2009-05-09
2.ひとりぼっち
ラミネス宇宙ステーションの居住区に戻ったタケルと両親は、一昼夜、暗い部屋で疲労困憊の身体を休めた。
これから、どうしようか?
宇宙船が出て行ってしまうと、仕事がない場合は、浮浪者として扱われる。なるべく早く結論を出さなくてはならない。
トオルとミリは、真剣に自分の考えを語ろうとする、タケルの話を聞いてやった。
タケルは、この宇宙ステーションに残りたいが、パパとママは宇宙船に戻ってくれと言う。
トオルは思った。
これまでも、タケルのやりたいように、やらせてきたつもりだが、まだまだ11歳。自分のやりたいことを主張するのが精一杯の年齢だ。
自分達だって、やりたいことを押しこらえて、今までを乗り切ってきた。タケルの言うように、これから家族が離れ離れになって、大丈夫だろうか?
でも、タケルはひるまなかった。
「ボクはモルモットじゃないンだ。
ボクのために研究してくれることはありがたいけど、パパの研究を待って、じっとしているなンて耐えられそうにないよ。
だって、パパの夢は、ボクの耳を治してくれることかもしれないけど、僕の夢は、聞こえる耳で、人を楽しませるようなパフォーマンスをすることなンだ!」
この言葉に、トオルは何も言えなかった。
トオルが子供だったころは、耳の聞こえない父親が障害者という立場で、与えられた仕事だけ黙々としていたことに、いつも反発していた。
障害があっても、耳を聞こえるようにする医療技師を目指すんだと、トオルは自分に言い聞かせて、幾度も困難を乗り越えてきた。
火星医療プロジェクト・チームの乗った宇宙船は、操縦系統のトラブルが見つかり、修理に手間取って、宇宙ステーションから出発していなかった。
宇宙船の仲間に相談すると、2人が戻ることに賛成してくれた。
チームの上司の勧めもあって、タケルと裁判のことは代理人に任せて、トオルとミリはチームスタッフのメンバーとして、再び参加することになった。
タケルを宇宙ステーションに残しておくための手続きと、2人の旅行支度を済ませると、出航の準備が整った宇宙船にあわてて乗り込んだ。
タケルは、しばらくラミネス宇宙ステーションに滞在し、もし火星に行く気になったら、火星へ向かう宇宙船で後を追うし、地球に戻る気になったら、そう知らせると言う。
今回の裁判は代理人に委託し、タケルの保護を依頼した。得体の知れないキララの存在も気になったが、ここはタケルを信じるしかない。
タケルの将来を思って、耳の回復を願いながら研究を進めるのが、親としての使命だと感じ、2人とも身を切られるほどつらい気持ちで、見送るタケルに別れを告げた。
タケルも悲しかったが、これからのことを思うと、ここで泣いているようでは生きてゆけない。
両親の顔を見ている間は笑顔でいられたが、出発を見送った後で部屋に戻ったとき、自分がこの広い宇宙ステーションにたったひとりでいることに、とてつもない重さを感じた。
タケルがしなくてはならないことは、一昼夜の間に2回、代理人にMフォンで自分の行動を報告し、これからどうするかを相談すること。
タケル一家が監禁された事件の裁判には、タケルもその被害について説明するために、出席しなくてはならない。
MFiエリアの子供用の裁判と違って、大人の裁判で、しかもさまざまなエリアなまりの混じった、難しい共通語が飛び交うのだ。
Mフォンからの翻訳を頼りに、一生懸命話を追っていても、けだるく鳴り響く音楽のような声が、ボワッと身体を包むように、睡魔が襲う。
タケルはそんな眠気とも戦いながら、裁判に参加した。
共通語をうまく話せないタケルは、MFiエリアの言葉で話すことを許された。
悪人達の顔は、なるべく無視して、弁護士の合図を待ち、代理人から言われた通りの証言を淡々と述べた。
時折、「くそったれ!」というダミ声が、被告席の方から聞こえたけれど、用意したことを言い終えて、自分の役目は果たしたなと、タケルは少しホッとした。
しかし、被害が軽くて済んだので、悪人達が罰金を払って釈放されたら、この宇宙ステーションのどこかで、また出くわすことになるのかもしれない。
いったいキララは、どこにいるのか?
『あの連中におサラバしたかった』とか言ってたけど、ホントに信用できるのか?
それに、警察は“キララ”を捕まえることができるんだろうか?
目の前に姿を現さなくても、見えない所で、タケルをじっと見ているのかもしれない。
タケルは不安な気持ちで宇宙ステーションの中をうろついた。