昨日はいつも行くスーパーがチャージデーだったので、水曜日に車で連れて行ってくださる近所の方が『行くのだったら、一緒に行きましょう』と言ってもらったので妻が行ってきました。
私は、妻に買い物カードとお金を渡してチャージだけしてもらいました。
私は、喪中はがきの印刷を完了させました。
今日投函化しますから、今週中には届くでしょうね。
びっくりして、何人かは電話をしてくるでしょう。
詳細は、喪中はがきに記載した通りと答えます。
息子夫婦は、2020年8月8日に婚姻届けを提出しました。
コロナ禍で、会社から結婚式・披露宴・新婚旅行は禁止されていました。
記念写真だけ撮って、おしまいでした。
翌年の6月に息子が一週間の休みが取れたので、夫婦で内緒で北海道旅行をしてきました。
お土産を、我が家と娘の家に持ってきてくれました。
また、昨年は1ステージ6回の抗がん剤治療をお嫁さんが受けた後に、息子がご褒美だと言って石垣島方面に出かけていました。
抗がん剤の効き目のないのは承知で、1ステージ6回の抗がん剤治療ができると聞いて挑戦してみたのです。
結果は、大元の癌は小さくなったのですが転移している先には効き目はなかったのです。
でも、お嫁さんは最後の旅行だと覚悟をしていたのでしょうか。
行ってみたいというので、息子と二人で出かけました。
私と妻は、お土産を届けに来たのでびっくりしました。
でも、旅行に行けるって素適なことですからね。
私も妻も、喜びました。
昨年の夏くらいまでは、小康状態が続いていたようです。
秋ごろから、また入退院を繰り返して今年の正月は家で過ごすことができました。
正月明けに検査に行ったら、そのまま入院となって腸の癒着部分などの手術を受けたりしました。
そして、3月4日に緩和ケア専門の病院に移りました。
見舞いの制限もなくて、お嫁さんのお母さんは飼い犬も連れてお嫁さんのお兄さんの車で見舞いに来られたこともありました。
お嫁さんがかわいがっていたワンコですから、ワンコも喜んだと思います。
3月23日の夕方、息子はバレーボールの審判で大阪に行くのでお嫁さんに『気を付けて行ってらっしゃい』と元気に送ってもらったのです。
3月24日の朝、病院から息子に電話があり『様子がおかしいので帰ってきてもらえませんか』と。
それで、急遽大阪から戻ってきました。
その時に、お嫁さんのお母さんにも連絡してお母さんも奈良から広島に来られたようです。
夕方、おにいちゃんとお嫁さんのお母さんに見守られて旅だったのです。
その後、私に電話があり亡くなったことを知ったのです。
前日の元気な姿を見ていた息子ですから、こんなに早く逝くとは思っていなかったようです。
それで、24日の朝はお嫁さんのお母さんだけに電話をしたようです。
息子とお嫁さんはバレーボールの公式審判員でしたから、元気な時は二人であちこちの大会に出向いていましたからそれも良い思い出に残っていると思います。
3年8か月(約1年は闘病生活)の結婚生活ですが、たくさんの思い出は残っていると思います。
二日続けて、しんみりさせる話題になってしまいました。
喪中はがきも完成して投函すれば、私も妻もお嫁さんに笑われないようにまた元気に前を向いて進みますよ。
みなさんに、我が家の悲しい出来事を知らせる結果になって申し訳ありません。
今日は、妻はいつものように整形外科に行きますよ。
私は、今日はホームセンターが5%オフの日なので行ってこようかと思っています。
レモンちゃんの籠が古いので、あちこちひび割れがしてきて修繕しても限界が近いようですから籠もみてきます。
我が家の鳥かごは、買ってから35年は経っていますから。
娘が、ルチーノインコ(セキセイインコの改良版で、くちばしが少し丸みを帯びている)を3羽飼っていたので籠も三つ用意しましたから。
別々にした理由は、一緒にしてたらインコ語で話して日本語を覚えてくれないからだそうです。
三つの鳥かごが、天井から吊るされていました。
電話機の上に吊るしていた子(キーちゃん)は『ツルルルルル、はい〇〇です』と妻が電話に出た時の声を真似していました。
それと、息子がテレビを観て笑った時の『ハハハハ』と笑い声を息子の声で真似していました。
玄関に吊るしてあった子(チーちゃん)は、私が仕事に行くときの挨拶『行ってくるね』の声を真似していましたよ。
もう一つの籠の子は、『ピヨヨ』と自分の名前ピヨちゃんのピヨヨだけ言えてました。
キーちゃん、チーちゃんはオスで、ピヨちゃんはメスだったようです。
今日から三連休明けでお仕事と言う方も多いのでしょうね。
今週も、元気に頑張りましょう。
今日も、素適な一日を元気にお過ごしください。