さて、福井のお話をもう少し。
朝到着した福井駅前東口
東口・・・
あまり記憶が無い。
まぁ、ほぼ20数年ぶりに来た場所
変わっていて当然なのだが・・・・
バスを降りてビックリ。
「ど、、何処ですかここは?」
そんな印象。
だって駅舎も変わっている上に再開発なのでしょうか
記憶している建物(というより町並み)が完全になくなっている。
なにやらデカイ複合商業ビルらしきものがドカンと鎮座している以外は
ロータリーにしてはやけに広い空間があるだけ・・・
どうなっちゃったんだコリャ・・・
まぁ、とりあえず駅舎を越えて向こう側へ行けば
少しはわかるのだろうと行ってみたら・・・
コレが新しい駅舎
で、駅前に目を移せば・・・
こちら側も再開発の嵐
もう何も無い。
これが時間の流れか・・・
と少々寂しさもありましたが
一軒だけ記憶がある昔の建物を発見
これは戦争中の戦火、その後の震災でも生き残った素晴らしい建物だが
そのうちに取り壊されてしまうのだろうか。
・・・
・・・
あまりの変貌にあそこはどうなってるのだろうと
時間的余裕もあり暫しぶ~らぶら。
とりあえず県庁舎へ向かう。
あぁぁ~ここは昔とあまり変わってない様子
もともとは福井城(詳しくはココを参照のこと)があった場所
だからお堀があるのですよ。
いつの間にかお堀の外周が整備され小さな公園がありまして
そこに今は無きお城の写真がありました。
たぶん上の写真と同じ場所辺りから撮ったものかな?
因みに明治頃に鉄道が入った頃に作成したと思われる
鳥瞰図が駅前商店街のアーケードにひっそりと掲示されておりました。
ちょっと反射して見難いですが。
今は埋め立てられてない外堀も見えますね。
さて、そんな県庁付近の散策もおわり
次は商店街へ。
中学、高校生の頃通った楽器屋・・・
な、、無い。。。
あんなに金を使った場所が・・・
我が青春の1ページが嗚呼・・・
あれ~?
この辺りに映画館があった気がするけど・・・
そういえば映画館といえば・・・・
中学生あたりまでは
一人で観に行ったりしますと
運が悪いと補導されてしまうという場所でしたね・・・
高校生の頃など
タバコを吸いながら(←ダメです!)人目がつかない裏通りを歩いていると
何処からとも無くお巡りさんが登場して
追いかけられたりしましたね。
まぁ、アレはたぶん暇なその辺の方が通報をしたのでしょうが。
兎にも角にも
良くも悪くも厳しい環境でした。
おっと、
話を元に戻すと・・・
ぶらぶらは続き
ああぁぁ~西武の裏も結構変わってるね・・・
などと独り言を言いつつ
あれも無いコレも無い
変わらず存在するのが
福武線の路面軌道部分
おぉぉー 昔は2~3両の古めかしい電車が走っていた。
それは車両自体も木が使われていたように思う。
床は木、ベンチは別珍張りのやけにスプリングがふわふわしていて
手すりは真鍮色、ドアはガラガラガラ~と開くものでありました。
まさか当時のあの車両が走ってくるとは思ってませんが
ちょっとだけ期待をして交差点で待っておりますと・・・
あ、・・・やっぱり新車両か・・・
気を取り直して周りを見渡すと・・・
あっ、コレは残っていた!
住信の建物。
現在の正式名称は
「三井住友信託銀行株式会社 福井支店」
この建物もまた
戦時の空襲、その後の震災その両方を生き残った建物
昭和の初期 9~10年あたりに建ったもののようです。
県の重要文化財にしても良いくらいの素晴らしい建物です。
福井市は
終戦間際の1945年(昭和20年)7月19日に大きな空襲(福井大空襲)があり
その84%がほぼ焼け野原になり
壊滅。
戦後、何とか復興し始めた矢先の3年後
今度は福井地震が襲うのでした。
しかし、福井の先人たちが血と汗と涙で再び復興するわけです。
昔々、
我が祖母がどういう会話でその話が出てきたのかは
もはや思い出せませんが
「夜遅そぉ~に、街の方で空襲があってぇえ
一晩中街のほうが明るくてな
ホントにぃい~怖かったんや~ぁ」
その言葉が今も思い出されます。
・・・・・・・・・・
さて、
平日の朝の駅前を
写真をバシャバシャ撮りながら歩くオッサンを地元の人はどう思ってみていたのでしょうか・・・?
そんなこんなの
とある地方都市のあれやこれや
第一話完でございます。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+
骨董 茶道具 古道具の出張買取、
和楽器からエレキギター他各種楽器類、レコード類
戦前の古い丸椅子や本箱、ちゃぶ台などの家具類
生前整理や遠方のご実家の整理なら当店へ!
古道具屋 キタロウ商店
まずは電話を。
042-513-9170
または店主直通
090-1703-7587
まで
詳しくはコチラから。
+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+