とね日記

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オッペンハイマー 上 異才:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン

2024年05月25日 16時14分24秒 | 物理学、数学
オッペンハイマー 上 異才:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン」(Kindle版

内容紹介:
2006年ピュリッツァー賞受賞作

「原爆の父」と呼ばれた一人の天才物理学者J・ロバート・オッペンハイマーの生涯を丹念に描くことで、人類にとって国家とは、科学とは、平和とは何かを問う。全米で絶賛された傑作評伝が、待望の文庫化。
詩や哲学にも造詣が深く、繊細な精神の持ち主であった青年時代(上巻「異才」)。
1904年ユダヤ系移民の子としてニューヨークの裕福な家に生まれ、幼いころから学才を発揮したロバート・オッペンハイマー。詩や哲学を愛し、ニールス・ボーアに影響を受けながら物理学者となった彼は、ナチスに対抗し原子爆弾開発を目指すマンハッタン計画に参加、主導者に抜擢される。科学者としての未来が大きく変わり始めた頃、元恋人で共産党員ジーン・タトロックとの関係は密やかに続いていた。

2024年1月22日刊行、432ページ

著者について:
■著者略歴 カイ・バード/Kai Bird
1951年生まれ。歴史家・ジャーナリスト。スミソニアン航空宇宙博物館での原爆展中止の是非を問う『ヒロシマの影』の編著者。他の著作に、CIA史に残る重要な工作員の生涯を描いた The Good Spy: The Life and Death of Robert Ames や、カーター大統領の画期的な伝記 The Outlier: The Unfinished Presidency of Jimmy Carter など。ニューヨーク州立大学レオン・レヴィ伝記センター事務局長。アメリカ歴史家協会会員。

マーティン・J・シャーウィン/Martin J. Sherwin
1937年生まれ。タフツ大学(マサチューセッツ州)歴史学教授など歴任。広島・長崎への原爆投下に至る米国核政策をテーマにした『破滅への道程』で米歴史本賞受賞。他の著作に『キューバ・ミサイル危機』など。2021年没。


理数系書籍のレビュー記事は本書で490冊目。

映画『オッペンハイマー』の日本公開が危ぶまれていたが、ようやく公開にこぎつけた。映画のほうはまだ見ることができていないのだが、それに先立ち刊行された原作本の日本語訳を読んでおくことにした。

物理学ファンとして、オッペンハイマーとはマンハッタン計画を指揮した天才物理学者のイメージが強い。しかし、ひとりの人間として見たとき、彼の人生の晩年を知ったとき、複雑な思いにとらわれる。第二次大戦後のアメリカに吹き荒れた赤狩りの嵐。その犠牲者の一人としての姿が浮かび上がる。経済的に恵まれた生活環境の中で育ち、類まれな才能に恵まれた彼は、いったいどのような人物だったのだろうか?NHKからも特集番組がいくつか放送されていたので見てみた。

原爆という非人道的な兵器の開発に重大な責任が伴うことは現代の常識である。しかし、彼がその役割を任された時点では、原爆はまだ存在せず、その破壊力がとてつもないことはわかっていたが計算上で予想されるものに過ぎなかった。ナチスドイツのヒトラーが原爆開発を命令したのは事実であるし、開発がどこまで進んでいたかは軍事機密のため知るすべがない。それがアメリカに疑心暗鬼をもたらし、危機感が募った結果、ドイツに先んじて原爆を完成させようという強い動機となったことは疑うべくもない。戦争という異常な心理状態にとらわれた社会の空気の中で、原爆を開発することに伴う重大な責任が顧みられることはなかった。

上巻ではオッペンハイマーの両親について紹介され、彼がどのような環境で生まれ育ったか、子供時代から研究者になり、その後マンハッタン計画のリーダーに選ばれるまでが書かれている。物理学だけでなく詩や哲学にも造詣が深く、繊細な精神の持ち主であった青年時代、彼は精神的な悩みを抱えながら物理学の道で行き詰まり、模索していた。そのような彼が当時生まれたばかりの量子力学に出会い、理論物理学の研究者としての道が決定づけられた。まるで憑き物が落ちたように彼は自信に満ちた性格に変貌し、才能を開花させた。

この上巻で注意すべきなのは、オッペンハイマーの交友関係である。ユダヤ系という彼の出自、そして恋人や配偶者を含めて彼が交友した人物たちの中に共産主義者、共産党員が含まれていたことである。この2つのポイントは彼の晩年の人生のに暗い影を落とすことになる。しかし本書では、彼が共産党を支援したことがあるものの、共産党員になったことは一度もないことが強調されている。

彼がマンハッタン計画のリーダーに選ばれるまでの経緯は、とても興味深かった。彼にはそれまで大きな組織のマネジメント経験はまったくなかったからだ。マンハッタン計画のように国家の存亡にかかる巨大プロジェクトのリーダーには統率力と経験、人望が必要になる。物理学の天才だとしても、それはマネジメントの能力とは関係ない。組織を構成するのは大勢の優秀な物理学者であり、それぞれがまったく異なる個性を持つ人間である。オッペンハイマーのそれまでの経験や性格は、どちらかというとカリスマ性のあるリーダーとは対極にあると思えるからだ。彼をリーダーとして迎えることには大きなリスクを伴う。

しかし、彼が非常にうまく組織を束ね、プロジェクトを成功させたことを私たちは知っている。この計画を進めるには軍部との調整能力も必要だったはずだ。どのようにして彼はこのプロジェクトを指揮する軍人の信頼を得たのだろうか?上巻を読めば、このようなことがよく理解できるはずである。

引き続き中巻を読んでみることにしよう。


日本語版は3冊に分かれているが、英語の原書は1冊の本として刊行されている。

オッペンハイマー 上 異才:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン」(Kindle版
オッペンハイマー 中 原爆:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン」(Kindle版
オッペンハイマー 下 贖罪:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン」(Kindle版
  


翻訳のもとになった英語版はこちらである。

American Prometheus: The Inspiration for the Major Motion Picture OPPENHEIMER: Kai Bird, Martin J. Sherwin」(Kindle版


映画『オッペンハイマー』の公式サイト
https://www.oppenheimermovie.jp/

【本予告】『オッペンハイマー』3月29日(金)、全国ロードショー:YouTubeで再生


全員に見てほしい映画オッペンハイマー予習動画:YouTubeで再生



映画の英語版の脚本は、書籍として刊行されている。

Oppenheimer: Christopher Nolan, Kai Bird, Martin J. Sherwin」(Kindle版



本書の原作の日本語版が刊行される前に、ちくま学芸文庫からこの本が刊行されていた。合わせてお読みになるとよいだろう。

ロバート・オッペンハイマー 愚者としての科学者:藤永茂」(Kindle版



関連記事:

原子爆弾 1938~1950年: ジム・バゴット
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/0d741fd4e77316eaf05aef8daf865cd6

核兵器: 多田将
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/fe84c7cd15d1b8ff7ed14de1fa356504

部分と全体: W.K. ハイゼンベルク
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/b6e7d8da99e4b9e76f5cd9f7dbf7f959

番組告知: 映画「ひろしま(1953)」
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/13384a02216be844ab1681e8a4d1d92a

合本版 はだしのゲン①~⑦ (中公文庫コミック版)
https://blog.goo.ne.jp/ktonegaw/e/75d56406860e23915579530c53bdba59


 

 


オッペンハイマー 上 異才:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン」(Kindle版


著者覚え書き オッピーとの永い旅
序文
プロローグ

第I部

第1章:彼は新しいアイデアのすべてを、完璧に美しいものとして受け入れた
第2章:独房
第3章:とても苦しい日々を送っています
第4章:勉強は厳しい、しかし有り難いことに楽しい
第5章:オッペンハイマーです
第6章:オッピー
第7章:ニムニム・ボーイズ

第II部

第8章:1936年、わたしの関心は変わり始めた
第9章:フランクは、それを切り抜いて申し込んだ
第10章:ますます確かに
第11章:スティーブ、君の友人と結婚するよ
第12章:われわれはニュー・ディールを左に追い込んでいた
第13章:急速爆発コーディネーター

解説:山崎詩郎

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