ご隠居さん:自我や世間の枠にとらわれず、社会の潤滑油となりたいものです。 AI時代は 人間らしい自由な発想がカッコいい

年を重ね、経験を積むにつれ、その時々の思いも変わっていく。その足跡を残しておくために

初心

2007年07月10日 | Weblog
保険金の未払い、温泉施設のガス爆発、社会保険庁の年金記録漏れ、肉の違法な加工など、次から次に大きな問題が見つかっている。事実は以前から、連続的に行なわれているはずだから、組織内部や関係役所ではある程度分かっていたこと。

最近の不祥事をみて、”慣れ”とか”鈍感さ””無関心”が社会全体に蔓延していることを強く感じる。(問題が表に出ると、これでもか!とばかりにタタキのめす国民性もイヤなもの)
何でもそうだが、持ち場、立場の使命感なしには、「悪貨は良貨を駆逐する」

使命感:いつも自分なりの初心を思い出すこと。
初めて給料を手にしたときの感動、小さな自分の仕事の成果として赤の他人が喜んでくれたときの喜び、そういう初心は”いつでも、どこでも、誰にでも”大切なことだろう。

今は、いろんな欲の塊の政治家も、高い志で世直しを決意してスタートしたに違いない。経営者の中には、最初から功名心と儲けだけの人もいるだろうが、ほとんどは社会への貢献についても思いを馳せて起業したはず。
それが、いつの間にか変質(進化or退化)し、自分を見失ってしまうのか・・・

ささやかだが、僕の場合は、初めて社会人になったとき、机の上に二つの言葉を貼った。右に「切磋琢磨セッサタクマ」左に「和而不同ワシテドウゼズ」

振り返れば、サラリーマン生活を通して、折にふれ、この二つの言葉を思い出し、勇気と自分流のスタイルを試行錯誤してきたように思う。
組織の歯車に成り下がらないゾ! ただのサラリーマン根性は卑しい!
チームワークを大切にする日本の組織風土では、損をすることの方が多かったかもしれない。とくにバブルがはじける1980年代の日本的経営のピークまでは。
その一方では、自分自身に失望することは少なかったと言えるかも?
よく思ったことは、
「組織の使命などというものはアテにならない、確かなのは組織の中で、個人の規範・使命感がそれを支える。」ということ。
最近の組織的な不祥事で、その背景や原因をみて、このことをますます痛感する。
内部告発にではなく、個人の仕事への使命感に期待したい。
これは”美しい日本”にも通じる。

老若男女、みな自分のいろんな段階での”初心”を思い起こそう!
意味深い人生とするために。

能の世阿弥、晩年の著書「花鏡」にある言葉:
是非とも初心忘るべからず(是非によらず、修行を始めたころの初心の芸を忘るべからず ) 時々の初心 (修行の各段階ごとに ) 老後の初心 (老後、老境に入った時も )


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