6.3. 濱吉、山に上る
翌朝は台風一過の良い天気で空は晴天で青空だった。
しかし、山々の頂きは霧雲に覆われていた。
神奈備山は中腹から山頂にかけて霧雲がかかっており山頂は見えなかった。
麓の暖かく湿った空気が山に登っていき冷やされて霧雲となっていた。
青い空と緑の山の間に白い雲がまるで綿のように浮いていた。
濱吉達は坂元を案内人にして神奈備山を上った。
濱吉は九十九折りの登山道をゆっくり上っていく。
濱吉にとって、このような登山は初めてのことだった。
段々キツくなってくる。
「まだか?」「まだか?」と何度も坂元に尋ねる。
坂元は申し訳無さそうに「中腹まであと半分位です」とか「もうすぐ霧が晴れますから下を展望できます」と説明する。
霧に隠れていた太陽がはっきりと見えだした。すると、坂元が言ったように霧が晴れて周囲が見渡せる様になった。
江の川が悠々と流れていた。真下に江の川が流れていた。
濱吉は高いところが苦手であったが、高所恐怖にはならなかった。逆に爽快感を味わっていた。
眺望が開けたことと、小休止をとったことで濱吉は元気が出てきたようで「さぁ、先を急ごう」と言った。
暫くして、一行は中腹の平地に到着した。
この平地は二段になっており、上下それぞれ約300坪の平地であった。
この上段平地の一部が整地されており一宇の草庵が建っていた。
濱吉は中に入った。
中には行基菩薩が彫ったとされる虚空蔵菩薩像が安置されていた。
中は綺麗に整理整頓されており掃除も行き届いているようだった。
濱吉は読経をし、暫く黙想した。
黙想が終わると坂元に尋ねた。
「ここは誰が面倒を見ているのか?」
「ここは村人が交代で世話をしています」
「良く管理が出来ている」と濱吉は坂元に言いニコリと笑った。
濱吉一行は山頂を目指した。
中腹から山頂までは更に急峻な山道になっていた。
途中で左右が崖となっている狭い尾根を渡っていく。
濱吉はさすがに少し気後れしたが、落ち着いて進んでいった。
山頂に着いた。
鳥居を抜けると正面に社が見えた。
こぢんまりとした社であった。
ここも良く管理されていることが伺われた。
濱吉は社に参拝した。
山頂で休憩をした。
山頂からは江の川や麓の民家は見えなかった。
この山は周りの山より標高が高いので、見晴らしは良かった。
やはり、神が御座する山であると思わざるを得なかった。
6.4. 濱吉の思い
その夜は、坂元の家で晩餐をとった。
その席で、濱吉は坂元に言った。
「今日は良い体験をした。山登りとは苦しいが爽快なものだなぁ」
「それはよお御座いました」と坂元は濱吉の機嫌をとった。
濱吉は坂元に言う。
「改めてお前に言いたいことがある」
「なんでございましょう?」
「あのやまの中腹に建っている修行道場のことだが、儂がもう少し大きな僧侶が住めるような寺を建立てしたいと思っておるが、どうじゃ」
坂元は驚いて尋ねる。「国守様が新しいお寺を建てられるということでございますか?」
「そうじゃ。だが儂は今は国守ではない、京へ戻って別の任務につく予定である。が心配するな、次の国守の方に引き継いでおく」
「私どもにとっては、なにも言うことはございません」
「それでだが、こんど創る寺とこの山の名前のことだが、寺の名前は、『甘南備寺』としたいがどじゃな?
それからこの山は『甘南備寺』がある山ということで今後『甘南備寺山』と呼ぶことにしたらどうか。漢字ではこう書く、つまり儂の名前を付けたということである」と濱吉は言うと、紙に書いて坂元に渡した。
坂元はその紙を受け取り暫く眺めていたが、「承知しました、周知いたします」と言った。
以上が甘南備寺・甘南備寺山に関する幻の物語である。
<続く>