ふらっと風流記

自分の考えを深堀りしてみたり、意味のない事をあえて残してみたり。
自分の人生を生き続ける為の道しるべを綴ったり。

プレッシャーを感じた時の対処法

2021-10-24 18:04:00 | 日記
極論は環境を変える事になる。

ただ、その前に自分の内面の見直しが必要でもある。

往々にして、結果至上主義に陥っている事で、結果が出なくなるものだ。

理由は簡単で、結果というものは自分自身でコントロールができないものだからだ。

それを価値基準にしてしまうと、自分でコントロールできないものの浮き沈みに自分の感情を合わせる事になるのだ。

これは本当に意味がない。
結果が良くても悪くてもだ。

結果が良い時にそれを励みにする事は一見、良さそうではある。

しかし、これは、結果が出る事を良しという意味合いなら、やり方は何でも良くなってしまうし、いわゆる天狗の状態に陥りやすい。

少し大きな世界に出れば、それ以上の結果を出している人間は五万といる。

ただただ世間知らずの恥ずかしい人間になるのみだ。

悪い時は自分自身をムダに傷つけてしまう。これも良くない。

結果の良い悪いと自分自身の価値はイコールではない。
これは誰が何と言おうと譲ってはならない。

結果は、ただ単に次どの様に行動するかの判断材料のひとつに過ぎない。

どん底を経験した人間の人間としての厚みは全く違うものだ。

だから、「他の人ができない貴重な経験できたなぁ〜」と感謝するのみ。

もちろん、次からはその貴重な経験を元にして、違うやり方をすりゃ良い。

まぁもっと気楽に。
日本人はできない事を悪だと思いがちだなぁ〜くらいで。
怒っている人に対してもそれくらいの気持ちで良い。

謝りはするけど、起こった事は変えられないしね。

もっと達観して大丈夫。

うんざりなんてしてて当たり前

2021-10-23 18:45:00 | 日記
ハイロウズの「一人で大人 一人で子ども」という曲の冒頭。

ブルーハーツ、ハイロウズ。
僕が好きなのは、成功しても、誰も取り残さないところ。

「どんな境遇であれ、そんなもんだよ」って言ってくれている。

結局、人間ってやつは、どこまでいってもないものねだりする生き物って事なんだと思う。

だからこそ、何かなくて当たり前だし、何か欠けてて当たり前。
良い意味で開き直って良いという安心感がこの歌にはある。

何かしんどくなったら、この曲聴いてみたら?って思う。
きっとすごく楽になるから。

「まぁいいや」は諦めではない

2021-10-21 18:49:00 | 日記
もちろん、諦めがちな人が使う事もあるだろう。
「言葉は何を言うかより誰が言うか?」だと思う。

同じ言葉を発しても、ネガティブな場合と、ポジティブな場合の両方があると考えている。

「まぁいいや」のネガティブな捉え方は諦めだ。
反対にポジティブに捉えるのであれば、「切り替え」と言える。

起きた事はもう2度と変えることができないというのは、絶対法則だ。
これはもう何があっても変わらない。

ただ、そこで立ち止まるのか、切り替えて前に進むのかは大きな違いだ。

成功する人間は過ぎた事に対して、くよくよと悩まない。
そうではなく、「必死に考える」。

ただ一方で、僕らは機械ではなく、感情を持った人間だ。

そらぁたまにはウジウジする事もあるだろう。

そんな時の魔法の言葉なのだ。
この「まぁいいや」というのは。

どんなにガツガツしても、心のどこかに適度なゆるさを持ち合わせていたい。

それは、スキであり、スキは他人が自分に対しての話しかけやすさでもある。

人の為というウソ

2021-10-19 18:49:00 | 日記
僕も時々気づかずにやっている時あるかも知れないという意味で戒めとして笑

これはもう本当に微妙な問題なんだけど、見返り求めない方が楽という話。

今37で、ここ5年くらいはそれを意識している。

何でもそう。
原因を自分の外に求めない。
良い事も悪い事も自分が原因で、結果が出るのだ。

しんどいと思うかも知れないけど、これがスタート地点。
そう考えられなければ、成長が遅い。

原因が自分以外なら、そもそも改善しなくて良いし楽なんだけどね。
別に良い悪いという話ではなく、結果が出たものの原因は全て自分にあるというだけ。

良いとか悪いとかは決める必要がない。
強いて言うなら、それが良かったと思える様に次の行動を変えるという事。

親切も同じだ。

自分にとっての嬉しいと、相手にとっての嬉しいは等価値ではないとよく理解せねばいかんのです。

「親切の押し付けは不親切の極み」
になる。
この状態は、完全に見返りを求めにいってる。

良い印象持たれないから、相手から望む様なリアクションや感謝がもらえないわけ。
というより、そもそも自分が好きでやった行動にそんなもの求めちゃう自体、ナンセンスなんだけども。

この自分の心の中のバランスが実に難しい。人間は感情があるからなぁ〜

イメージだが、まわりをみな猫だと思えば良いと思うのだが、どうだろう?

基本、みんなそれぞれ1人で気ままにしてるんだけど、たまにじゃれてもらいたかったりするわけだ。

そのタイミングでじゃれれば良い。
むやみやたらと相手の望まぬ事をすれば、たとえ親切心であろうと、大きなお世話だ。

まぁ肩の力を抜いて。
便利屋さんだと思ってもらえたらラッキーなの。

きっと今までよりも人が寄ってくるから。


なんとなく

2021-10-18 20:34:00 | 日記
「なんとなく幸せ」
ってこの感覚。
本当に好き。

ザ・スパイダースさんの曲なんですけど、明確な理由ではなく、ふんわりとというか、何気なくというか。
そんな感覚でもって、感じるものが幸せっていうのは、本当に幸せなんだと思う。

極論、
「もはやこの感覚は言語化できないんだけど、歌ってみました!!」
って力強く歌っている様で。

なにか言語に頼りすぎてた事にも気づかされるし、世の中にはそういう感覚的なものが本来ありふれているんだろうけど、そういうのってあまり口に出さない。特に男性は。

そういう意味では、女性がよく使う擬音の表現はとても感覚的なものだ。
風を「びゅ〜ん!」とかね。

この曲自体はオリジナルはなく、つじあやのさん(猫の恩返しで風になるを歌っていた方)のカバーで最初に聞いたんですけど、とても心地よい。

メロディーも詩も、つじさんの声の中の世界に包まれる感じも。
なんかほわんほわんする笑

機会があればぜひ!