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「切らずに治す脳卒中」日本脳神経血管内治療学会前々会長ブログ

第31回日本脳神経血管内治学会学術総会会長のブログ
会期:2015年11月19日~21日(無事終了しました)

ロシアW杯開幕、早くもベストゲーム?!

2018年06月16日 | サッカー
遂に開幕しました。サッカーワールドカップ・ロシア大会。今回も現地には行かずに、TV観戦です。
ワールドカップ中はJ1は休止ですが、J2リーグは継続なので・・・
98年フランス、02年日韓、06年ドイツと現地に赴いたのですが、ここのところファジアーノのこともあり、また現地の治安に不安がある開催地が続いたので、残念ですが諦めてきました。
今回は、私の知人でロシアに行くのはただ一人、何と準決勝・決勝のチケットを当てたとのことです。S君には楽しんできてもらいたいですね。

さて、私は学会のため東京で、開幕戦は一人ホテルでのTV観戦、ロシアの先取点を見た後寝落ちしてしまいました。
今朝はイベリアダービー、堪能しました!その前の2試合もスゴイ試合で終了直前に決勝ゴール!と言う展開が続いていたので、ワクワクして見てました。
それにしても、3−3の壮絶な試合、早くも今大会ベストゲーム?82年スペイン大会の西ドイツvsフランスを想い出しました。
これから眠れない日々が続きます・・・

日本橋高島屋で、SAMURAI BLUE(サッカー日本代表)オフィシャルスーツ『SHOBUFUKU(勝負服)』展をやってました。
ちょうど学会場の隣なので、スーツは高くて買えないけどネクタイ買ってきました!これで、私も戦闘準備完了!


色々とお世話になった店員のお兄さんと最後に写真撮って帰ってきました。
ちなみに、この写真で身につけているネクタイは2006年?の時のもの

ファジアーノ岡山2018年J2開幕戦勝利!

2018年02月26日 | サッカー
昨日はJ2開幕戦で徳島に遠征してきました。
今季の我がファジアーノ岡山は大きくメンバーが替わり、期待と不安が交錯しているような・・・まぁ毎年のことですが・・・
そして、開幕直前に訃報が・・・

大杉漣さん
私は映画やTVドラマをほとんど見ないので、その役者としての姿はよく知りませんが、
サッカー番組で本当にサッカー愛を感じる俳優さんだなといつも感心していました。
開幕前に突然の悲しいお知らせ、そして漣さんは徳島出身の熱烈な徳島サポ、
私もポカリスエットスタジアムの献花台に想いと感謝の気持ちを伝えてきました。
キックオフ前には黙祷・・・

漣さん、どうぞ安らかに、そして天国からサッカー界を見守っていてください

さて、
試合は、前半良い入りで、康太が決定機を外すも、その康太の美しい軌道のFKからから塚川がヘッドで先制
その前にも惜しいヘッドを塚川は外していたので、ちゃんと修正していました。
赤嶺真吾とイ・ヨンジェの2トップが効いており、前線からよく走ってボールを追って、それに中盤以降も連動していました。
前半最後にその二人のコンビで完全に追加点!と思った真吾のシュートがバーにはじかれ、嫌な予感が・・・
後半は一方的にやられて、しかし、徳島も最後のシュートの精度を欠いていたのでラッキーでした。
途中から入った仲間君がなぜレッドカードかわかりませんでしたが、家に帰ってDAZN見ると、やっちゃってましたね、思わずでしょうが。
それでも逆に10人になったので割り切って残り時間を守って、何とか勝ち点3をゲットしました。
GK一森君と、何と言っても高卒ルーキー阿部海大君の活躍、今後が楽しみです。
康太のキャプテンシーも光っていました。


初戦からドキドキさせられましたが、今季こそJ1だ!

「子どもたちだけではなく大人達にも夢を、100年続くような・・・」

2018年01月13日 | サッカー
前回、医学新聞メディカルトリビューンに掲載された私のエッセイをご紹介しましたが、やはりWeb上で閲覧するためには会員登録が必要で、一般の方々には見られないとのことでした。
編集部の方に確認したら、著作権は先生にあるので、ブログに掲載しても構いませんよと言ってくださいました。
以下、拙文のご紹介です。
優秀な後輩からは、真面目な医学新聞にこんなチャラい内容を載せないでくださいよと忠告されましたが、息抜きのエッセイですのでいいんです!
(ちなみに「ちゃらい」は、昨日刊行された広辞苑に新たに収載されたそうです)


【Essay】「子どもたちだけではなく大人達にも夢を、100年続くような・・・」
 自他共に認めるサッカー狂である。高校時代からサッカーを始め、ヨハン・クライフに憧れ、98年フランス、2002年日韓、2006年ドイツとW杯には現地に赴き我が日本代表の試合を中心に観戦し、ジュネーブ大学留学中は本場ヨーロッパサッカーを堪能した。自分自身も高校・大学・社会人、そしてシニアリーグと、現在に至るまでプレーを続けている。しかし、地元岡山はサッカー後進県で、応援すべきプロサッカーチームがない・・・そのような中、2004年にJリーグ加入を目指してファジアーノ岡山が立ち上がり、2008年には当時アマチュア最高峰のJFLに昇格し、急にJリーグ参入が現実味を帯びてきた。私も、この年から本格的にファジアーノを応援し始めたその矢先に、偶々脳震盪の選手を診察したことをきっかけにチームドクターに加わるよう依頼された。もちろん二つ返事でお引き受けした。以来10年間、チームをサポートし、共に歩んできたつもりである。幸いにも、チームは2008年末に念願のJ2昇格を決め、2009年シーズンからJ2を闘うこととなった。
 J初年度2009年はベンチ入りし、選手と一緒にピッチで闘った。当時、試合前から選手と一緒にアップし、ピッチ内練習には球拾いとして加わり、相手チームにいた三浦知良や藤田俊哉選手等スーパースターと近接しては興奮していた。チーム内では“スパイクを履いてベンチ入りする熱いドクター”として監督以下選手とも親しくしていただいた。2010年以降はベンチ入りはせずに、頭部外傷関連の診療を中心に後方からメディカルサポートを続けている。
 プロサッカー選手は華やかで輝いて見えるが、選手寿命は短く、平均26歳で引退、一部の有名選手を除いて将来の就職先は大きな不安である。J2の弱小チームの選手の給料は安く、当時から仲の良い選手には活躍の御礼と称してよくご馳走してきた。家族ぐるみでお付き合いしている選手も多い。私は各選手を弟分と思っているのだが、家内は、年齢的にどう見ても子供でしょう!と笑う。
 チアゴ選手は陽気で気まぐれなブラジリアンFWだったが、サッカーとwifeを愛する好漢だった。単身赴任で家が近く、よく行き来して交流したが、引退してブラジル帰国後は没交流で残念である。やんちゃな川又堅碁選手は2012年わずか1年の在籍だったが、チーム得点王となり強烈な印象を残した。岡山に残留すると約束してくれたが、最後に翻意してJ1新潟に戻ることを決めた日に我が家にわざわざ挨拶に来て、将来の日本代表を誓ってくれた。そして2年後にその通りファジアーノ出身初の代表選手になった。日本代表と言えば、2015年から加地亮・岩政大樹という二人の元代表選手が来てくれた。彼らの経験とチームの頑張りで、2016年はJ1昇格プレーオフに進出した。初戦の松本戦は劇的な勝利で、あと一つ勝てばJ1というセレッソ大阪戦、雨の長居で最後に力尽きて、J1昇格の夢は叶わなかった。家族で応援に駆けつけたが涙雨となった。
 ファジアーノ岡山のスローガンは「子どもたちに夢を!」である。プロスポーツチームのなかった岡山で、「100年続くDNA」を理念とし、地域に根ざした地道なクラブ活動を続けている。岡山のサポーターは選手にブーイングをしない“緩い”サポとして知られているが、スタジアムは常に熱く、拍手や声援を持った一体感で選手を後押ししている。「あの熱い応援で走り切れた」という選手の声はサポの励みになっている。
 2017年は期待されたが勝ちきれなかった。いつも良いことばかりではなく、悪い時もある、サッカーは人生の縮図でもある。「夢」を持ってサポートし続けるしかない。一方で、彼ら一流選手、そしてサッカーから私が学んだことは貴重で、日々精進しながら脳外科医人生を続けていく糧となっている。最後に、10年間在籍した私の弟分、ミスターファジアーノこと竹田忠嗣選手が今シーズンをもって退団となった。感謝の気持ちを込めて筆を置きたい。


ファジアーノ岡山・加地亮と岩政大樹選手とともに(2015年の納会にて)

祝!サッカー日本代表アジア最終予選突破!ロシアワールドカップ出場権獲得

2017年09月01日 | サッカー
昨夜は・・・良い試合でした、素晴らしい雰囲気のホーム埼玉スタジアムで
若手二人の見事なゴールで、宿敵オーストラリアに完封勝利!
もう「Nippon Forever in Our Shadow」とは言わせないぜ!
(オーストラリアのスタジアムに掲げられた日本は永遠に俺たちの影(勝てっこない)という横断幕)

しかし、なんと私はこの大事な一戦・・・
埼玉に行くこともはちろんできず、TVの前で応援することもできず、血管内治療中でした(涙)
麻酔科の先生が合間に「今、先制しました!浅野です!」と教えてくれるのを頼りに、治療に集中していました。
そうです、人間、与えられた場所で全力を、ベストを尽くすのが大事なのです。

きっとこんな感じで盛り上がったのでしょうね?

註:2010年の予選の時の写真です、埼玉スタジアム2002日本側ゴール裏

「日本中が1つとなって勝ち取ったワールドカップだと思う。」
「きょうは喜びたいが、また選手たちはワールドカップに出場するための新たな競争が始まるので頑張りたい」(長谷部誠キャプテン)

さあ、私も頑張ろう!ロシア・・・

50歳のプロサッカー選手ーJリーグ開幕!

2017年02月27日 | サッカー
いよいよ2017シーズンのJリーグが開幕しました。
そして、J2の開幕日2/26は、ある有名なサッカー選手の誕生日でもあります。
(私と一日違いなのです・・・)
自身の50歳の誕生日のその日に、J開幕戦に先発出場してメモリアル・ゴールを決める!
というような誰もが驚くような事を、やってのけそうな選手は・・・

そうカズこと三浦知良選手、横浜FC所属です。
先発して65分間プレーしましたが、残念ながら劇的なゴールはできなかったのですが、
それでもチームの勝利に貢献し、大きなニュースとなりました。
同じ世代としてとても勇気づけられますね。

サッカー界で、長くプレーした模範的な選手として、
サー・スタンレー・マシューズ(イングランド)が知られています。
マシューズ・トリックという自身の名の付いた有名なフェイントでドリブルの名手、
そして30数年間のプロ生活の中で一度も警告を受けたことがないフェアプレーヤーで、
現役中にサーの称号を与えられた唯一の選手として活躍、50歳でプロ生活に終止符を打ちました。

私自身は、マシューズの年齢(50歳)まではサッカーを続けようと、若い頃から目標にして頑張って来ましたが、54歳になってもまだやっています、もちろんアマチュアの遊びのサッカーですが(笑)それにしても50歳でトッププロとして、20歳そこそこの若者に混じってプレーする姿は、さすが「キング」ですね、ちょっと白髪交じりですが風格を感じさせます。
今年もドンドン活躍して欲しいですね、ファジアーノ岡山戦以外でね(笑)

想い出の写真、1998年6月、スイス・ニヨン(日本代表の合宿地)にて

この直後に彼は代表を去ったんです・・・


34年前のスペインW杯

2017年02月07日 | サッカー
前回、岡野俊一郎さんの想い出を書いて、1982年スペインワールドカップのゴール集を急に見たくなりました。
当時のVHSビデオテープで繰り返し見たものを、いつかDVDに焼いたはず・・・と探したところ出てきました!
NHKなので残念ながらアナウンサーは金子さんではなく、羽佐間さん、でもこの方も落ち着いた口調で二人の解説者からの”うんちく”を見事に引き出している!
岡野さんと松本さんの解説はやっぱり落ち着くんですね。
実は、松本さんには脳外科サッカー大会で主審をしていただいて、色々とお話ししたことがあるのですが、岡野さんとは遂に知己を得ることはできませんでした。
2時間に渡って146ゴールすべてを、今と比べてとんでもなくひどい画像を見ながら堪能しました。

当時は大学2年生でサッカー部の皆で集まってTV、ビデオをああだこうだ言いながら見たことを懐かしく思い出します。
イタリアが優勝したのですぐに感化されて、ユニフォームをイタリアのブルーにしたんです。

なんて単純な久留米大学サッカー部!

当時はサッカーはTVの中で見るもので、国内の日本リーグさえ生で見ることはなく、
その後、フランスやドイツにワールドカップを見に行ったり、
ヨーロッパに留学して、各国リーグを観戦するようになるとは夢にも思っていませんでした。

昨年もスペインに行って、大好きなバルサの試合を聖地カンプノウで久々に見ました、しかもCLで7-0の試合!

サンチャゴベルナベウにも初めて行けたし、DVD見ながらスペインサッカーにも思いを馳せました・・・また行きたいな・・・

岡野俊一郎さんとダイヤモンドサッカーとスポーツ文化と・・・合掌

2017年02月05日 | サッカー
今日は県シニアリーグの試合がありました。
2月2日に亡くなられた岡野俊一郎さんを偲んで試合開始前に黙祷を捧げました。

私にとって岡野さんと言えば、ダイヤモンドサッカー!
「サッカーを愛する皆さん、ご機嫌いかがでしょうか」という金子勝彦アナウンサーの名調子ではじまる伝説のサッカー番組で、岡野さんは約20年間にわたり解説を務められました。落ち着いた、しかしサッカー愛に満ちた語り口で、司会の金子アナとの絶妙のやりとりは最高でした。
その金子アナは訃報に接して、「私は単なるサッカー番組ではなく、教養番組、旅番組だと思っていました。歴史や音楽も出てくる。サッカーからショパンですよ。岡野さんは博識で、知らないことがなかった。」と述懐されています。確かにサッカーだけでなく、世界各国の文化や選手のパーソナリティ、教養にあふれる内容でした。
NHKでやった82年スペインW杯のゴール集も岡野さんの解説(松本育夫さんと)で、それはそれは楽しませていただきました。
また、サッカーの世界に留まらず、国際オリンピック委員の要職をこなし、堪能な語学を活かして世界中の要人と交流し、スポーツ文化の発展に貢献されました。

私自身も大きな影響を受けて、サッカーのお陰で人生がより深いものとなっています。
「人生で大切なことはみんなサッカーから教わった」(JSNET2015岡山での福田正博さんとの文武両道対談のタイトル)
多くのことをサッカーから、そして岡野さんから教わったのです。
今日は雨上がりの試合でしたが、今季初ゴールを、自分で言うのも何ですが、ビューティフルに決められて、岡野さんに捧げることができました。


岡野さん、ありがとうございました。どうぞ安らかにお休みください。

ファジアーノ岡山:何とかこじ開けたJ1昇格プレーオフへの道

2016年11月21日 | サッカー
昨日はサッカーJ2リーグの最終戦、ホームシティライトスタジアム(Cスタ)でザスパクサツ群馬との重要な一戦でした。
この試合に勝てば文句なし、引き分けでも得失点差の関係でたぶんJ1昇格プレーオフ進出が決まると言う状況でキックオフ当日を迎えました。
我々にはもう一つの大きな目標がありました、観客が14,840人を越えれば、今シーズンホーム平均入場者数が1万人突破です。
試合に勝って、1万5千人の観客が入れば・・・そう願いながらCスタを目指しました。
しかし、今季の最多入場者はセレッソ大阪戦での15,203人、その次が札幌戦の13,304人です。
ファジアーノ岡山は「Challenge 1」と宣言して、平均観客動員1万人!そしてJ1昇格を目指しています。
試合には勝つだろうけど(希望的観測)、14,840人は厳しいかな?と、それでも金曜日の時点でチケットは1万2千は行ったと聞いていましたので、
我が家も総動員でCスタのある運動公園に向かいます。岡山力が試される時です。

スタジアムではいつもの仲間、患者さん、色々な人にお会いして声を掛け合います、皆の想いは一緒!
スタンドはかなり埋まっており、1万5千行くかな?と思わせるような入りでした。
「刻は来た!壁は乗り超える者の前にしか表れない!」の段幕が選手のみならず観客も煽ります。
そして、試合はまさかのジェットコースターのような展開・・・
最後までハラハラドキドキですが、スタジアムは一体となって我がチームを最後まで鼓舞しました!
そして、内容はさておき最低限の3-3の引き分けで、ギリギリですが目標のプレーオフ進出を果たしました。


そして入場者数は今季最多の15,204人!最高の雰囲気を醸し出したCスタでした!
さあ、後は次のChallenge、J1だ!

ロスタイムの劇的勝利・・・から学ぶこと

2016年10月07日 | サッカー
国家を代表する大事な一戦で、
自分が交代投入される直前に1−1の同点に追いつかれ、
出場後もチーム全体が思うような攻撃ができず、
自身は相手からボールを奪って攻撃の起点となる役割だが得点のないまま、
ロスタイムに入っても膠着状態が続き、
引き分けでも実質は敗色濃厚という状況の中で、
FKのこぼれ玉が目の前に転がってきて、
無心?で打ったダイレクトシュートが、
目の覚めるような勢いでゴールに突き刺さった!
(おそらく)日本中を歓喜の渦にした、
しかも、この日が誕生日!の男、
まさしく窮地の日本を救ってくれました。

ありきたりですが、最後まで諦めない心・・・大事です!


しかし、山口蛍選手はJ2セレッソ大阪所属で、ファジアーノにとっては、これから対戦する強力なライバルです、
うちとの試合の時には、あまり無理しないで下さいネ、お願いです。

やっとの思いで摑んだ勝利・・・から学ぶこと

2016年09月08日 | サッカー
昨日は色々な方から、種々の言葉をかけられました。
そうです、再びサッカー日本代表の話題です。
1)何とか勝って良かったですね、このまま良い方向に向けば良いですね!
ーーーありがとうございます!そう願っています!
2)勝つには勝ったけど、どうしてあんなにシュートが入らないんでしょうか?
ーーー世界中のどの国も得点力・決定力不足に悩んでいます、日本は特に酷いけどネ!
3)どうしてもっと早く攻撃の選手を交代させないんでしょうか!
ーーー俺が監督だったら、そうしたいけど、チーム内にしかわからない事情もあるので・・・
4)第一戦で何を学んだのでしょうか?相手が弱くてラッキーだっただけ・・・
ーーーまったくその通り!でも勝利が一番良い薬なんです!
番外)アノ審判は完全におかしい!
ーーー大昔に、日本代表がW杯出場なぞ夢の夢の時代、高田静夫さんという名審判がいましたが、W杯に出たこともない国の審判なんかレベルが低すぎてダメと散々言われたものですが・・・もう中東の笛はコリゴリです!

結果的には試合は圧倒して、シュート数は21対2、うち1本は決定的でGK西川の素晴らしい顔面セーブで危なかったけど・・・こっちはシュート打ちまくっても、相手GKの好セーブもあり・・・たった2点
私の年代は1984年のロス五輪予選でタイのピヤポンというエースにハットトリックされて5-2と惨敗したイヤな思い出があるけど、冷静に考えれば、どう見てもアウェイの地でも日本が上でした。
しかし、勝たなければいけない試合をきっちり勝つことの難しさを教えられた気がします。

さて、またしても、サッカーの話から、無理矢理我々の世界に当てはめてみますが、
我々の手術・治療は、絶対に負けが許されません。
もちろん、サッカーのように死にものぐるいで向かってくる敵がいて、勝つか負けるか引き分けしかない世界とは違いますが、
やはり病気を相手に患者さんを助けるために”絶対に負けられない闘い”が日々続くのです。
常日頃から、フィジカルとメンタルを鍛えて、きっちりと仕事をこなすのみです。