未来の少女 キラシャの恋の物語

みなさんはどんな未来を創造しますか?

第2章 未来のスクール ①②③

2021-08-26 20:04:49 | 未来記

2005-01-24

1.子供部屋(1)

 

さて、スクールに隣接したチルドレンズ・ハウスでは、どんな生活を送っているのだろう。

 

MFiエリアの子供は、生まれてすぐから保育コースが修了するまでの間、朝から晩まで同じ年の子が大きな部屋の中で、集団生活をしている。

 

初級コースに進むと、上級コースを卒業するまで、年齢が入り混じった子供部屋で一緒に寝起きする。

 

新しい部屋に入りたての子供は、知らない上の学年の子ばかりの部屋の生活になじめず、今までいた部屋に戻る子がいたり、保護者の家へだまって帰ろうとする子がいたりする。

 

そのたびに、先生やスタッフが、大慌てで子供を探し回ったり、部屋に連れ戻したり、その部屋に慣れるまで、付き添いのスタッフがそばで寝起きしたり…。

 

そんな周りの苦労もお構いなく、子供達は部屋でお互いの権利を主張しては、ケンカを繰り返す。

 

先生もスタッフも、時には怒鳴ったり、涙を浮かべて抱きしめたり、一緒に泣き、笑いながら、新しい環境に慣れるまで辛抱強く見守っている。

 

特に管理が厳しくて、戦争を禁止している平和的なMFiエリアは、ひとときの安住を求める移住者が、一時的に落ち着ける場所を提供した。

 

近くで災害や戦争などがあると、MFiエリアの人口が急劇に増え、時間が経つと、管理の厳しいこのエリアのルールになじめず、潮が引くように人口が減ってゆく…。

 

つまり、他のエリアに比べると、入ってくる人も多いが、出てゆく人も多い。

 

タケルが火星行きを決めた同じ時期、新たに火星への移住を志す親と一緒に、たくさんの子供達がチルドレンズ・ハウスを離れた。

 

これから、この物語を読んでくれる人に、お願いしたい。なるべく簡単に、登場人物を説明したいので、名前はファースト・ネームか、ニックネームだけを使うことを許してほしい。

 

何しろ、ひとりひとりがコードで判別される未来では、ファミリー・ネームは、成人になって働く時の名称として使われるが、子供達同士の呼びかけには使わない。

 

ファミリー・ネームだから、親の名前を継ぐ子供は多いが、スクールを卒業するときに、父親か母親かどちらかを選んで、自分のファミリーネームとする。

 

どのエリアに所属するのかも、自分で選択できる。

 

生まれたときにつけられた名前も、その名前に不満があるとか、自分の気に入った名前にしたいときも、卒業のときに決められる。

 

キラシャと同じ時期に生まれた子供の中には、混乱のさなか、性の暴力行為によって、中絶もできず、生まれた子供達が大勢いる。

 

母親が名前も告げず、子供を手放すことが多かったので、救済措置として、子供が成人するときに、自分で名前を決める権利が、新しいルールによって与えられた。

 

もちろん、有名な人物はスクールのテキストやテスト問題に登場するので、子供でもフルネームを覚える必要があるし、スクールで表彰されるときは、ファミリー・ネームで呼ばれる。

 

ファミリー・ネームが知られることは、名誉ではあるのだ。

 

それから、未来でも男女の区別や差別をなくすことで、平等社会をめざしているが、スクールの中級コースから上級コースになると、女性は妊娠可能な身体に成長する。

 

ピコ・マシンが妊娠をブロックしていても、100%ではない。

 

中級コースでは、スクールにいる間に妊娠すれば、中絶というつらい思いをする女の子がいるということをルールの1つとして、学ぶようになる。

 

チルドレンズ・ハウスでは、男子と女子は別の棟に分かれて生活する。

 

上級コースになって、恋愛学を選択しても、パートナーに会うためにお互いの部屋を行き来するのは、許可が出たときのみ。

 

チルドレンズ・ハウスでは、パトロール隊員が常に移動しながら、パートナー同士の性行為の有無をチェックしている。

 

仲の良い恋人でも、会えるのは、食堂とスクールにいる間だけ。

 

年に一度のヴァレンタイン・デーも、チルドレンズ・ハウスでプレゼントを渡す場合は、受付で相手のボックスに転送してもらうことしかできない。

 

ボックスに入りきらないほどプレゼントをもらう子には、災害時に使用する広い部屋にプレゼントを重ねて置き、後で取りに来るようにMフォンで指示がある。

 

中には、男の子(女の子)の身体で、女の子(男の子)の心を持つ、トランスジェンダーの子供達もいる。

 

卒業すれば、性転換は自由だが、スクールにいる間は、身体の男女で区別し、お互いの気持ちを理解し合えるトランスジェンダーの子供達が、同じ部屋で生活しているようだ。

 

では、キラシャの部屋の住民を簡単に紹介しておこう。

  

最上級生の子は、15歳のケイ。

  

オシャレで素敵なデザインの宝石を見ると、何時間もずっと夢の世界にいられる彼女は、宝石のデザイナーを目指し、卒業後の進路も、デザイナー・カレッジと決まっている。

 

 

デザイナーとしての才能はAクラスなので、あとは卒業テストに合格できれば、それがカレッジへの入学許可となる。

 

上級コースは実技が多いので、卒業テストには、語学やスクールで習った知識や計算力の他に、社会人として必要なルールやマナーなど、どれだけ身につけているかを試される。

 

ケイは恋愛学のパートナーで、同じ年のボブと、仲良くテスト勉強に励んでいる。 

 

恋愛学では、パートナーを選ぶ目を養い、助け合って生活するための心構えを身につけることが目標だから、卒業テストはパートナーと取り組むのが普通である。

 

2人の将来や恋愛についての考えなど、話し合った結果をレポートしなくてはならない。自然と恋愛を楽しむ、雰囲気の良いカップルも出てくる。

 

逆に、お互い背中を向けたまま、しかたなく恋愛学で出された宿題のレポートを作成する、気の毒なカップルもいる。

 

好奇心の強い男の子や女の子達にとって、同じ年ごろの子が相手では物足りない子も多い。

   

そこで恋愛学には、管理局に選出された社会人も、希望者に参加してもらっている。

 

自分のスクール時代に、良きパートナーを見つけられなかった人も、数多く登録しているので、人材に不足することはないようだ。

 

ただし、社会人は登録されるまでにいろいろな検査や面接を受けて、合格した人に限定される。

 

問題は、恋愛学の授業がある時間、仕事を途中で抜けなくてはならないので、その分の給料は会社等から引かれることだ。

 

会社の方は、アルバイトを安く雇って、仕事を回しているが、アルバイトの方が仕事をうまくこなしていると評価された場合、仕事を休んでいた方が不利な待遇に陥りやすい。

 

そういった面も含めて、社会人達は恋愛学を受けるかどうか、慎重に選択しなくてはならない。

 

スクールの生徒達は、Mフォンで登録している人物を検索し、自分の好みの相手を選択する。

 

付き合ってみて、途中で相手を変えたいという希望にも、恋愛カウンセラーによるアドバイスを受けた後、お互いにキチンと話し合いがついてからだったら、変更可能だ。

 

付き合う相手は、必ずしも異性でないといけないというわけではない。

 

トランスジェンダーなど、同じ性の人に興味を持つ生徒は、同じ考えの人を見つけて恋愛学を学ぶことも可能だ。

 

この授業でお互いが好意を持つようになると、人間の自然な成り行きとして、キスや抱擁までは許されている。  

 

ただし、例え社会人であっても、スクール以外の場所であっても、それ以上の関係は、相手がスクールを卒業するまでお預けだ。

  

参加者には、事前にエッチに反応しないようなピコ・マシンが注入されているし、パトロール隊がいつでも見回っているので、スクール内でのみだらな行為は命取りだ。

 

例え、エッチを強要しようとしても、恐怖感や興奮が、すぐに体内のピコ・マシンに感知され、Mフォンが、これでもかと耳をつんざくような警報を鳴らし始める。  

 

この警報が、あまりに長く続くと、Mフォンがすぐに位置と不法行為を通報するので、すぐにパトロール隊員がやってきて、厳重注意を受けることになる。

 

これは、スクールから離れた所でも、適用される。

 

体内のピコ・マシンには、男性には××が働かないように、女性には妊娠をブロックするための機能も追加されるので、マシンの状態に問題がなければ、妊娠は不可能だ。 

 

何とも未来は、味気ない社会だなと思うかもしれないが、ドームの人口調整のためには、やむを得ない措置なのだ。

 

それでも、ほっておくと若い者同士、ちょっとした感情のすれ違いで、ケンカを繰り返しては、簡単に出会いと別れを繰り返してしまう。

 

自分本位で、分別のつかない若者も多い。ちょっとしたことが犯罪に発展して、事件を起こし、大きな混乱にもなりかねない。

 

社会人として、マナーを身につけた上で、性的な防犯対策として、恋愛学が設置されたというわけだ。

 

恋愛関係に役立つような経験を積み重ねながら、自分に合った相手を見つけることで、より良い人生を送ることも、この授業のねらいである。

 

 

さて、話がそれてしまったが、この部屋の最上級生ケイは、この恋愛学で良きパートナーを得たようである。

 

幸せそうなハートを周りに飛ばしながら、2人の新しい生活のために、迎えに来たボブと楽しそうに買い物へ出かけている。

 

しかし、こんな素敵なカップルがそばにいると、キラシャは大好きだったタケルを思い出しては、涙が出そうになる。

 

あんなに信頼し合っていると、思っていたタケルなのに…。

 

タケルが一言も何も言わず、目の前から消えてしまったこともショックだったが、火星に行ったまま、上級コースになってもタケルが帰って来なかったら…。

 

ケイのような、お似合いのパートナーに出会えるンだろうか…? キラシャは、日増しに不安な気持ちになり、ため息をついては自分の将来を思った。

 

2005-01-28

2.子供部屋(2)

 

キラシャの部屋の住人は、卒業前のケイを含めて今のところ20人弱だが、明日になれば何人に変わるかわからない。

 

主な人物の紹介をしておこう。

 

14歳のルディは、理知的な上級コースの2年生。宇宙ステーションで生まれたが、流星騒ぎで命からがら家族と地球へと戻って来た。

 

それでも、いつかは宇宙へ帰りたくて、将来は宇宙船の飛行士を目指している。

 

宇宙でどんな危険に遭うかわからないから、ドームの外出許可を取るための厳しい訓練を受け、スポーツはオリン・ゲーム(オリエンテーリングの未来版)を選択している。

 

オリン・ゲームは、初級・中級・上級レベルに分かれている。

 

スクールでも、スポーツの選択科目のひとつで、大人になっても、この競技に参加を希望する冒険好きな人は多い。

 

初級・中級レベルは、ドームの中で行うが、上級レベルになると、ドームの外で行う。

 

ドームの外は風も強く、視界も悪い。何が起こるか予測できない危険もあり、天候の急な変化によって、行方不明になった生徒もいたようだ。

 

この競技には、スクール時代にその魅力に取りつかれた人が多く、社会人の参加も可能だ。

 

エリアの大会もあり、上位に入賞するとバッジももらえる。冒険好きな子供には人気があるが、子供の危険を心配する保護者には不評だ。

 

上級レベルのチームは2人1組で、相手は誰と組んでも良いが、危険を伴うので、たいていは恋愛学で知り合った、信頼できるパートナーを選んでいるようだ。

 

ドームの外出許可証を取り、2人で練習を積み重ねて、パートナーと仲良くやっている姿をみんなにも見てもらいたい、といった動機で参加する者もいる。

 

ルディも付き合って2年目のジャンと、仲良くオリン・ゲームのトレーニング。ルディもきれいだが、同じ年のジャンもカッコいいので、みんなからうらやましがられている。

 

 

13歳のキャメルは、上級コースの1年生。目がパッチリして背も高く、モデル志望。ただ、声がアニメの声優のようで、怒り出すとキンキン声になってしまう。

 

恋愛学はようやく1年かけて、納得した相手を選べたようだ。相手のウィルは社会人。アニメが大好きで、特にキャメルの声が気に入ってるらしい。

 

  

中級コースのコニーとカシュー。2人はいとこ同士。年齢は12歳と11歳で、担任の先生に直訴して、同じ部屋になった。

 

2人ともマイペースで、流行りの曲にアレンジを加えて、ダンスを楽しんでいる。将来は、テーマ・パークのダンサーが目標だ。

 

男性にはあまり興味がなく、なるべく2人でいる時間を増やしたいので、恋愛学は一緒に受けようと相談しているらしい。

 

そして、まだ10歳のキラシャ。 

 

明るくて愛嬌はあるのだが、じっとしているのが苦手。自分でも気がつかない間に、目立ったことをしてしまっている。

 

上級生には説教され、イジメっ子にワナをはめられ、しょっちゅう痛い思いをしている。

 

負けず嫌いで反射神経も抜群なので、やられたらすぐにやり返す。だから、反省ルームや裁判のお世話になることが多いのだ。

 

 

中級コースのリコも10歳。チルドレンズ・ハウスでは、誕生日を月ごとに祝うのだが、キラシャの方がひと月だけお姉さんだ。

 

 

キラシャの通うスクールでは、毎年、進級テストと卒業テストが終わった後に、さまざまな分野で優秀だった生徒の表彰式がある。

 

MFi語や共通語で、テーマのある主張をする生徒。特殊な知識・技能を身につけた生徒。スポーツで活躍した生徒。

 

芸術分野で才能を発揮した生徒。ルールを守り、スクールの評判に貢献した生徒等。

 

そして、恋愛学は卒業生の中から、模範となった最優秀カップルが表彰され、さらに生徒による投票で、ベストカップル賞が選ばれる。

 

この栄誉を勝ち取った2組のカップルは、周りの声援を受けながら、ステージの上でお互いにハート・マークのバッジを胸につけ合い、熱いキッスを交わすのが恒例になっている。

 

 

共通語をうまく話せないキラシャと違い、リコは流暢で、いろんなエリアの言葉で簡単な会話もできる。成績も良いので、表彰されることが多い。

 

キラシャはこれまで、イルカの調教と水泳の素潜りの優勝で表彰されただけ…。

 

海洋牧場にいる魚の名前なら、おじいさんに教えてもらったので、たくさん知っているが、スクールの成績にはあまり関係ないので、表彰されることはない。

 

ちなみに、ここで表彰されることで、希望のカレッジへの推薦という道も開けてくるのだ。

  

 

2005-02-02

3.子供部屋(3)

 

子供部屋の住人の説明に戻ろう。

 

キラシャと同じくらいの学年には、ユワン・ミニョ・マラ・タリ・ムタキ・ニアヌという、地球上のあちこちで発生する、エリアの紛争から逃げて来た難民の子供達がいる。

 

この子供達は移民クラスに在籍していて、スクールではほとんど会うことがない。

 

スクールでは、難民の子供達の実情を授業で学んでいるから、一緒の部屋にいる間に、このエリアが安全であることを伝えて、安心してもらえるよう先生から指導を受けている。

 

同じ地球上で、これほど便利な世の中になっていても、同じ人間同士が戦争で殺し合いをする状況が続いているエリアも、まだあるのだ。

 

ただ、エリアによっては、内政不干渉を主張する政府もあって、難民の子供達が打ち解けて話せる状況にない場合が多い。

 

自分のエリアで起きたことを話すと、後でまた怖い目に遭うのではと、口を閉ざす子もいる。同じ部屋の子は、気にかけながらも、そっとしておいてあげることしかできない。

 

今いる子供達も、次の受け入れ先が決まると、すぐに出て行ってしまうので、残念だが名前だけにしておこう。

 

 

この部屋で一番にぎやかなのは、やんちゃな9歳で、マフィとミディの双子姉妹かもしれない。

 

双子はたいてい仲が良いし、区別がつかないくらい似ているということで、同室にされたのだが、この2人がケンカを始めると、周りまで翻弄してしまう。

 

マフィとミディのケンカが何度も重なると、面倒見の良いキラシャも、さすがに切れてしまい、「悪いのどっち?」と2人を問い詰める。

 

騒ぎが大きくなると、一番大きいケイが怒鳴り始め、それでも聞かないと、3番目のキャメルが金切り声を張り上げる。

 

キャメルの発する耳をつんざくような金属音に、誰もが耳をふさぎ、ケンカを忘れてみんなおとなしくなるが、双子姉妹はまだふくれた顔をして、不満を持て余している。

 

それに気づいたルディが、次の最上級生の役目として、2人の間に入って話を聞いてやる。

 

それが、この部屋にいる子供達のケンカの治め方だ。

 

 

それから、中級コース9歳のキャシー。探究心旺盛な女の子で、スクールで飼っている動物や虫や植物の面倒を見るのが好き。 

 

初級コースで、8歳のレイカ。マイペースながら、Mフォンで知り合った相手と、ゲームを楽しんでいる。

 

初級コースで、7歳のサンディとユキ。

 

2人とも、入って来たばかりのころは、ちょっとしたことで泣きじゃくって、周りをあわてさせたが、レイカと3人で仮想空間のゲームを始めてから、仲良く遊ぶようになった。

 

仲が悪いと、先生がメンバーを変更することもあり、ケンカがひどくなると別のスクールへ転校する子供もいるが、この部屋はわりと仲良くやっているようだ。

 

部屋で大ゲンカをすると、他の部屋からも苦情が出るので、その部屋の全員が廊下の罰掃除を行うというのがチルドレンズ・ハウスのルールだ。

 

誰かが部屋の掃除をサボった場合も、みんなの責任になるので、いやでもお互いをかばって掃除の担当を変更したりする。

 

チルドレンズ・ハウスから卒業するまでの間、同じ部屋での生活を続けていると、兄弟姉妹のような感情が生まれ、卒業してからは、お互い困った時の相談相手になることもある。

 

ケンカばかりで、いやな思いが残る子もいるが、子供同士が触れ合いながら育った思い出は、大人になるほど強いきずなとして、感じられることがあるのかもしれない。

 

 

タケルが、スクールからいなくなった日。

 

部屋に戻ったキラシャはたまらなくなって、最上級生のケイに抱きついて泣き出し、タケルへの気持ちを延々と打ち明けた。

 

日頃は、恋も知らず元気がとりえのキラシャ、としか見ていなかった部屋の上級生も、いつまでも泣き止まないキラシャを可愛そうに想って、だまって話を聞いてやった…。

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第2章 未来のスクール ④⑤

2021-08-26 19:44:56 | 未来記

2005-02-14

4.タケルに会いたい…

 

日を追うごとに、キラシャのタケルに会いたいという気持ちは、どんどん強くなってゆく。

 

いつも悪ふざけばっかりしているケンとマイクが、心配してゲームに混ぜてやるが、元気を取り戻したかなと思うと、フッーとため息をつくキラシャ。

 

学習ルームにいる時は、メールしたらすぐに返って来たのに、あれからいくらメールを送っても、タケルからの返事はない。

 

メールは届いているはずなのに…。

 

 

ある時、キラシャは希望を見つけたように、ふと思った。

 

『タケルの出発まで1週間あるって、ユウキ先生は話してた。

 

もし、ユウキ先生がタケルの居場所を教えてくれたら…。絶対会いに行きたい。だって、話ができれば、このモヤモヤした気持ちがパーって吹っ切れるかもしれないじゃない』

 

大好きなスポーツでさえミスをして、厳しい先生にやる気がないと叱り飛ばされ、これ以上平常点がマイナスになると、成績の悪いキラシャは確実に落第してしまう。  

 

『もし上級コースに進めたとしても、タケルがいない恋愛学のパートナーに、いったい誰を選べばいいんだか…   

 

いっそのこと、タケルが戻ってくるまで、落第しちゃおうか。でも、パパはきっと怒るだろうな。タケルは…、やっぱり怒るかな?

 

タケルだって、成績良くなかったモン。相談したら、…なんて言うだろう?』

 

…とは言うものの、タケルへのメールには、この切ない気持ちを伝えられない。

  

せめて、タケルへの連絡先を知りたいが、まず、ユウキ先生に相談してみなくてはならない。

 

だが、キラシャがタケルに会う理由を見つけられないまま、1週間が過ぎようとしていた。

 

 

タケルが火星へと出発する日。

 

午前の授業が終わると、学習ルームを出ようとするユウキ先生をぎゅっとつかまえて、キラシャは勇気を振り絞って、タケルに連絡を取るための許可を願い出た。

 

ユウキ先生は困った顔をしながらも、キラシャのただならぬ様子を心配して、声のもれない相談ルームに連れて行った。

 

ユウキ先生はすぐにカウンセラーを呼ぼうとしたが、キラシャの気持ちは、タケルと話すことでしか解決しないのだ。

 

 

キラシャは、すがる気持ちで先生を見つめた。

 

それを察した先生は、キラシャを諭すように言った。 

 

「出発の近いタケルに、面会を申し込む子は多かったが、実際に話をした子はいないよ。

 

一応、タケルの気持ちを聞いてはみるが、今まで言って来た子は、みんな断っていたぞ。

 

もし、君が同じ結果でがっかりしても、先生は責任を負えないよ。

 

先生がタケルなら、こんな風に慕う子を拒否するなんて、もったいないことしないのだがね…」  

 

先生は、キラシャにそれでも良いかと確認をしてから、Mフォンでタケルを呼び出した。

   

『きっと、パスボーを応援していたタケルのファンの子達も、あたしと同じ気持ちだったんだろうな。ダメでも、先生にはお礼を言わなくちゃ』

 

キラシャはユウキ先生に向かって、深々と頭を下げた。

 

タケルの着信音だろうか、戦艦ヤマトの音楽が聞こえる。

 

音が切れると、先生のMフォンの先に、タケルの顔が見えた。

 

「タケル、良かった。ちょっと元気がないな…。みんな心配しているんだぞ。今、そばにキラシャがいる。時間がないから、キラシャに代わろう」

 

先生は、すぐに自分のMフォンからキラシャのMフォンへと転送した。

 

キラシャは、お気に入りのアニメの着信音が鳴り響くMフォンをあわてて出し、目の前に浮かび上がったタケルを見つめた。

 

「君達が話せる時間は、300secだ。

 

時間が来たら、先生の所へ自動的に転送されるからね」

 

先生は、キラシャの頭をポォーンとたたき、その場を離れた。

 

キラシャは、急いでMフォンの時間を確認して、目の前に浮かぶタケルを見つめた。

 

タケルは、少し青白い顔をしていた。

 

キラシャがいつもより明るい調子で「元気だった?」と声をかけると、タケルはぼう然とした顔をして言った。

 

「キラシャ、会いたかった…」

 

キラシャの目から、ボロッと涙がこぼれた。

 

『タケルもあたしに会いたかったのか…』

 

タケルも涙が出そうだったが、歯を食いしばって言った。

 

「メールありがとう。でも、返事を出したら、せっかく決心した火星行き…」

 

キラシャは涙をぬぐって、急いで口をはさんだ。

 

「いいじゃない。火星行きなンてやめちゃえば…。どうして、そんなことになったの?

 

ケンもマイクも、みんな怒ってるンだ。あたしだって、もう、絶交だって思ったモン!」

 

タケルは、キラシャの抗議に戸惑いながらも、こう言った。

 

「パパとママが、火星へ行こうって。

 

…2人とも医療技師を始めたころから、ずっと火星で研究したかったンだって。

 

…オレは、パスボーがしたかったけど…

 

でも一緒に行って、何か新しいことを発見してみたくなったンだ…。

 

今までの自分になかったものが、見つけられたらいいなって」

 

キラシャは叫んだ。「そんなの、ここでも見つけられるじゃない!

 

パスボーだって、誰にも負けてないじゃない。

 

それ以上に、タケルは何が欲しいって言うの?」

 

タケルは、だまってうつむいた。

 

「それにさ、なぜ、もっと早く教えてくれなかったの?

 

あたし、タケルと一緒に外の海に行ってみたかったンだよ!

 

上級コースになったら、2人で組んでオリン・ゲームにも出たかったのに…。

 

11歳になったらドームの外出許可取って、外で早く動けるように、必死で訓練してたのに…」

 

   

「…キラシャ、だまっていて、ゴメン。

 

キラシャの悲しい顔、見たくなかったンだ。だから、家族にも話さないように頼んだンだ。一緒に食事したら、すぐに顔に出るからって…。

 

絶対、キラシャが反対するのわかってた。

 

だけど…、オレ、またキラシャに会えるって…」

   

「…すぐには帰って来れないの? 

 

5年も10年も先のことなんて、あたしにはわかンないよ!

 

お願いだから、火星へ行かないで! 

 

あたし、ひとりでどうしたらいいンだよ…。

 

タケルがいたから、勉強できなくても、今までがんばれたのに…。

 

タケルがいなくなったら、あたし落第だよ…。

 

ひとりで、上級コースへ進級できないよ…」  

 

「キラシャ。オレだって、がんばって頭に詰め込んでテストに合格して、やっと、火星行きが決まったンだ。もう、今じゃどうしようもないンだ。

 

…オレ、今はうまく言えないけど、キラシャにはわかって欲しい。

 

いつか、話せる日が来ると思うから…」  

 

キラシャは、タケルの頬を伝う涙を見つめた。

 

タケルには、何か大事なことがあるのだと感じた。

 

キラシャのMフォンが、「300secまで、残り10secです」と告げた。

 

「わかった。…もう時間だね」

 

そして、タケルに気持ちを込めて、キラシャは言った。

 

「タケル、…愛してる。いってらっしゃい!

 

きっと会おうね。

 

メールしてよ! 約束だよ!!」

 

キラシャに涙を見せてしまったのが恥ずかしいのか、愛してると言われてテレてしまったのか、タケルはうつむき加減で、涙を乱暴にふき取りながら言った。

 

「キラシャ、わかった。絶対、忘れやしないよ…。元気でな…」

 

その言葉を聞いて、ちょっと満足したキラシャの姿が、ぼんやりとタケルの前から消えた。

 

 

入れ替わりに、タケルの前に先生の心配した顔が現われた。

 

タケルは鼻を赤くしたまま、照れくさそうにお礼を言った。

 

「先生、ありがとう。突然でびっくりしたけど、キラシャと話ができて良かった」

 

しかし、先生は「今まで断った子にも、ちゃんとお詫びのメールを送っておいた方がいいぞ」と注意した。

 

そうでないと、これがもれたら、みんながキラシャをイジめるから…。

 

 

2005-02-18

5.タケルの旅

 

宇宙旅行への手続きを終えたタケルは、家族とともに火星行きの宇宙船に乗り込んだ。

 

彼は、得意なパスボーで、相手を攻め続けて得点することに夢中になるタイプだから、自分を振り返って考えることなんて、これっぽっちもなかった。

   

あれほどにぎやかで、わずらわしかったチルドレンズ・ハウスの毎日が、日増しに自分と関係のないものになってしまったんだと、感じるようになった。

 

 

火星への道のりは、思ったより長かった…。

  

この船は火星に向けて、医療物資を運ぶための専用船で、途中、宇宙ステーションに立ち寄って、新しい機材で住民への身体検査や運動能力の測定を行い、人体に関するデータを収集している。

 

超音速宇宙船に比べると、何倍も時間がかかるので、子供はたいくつな日々を持て余していた。

 

常に動く敵のチームと戦っていたタケルにとって、多少からだを動かせても、周りに変化のない生活が、これほどたいくつでやる気をなくすものだとは、想像もしてなかった。

 

大切な医療機材を積んでいるので、乗組員達はうろつく子供に対して厳しい。タケルが機関室や倉庫に近づいただけで、ゴキブリのように追い払われる。

   

さびしそうにしているタケルを見かけて、両親は心配そうに声をかけてくれるが、厳しい訓練で独立心の芽生えていたタケルは、かえって子供扱いされるのをいやがった。

   

かといって、タケルほど激しいスポーツが得意だという男の子は、見当たらない。

 

共通語が苦手なタケルは、定期的に行われる授業に参加するだけで、友達を作って会話しようという発想がなかった。

 

タケルには、別の目的があったからだ。

 

 

気晴らしに、船内をグルグルと散歩していると、タケルの顔をチラッと見ながら、女の子の集団が、楽しそうに話を咲かせている。  

 

スクールで見かけた子も、何人かいた。

 

自分のうわさかな? と気づくと、思わず笑顔で答えても、照れくさくて話の中に入ることができない。

 

タケルは内心くやしい思いをしながら、女の子の集団から離れて行った。

 

トレーニング室では、いろんなエリアの言葉が飛び交っていたが、スポーツ好きの大人も集まって、地球からのスポーツの映像を見ながら、なつかしそうに雑談している。

 

何を話しているのか、時々耳を傾けながら、タケルは黙々と自分のトレーニングに励んだ。

 

定期的に行われる授業や食事で同席する子とは、ありきたりな雑談を交わすが、自分から進んで友達を作ろうとしないタケルに、周りの子も少し距離を置くようになった。

 

担任のユウキ先生が、タケルの乗った船のメール・アドレスを紹介してくれたおかげで、しばらくはタケルのMフォンに、読み切れないくらいのメールが入った。

 

パスボーを応援してくれた子や、パスボー仲間、同じクラスの子達からは、急にいなくなったタケルのことを心配するメールもあったが、怒りのメールが多い。

 

みんながキラシャをイジめるという先生の言葉も、わかる気がした。

 

『キラシャも負けず嫌いだから、メールに困ったなんて入れてないけど、いろいろ言われてるンだろうな…』

 

タケルはみんなにちゃんと話をしてから、出てくれば良かったと後悔した。

 

とは言うものの、自分のことを冷静に、みんなに説明できるほど、タケルは自分の気持ちの整理がついていなかった。

 

そんなためらいがあって、ファンだった子から、直接話がしたいという、宇宙船のメッセンジャーからの通知に、タケルは断りの伝言を頼んだ。

 

キラシャに会いたかったのは、小さいころから自分の気持ちを素直に言える相手だったから。

 

それでも、タケルが自分の秘密を言い出せないまま、キラシャにわざと不機嫌な態度を取ったのは、タケルのプライドからだろうか。

 

タケルは、相手になめられるのをキラった。女の子に同情されるのも、大キライだ。

 

ただ、キラシャに愛してると言われて、悪い気持ちはしないし、上級コースのオリン・ゲームだって、キラシャと2人なら、ダントツで優勝できる自信はあった…。

 

でも…。

 

タケルは、「まいったなぁ」とつぶやいた。

 

『ケンにダン、それにヒロ。今ごろ何やってるンだろう。

 

ケンは、オレよりキラシャのことを気にしていたから、きっとキラシャが困った時には、助けてくれるさ。

 

ダンだって、弱いものイジメはキライなんだ。オレやキラシャがイジメに巻き込まれた時も、加勢してくれたっけ。裁判になれば、オレよりあいつの方が、要領いいからな。

 

ヒロとは、パスボーのことで、殴り合いの大ゲンカしたっけ。ヒロの異次元の研究が認められて、バッジもらえるトコだったのに。

 

おかげで、ヒロのバッジも、飛び級の話も、パァになっちまった。

 

ヒロさえだまってたら、上級コースやカレッジなんか飛び越えて、ラボラトリでやりたい研究、バンバンできるのに…。

 

オレが悪かったってあやまったら、ヒロは、あれで良かったンだって…。

 

言いたいことが言える仲間がいて、やりたい放題ケンカができて…

 

オレ…何て幸せだったンだろう。

 

殴り合いのケンカだって、もっとやっとけば良かった。今みたいに、何にもできないより、全然やった方がましだよ。

 

この病気さえなかったらなぁ…』

 

タケルの気持ちは、深く沈んだ。

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