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旅日記

故郷の風景(7)川での遊泳と海水浴 江津市桜江町

江の川の岸辺の風景

江の川は山間を流れており、平地も少なく子供たちは山に登るか、河原で遊ぶか、或いは稲刈りの終わった田んぼで遊ぶしか遊び場所はありませんでした。

この河原で子供たちが遊べるよう大人たちは定期的に河原を整地していました。

<坂本地区>

 

1.江の川での水遊び 

だいたい昭和50年(1975年)頃まではプールもごく少なかったため殆どの子供は江の川で遊泳していました。

昭和30年代で島根県の江の川沿いでプールがあった学校は、口羽中学と江津中学だったと思います。

川越中学校に水泳部がありましたが、この練習は江の川で行っていました。

<川の土手を利用したプール 田津地区> 昭和35,6年(1960,1年)頃

川の淵の流れの緩やかな所に杭を打ち込んでプール仕様にしています。

<川に杭を打って作った仮設プール 渡地区> 昭和30年(1955年)頃

 

夏休は毎日午後1時から3時まで一緒に遊泳していました。保護者が順番に監視人をしていました。

 

昭和30年後半になると、プールが各所で造られて川で水泳をするものは殆どいなくなりました。次の写真は珍しく江の川で水遊びしているものです。
 
プールは江の川で遊ぶよりも安全ですが、やはり広々とし、色々な景観や子供にとって未知の領域が沢山ある自然の川で遊ぶことの方が、楽しいのではないかと思ったりします。
 
 

<平成3年(1991年)頃>

 

<次の写真は、前出4枚の写真を撮った場所の現在の状況 対岸の道路からの写真>

現在はこの河原に出る道は雑木や雑草で消えており、ありませんでした。

 

小学生は保護者監視の下でないと遊泳は禁止されていました。

「一人で泳いでいると猿猴(えんこう)がやってきて、水の中に引きずり込まれる」と言われていました。

 

猿猴(えんこう)

猿猴(えんこう)は広島県及び中国・四国地方に古くから伝わる伝説上の生き物で河童の一種。

一般的にいう河童と異なるのは、姿が毛むくじゃらで猿に似ている点です。金属を嫌う性質があり、海又は川に住み、泳いでいる人間を襲い、肛門から手を入れて生き胆を抜き取るとされている。女性に化けるという伝承もあります。

 

川戸水神祭かわどすいじんさい「えんこう祭り」

江津市桜江町川戸かわど地区では、毎年55日の端午の節句に、水難からの安全を祈願する水神祭「えんこう祭り」が行われます。

この行事は500年以上の伝統を持ち、神輿舟を先頭に川船を連ねて水神を祀る大岩まで上り、神事を行います。

<えんこう祭りでは江の川を沢山の鯉のぼりが泳ぎます>

 

 2.海水浴

山間で育ったので海で泳ぐのは憧れでした。学校の行事として毎年1回海水浴に行っています。

海水浴は浜田市の波子と言う海水浴場に行っていました。

波子海水浴場は江津(江の川の河口)から約10Km西に行ったところ(山陰線 波子駅)にあります。

今は廃線になっている、三江線(この頃は浜原までしか開通していなかったで、三江北線と呼ばれていた)に乗って約1時間以上かけて海辺に出かけていました。

<中学校の林間学校 昭和30年(1955年)ごろ 日本海 波子海水浴場>

 

 

・岩見海浜公園 

岩見海浜公園内にはキャンプ場や水族館(シロイルカがいます)があるので、夏は賑わっています。

広島からの水浴やキャンプに来られる人も多いですね。

 

<昭和61年(1986年)の海水浴風景 姉が浜海水浴場>

姉が浜海水浴場は波子海水浴場と共にこの公園の一部で、繋がっています。

 

<完>

 故郷の風景 目次 ] 

 

 

 

 

 

 

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