 (pdfファイル)

I.ベクトルと行列の演算
 1.1 ベクトルの演算
 1.2 行列の演算
 1.3 行列の演算(続)
 1.4 一次写像
 1.5 実数と複素数
 1.6 内積
 研究課題 行列の指数函数について

II.行列式
 2.1 置換
 2.2 行列式の定義と基本的性質
 2.3 行列式の展開
 2.4 連立一次方程式(Cramerの解法)
 2.5 行列式の積
 2.6 二,三の応用
 研究課題 1.特殊な形の行列式
 研究課題 2.乗法公式による行列式の特徴づけ
 研究課題 3.行列式の微分

III.ベクトル空間
 3.1 ベクトルの一次独立性
 3.2 部分空間
 3.3 正規直交系と直交補空間
 3.4 一次写像(行列)の階数
 3.5 連立一次方程式(一般の場合)
 3.6 ベクトル空間の公理化
 3.7 底の変換,直交変換
 研究課題 1.羃等行列,射影子
 研究課題 2.連立線型微分方程式

IV.行列の標準化
 4.1 固有値と固有ベクトル
 4.2 固有空間への分解
 4.3 対称行列の標準化
 4.4 二次形式
 4.5 正規行列
 4.6 直交行列の群
 研究課題 1.一般の二次形式
 研究課題 2.直交群のLie環

V.テンソル代数
 5.1 双対空間
 5.2 テンソル積
 5.3 対称テンソルと交代テンソル
 5.4 テンソル代数,グラスマン代数
 5.5 係数体の拡大と制限
 研究課題 群の表現

附録 幾何学的説明
 1.空間におけるベクトル
 2.直線,平面のベクトル表示
 3.面積,体積
 4.Euclid幾何の公理
 5.二次曲面の主軸

文献表
問題の解答
索引 (pdfファイル)
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2 コメント

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Cramerの解法 (hirota)
2019-03-06 14:37:15
これって実用的な連立方程式の解法じゃないよね。
実用的には三角化と後退代入による解法だと思うから、この本は実用無視ですね。
テンソルについても多様体での実用なしじゃ無味乾燥すぎて頭に入らないと思うけど、これで勉強を始める人っているのかな?
僕自身はトポロジーの実用なしでホモロジー代数を勉強しようとして挫折した。
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Re: Cramerの解法 (とね)
2019-03-06 23:29:11
hirotaさんへ

> これって実用的な連立方程式の解法じゃないよね。

はい、そうなのです。この本は終始一貫して実用とは無縁です。
テンソルも他の(学びやすい)本で学んでから、(必要はないのかもしれませんが)本書で読むとよいのではないかと思います。

物理系の人には敬遠される本なので、この記事のアクセス数もそれほど伸びませんでした。w
このブログでは物理の本の紹介記事のほうが、アクセス数が数学系の本よりずっと多いです。(ただしやさしく書かれた数学書を除いてのことです。)


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