極論は環境を変える事になる。
ただ、その前に自分の内面の見直しが必要でもある。
往々にして、結果至上主義に陥っている事で、結果が出なくなるものだ。
理由は簡単で、結果というものは自分自身でコントロールができないものだからだ。
それを価値基準にしてしまうと、自分でコントロールできないものの浮き沈みに自分の感情を合わせる事になるのだ。
これは本当に意味がない。
結果が良くても悪くてもだ。
結果が良い時にそれを励みにする事は一見、良さそうではある。
しかし、これは、結果が出る事を良しという意味合いなら、やり方は何でも良くなってしまうし、いわゆる天狗の状態に陥りやすい。
少し大きな世界に出れば、それ以上の結果を出している人間は五万といる。
ただただ世間知らずの恥ずかしい人間になるのみだ。
悪い時は自分自身をムダに傷つけてしまう。これも良くない。
結果の良い悪いと自分自身の価値はイコールではない。
これは誰が何と言おうと譲ってはならない。
結果は、ただ単に次どの様に行動するかの判断材料のひとつに過ぎない。
どん底を経験した人間の人間としての厚みは全く違うものだ。
だから、「他の人ができない貴重な経験できたなぁ〜」と感謝するのみ。
もちろん、次からはその貴重な経験を元にして、違うやり方をすりゃ良い。
まぁもっと気楽に。
日本人はできない事を悪だと思いがちだなぁ〜くらいで。
怒っている人に対してもそれくらいの気持ちで良い。
謝りはするけど、起こった事は変えられないしね。
もっと達観して大丈夫。