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今日のころころこころ

2020・7・15 江戸城の天守は再建されなかったのだった

一週間後にGoToキャンペーンが始まるというここにきて各方面から懸念の声が上がっている。
だろうな。
そもそも、のっかる人はのっかるだろうけど、本音では迷惑がられているところへ出かけてどこまで楽しめるかだわな。
ま。
国立近代美術館まで来たら江戸城の几号水準点チェック。


北桔橋門から皇居東宮御苑。


几号水準点は健在。




タイサンボクの花がまだ咲いていた。
甘い香りが漂う。


桃華楽堂の方からはなにやら楽器の音がする。
近江ナンバーの車が横を通り過ぎていった。

皇居東宮御苑はなかなかに人気の観光スポット。コロナ禍前は雨が降ろうがなにが降ろうがかなりの観光客でにぎわっていたのだけど閑散としている。
番号札も渡されなかったな。目視で管理できる程度の入場者数なんだろう。
なんとなくぼんやりと眺めていた。
そういえば、結局江戸城の天守は再建されなかったのだ。
明暦の大火で寛永天守が焼失したのは明暦3年(1657年)。
再建計画はあったものの、大火からの復興を優先させたのと財政事情が下り坂になっていたことが相まって再建されぬままに今に至る。

だいぶ削られてはいるけど江戸城のスケールの大きさは今でもすごいと感じる。
そりゃ花のお江戸のまん真ん中の将軍さまのお住まいだ。

それにしても、あの時代にこれだけのスケールの城に天守を再建しなかった(あるいはできなかった)というのも、考えてみたらかなりの決断だったのではないだろうか?
COVID-19に席捲され更にはあちこちが水害で痛めつけられている令和2年7月の日本列島。
前回のように休業要請と休業補償をセットにしたくともCOVID-19の第一波の財政出動でもはやどこも余裕がない。
GoToキャンペーンを焦るのもわからぬではない。
ないけど、今の天守とはなんぞや?などとわけのわからぬことを思うのだった。





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