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旅する骨董屋 喜八

チベット圏を中心にアンティークや古民芸・装飾品を旅をしながら売買する喜八の、世界の様々な物や人その文化を巡る旅のブログ。

チベットのアンティーク家具

2023年05月24日 | 古い物




チベットの古い家具の事です。

ターコイズと共に良い家具は姿を消しつつある。

「これは無くなる、無くなる」と言いすぎて、
無くなる詐欺男と言われそうだ。

だが、
商売をやっている身としては、
まだ数が有る物をわざわざ言う必要は無い。

密かにたくさん仕入れ、売れば良いだけの話である。

そもそも家具自体をメインに僕は扱っていない。

あえて言うのは、
このブログは僕が感じたことを好きに書くだけのブログだからです。

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さて、先日のネパールの事です。

ある日、僕は友達とお茶をしていた。

いつもお茶してるので暇だと思われるかもだが、
これも仕事の内で、
常に頭と感性を働かしています。
24時間毎日仕事でもあるのです。

「チベットの古く良い家具を探してるんだけど、なかなか無いね。
有っても凄く高いし」とフト、僕が言うと、
「だったら〇〇が持ってるんじゃないかな」と
彼の友人の電話番号を教えてくれた。

友達は続けて「俺の名前を出せば話が早いよ」と言ってくれた。

僕はその番号に電話をして
「俺、〇〇(友人の名前)の友達で、チベットの家具を探してるんだけど、持ってるかな?」と
聞いた。

唐突だった僕の連絡に、
電話口の彼は、
「そーなんだ、OK。家具は有るよ。見にくる?」と
快く答えてくれた。

余談だが、
僕の友人はチベット人で、チベット人は同じ名前が凄く多い。
生まれた曜日で名前が決まる事も多いので、
「どの〇〇だ?」と言う問答の繰り返しは日常的な会話になる。

この時も、「何処何処の〇〇だよ」と言う感じで意思疎通をした。
因みに、正確にはチベット人には苗字という概念は元々はない。
公的書類上では苗字となるが、本来は苗字ではないらしい。

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場所を聞き、
時間を決めて向かった先は、
チベット人地区の奥の小道の先。

普通のマンションの鉄の扉の前だった。

高い扉の奥は見えない、
看板も何も無い所であった。

一瞬、
「場所ここで合ってるかな?」と思えたほど、
教えてくれなければ分からない場所だろう。

扉の前に立っていたのは、
痩身で背の高い若いチベット人男性だった。

笑顔で挨拶を交わすと、
「もうすぐ親父が来るからさ」と言い、
鉄の扉を開けて中へ迎い入れてくれた。

シャッターの閉まったフロアを開けてくれると、
ガラス越しに、
チベット家具が積まれているのが透けて見えた。

薄暗い中に入ると、彼は電気をつけてくれ、
蛍光灯に照らし出されたのは、
ワンフロア丸々の広いスペースに無造作に並べられた家具の数々。

そこは店というより倉庫であった。

場所と佇まいから小売店ではなく卸なのは明らかだった。


やがて、店に老齢な男性が入って来た。

少し猫背で質素な服を着た、
背の低いそのチベット人がオーナーだ。

年齢から見るに、
現地でファースト・ジェネレーションと呼ばれる、
チベットの古い物の売買を生業とし始めた最初の世代らへんだろう。

チベットやネパール、その他のチベット圏では、
アンティークと呼ばれる物の売買商売の歴史は浅い。

チベット本土ラサでもネパールのチベット地区でも、
仏塔の周りの巡礼路の路上で売り始めた人が集まり出したのが、
最初の始まりであったらしい。


物腰の柔らかい、その老齢な男性と挨拶をすると、
彼は店内を案内してくれた。

まず僕の目に止まったのは、
センゲェ(チベットの白い肌に緑色のたてがみの獅子)柄の棚机であった。

カトマンズの某地区で見かけるような古加工した家具類ではなく、
明らかに古いオリジナルだった。

「それは売れちゃったんだ」

主人は優しく言う。

「アレとコレとアッチも売れてて、発送待ちなんだ」

聞くところによると、
一般のチベット人が手持ちのジー・ビーズを売り、
そのお金で纏めて買ったとの事である。

売れたどの家具も古いオリジナルで、
僕が好む動物柄が描かれていた良い物であった。

試しに値段を聞くと現実的な値段であった。

もしコレらがカトマンズの高級店にあったならば、
値段は何倍にもなるであろう。

「そっちは地元のネパール人が買ったんだよ」と
主人は続ける。

後日、トラックの荷台に積まれる場を見たが、
何個ものチベット家具、主に机類であった。

え?

そんな勢いで売れているんですか?

卸と言っても古く良い家具はソレなりに値段はする。

しかも買っているのは業者でなく、一般人だ。

それが勢いよく売れているのだ。

チベット家具は早い段階で欧米人に見出されてきた。
専門書も出ている。

100万円以上のチベット家具が並ぶ高級店もあり、
一部のお金持ち欧米人観光客などが買っているのも知っていた。

しかし、急速に売れる類の物ではないと個人的には思っていた。

何が起こっているのか?

僕は不思議は気持ちになった。
少しの焦りと共に。


話は逸れるが、
チベット人地区には家具を扱う店はある。
新旧家具含めてだ。

そりゃ、古いチベット家具は
全く残っていないかと言えば、
有るには有る。

チベット本土にだって残ってはいるが、
発送関係を以前確認した事があるが、
かなり大変だ。

そして、
時には高すぎる金額であったり、
普通の物であったり、
特段、目を引く魅力ではなかったりするのである。
まぁ、良い物もまだ残ってはいるけどね。

以前から知る、
ある他の店は修復場(古い家具は汚れてたり壊れてたりする)兼倉庫を持っているのは知っていたが、
今回その店に行き、倉庫を見せてと聞いたら、今はその倉庫は閉めて、
「古い家具の在庫は全て売れてしまったよ」と言っていた。
残っていたのは新しい物が殆どであった。

他の店でも「中国人が数個まとめて買ってったよ」と言われる。

もしこれが短期的な偶然や嘘であったならば、
冒頭の僕の「チベット家具はなくなる」と言う言葉は、
事実とは異なってくるだろう。

むしろ、
チベット家具の美しさに惚れ込んでいる僕的には、
間違いであって欲しいと願うのだが。

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「最近は、古い木に新しく絵を描いて古く見せる家具が増えたよ」と
老齢な主人は言う。

もちろん、
新しく描いた絵が悪いと言うわけではなく、
古く擦れた古い絵より、見方によっては見た目は良い。

僕は物の持つ物語と、
古い迫力が美しいと思っているが、
真新しいチベット柄の絵でも、良さはあると思える。



ホテルに飾ってあった物。
センゲェ柄がかわゆい。
こーゆーテイストは個人的に好き。
古さや物語にこだわらなければ、
新品完品も良い。一般受けもするだろう。



一方、
オリジナル。
買うかどうかマジで迷った。
元々は真っ黒だったらしい。
多くの古い家具はクリーニング(汚れを取る)をするとの事。
時には割れた場所を修復してるのもある。

広い店内を歩いていると、
仏の絵が描かれた良い経板があり、
僕が持ち上げると、
「それはそんな古くないんだよ。だからと言って偽物じゃないよ」
と主人は言う。

どうやら、実際に寺院で数十年使い込まれ、
汚れて経年変化して古くなってしまった物だと言う。

もし100年以上前の本当に古く良い(金彩等)オリジナル物であれば、
現地でも安くても数十万円〜100万近くはするチベットの経板。

「値段も〇〇だよ」と現実的な金額を言う。

僕は彼の正直さに驚いた。

真面目か。

多くの家具類に目を通し、
僕の惹かれたのは二点だった。

一点は、
マハーカーラが描かれた大きいキャビネット。

もう一点は、
密教ゴリゴリの古い戸。

キャビネットは、もし外国であれば、
即博物館か美術館に入るレベルだろう。

少なくとも、本には載せられる物であろう。
値段が僕には無理だったので泣く泣く見送った。
そもそも大きすぎるので、
買えたとしても日本までの発送が難しい。

主人は「日本には送った事がないんだよ」とも言う。
裏を返せば、ここで日本人が買った事はないのであろう。

もう一点の密教図柄の戸に、
僕は焦点を絞った。







髪の毛の生えたミンゴォ。
タントリック(密教)図柄で埋められている。

変態、丸出しである。

密教の家具自体は寺院来歴となるので、
密教図柄のオリジナルのチベット家具がそもそも少ない。

密教寺院から出てくる物自体が少ないのは、
前から僕も知っていた。

希少なのは明白だが、
ここまで密教、タントリック丸出しとなれば、
理解する人を選ぶだろう。

「珍しいでしょ。これは〇〇世紀のオリジナルなんだ」と
主人は言う。

物は間違いなく素晴らしい。
だが特徴的すぎる。

日本では売れないだろう、僕は直感的に感じた。

しかし、
僕はどうしても欲しかった。

現代アートとしても通用するであろう、その圧倒的な姿。

絵画の世界であれば、
数十万とか数百万円する絵は当たり前にある。

そう考えれば安い買い物だ。

僕は買うのを決めた。

「君、珍しい物を選ぶね。変わった眼をしてる」

主人は優しく微笑んだ。

---

僕は以前からチベットの古い家具を個人的に美しいと感じている。

「良い家具は、もうなかなか入って来ない」と、
何処で聞いても同じ事を言われる。

「全部、売れちゃったらどうするの?」と
僕は主人に聞いた。

「さあ?どうするかね」

老人は静かにつぶやいた。



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