未来の少女 キラシャの恋の物語

みなさんはどんな未来を創造しますか?

第14章 善と悪 ⑤

2021-05-31 17:19:00 | 未来記

2008-11-01

5.裁判

 

カイの裁判は、いつになく厳重な監視体制で行われたが、各ホームルームで反省会を行った効果があったのか、特に混乱もなく、決められた日程を終え、静かに判決が下された。

 

裁判では、相手が手を出したから、しかたなく応じたと、正当防衛を訴える生徒も何人かいたが、裁判官はこう言った。

 

「パトロール隊員は君達のケンカを止めるために、誰ひとりとして、殴るという行為はしなかった、と報告を受けている。

 

君達を取り押さえるために、自分が君達のパンチをクラってもだ。

 

君達には、殴られても殴り返すことをしない努力が、防犯カメラで確認することができなかった。

 

ここでは、どんな腹の立つことがあっても、相手に危害を加えてはいけないというルールがある。

 

このルールに従えず、このような暴力行為をおこなった者は、このスクール内での教育を受ける資格がないと判定する。

 

ケンカをした両グループのうち、スクール内の防犯カメラを確認して、激しい暴力行為を行ったと、裁判員から意見のあった生徒について、次のような処分を行う」

 

主犯のゼノン以下、暴力行為が甚だしかった生徒は退学処分となり、その数は20人を超えた。

 

ゼノンに足を引っかけられて気を失ったカイは、被害者なのでおとがめなしだったのだが、自分のせいで仲間が退学になってしまったことに、いたたまれない様子だった。

 

裁判のあとで、仲間がイジメを受けるかもしれないという気持ちが強かったらしく、キラシャの言うように、自分の言いたいことを訴えることは、できなかったようだ。

 

そんなカイに、ユウキ先生から他のスクールに転校することも、アドバイスを受けたが、カイの家族も今回のことで、別のエリアへ移る決心がついたようだ。

 

カイの表情に、少し明るさが戻った。

 

裁判が終わってから、移住の報告にユウキ先生を訪ねたカイは、こう言った。

 

「ユウキ タイセツ。

 

ボク ユウキ ナカッタ。

 

トモダチ ボクノタメ タタカッタ。

 

デモ ボク ナニモ デキナカッタ。

 

カナシカッタヨ。

 

デモ ツギノ トコデ タタカウ。

 

センセ ノ ナマエ ワスレナイ」

 

ユウキ先生のユウキには、勇気という意味もある。

 

 

「おいおい、戦うって。ケンカや戦争は、しちゃだめなんだよ。戦わない勇気だって、必要なんだ。この裁判で、それをわかって欲しかったんだけどな」

 

「OK。ルール ヤ ヒト ダイジニスル。 

 

ヘイワニ ツナガル。

 

スコシ ベンキョウシタネ。

 

ミンナニ アリガト ツタエテ。

 

GOOD-BY…」

 

 

カイは、うれしそうにユウキ先生に別れを告げた。

 

多額の寄付をしていた、ゼノンの親族の皇族も、裁判の結果を受けて、他の安全なドームへ移ることにしたらしい。

 

ドームの管理局にとって、この判決は資金源を減らすことになるので、裏でいろいろ画策する人もいたようだが、ルールに基づいた判決には、従わなくてはならない。

 

この裁判によって、大きな影響を受けたのは、もう少し財源があれば、休暇の活動や、旅行にも補助金を出してもらえた子供達だろうか。

 

補助金を当てにして、旅行の準備をしていた生徒の中には、資金が足らずにあきらめた子もいたようだ。

 

どのドームも、将来を考えた財源を確保することが、資金を求める住民の支持を受ける元となる。

 

その犠牲になるのは、やはり弱者である子供達なのかもしれない…。

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第14章 善と悪 ⑥

2021-05-29 17:14:01 | 未来記

2008-12-10

6.パレード

 

このスクールでは、毎年さまざまな分野で優秀だった生徒の表彰式がある。

 

スクールの中で一番広い食堂が、表彰式の会場に早変わりして、その日は朝から初級コース・中級コース・上級コースの順番に表彰が行われた。

 

キラシャも表彰式に参加したが、今回は拍手をする側に回った。

 

同じ部屋の子では、リコが共通語の成績優秀者のひとりとして、バッジを受けていた。

 

キラシャは『あたしも、共通語がうまく話せるようになったら、タケルを追いかけて宇宙に行けるンだけどな…』と思った。

 

上級コースの表彰も終わりに近づくと、いよいよ恋愛学のベスト・カップル賞の発表だ。

 

同じ部屋のケイとボブも素敵なカップルだなと、キラシャはうらやましくて憧れていたが、模範となったベスト・カップル賞は、ボランティア活動で活躍したカップルに贈られた。

 

このカップルは、ドームの人が集まる場所に、自分達で育てた花を贈り、今もその花がきれいに咲き誇って、街の雰囲気を良くしているのが、受賞の理由だ。

 

毎年恒例のように、先生方の策略で、子供達には興味のないカップルが選ばれている。

 

生徒による投票では、オリン・ゲームで好評だった、ルディとジャンの美男美女カップルに入れる子が多かったのだが、卒業生ではないということで、除外されてしまった。

 

今回は、お笑い系で評判だった男子と、まったく不釣り合いなくらいお嬢様系のカップルが、異色の組み合わせということで評判となり、ベスト・カップル賞に選ばれた。

 

2つのカップルが、表彰台に上がると、生徒達からキッスのコールが始まる。

 

4人は照れながらも、お互いを見つめ合ってバッジを着け合うと、大勢の拍手と口笛が響く中、何度も練習したキッスを披露した。

 

昼食はいつものように、同じ食堂でハンバーガーとドリンクを受け取ると、適当な所で友達と雑談しながら済ませ、パレードの準備に移る。

 

午後になると、スクールで表彰された生徒達が、その証であるバッジを胸に輝かせて、街で行われるパレードに、音楽隊の後に続いて参加した。

 

中には、人質に遭ったタケルの救出に、一役買ったヒロも含まれている。

 

タケルとのケンカで、飛び級のチャンスを逃したヒロだったが、今まで成績でもらったバッジよりも、今回のバッジの方が誇らしげだ。

 

キラシャには、心配したユウキ先生が病室に来て、タケルが危ない目に遭ったことと、ヒロの機転が事件の早期解決につながって、タケルも無事に救出されたことを教えてもらった。

 

タケルのことを黙っていたことを先生は悪かったと言ったが、タケルの性格を考えて、黙っていたんだと言われると、キラシャは何も言えなかった。

 

キラシャは、結局再テストの結果が出るまで、タケルへのメールをおあずけにした。

 

だって、ちゃんと進級してないと、タケルが戻った時、すっごくバカにされそうだったから。

 

猛勉強の末に、無事に再テストですべて合格という通知を受けて、キラシャはようやくホッとして、タケルに短いメールを送った。

 

しかし、その時にはタケルが、再び人質事件に巻き込まれるなんて、キラシャもヒロも想像していなかっただろう…

 

 

パレードが終わった次の日は、卒業式だ。

 

このスクールに入ってから、長い子供は15年間を過ごしたチルドレンズ・ハウスからの卒業。

 

子供達にとって、先生や先輩から怒られながら、仲間と一緒に生活する毎日から、自分ひとりで部屋を借りて、大人へ仲間入りする第一歩を踏み出す成人の日でもある。

 

キャンドルライトに照らされて、着飾った卒業生達は、保護者や先生方の祝福を受け、代表が挨拶をして、自分達の思い出を語った。

 

ケイの晴れ姿も、これで見納め。

 

髪の毛をきれいにまとめ、お気に入りの服、お気に入りのアクセサリーでバッチリ決めた、モデルのようなケイ。  

 

キラシャは、ケイとの別れ際に、海洋牧場で見つけたきれいな光る石をプレゼントした。

 

「ケイの部屋に、絶対遊びに行くからね。また、きれいな石を見つけたら持って行くよ。今度は、ケイのデザインで指輪でも作ってね!」

 

「あぁ、待ってるよ。いつか、有名なデザイナーになって、キラシャのかわいい結婚指輪、作ってあげるよ」

 

「ありがとう、ケイ。あたしも楽しみだよ。ボブとも、仲良くやってね!」

 

「もちろんだよ。カレッジ卒業したら一緒に暮すンだ。自分の指輪は、自分でデザインしないとね。いい石が見つかったら、ちゃんと持って来るンだよ。じゃぁ、元気で!

 

みんなと仲良くやるんだよ…」

 

ケイはボブと一緒に、スクールを後にした。

 

 

次の日は、終業式。

 

卒業生以外の学年が、再び食堂に集まり、この1年の反省をして、休暇の過ごし方について、諸注意があった。

 

今回は、乱闘騒ぎがあったせいか、外出はなるべく控えめにと指導もあり、財政上の都合もあって、旅行に出かけられない生徒が多かったため、不満な顔が多い。

 

一方、ゲーム会社の好意で、指定された新しいゲームが、休暇限定で無料になるらしい。

 

試験段階のゲームなので、会社は子供達の反応を見て、ゲームの出来栄えを確かめたいのだ。

 

ゲームをして、新しいアイデアを思いつき、その会社に報告した子供には、奨励金が贈られる。

 

子供達にとって、ゲームは単なる遊びではなく、資金源でもあるのだ。

 

ようやく次の日から、休暇が始まる。

 

多くの子供達が、チルドレンズ・ハウスから、保護者の元や旅行先へと移動し始めた。

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第15章 真実って? ①

2021-05-27 20:27:24 | 未来記

2009-05-08

1.アフカへ

 

キラシャの恋心

2009-02-01

君がいるだけで

 

そばにいるだけで

 

こころが ホッとして

 

あったかい…

 

 

なにをしてても

 

どこへ行こうとも

 

君のこと どんな時も

 

忘れない…

 

 

君が好きなこと

 

君を好きなこと

 

いつまでも 続けられると

 

いいのに…

 

 

いつの日にか

 

大人になって

 

君と笑って 話せる日が

 

来るかな…

 

 

 

キラシャの春休みの予定は、いっぱいだ。

 

アフカ・エリアの停戦が正式に決定し、MFiエリアとアフカ・エリアを結ぶ航路便も、再開した。

 

パールのふるさと、アフカ・エリアにいる家族から、戦争に反対する団体を経由して連絡があり、パールの帰郷を望んでいるとのこと。

 

オパールおばさんは、この日を待ちかねていたように、パールと一緒にアフカ・エリアへ行く支度を始めたが、パールは急に帰るのが怖いと言い始めてしまった。

 

パールは戦争で大やけどを負ったから、整形手術を行い、以前の顔とは違っている。

 

元のパールの顔しか知らない人に、今の顔を見せるということは、パールにとって、とても勇気のいることなのだ。

 

パールは悩んだ末に、キラシャが一緒について来てくれたら、アフカに帰ってから、どんなにつらいことがあっても、大丈夫な気がすると、キラシャに相談した。

 

キラシャは、亡くなったキャップ爺の遺言で、死んだら自分の骨を広い外海に流して欲しいと言われていた。

 

だから、キラシャの春休みは、パパとボートでのんびりと外海へ行く予定になっていたのだ。

 

パールからの突然の話に、「えっ?」っとびっくりしたキラシャ。

 

でも、ホスピタルにいる間にいろんなことがあって、ひとりでは耐えられないくらいつらかったとき、パールがそばにいてくれるだけで、どんなに心がホッとしたことだろう。

 

それを考えると、パールの頼みを簡単に断ることもできなかったし、入院中にパールから聞いたアフカの自然を、見てみたいなぁ…という気持ちもあった。

 

オパールおばさんも、パールとキラシャに安心してもらうため、私がキラシャの旅費と旅の間の保護者も引き受けましょうと、キラシャの両親を説得した。

 

両親と相談した結果、おじいさんのお骨流しは、キラシャがアフカ・エリアから無事に帰ってから行くことになり、キラシャの旅支度がバタバタと始まったというわけだ。

 

キラシャが他のエリアに行くのは、これが初めてではない。

 

イルカの調教の勉強を理由にして、おじいさんとフリーダム・エリアのあちこちで行われているイルカ・ショーをハシゴしたことがあった。

 

小さな島で育ったキラシャには、フリーダム・エリアの壮大なドームが眩しくて、何もかも別世界のモノにしか思えなかった。

 

移動するたびに、人混みに酔ってしまい、ホテルでゲーゲー吐いてはおじいさんを心配させ、MFiエリアの食べ物でなきゃイヤだと、散々駄々をこねて、困らせていたキラシャだった。

 

そんな大変な思いをして出会ったイルカ達とのふれあいは、今でも忘れられない、キラシャの心にしまってある大切な宝物だ。

 

キラシャの両親は、キラシャが食事のことで、パールの家族に迷惑をかけないだろうかと、ずいぶん心配した。

 

ところが、キラシャはそんな両親の心配をよそに、「アフカに行ったら、そこでしか食べられないモノを食べてみたいンだ…」と楽しそうに言う。

 

キラシャは笑顔で航空船に乗り込み、パールとともに旅立った。

 

アフカ・エリアの滞在は、1週間の予定だ。

 

サリーとエミリにアフカ行きのことを相談したとき、募金活動をしている間に、いろんな人から遊び道具をたくさんもらったから、それを届けて欲しいと頼まれた。

 

戦争で、自分の居場所だけでなく、遊び道具をなくしてしまった子供達が大勢いるからだ。

 

担任のユウキ先生に旅行の許可願いを申請したときは、アフカ・エリアにいる間も、MFiエリアの子供としての自覚を忘れないこと、

 

パールには、いろいろつらいことが待っているだろうから、そばで元気づけてやって欲しいと頼まれた。

 

キラシャは人に何かを頼まれると、やる気満々になるタイプだ。

 

パールに何が待っていようと、自分にどんな試練が降りかかってこようと、精一杯そばで応援してやらねば…と、意気込んでアフカ・エリアへと向かった。

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第15章 真実って? ②

2021-05-25 20:29:59 | 未来記

2009-05-09

2.ひとりぼっち

 

ラミネス宇宙ステーションの居住区に戻ったタケルと両親は、一昼夜、暗い部屋で疲労困憊の身体を休めた。

 

これから、どうしようか?

 

宇宙船が出て行ってしまうと、仕事がない場合は、浮浪者として扱われる。なるべく早く結論を出さなくてはならない。

 

トオルとミリは、真剣に自分の考えを語ろうとする、タケルの話を聞いてやった。

 

タケルは、この宇宙ステーションに残りたいが、パパとママは宇宙船に戻ってくれと言う。

 

トオルは思った。

 

これまでも、タケルのやりたいように、やらせてきたつもりだが、まだまだ11歳。自分のやりたいことを主張するのが精一杯の年齢だ。

 

自分達だって、やりたいことを押しこらえて、今までを乗り切ってきた。タケルの言うように、これから家族が離れ離れになって、大丈夫だろうか?

 

でも、タケルはひるまなかった。

 

「ボクはモルモットじゃないンだ。

 

ボクのために研究してくれることはありがたいけど、パパの研究を待って、じっとしているなンて耐えられそうにないよ。

 

だって、パパの夢は、ボクの耳を治してくれることかもしれないけど、僕の夢は、聞こえる耳で、人を楽しませるようなパフォーマンスをすることなンだ!」

 

この言葉に、トオルは何も言えなかった。

 

トオルが子供だったころは、耳の聞こえない父親が障害者という立場で、与えられた仕事だけ黙々としていたことに、いつも反発していた。

 

障害があっても、耳を聞こえるようにする医療技師を目指すんだと、トオルは自分に言い聞かせて、幾度も困難を乗り越えてきた。

 

火星医療プロジェクト・チームの乗った宇宙船は、操縦系統のトラブルが見つかり、修理に手間取って、宇宙ステーションから出発していなかった。

 

宇宙船の仲間に相談すると、2人が戻ることに賛成してくれた。

 

チームの上司の勧めもあって、タケルと裁判のことは代理人に任せて、トオルとミリはチームスタッフのメンバーとして、再び参加することになった。

 

タケルを宇宙ステーションに残しておくための手続きと、2人の旅行支度を済ませると、出航の準備が整った宇宙船にあわてて乗り込んだ。

 

タケルは、しばらくラミネス宇宙ステーションに滞在し、もし火星に行く気になったら、火星へ向かう宇宙船で後を追うし、地球に戻る気になったら、そう知らせると言う。

 

今回の裁判は代理人に委託し、タケルの保護を依頼した。得体の知れないキララの存在も気になったが、ここはタケルを信じるしかない。

 

タケルの将来を思って、耳の回復を願いながら研究を進めるのが、親としての使命だと感じ、2人とも身を切られるほどつらい気持ちで、見送るタケルに別れを告げた。

 

タケルも悲しかったが、これからのことを思うと、ここで泣いているようでは生きてゆけない。

 

両親の顔を見ている間は笑顔でいられたが、出発を見送った後で部屋に戻ったとき、自分がこの広い宇宙ステーションにたったひとりでいることに、とてつもない重さを感じた。

 

タケルがしなくてはならないことは、一昼夜の間に2回、代理人にMフォンで自分の行動を報告し、これからどうするかを相談すること。

 

タケル一家が監禁された事件の裁判には、タケルもその被害について説明するために、出席しなくてはならない。

 

MFiエリアの子供用の裁判と違って、大人の裁判で、しかもさまざまなエリアなまりの混じった、難しい共通語が飛び交うのだ。

 

Mフォンからの翻訳を頼りに、一生懸命話を追っていても、けだるく鳴り響く音楽のような声が、ボワッと身体を包むように、睡魔が襲う。

 

タケルはそんな眠気とも戦いながら、裁判に参加した。

 

共通語をうまく話せないタケルは、MFiエリアの言葉で話すことを許された。

 

悪人達の顔は、なるべく無視して、弁護士の合図を待ち、代理人から言われた通りの証言を淡々と述べた。

 

時折、「くそったれ!」というダミ声が、被告席の方から聞こえたけれど、用意したことを言い終えて、自分の役目は果たしたなと、タケルは少しホッとした。

 

しかし、被害が軽くて済んだので、悪人達が罰金を払って釈放されたら、この宇宙ステーションのどこかで、また出くわすことになるのかもしれない。

 

いったいキララは、どこにいるのか?

 

『あの連中におサラバしたかった』とか言ってたけど、ホントに信用できるのか? 

 

それに、警察は“キララ”を捕まえることができるんだろうか?

 

目の前に姿を現さなくても、見えない所で、タケルをじっと見ているのかもしれない。

 

タケルは不安な気持ちで宇宙ステーションの中をうろついた。

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第15章 真実って? ③

2021-05-23 20:31:21 | 未来記

2009-06-10

3.ニックとシーナ

 

宇宙ステーションには、多くの人が滞在しているが、MFiエリアからやって来た技術者もいる。

 

宇宙ステーションに使われている、機械装置や部品などにMFiで生産されたモノがたくさんあるので、メンテナンスと苦情処理への対応に、MFiエリアの技術者が交代で滞在しているようだ。

 

医療や先端技術だけでなく、普段使う日用品においても、MFiエリアの技術開発は、人々の宇宙生活に貢献しているのだ。

 

タケルは、レストランでMFiエリアの言葉を話す人達を毎日見かけた。

 

MFiエリアのおにぎりや、パン、栄養ドリンクも自動販売機で売っている。

 

おにぎりは、いろんな種類のごはんに、好みのおかずを選ぶと、海苔で巻かれ、真空状態になると蒸発するラップにくるまれて、出てくる。

 

ゴミの量を減らすために、包装の技術は進んでいるが、地球にいたころと、同じような感覚で食べられるように工夫をして、提供されている。

 

MFiエリアで見かけた会社のユニフォーム姿の社員が、商品補充のために、レール上に荷物を取り付けてボックスに向かい、ボックスで荷物と一緒に瞬間移動している。

 

タケルは、それを見かけるたびに、懐かしい思いで見つめた。

 

レストランでひとり食事をしていると、年若いMFiの技術者達が、タケルに話しかけてくれるようになった。

 

「やぁ、キミは宇宙に来てまで、格闘技家を目指しているのかい? 

 

ボクもスクールでその服を着て、柔道をやってたンだ。

 

でも、ここにはもっと他にも楽しいことがいっぱいあるよ!」

 

タケルは、パスボーを始める前に、柔道や空手を選択して習っていたこともあったから、その練習着を普段でも着ていたのだ。

 

いつ、悪党達に襲われることがあったとしても、すぐに戦闘態勢に入れるように、気を引き締めるためでもあった。

 

ところが、MFiの若者達は、そんなタケルの事情も知らず、陽気に宇宙ステーションの出来事を話題にして、こわばっていたタケルの心をときほぐしてくれた。

 

共通語ばかりで、何があるかわからなくて、居心地が悪い宇宙ステーションのはずが、同じエリアの人と話をすることで、少し違って思えるようになった。

 

タケルの耳は、まだ聞こえる。

 

パパの研究のおかげだ、と、タケルは改めて親に感謝の気持ちを持った。

 

離れてみると、親のありがたさが身に沁みるらしい。

 

MFiエリアからは、時々ユウキ先生やヒロからメールが届くが、キラシャからのメールはない。

 

『きっと進級テストのことで、オレのことなンか、かまっちゃいられないンだろうな。アイツ今何やってンだろう。オレのことなんて、忘れてンじゃないかな?』

 

ヒロから、キラシャがきれいな転校生と事故にあって、外海に飛ばされたことや、あんなに仲の良かったおしゃべりするゾウと、キラシャの大切なおじいさんが続いて亡くなったこと、

 

今もキラシャが、ホスピタルに入院していることを教えてもらったが、キラシャが大変だったことに心を動かされても、どうなぐさめていいのか、タケルにはわからない。

 

キラシャにいろんなことがあって、メールが途絶えていたことに少しホッとしたが、自分の耳のこと、キララのこと、地球に帰っていいのか悪いのか考え始めると、簡単にメールを送れない。

 

タケルも、キラシャ同様、自分に与えられた試練に立ち向かうため、今を生きることに精一杯なのだ。

 

 

さて、タケルが気になっていたのは、キララが言っていた少年の存在だ。もっとキララのことを知って、自分がどうすればいいのか、その手がかりが欲しい。

 

そのためには、今もホスピタルで治療しているという、ニックに会わなければと思った。

 

しかし、ホスピタルに行って、受付にニックの病室をたずねると、今は面会謝絶で誰も会えない、と面会を断られてしまった。

 

それでも、何度か病院の中を探索しているうちに、ニックがどの部屋にいるのかがわかり、人気のないときを見計らって、うまく病棟に忍び込み、ニックの部屋をのぞいた。

  

ニックは、まるでタケルが入ってくるのを知っていたように、カプセルのふたを自分で開け、タケルを出迎えた。

 

タケルの方を物憂さげに見つめるニックの目は、よどんでいたが、キララが言っていたように、ハンサムでかっこ良かった。

 

男でも、ホレボレするとはこのことかもしれない。何で、キララに関わって、こんな目に遭ってしまったンだろうと、タケルは気の毒に思った。

 

ところが、ニックが話す内容は、それまでタケルが思い込んでいた、キララの被害者というイメージとは、まったく違っていた。

 

もっとも、ニックにとっては、キララはシーナなので、共通語の苦手なタケルは、話を理解するだけでも、たいへんな思いをしたのだが…。

 

「なぜ、こんなトコへ来たンだ。オレは、気が変になったからって、ここに入れてもらったンだ。それで、罪を免れたけど…。オマエは、アノ連中を敵に回したンだろ?

 

シーナが教えてくれた…。

 

タケルって奴を助けてやりたいとかって、シーナは言ってたけどな。

 

オレは、あのイヤな親父ともやっと別れたンだ。アイツは宝くじに当たって、好き勝手に宇宙旅行を始めて、オレをあちこちに引きずりまわした。

 

オレがゲームに夢中になって、シーナに出会って、ゲーム三昧の毎日を送ってたら、ボス・コンピュータのトコで大騒ぎになって、ようやく親父はオレのことが重荷だって、気付いたんだ。

 

親父は弁護士にオレの世話まで押し付けて、とっとと他のトコへ行っちまったよ。

 

オレは、ひとりぼっちなンだ。誰の世話にもなりたくないし、誰の世話もしてやらない。」

 

そう言い切るニック。

 

親に対する思いはまったく違うけど、ニックも結局ひとりぼっちだ。

 

タケルはニックに、自分と同じニオイを感じた。

 

「オレだって、同じだよ。アンタの世話になりたくて来たンじゃない…。オレは、そのシーナって言う子のことが知りたいだけなンだ」

 

「シーナは、今もどっかにいるよ。隠れてるけどね。

 

急に出てきて、びっくりしてシーナって叫ぶと、看護士があわてて大丈夫かって声をかけてくる。アイツは、すぐいなくなるけどね」

 

「じゃぁ、キミは病気じゃないンだ。だったら、オレの言うこと、わかってもらえる? 」

 

「こんなバカとじゃ、話す気がしネェ。

 

最初に言ったろ! オレは、気が変だからここに入れられたンだ。

 

シーナは地球へ行かないかって言うけど、ごめンだネ。

 

オマエが行けばいい。うるさいシーナを連れて行きな! 」

 

「オレは、地球に帰るかどうか、迷ってるンだ。そのシーナって、何者なのかわからないし…」

 

「シーナは、エイリアンなんだよ。Mフォンを使わないで、何でもできるエイリアンなンだ。

 

でも、笑っちゃうけど、食べ物だけは、普通にしたがるンだ。オレ達と同じにネ…」

 

「でも、…エイリアンって、人を食ったりしないの?」

 

「オマエ、ホントにバカだな…。

 

そりゃ、シーナがどんなエイリアンだか知らネェが、ゲームや映画のエイリアンじゃネェヨ!

 

アイツァ、オレに説教するンだ…」

 

「あー、オレはどうしたらイインダヨ! だって、シーナって、悪魔じゃないか!

 

オレとオレの家族をヒドイ目に遭わせて、アイツは、その片棒をかついだンだ!

 

アイツがエイリアンなら、最悪なエイリアンだよ!」

 

途中から興奮して、激しくキララをなじったタケル。

 

その様子を見たニックは、ポツリとこう言った。

 

「オマエは、アイツのことをちっとも知らネェ。それだったら、教えてやろうか」

 

そのとき、タケルの心に声が聞こえた。

 

『タケル、悪いけど眠ってもらうよ…』

 

そのとたん、タケルはふっと気を失ってしまった。

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