桜草観賞日記(仮)

いろいろ書いていく予定。

『ぎりぎり!?マリシス』 プロローグ

2009-05-17 01:17:11 | 小説

プロローグ


携帯電話のアラームで、意識が夢から現実へと戻される。
カーテンを開けると、眩しい日差しが目を刺激して、思わず「うっ」と声が出た。
下の階からは何やら物音が聞こえてくる。おそらく妹達が朝飯でも用意しているのだろう。
俺は背伸びをしたあと、制服に着替えた。
欠伸をしながら階段を下り、リビングのドアを開けた。
「おはよ」
キッチンで料理を作っている美希と、テーブルにご飯を並べる沙希に挨拶する。
「おはよ~」
「……ん」
美希からは元気な、沙希からは淡白な返事が返ってきた。
「もうすぐ出来るから、もうちょっとだけ待っててね」
「おう、わかった」
「ちなみに今日はナメコ汁だよ~」
「お、やった」
「兄さんナメコ汁好きだもんね」
美希とそんな会話をしていると、ボソっと沙希が呟いた。
「……なめこって、ちょっと卑猥」
うん、俺は何も聞かなかった。
――俺にとっての日常は、だいたいこんな感じで始まる。
家族構成を簡単に紹介すると、元気な妹の美希は現在高校1年生。
俺と同じ学校に通っている。ちなみに俺は2年だ。
口数が少ない妹の沙希は現在中学2年生。……何かと思春期で、俺は反応に困ることが多い。
現在は父親を含めた4人でこの家に住んでいるのだが、仕事の都合で父親はほとんど家に帰ってこない。
訳あって母親が居ないのと、もうひとつだけ普通の家庭と違うことがある。
それは――妹達は俺と血が繋がっていない、つまり、義妹というやつだ。
突然だが、考えてみて欲しい。血の繋がらない、可愛い妹達と一つ屋根の下なわけだ。夢のようで、ある意味地獄といってもいい。
どうして地獄かというと……理由なんて野暮なものは聞かないで欲しい。察してくれ。
とにかく、俺は天国と地獄の板挟みのような毎日を過ごしているわけで。
それこそ悩ましいハプニングの一つや二つは、毎日のように転がっているのだ。

『ぎりぎり!?マリシス』 第一章 1

2009-05-16 01:21:01 | 小説
第一章




いつも通り、授業の大半は寝ることでやり過ごした。
もう少し机が高ければ寝心地も良くなるんだろうが、そんなことに文句は言えない。
机の中の教科書類をまとめて教室の後ろのロッカーへ放り入れる。
早足で廊下を通りぬけて行く。今日の練習メニューは何だったか……
校舎を出て、部室に向かう――
部室には誰も居なくて、どうやら一番乗りのようだった。
ドアを開けてすぐのところに自分専用のメニューが書かれた紙が貼ってある。
うげっ、今日はダッシュからかぁ……
俺は陸上部に所属し、長距離種目を専門としている。
一定のペースで走り続ける分には良いのだが、常に全力のダッシュを何本も繰り返すのは正直疲れるので好きじゃない。
ただ、わがままを言っていても進歩は無いため黙々とメニューをこなすしかない。
さっさと着替えて、部室の外で準備運動を始めた。

他の部員がちらほら集まりだした頃には、俺は既にダッシュを繰り返していた。
「本気で上を目指したいやつには個別メニューを出す」
顧問が言っていた言葉を心の中で再生する。
「チーム練習には参加しなくていいが、きちんとメニューを消化するように」
リレーなどは例外だが、陸上のほとんどの種目は個人競技だ。
チームより個人を優先した方が実力が付くだろうと納得している。
部室の方から笑い声が聞こえてくる。腹立たしいが、怒りを地面に向けて駆け出す。
今は、他人のことなんてどうでもいい、とにかく結果を出すんだ。
自分に言い聞かせて、練習に打ち込んだ。

「お疲れ様、頑張ってるね~」
今日のメニューをすべて消化し、水道で頭から水をかぶっていると声をかけられた。
聞き間違えようの無い声。妹の美希だ。
「ああ、良い結果、出したいからな」
顔を上げずに答える。初夏とはいえ運動した後は暑くてしょうがない。冷たい水をいつまでも浴び続けていたいのだ。
「はやく着替えて一緒に帰ろうよ~」
数分の間水を浴び続けていたら、美希に腕を引っ張られた。
「ん、わかった」
水を止めて美希の方に目を向ける。
「はい、タオルだよ~」
「サンキュ」
タオルを受け取って、髪をわしゃわしゃと拭く。
最初から少し湿っていて、塩素の匂いに混じってどこかで嗅いだことのあるような甘い匂いが……
「って、これお前が部活で使った後じゃねぇか」
「えへへ、気付いた?」
「……っ!」
普通使ってないタオル渡すだろ、水泳部の美希さんよ。
「兄さんはどうせ拭く物持ってきてないだろうから、無いよりいいでしょ?」
「まあ、心遣いはありがたいが、この時期は放っておけばそのうち乾くから、今度からは使用したタオルは渡さないでくれ」
気恥しいからな!とまでは言わなかったが伝わっているだろうか。
……いや、伝わってないだろうな、何で?って顔してるもん。

――部室で着替えを終えて、美希と一緒に下校する。
隣から機嫌のいい鼻歌が聞こえてくる。
俺より20センチほど背の低い、美希を見下ろす。
夕日の色が、色素の薄い金色に近い髪の色に混ざり、輝いている。
「お前の髪の色、奇麗だよな」
鼻歌を止めて、ぱっとこっちを見上げてくる美希。とても嬉しそうな表情だ。
「えへへ……プールに入り過ぎて色が抜けちゃっただけだけどね」
美希はやや長い髪を手で自分の手で撫で下ろしながら恥ずかしそうにしている。
その笑顔は年相応か、それよりも幼く見えて、胸の奥の方が疼いた気がした。
……この笑顔をずっと守ってやりたいな。

俺が笑顔を取り戻せたのは、美希と沙希のおかげだから――

『ぎりぎり!?マリシス』 第一章 2

2009-05-15 23:49:46 | 小説



「……おかえりなさい」
美希と一緒に、玄関で帰宅を告げると、沙希が出迎えてくれた。
「沙希ちゃん、今日は帰り早かったんだね~」
「ん、部活、早く終わったから」
「部活ある時は、だいたい俺らと帰りが同じくらいになるもんな」
沙希は、外出するときに髪をポニーテールにまとめているのだが、家に居るときはその黒く長い髪を降ろしている。
例外として、部活があった日は、髪を降ろさず、すぐに夕飯の準備に取り掛かっていることが多いのだが、今日は降ろしているということは帰りが早かったということだ。

「……ご飯、もうすぐ出来る」
ちなみに、沙希は通っている中学校の、料理部に所属している。
活動は週に2回、いずれも平日の放課後だ。
俺たちの食事は、朝は美希が担当し、昼は購買か学食(沙希は給食)、夕飯は沙希が担当することになっている。
俺は食べるだけで、なんだか申し訳ないのだが、妹達が担当を譲ろうとしないので、仕方なくこの分担なのである。
(担当が決まる以前、二人が出掛けていた日に、夕飯を用意しようとしたことがあったが、いろいろと失敗したことは関係ない……と信じたい。)

俺は一旦制服から着替えるために部屋に戻る。
ちょうど着替え終えたとき、夕飯が出来たよ、と呼ばれた。
「……今日は、ごちそう」
目の前には、数多くの料理。テーブルの上、所狭しと並んでいる。
正確には、俺の目の前だけに、だが。
「沙希さんや、どうして俺だけこんなにメニューが多いのでしょうか?」
「……陸上部でも、おにいちゃんだけ、メニューが多いって聞いた」
だれが上手いこと言えと。
「俺、一応、食事制限受けてるんですけど」
「大丈夫、食べたら、元気になって、いっぱい動ける」
「練習から帰ってきて、夕飯後も練習しろと?」
「……夜の運動、一緒にする?」
「その言い回しはわざとか?」
美希と沙希は、食後の風呂の後に柔軟運動をする日課がある。……決して勘違いしてはいけない。
「……おにいちゃんの想像に、まかせる」
絶対にわざとだ。……どう反応するのが正解かわからないので、スルーして夕飯にありつく。
「美味しいね~」
美希が俺の方にある(というか、ほとんど俺の目の前にしかおかずが無い)うなぎをつっつきながら嬉しそうな顔をする。
「うむ、うまいな。こんなに食いきれないから、このうなぎはお前が食え」
美希にうなぎの乗った皿ごと渡す。
「ありがとー。……沙希ちゃん不満そうな顔しないで、美味しい料理残すのもったいないでしょ?」
「……ん」
なんとか沙希にも納得してもらえたようだ。
「ところで、このゼリー状のものはなんだ?」
一口食べたが、見た目も味も不気味だった。ちなみに、すごく苦い。
「スッポンとマムシを良く煮込んだものに、テストステロン、ヨヒンビンを加えて、ミキサーにかけて、食べやすいようにいろいろつなぎを入れて、最後にゼラチンでかためたモノだよ」
「いつもと比べてえらい饒舌ですね!」
なんだか、とてつもないものだということはわかった。
「ほら、美希、これも食え!」
「え~、兄さんが食べなよ」
「……これ、一番手間がかかった。おにいちゃんに食べて欲しい」
沙希の一言で、俺が食べることが決定的になった。
「わかった、食べるよ、俺が全部。そんなに頑張ったなら食わなきゃな」
そういって、胃の中に一気にかっ込む。
「……ゲホッ、ゴフッ!……くぅう~」
まあ、盛大にむせました。
その後もいろいろと食べさせられたりしながらも、食事は無事に済んだ。
……まあ、最終的には無事ではなかったのだけれども――

「ごちそうさま」
「……ぜんぶ、食べてくれた……ありがとう」
「沙希ちゃんこそ、よくこんなに作ったね~!えらい、えらい!」
美希が沙希の頭を撫でる。
「こっちこそ、ありがとうな!」
俺も礼を言うと、沙希は嬉しそうに眼を細めた。
どこか大人びているような、そんな笑顔。
……ずっと笑顔でいて欲しい。
沙希も、美希も、笑った顔が一番似合う。
また、胸の奥が疼くような感覚がした。

夕食の後、「胸の奥ではない部分」も疼いて仕方が無かったのだがそれは別の話。
くっそ、テストステロンだとかヨヒンビンってのは精力剤として使われているんだってな。
自室のPCの前で、うなだれる俺がそこに居た。
どうやら、今夜は長くなりそうだ――