庭木師は見た!~ガーディナー&フォトグラファー~

庭木師が剪定中に見たあれこれ。

庭木師は見た!~人間晩晴を貴ぶ~

2023-08-20 03:14:30 | 日記

         

 人の生涯をして価値あらしむるは、一にかかりてその晩年にある。古人の句に「天意夕陽(せきよう)ヲ重ンジ、人間晩晴ヲ貴ブ」というのはすこぶるわが意を得たものである。

                                                                                                                           (『青淵先生訓言集』)

                  ◆

 今年米寿を迎えた男性(Cさん)がいる。剪定を10年程やっているというが、庭木についてもともと関心がないのだろう、筆者が「今剪定されている木はなんですか?」と尋ねてみると、ご本人は苦笑して「…なんだっけ、よく知らないでやっているんだ…」と。

 班長にそれとなく聞くと、ヒノキとのこと。庭木剪定では珍しい木ではない。

 この日の夕方、Cさん方はヤマボウシの剪定の仕方を副班長から教わっていた。ヤマボウシもこのあたりでは、珍しい木ではない。

 ご本人は知識が伴っていないことを気にしてか、「オレはダメだな、何年もやっているのに…」と、表情が陰り、顔付きがきつかった。

 翌日も全員同じ場所に集合、続きの作業をやったのだが、Cさんは早めに来て、ヤマボウシに取りかかっていた。ガッツがあることは認めたい。


庭木師は見た!~渋沢栄一~

2023-08-16 15:44:46 | 日記

『渋沢翁と青淵百話』から。

 「青淵百話の著述に着手した明治43年は先生七十一歳のときであるが、当時の先生は原則として毎朝六時に起き、夜は十二時前に寝ることは少なかった。正確には用務に追われて寝たくても寝られなかったといはねばならない。この忙しい時に、毎日一時間余を青淵百話の為めに割いて努力を続けたのは驚くべき精励といわざるを得ない」

                   

 庭木剪定で訪問する家は、なぜか高齢者の一人暮らしが目立ちます。多くがパートナーを病気などで亡くしているのですが、ちょっと事情が違う家もあります-。

 80代半ばの男性B氏宅。地元の人なら誰もが知っている大会社に長く勤め、役員を最後にリタイアしました。数年前まで息子夫婦と一緒に住んでいたのですが、B氏が入院中(病名?)、息子夫婦は黙って家を出てしまったとか。その家の元家政婦(たまたま某所で知りあいました)から聞いたのですが、B氏は人格的に問題が多く、相手の話は聞かず、物言いは高圧的。趣味はなく、ヒマ人。よくこれで大会社の役員になれたと思うほどだとか。

 そういえば、われわれが剪定で訪問すると、必ず車で外出します。パチンコに行っているらしいです。当然、午前10時や午後3時の剪定休憩時間にはお茶など出ません。

 B氏の毎月の企業年金の額について、これも元家政婦が言っていた(ちょっとしゃべりすぎかもネ)のですが、このあたりの働き盛りの現役の月給よりはるかに多いのです。

 シルーバの同僚(元JRマン)がぼやきます。「猛暑の中、汗だくでわれわれは働いているんだからBよ、冷えた西瓜でも買ってきて『みんなで食べてくれ』ぐらいの気配りをしたらどうなんだ。…昔、ある国鉄総裁が『オレは、粗であり野だが、卑ではない』と言っていたが、Bは『粗でも野でもないかもしれないが「卑」、そんな感じだ。あれでよく役員になれたもんだ。…顔自体がケチくさいんだよ』と。…確かに。 以上

                                         以上

 

 

 


庭木師は見た!~お茶を出さない家~

2023-08-03 05:56:45 | 日記

        

    「女の心は海の底のように秘密がいっぱいなのよ」

                          (映画『タイタニック』から)

                       

 猛暑続きのこの夏、庭木剪定で訪問する家は休憩時間中、冷たい飲み物を出してくれる家とそうでない家があり、この仕事を長年やってきた庭木師によると、それも決まっているとのことです。

 昨日、訪ねた某家。隣りのビルで商店を営んでいます。

 80才前半風のご主人は、人当たりが良く、仕事を始めるにあたってはいつも笑顔で打ち合わせをします。剪定作業が終わりかけたころ、「きれいになったね。暑い中、どうもありがとう」と、階段を掃除していた筆者に声をかけてくれたのでした。

 しかし、問題はそこの奥さんです。

 剪定打ち合わせには一度も顔を出さないのです。班長も「ここには毎年来ているが、顔は覚えていない。電車の中で向かい合わせに座っても互いに気付かないだろう」と。

 そんな女なのですが、たまたま筆者が玄関先を通ったら、外出の格好で奥から剪定出てきたのです。初めて見ました。彼女、無表情でこちらを一瞥し、挨拶すらしません。表情に、“社会の底辺の仕事”をしている連中は相手にする必要ない、という空気を読み取ることができました。それもはっきりと。過去になにかあったのでしょうか。

 ならば、と筆者が軽く会釈をしたところ、彼女はしょうがないわね…と言った顔で、形だけ頭を少し下げたのでした。

 こうした女は少ないとはいえ、いるのは確かです。この手の女(筆者はあえて「悪女」という)と結婚した男性は…。

<写真>ある民家の庭先。元は塗装店を営んでいたとのことです。