2009-06-10
3.ニックとシーナ
宇宙ステーションには、多くの人が滞在しているが、MFiエリアからやって来た技術者もいる。
宇宙ステーションに使われている、機械装置や部品などにMFiで生産されたモノがたくさんあるので、メンテナンスと苦情処理への対応に、MFiエリアの技術者が交代で滞在しているようだ。
医療や先端技術だけでなく、普段使う日用品においても、MFiエリアの技術開発は、人々の宇宙生活に貢献しているのだ。
タケルは、レストランでMFiエリアの言葉を話す人達を毎日見かけた。
MFiエリアのおにぎりや、パン、栄養ドリンクも自動販売機で売っている。
おにぎりは、いろんな種類のごはんに、好みのおかずを選ぶと、海苔で巻かれ、真空状態になると蒸発するラップにくるまれて、出てくる。
ゴミの量を減らすために、包装の技術は進んでいるが、地球にいたころと、同じような感覚で食べられるように工夫をして、提供されている。
MFiエリアで見かけた会社のユニフォーム姿の社員が、商品補充のために、レール上に荷物を取り付けてボックスに向かい、ボックスで荷物と一緒に瞬間移動している。
タケルは、それを見かけるたびに、懐かしい思いで見つめた。
レストランでひとり食事をしていると、年若いMFiの技術者達が、タケルに話しかけてくれるようになった。
「やぁ、キミは宇宙に来てまで、格闘技家を目指しているのかい?
ボクもスクールでその服を着て、柔道をやってたンだ。
でも、ここにはもっと他にも楽しいことがいっぱいあるよ!」
タケルは、パスボーを始める前に、柔道や空手を選択して習っていたこともあったから、その練習着を普段でも着ていたのだ。
いつ、悪党達に襲われることがあったとしても、すぐに戦闘態勢に入れるように、気を引き締めるためでもあった。
ところが、MFiの若者達は、そんなタケルの事情も知らず、陽気に宇宙ステーションの出来事を話題にして、こわばっていたタケルの心をときほぐしてくれた。
共通語ばかりで、何があるかわからなくて、居心地が悪い宇宙ステーションのはずが、同じエリアの人と話をすることで、少し違って思えるようになった。
タケルの耳は、まだ聞こえる。
パパの研究のおかげだ、と、タケルは改めて親に感謝の気持ちを持った。
離れてみると、親のありがたさが身に沁みるらしい。
MFiエリアからは、時々ユウキ先生やヒロからメールが届くが、キラシャからのメールはない。
『きっと進級テストのことで、オレのことなンか、かまっちゃいられないンだろうな。アイツ今何やってンだろう。オレのことなんて、忘れてンじゃないかな?』
ヒロから、キラシャがきれいな転校生と事故にあって、外海に飛ばされたことや、あんなに仲の良かったおしゃべりするゾウと、キラシャの大切なおじいさんが続いて亡くなったこと、
今もキラシャが、ホスピタルに入院していることを教えてもらったが、キラシャが大変だったことに心を動かされても、どうなぐさめていいのか、タケルにはわからない。
キラシャにいろんなことがあって、メールが途絶えていたことに少しホッとしたが、自分の耳のこと、キララのこと、地球に帰っていいのか悪いのか考え始めると、簡単にメールを送れない。
タケルも、キラシャ同様、自分に与えられた試練に立ち向かうため、今を生きることに精一杯なのだ。
さて、タケルが気になっていたのは、キララが言っていた少年の存在だ。もっとキララのことを知って、自分がどうすればいいのか、その手がかりが欲しい。
そのためには、今もホスピタルで治療しているという、ニックに会わなければと思った。
しかし、ホスピタルに行って、受付にニックの病室をたずねると、今は面会謝絶で誰も会えない、と面会を断られてしまった。
それでも、何度か病院の中を探索しているうちに、ニックがどの部屋にいるのかがわかり、人気のないときを見計らって、うまく病棟に忍び込み、ニックの部屋をのぞいた。
ニックは、まるでタケルが入ってくるのを知っていたように、カプセルのふたを自分で開け、タケルを出迎えた。
タケルの方を物憂さげに見つめるニックの目は、よどんでいたが、キララが言っていたように、ハンサムでかっこ良かった。
男でも、ホレボレするとはこのことかもしれない。何で、キララに関わって、こんな目に遭ってしまったンだろうと、タケルは気の毒に思った。
ところが、ニックが話す内容は、それまでタケルが思い込んでいた、キララの被害者というイメージとは、まったく違っていた。
もっとも、ニックにとっては、キララはシーナなので、共通語の苦手なタケルは、話を理解するだけでも、たいへんな思いをしたのだが…。
「なぜ、こんなトコへ来たンだ。オレは、気が変になったからって、ここに入れてもらったンだ。それで、罪を免れたけど…。オマエは、アノ連中を敵に回したンだろ?
シーナが教えてくれた…。
タケルって奴を助けてやりたいとかって、シーナは言ってたけどな。
オレは、あのイヤな親父ともやっと別れたンだ。アイツは宝くじに当たって、好き勝手に宇宙旅行を始めて、オレをあちこちに引きずりまわした。
オレがゲームに夢中になって、シーナに出会って、ゲーム三昧の毎日を送ってたら、ボス・コンピュータのトコで大騒ぎになって、ようやく親父はオレのことが重荷だって、気付いたんだ。
親父は弁護士にオレの世話まで押し付けて、とっとと他のトコへ行っちまったよ。
オレは、ひとりぼっちなンだ。誰の世話にもなりたくないし、誰の世話もしてやらない。」
そう言い切るニック。
親に対する思いはまったく違うけど、ニックも結局ひとりぼっちだ。
タケルはニックに、自分と同じニオイを感じた。
「オレだって、同じだよ。アンタの世話になりたくて来たンじゃない…。オレは、そのシーナって言う子のことが知りたいだけなンだ」
「シーナは、今もどっかにいるよ。隠れてるけどね。
急に出てきて、びっくりしてシーナって叫ぶと、看護士があわてて大丈夫かって声をかけてくる。アイツは、すぐいなくなるけどね」
「じゃぁ、キミは病気じゃないンだ。だったら、オレの言うこと、わかってもらえる? 」
「こんなバカとじゃ、話す気がしネェ。
最初に言ったろ! オレは、気が変だからここに入れられたンだ。
シーナは地球へ行かないかって言うけど、ごめンだネ。
オマエが行けばいい。うるさいシーナを連れて行きな! 」
「オレは、地球に帰るかどうか、迷ってるンだ。そのシーナって、何者なのかわからないし…」
「シーナは、エイリアンなんだよ。Mフォンを使わないで、何でもできるエイリアンなンだ。
でも、笑っちゃうけど、食べ物だけは、普通にしたがるンだ。オレ達と同じにネ…」
「でも、…エイリアンって、人を食ったりしないの?」
「オマエ、ホントにバカだな…。
そりゃ、シーナがどんなエイリアンだか知らネェが、ゲームや映画のエイリアンじゃネェヨ!
アイツァ、オレに説教するンだ…」
「あー、オレはどうしたらイインダヨ! だって、シーナって、悪魔じゃないか!
オレとオレの家族をヒドイ目に遭わせて、アイツは、その片棒をかついだンだ!
アイツがエイリアンなら、最悪なエイリアンだよ!」
途中から興奮して、激しくキララをなじったタケル。
その様子を見たニックは、ポツリとこう言った。
「オマエは、アイツのことをちっとも知らネェ。それだったら、教えてやろうか」
そのとき、タケルの心に声が聞こえた。
『タケル、悪いけど眠ってもらうよ…』
そのとたん、タケルはふっと気を失ってしまった。