今日は三が日も開けた四日
博多では「福入り雑炊」ば作ります。
三が日、味の濃いものばっかり食べて
お酒もすすみ、弱った胃にやさしいメニューです。
おせちの残りの「がめ煮」やら「数の子」
「鰤」やら残った「雑煮の具」ば全部
雑煮の出汁に入れて、お餅ば入れて
雑炊(おじや)にします。
昔、実家で働きよった頃、四日は仕事始め
弁当持って、出勤するとばってんお昼は
お袋がこの「福入り雑炊」ば作ってくれよりました。

見た目ちょっと汚かばってん味はよございます。
これに、餅とご飯ば入れて一時炊きます
「雑炊とおじやの違いは」やら
また講釈たれますばってんこらえとってください。
厳密に言うたら同じものです。
おじやは、もともとは雑炊のことをいう女房言葉でありますばってん、
今日では、雑炊とおじやとは別物として取り扱われとります。
出汁にご飯ば洗うて入れるかそのまま入れるかの違いで
「福入り雑炊」はこれで言うなら
「おじや」の範疇ですね。
はんごう雑炊の店、中洲の「山」の雑炊は
そういえば米粒の形が残っております。
おじやとお粥も見た目おんなしですばってん
これには明確な違いのあります。
お粥は米から炊くとば言います。
まぁそげな「うんちく」はどげんでも良かっちゃばってん
この「福入り雑炊」が妙にうまいとです。
私ゃ火の通ってカチコチになった数の子が好き
細ぅ切った「焼き海苔」ばぱらっとたらして
梅干しの紫蘇ばちょっとまぶして
食べてみなっせ・・・・
絶品ですバイ。
お仏壇やらお上にもお敷きに雑煮ば入れて
お供えします。これに三が日雑煮の出汁ば
かけて、拝みます。
さすがに、この頃はそげな面倒なことはせんばってん
お供えしとった雑煮の具やら餅も
雑炊に入ります。
贅沢な、博多の正月料理ば無駄にせん
先人の知恵でっしょう。ようでけとります。
七日(なぬか)は七草
博多では(うちだけかも)七草粥ではのうて
七草汁ばつくります。
六日の夜から七草ばトントン叩いて七日の朝の
味噌汁に入ります。
お粥とおんなしごたぁ「福入り雑炊」ばもう食べとうけん
七日に改めてお粥喰わんでもいいけんでしょうか?
叩いて叩いて、どろどろになるまでなった七草は
味噌汁ば緑に染めます。
「なしてこげんと食べないかんとかいな」と
子供の頃は思いよりましたばってんが
六日の夜に台所から聞こえる「トントントン」の音は
風情のありました。
十一日は「鏡開き」
昔昔、武家では、鎧やらの具足に供えた
具足餅ば下げて雑煮にして食べ、これば「刃柄(はつか)」を祝う
て言いよったげな。この武家社会の風習が一般化したとが鏡開き。
もともと二十日の行事やばってん、
徳川家光が死んだとが二十日(慶安四年四月)やけん
この日ば忌日として避けて十一日に変わって今に至る
包丁で切るとは切腹ば連想させるけん、
手で割ったり、木鎚で砕いたりしよったとです。
そうやけん「開く」ていう言い方ばします。
ばってん最近の「鏡餅」はパックやけん
少々叩いたっちゃ割れません。トンカチとノミで
叩いても食い込むばっかり、
やっぱ包丁で切らないかん。
鏡餅を食すことを「歯固め」という。
て言うごとやっぱ昔の鏡餅は干からびて硬かったですもんね
表面は干からびてめくれあがっとりました。
昔から行事ごとは皆、意味のあって行われよったとです。
バッテン、語呂あわせもいっぱいあります。
この語呂あわせは都の身分の高い女将さんたちの
お遊びでもあったてなんかで読んだことのあります。
二月三日の「節分」はすぐぃやってきます。
この日もお櫛田さんの「お福さん」の口の中ば
潜る列でいっぱいです。
一年の経つとは早かものですね。
節分の「恵方巻」は最近では全国的なものとして
広がっとりますばってん、あれは寿司屋の仕業に相違ない
あれは関西方面の行事でしょう。
いつの世も商魂たくましい博多の商人です。
博多では「福入り雑炊」ば作ります。
三が日、味の濃いものばっかり食べて
お酒もすすみ、弱った胃にやさしいメニューです。
おせちの残りの「がめ煮」やら「数の子」
「鰤」やら残った「雑煮の具」ば全部
雑煮の出汁に入れて、お餅ば入れて
雑炊(おじや)にします。
昔、実家で働きよった頃、四日は仕事始め
弁当持って、出勤するとばってんお昼は
お袋がこの「福入り雑炊」ば作ってくれよりました。

見た目ちょっと汚かばってん味はよございます。
これに、餅とご飯ば入れて一時炊きます
「雑炊とおじやの違いは」やら
また講釈たれますばってんこらえとってください。
厳密に言うたら同じものです。
おじやは、もともとは雑炊のことをいう女房言葉でありますばってん、
今日では、雑炊とおじやとは別物として取り扱われとります。
出汁にご飯ば洗うて入れるかそのまま入れるかの違いで
「福入り雑炊」はこれで言うなら
「おじや」の範疇ですね。
はんごう雑炊の店、中洲の「山」の雑炊は
そういえば米粒の形が残っております。
おじやとお粥も見た目おんなしですばってん
これには明確な違いのあります。
お粥は米から炊くとば言います。
まぁそげな「うんちく」はどげんでも良かっちゃばってん
この「福入り雑炊」が妙にうまいとです。
私ゃ火の通ってカチコチになった数の子が好き
細ぅ切った「焼き海苔」ばぱらっとたらして
梅干しの紫蘇ばちょっとまぶして
食べてみなっせ・・・・
絶品ですバイ。
お仏壇やらお上にもお敷きに雑煮ば入れて
お供えします。これに三が日雑煮の出汁ば
かけて、拝みます。
さすがに、この頃はそげな面倒なことはせんばってん
お供えしとった雑煮の具やら餅も
雑炊に入ります。
贅沢な、博多の正月料理ば無駄にせん
先人の知恵でっしょう。ようでけとります。
七日(なぬか)は七草
博多では(うちだけかも)七草粥ではのうて
七草汁ばつくります。
六日の夜から七草ばトントン叩いて七日の朝の
味噌汁に入ります。
お粥とおんなしごたぁ「福入り雑炊」ばもう食べとうけん
七日に改めてお粥喰わんでもいいけんでしょうか?
叩いて叩いて、どろどろになるまでなった七草は
味噌汁ば緑に染めます。
「なしてこげんと食べないかんとかいな」と
子供の頃は思いよりましたばってんが
六日の夜に台所から聞こえる「トントントン」の音は
風情のありました。
十一日は「鏡開き」
昔昔、武家では、鎧やらの具足に供えた
具足餅ば下げて雑煮にして食べ、これば「刃柄(はつか)」を祝う
て言いよったげな。この武家社会の風習が一般化したとが鏡開き。
もともと二十日の行事やばってん、
徳川家光が死んだとが二十日(慶安四年四月)やけん
この日ば忌日として避けて十一日に変わって今に至る
包丁で切るとは切腹ば連想させるけん、
手で割ったり、木鎚で砕いたりしよったとです。
そうやけん「開く」ていう言い方ばします。
ばってん最近の「鏡餅」はパックやけん
少々叩いたっちゃ割れません。トンカチとノミで
叩いても食い込むばっかり、
やっぱ包丁で切らないかん。
鏡餅を食すことを「歯固め」という。
て言うごとやっぱ昔の鏡餅は干からびて硬かったですもんね
表面は干からびてめくれあがっとりました。
昔から行事ごとは皆、意味のあって行われよったとです。
バッテン、語呂あわせもいっぱいあります。
この語呂あわせは都の身分の高い女将さんたちの
お遊びでもあったてなんかで読んだことのあります。
二月三日の「節分」はすぐぃやってきます。
この日もお櫛田さんの「お福さん」の口の中ば
潜る列でいっぱいです。
一年の経つとは早かものですね。
節分の「恵方巻」は最近では全国的なものとして
広がっとりますばってん、あれは寿司屋の仕業に相違ない
あれは関西方面の行事でしょう。
いつの世も商魂たくましい博多の商人です。
コメントはご無沙汰しておりますが、
覗きには来ておりました。
さて、「福入り雑炊」、知りませんでした。
これはおいしそうです。
ですが、夫と私、双方の実家でお正月を過ごすもので、
所謂お正月のお料理というのが家になく、
我が家では食べることができません。
ん~残念・・・
家でお正月ができる年にはぜひぜひチャレンジします。確かにお正月の間、食べて食べて・・・
でしたので、昨日は根菜類をどーんと煮て、
体内掃除ご飯~と言いながら食べました。
今年もよろしくお願いします
私は連休が明日で終わってしまいます・・また頑張らなくちゃ☆
それから、去年の最後のコメントはちょっと誤解がありました。ニュアンスで伝えるって難しいですねぇ(*^_^*)
最近は少人数の家庭ではお雑煮を作らんで
実家で食べることも多ぅなりました。
おいしゃんも若い頃はその口やったとですが
今は自分で作らな誰も作ってくれまっせん。
まあ単なる雑炊やばってん、アゴだしやら
いろいろな具から味の出ておいしゅうなっとります。
ブリの出汁が一番インパクトのありますねぇ
けろりん(こ?)さん
おいしゃんもお休みは今日ぎり・・
明日から、また今年のスタートです。
みなさま今年もおいしゃんのたわごとに
よろしゅうお付き合いくださいませ