~窓をあけよう☆~

特別展 東福寺

4月12日に鑑賞してきました。

東福寺駅はJR京都駅の隣の駅そして京阪電鉄との乗換駅。いつかこの駅を降りて東福寺にお参りに行きたいなと思ってました。なかなか遠出ができないのですが、トーハクで展覧会があると知って是非鑑賞に伺いたいと思いました。

東福寺は臨済宗東福寺派の総本山。

鎌倉時代、円爾(えんに)上人は南宋の禅宗界きっての高僧である無準師範(ぶじゅんしばん)の元で学び、師範から頂相(ちんそう 肖像画)を頂き禅宗の法を伝える人となり帰国。博多で承天寺を開きました。その頃、京都では最高権力者である九条道家が自らの菩提寺となる東福寺を開基。円爾上人は招聘され開山、そして初代住職になったそうです。のちに聖一国師(しょういちこくし)の師号をおくられます。

禅寺と聞くと、静かで規律の多い修行を日々行う厳格な雰囲気を想像します。今回東福寺展でもその厳格さをやはり感じましたが、もう一方で大らかな明るさを感じました。

 

先ず会場に入ると円爾上人の肖像画が迎えてくれました。円爾上人の肖像画は何点かあり、期間を分けて一幅ずつ展示されてます。円爾上人は自己を厳しく律する人柄が感じられました。円爾上人を暫し拝し、右に曲がり広い会場に入ると無準師範の肖像画、そして円爾上人から教えを受けついだ僧(聖一派)の肖像画が並びます。

円爾上人が持ち帰った無準師範の肖像画は南宋の画家(作者不詳)の作品で緻密で陰影があり真に迫った傑作であり、国宝になってます。また日本の僧の肖像画に大きな影響を与えたそうです。無準師範の肖像画は2点あり、私が鑑賞したのは円爾上人が持ち帰った作品ではない方でしたが、優しい顔立ちをしていました。

 

また遺掲(ゆいげ)という高僧の遺書を装丁した書もありました。

重要文化財「遺掲」円爾筆 鎌倉時代・弘安3年(1280)

円爾上人が79歳で入寂する前に禅の道を詩にして書き表したそうです。遺掲としては日本最古級なのだそうです。

 

円爾上人の孫弟子の虎関師錬(こかんしれん)は書が展示されてました。

「虎一大字」虎関師錬筆 鎌倉~南北朝時代・14世紀

字にも動物の絵にも見える一文字。きっといくつもの意味を込めた字だと思います。私はちょっと遊び心を感じました。厳格すぎる人ならきっとこういう字は書かないと思ったのです。

 

「性海霊見(しょうかいれいけん)坐像」室町時代・15世紀

先ほどの「虎一文字」を書いた虎関師錬から教えを受けた禅僧ですが、髪を生やし髭を蓄えてます。師匠も、性海上人もなかなかの型破りな方だったのでは。

 

そして寺院の入り口上方の額や看板に使われる字は無準師範や南宋の書の達人張即之の書が使われてます。

国宝「禅院額字井牌字(ぜんいんがくじならびにはいじ)のうち方丈」張即之筆 南宋時代・13世紀

こちらの字は私は鑑賞できませんでしたが、同じように大きくて力強い、見やすくてわかりやすい額字がいくつも展示されて鑑賞しました。この字の形を写して木彫りで額や看板を作ったそうです。

 

重要文化財「東福寺伽藍図」室町時代・永正2年(1505)

東福寺の全系図。とても大きな寺院なのがわかります。建物も壮大で伽藍面(がらんづら)と言われたそうです。画中に建物と建物を結ぶ屋根付きの橋「通天橋」が見えます。また、この作品自体も中世の実景山水図の代表作だそうです。

 

そして、この展覧会で室町時代の仏画師、吉山明兆(きっさんみんちょう 1352~1431年)の作品を知りました。明兆は東福寺でお寺を荘厳する殿司(でんす)の役目を持った僧でもあったそうです。

その作品はとても巧みで温かくて、大胆かつ緻密で、楽しいのです。いいなあ。

 

吉山明兆が30代の時に描き上げた50幅の仏画「五百羅漢図」は一幅に10人ずつ羅漢を描き、全部で50幅あるそうです。

この五百羅漢図は南宋~元時代の絵師の顔輝が羅漢を5人ずつ100幅描いた羅漢図を参考にして作られたそうです。

平成から令和にかけて14年かけて修復が行われ終了し、今回3期に分けて展示され、私は2期目の作品を鑑賞することが出来ました。鮮やかな色彩で着物の柄や人物表現やいろいろな物を細部までとことんこだわって描き切ってます。

現在は45幅が東福寺にあり、2幅は根津美術館にコレクションされているそうです。

この五百羅漢図は下絵も残っていて、そのため不明の3幅のうち2幅は江戸時代に再現され、1幅は平成になってから再現されたそうです。が、展覧会開催直前に平成に再現された1幅の原作がロシアの美術館で発見されたそうです。それでその1幅は再現された作品とロシアにある明兆の原作の写真、そしてもとになった下絵が並んで展示されていました。

作品の横には漫画調に絵の中の人物が吹き出しを付けて説明する解説がついてました。なのでわかりやすく、親しみを感じながら鑑賞できました。

重要文化財「五百羅漢図」第17号幅 吉山明兆筆 南北時代 1386年

巨大な白蛇が鎌口を開けて襲ってきます。が、一人の羅漢が口の間に棒を縦に挟んで閉じれないようにして、しかもその中で座禅を組んじゃうと言う、びっくりなエピソードを描いてます。白蛇もかなり焦ってる様子( *´艸`)。色も明るくはっきりしているので、まるでドラゴンボールのようだなと思いました。

 

第20号幅

羅漢たちがさまざまな動物たちを手なずけて乗ってツーリングしてます。後ろの岩陰から鬼がおや?と見ています。鬼も怖くなくてなんだか人がよさそうな顔立ち。

 

第27号幅

ひとりの羅漢が美しい翡翠の器を掲げ持っていて、他の羅漢も注目してます。信者がせっかく持ってきた金の器には気づかず、信者はちょっと残念そう。でも、傍にいる豹は優しい目でこの信者を見ています。

 

第29号幅

従者たちがせっせと用意し料理した食事を美味しそうに食べてます。なんだか羅漢の生活が優雅に見えます。

他にも、動物や池の魚に餌をやったり、貧者に小銭を恵んでいる様子が描かれている幅がありました。その貧者に小銭を恵むとき、ちゃらーんと投げていたのが個人的に気になりました。ちゃんと手渡ししてほしいなと思ったのですが、もしかしたら、当時いろいろ衛生面とか安全上の問題で、ある程度離れて接することになっていたのかもしれませんね。

この五百羅漢図の明るさや楽しさが、東福寺を大らかな親しみやすい印象に感じる大きな要因になってると思いました。

 

そして明兆の筆さばきの冴えと凄みをいかんなく発揮した作品

重要文化財「白衣観音(びゃくえかんのん)図」吉山明兆筆 室町時代・15世紀

高さ3メートルを超える大作。明兆が70代で描いたそうです。

仏様は普通なら静かな沼から現れた蓮の花の上に座していますが、こちらは洞窟の中、荒波から頭を出す固い岩の上に白衣観音菩薩が結跏趺坐されてます。

そして前方左にやはり小さな岩の上で立つ善財童子、右に龍がいて安定した三角形の構図をしています。

迫力ある太い筆致で描く洞窟表現と緻密で繊細な菩薩表現が違和感なく画面全体で融合され、観音様に視線が集中されてゆきます。観音様が毅然として美しく清らかで、小さな善財童子と龍も観音様を拝んでるように見えます。白衣観音から柔らかい光を発しているようにも感じられ、童子と一緒に手を合わせたくなる美しく素晴らしい作品でした。

この洞窟表現は明兆より70年ほど後に生まれた雪舟に影響を与えたそうです。

それから明兆より約140年後に生まれた雪村の「滝見観音図」にも岩の上の観音様と童子と龍の組み合わせて描かれてます。雪村はお手本の作品(現在は作者不詳)を参考にして描きましたが、もしかしたら間接的に明兆の影響を受けているのかも。

私は鑑賞できませんでしたが、同じく吉山明兆筆の三幅対「達磨・蝦蟇鉄塊(だるま・がまてっかい)図」(4月9日まで展示)では中央の座禅する達磨の衣の表現が後に雪舟に影響を与えたそうです。そして両側に描かれた蝦蟇仙人と鉄塊仙人は後に雪村も描いています。

 

会場には境内の建物をつなぐ通天橋が再現されてました。この橋は撮影可でした。

 

紅葉の季節にはことさらこの橋からの眺めが美しいそうです。

そして作庭家の重森三玲がデザインしたモダンな庭園の写真も掲げられてました。

 

橋を抜けると、法堂に祀られている仏像が展示されてました。

全体の配置がとても美しくて、紹介動画のなかからその様子がうかがえる場面を貼り付けてみました。そして一駆ごとおそばに寄って鑑賞でき、美しさや力強さを感じることができとてもいい経験でした。後方両側に建つひときわ大きな二天王立像はもとは三門でにらみを利かせていたそうです。その二天王の力強い姿がとても頼もしくて素敵でした。

東福寺の本尊は明治時代に火事でほとんど焼失し、現在の仏像は廃寺となった三聖寺からお引越し頂いたそうです。どちらの寺も、もしかしたら廃仏毀釈の影響を受けたのかな・・・。

 

東福寺の元の本尊は大仏だったそうです。その左手と光背に掲げられた化仏と大仏が座っていた蓮華座の花びらの一部が残っているそうです。

こちらも撮影可でした

左手なので与願印の手印をしているようです。だから今見える手の甲は下側で膝にほぼついていて本当は見えない所なので、木の継ぎ目が見えて、金箔が残っています。小指と薬指の間に水かきが見えます。指を柔らかく曲げた形が美しい。

 

そして、写真ですが、吉山明兆筆の仏涅槃図の一部が最後に掲げてました。写真は一部だけど実物大だそうです。

実物は一軒家がすっぽり隠れるような大きな涅槃図で、釈迦の涅槃に弟子たちや動物たちが嘆き悲しんでいる様子を表してるそうです。この写真には見えないけれど、大画面の下方に、多くの動物たちと一緒に猫もお釈迦様の方を向いて悲しんでる様子が描かれているそうです。猫が涅槃図に描かれるのはとても珍しいそうで、明治時代の画家が明兆が傍にいる猫を見て描く様子を絵にした作品があるそうです。この涅槃図は初夏と秋に東福寺で公開されるそうなので拝みに行きたいな。

 

ゆったりと鑑賞できてとてもいい時間を過ごせました。生活しているといろいろ思い悩むこともありますが、明るさを失わないで大らかさをもって生活しなさいね、とぽんと肩を優しく置いてくれたように感じられる展覧会でした。

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