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オスカー・ニーマイヤー展  ブラジルの世界遺産をつくった男

2015-09-29 13:53:11 | 一期一絵

9月26日、東京都現代美術館にて鑑賞しました。

会場は一部を除き写真撮影可能でした。土曜日なので比較的鑑賞者が多かったので、平日の人の少ない時の方が自由に撮影で来たなとちょっと反省。
建築物の模型と写真そしてデザインした家具が展示され、アトリウムには60ヘクタールに及ぶ広大なイブラブエラ公園の1/30のジオラマが作られていてガリバーになった気分で実際に中に入れました。個人的に圧巻だったのは60分に及ぶニーマイヤーを回顧した映画(2002年制作)です。氏の人となり、情熱、反骨精神を知ることができ感動しました。

お名前は正しくはオスカー・リベイロ・デ・アルメイダ・ニーマイヤー・ソレアスだそうで。ポルトガルやアラブ系の名前も入ってますが、ドイツ語系の名前をチョイスしたオスカー・ニーマイヤーで世界的に通っているのだそうです。
1907年にリオデジャネイロで生まれる。祖父は公明正大な裁判官で私腹を肥やさなかったそうです。芸術大学の建築科を卒業後すぐに頭角を現した様で、若いうちに教育保健省計画の設計チームに参加そこでル・コルビジエに出逢い影響を受けたそうです。

1939年、ベロオリゾンテ市のクビチェック市長の招待でパンプーリャ・コンプレックスという複合施設を設計。池を囲んで教会やダンスホールのあるレストランなどが設置されました。

サン・フランシスコ・デ・アシス教会の模型
斬新な教会建築は初めはキリスト教会側も戸惑ったそうです


反対側に入口がある


本物の写真。

ダンスホールのあるレストラン
日本でいうと昭和14年。次代を先取りした斬新さ☆

建築には流れるような曲線が使われていて、記録映画の冒頭でニーマイヤー氏は語ってます。これは壁の説明書きにも書いてありました。

“私が心惹かれるのは 直角や柔軟性を欠く直線ではない。
ただ自由で官能的な曲線だ。
私はそれを故郷の山や川の流れ、海の波、そして愛する女の体に見出す。
アインシュタインの宇宙も曲線からできているのだ”

そうやって見ると山の稜線にも横たわった女性のラインにも見えます。

1952年にリオデジャネイロに自宅「カノアスの邸宅」を作ります。

自然の地形をそのまま生かして建てたそうで、大きな岩は家の中にも続いてます。


部屋の中の様子

右側に見える椅子の本物が展示されてました


実際の邸宅の写真



1954年、イビラプエラ公園設計
その広大な模型が展示され、鑑賞者も靴を脱いで自由に中を入ることが出来ました。床はカーペットで公園の芝生や駐車した車などが描かれてました。

俯瞰すると人が踊っているように見える


お椀をかぶせたような建物は講堂


これは劇場。公園の中に文化施設も設置されている。


人の形の建物は重層式の広場のようです。赤道に近いブラジルの直射日光を遮れるよさがありますね。


パンプーリャ・コンプレックスを依頼したクビチェック市長は1956年にブラジル大統領に就任。首都を内陸に遷都。広大な荒れ地に飛行機形の街を建設。ブラジリアと名付け、街の開発をニーマイヤ―に依頼する。
それが1987年にユネスコの世界遺産に登録された建物群。
灼熱の太陽のもと、ニーマイヤーも仲間と一緒に兵舎に住み、検討を重ねながら次々と設計しすぐに建築。3年半で街を作ってしまったという

国会議事堂
2つの議会堂のうち、お椀を上向きに置いたような建物は下院の代議院、お椀をかぶせたような建物は上院の元老院。


ブラジリア大聖堂の骨組みの模型


実際の大聖堂。
骨組みのあいだは青いステンドグラスで天空を表していて、天から降りてくるように天使の像が下がっている。

とても心動かされる内部でした。


大統領官邸であるアウヴォラーダ宮の柱の模型


本物の写真


国連本部ビル

設計したニーマイヤーも凄いけど、具体的に巨大な建物を作るために資材や建物の構造を計画する構造士もまた凄いです。ニーマイヤーは共産党員で労働者と技術者が等しく暮らせる社会を理想としてました。既成に囚われない建築デザインには曲線で自然の造形を参考にし、洗練されたモダニズム建物は美しく昂揚感を感じました。そして、威容を感じ新しい権威も感じます。
新生ブラジルを象徴する都市として世界に発信。

 

個人的にはいつも部屋の換気を気にするので、窓の開閉があまりないように見えたのが気になりました。開閉する窓を作ると構造的に弱くなるのかもしれませんが・・・。
素人の私でも莫大な費用がかかったのがわかります。それがブラジルの経済に深刻な影響を与えてしまったのも想像できます。人間中心ではなくまず国家ありきの街づくりではあるので住みやすいかは疑問です。
だけどその強引な街づくりが60年近く経った今もこの近未来的景観を残していったのだと思いました。

1964年に軍事政権によるクーデターが起こり、多くの労働者や共産党員は拷問され、処刑されたそうです。同じく共産党員だったニーマイヤーは抗議の彫刻を次々と建造。壊されてはまた建てたそうです。
手描で形を簡単に説明したイラストがありますが、これが良かったのです。

「拷問をやめろ」 


簡潔で鋭い線。
防音室に閉じ込められ命の危険を感じ、ヨーロッパに逃亡。

ヨーロッパ、アフリカで引き続き斬新な建築を設計。特にフランス共産党本部が印象的でした。講堂がやはりお椀をかぶせた形をしているのです。その丸いドームがまるで妊娠した女性のおなかのように見えたのです。
母親の胎内で人々が集まり法案という胎児が徐々に形成されていく・・・そんな想像をしました。

1985年に軍事政権が倒れ、すぐに帰国。経済発展を遂げたものの貧富の格差が広がり、犯罪発生率も高くなってしまったけど、ブラジルの国や人や自然を心から愛しているのがわかりました。

1991年にニテロイ現代美術館を設計。ニーマイヤー氏は花の形を建物にしたと語ってましたが、まるでUFOのようだと言われてるそうです。


私は天目茶碗にみえました。

高台が細いのが特徴。
あとルーシー・リーのボウルにも見えるぞ

おお、そっくり
 

建物の広さに比べて基部の細さが地震国に住む私には驚き。その上崖っぷちに建ててあるのです。




2002年に作られたニーマイヤー氏の半生を語った映画は60分の長さも感じない見応えがありました。その最後の方でキューバのカストロ大統領が関係者に囲まれながらニーマイヤー氏と再会してスピーチをする場面がありました。
「私達が前に会ったのはもう何年も昔になるが、今再会したらニーマイヤー氏はむしろ若返ってるじゃないか」そうにこやかに言って、周りもニーマイヤー氏も顏をほころばせたのち、心を込めて賛辞を送ってました。
壁に書かれた文章ならメモ書きできるけど、暗い室内での映像なので書き留めれなかったのが残念ですが、カリスマ性のある政治家は人の心を動かす言葉を持つ人なんだと思いました。私もジーンとして、画面のニーマイヤー氏も目元がにじんでいるように感じました。
映画の最後の方でこんなようなことを語ってました。うる覚えですが・・・
「私が戸惑うのは偶然の出来事ではありません。人々の無関心のほほえみにさらされた貧しい人のかなしみだ」
貧しい人への建物を作る機会があったらどんな建物を作ったのだろう。見てみたかったです。
2012年、104歳で大往生されました



短い展覧会のイメージ映像がありましたので貼っておきます
オスカー・ニーマイヤー展 イメージ動画_世界遺産 Ver2




60分ある伝記映画はなぜか最初の45分だけ動画にありました。45分経ったところで途中でプツリと動画が終わるし、最後のカストロ大統領のスピーチもないのがとても残念ですが、いずれ削除されるかもしれませんが、リンクを貼っといておきます→★


最後に開催された東京都現代美術館はニーマイヤー氏の建築に影響を受けた設計ユニットSANAA設計であるのが素敵だと思いました。立地も木場公園にあり緑が多くて良かったです。
だけど、苦を言えば駅から遠いのです。健脚の方ならなんてことはないけどそうでない人には厳しいです。また美術館に停車するバスも本数がかなり少ないです。せめて30分に1回の頻度でバスが来てほしいと強く覆います。


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