日本の叡智と言われる田原総一朗氏の最近の評論を転載します。
田原総一朗:STAP細胞論文は理研の“敗北”
nikkei BPnet 4月17日(木)0時44分配信
STAP(スタップ)細胞の論文が不正と認定された問題について、理化学研究所の小保方晴子ユニットリーダーは4月9日、大阪市内のホテルで記者会見し、論文を取り下げる考えのないことを強調した。
■強大な力に立ち向かうかのような逞しさも
小保方さんは論文の撤回について「撤回は国際的に結論が完全に間違っていたと発表することになる。結論が正しい以上、正しい行為ではない」と語った。
最初は涙ながら声を震わせ、自分の不勉強、不注意、未熟さにより論文にたくさんの疑義が生じてしまい、多くの方々に多大なご迷惑をかけしてしまった、と深々と頭を下げてお詫びした。
その様子を見ていると途中で倒れるのではないかと心配するほどだったが、次第に口調が力強くなってきた。特に記者たちの質問に答える時は、戦闘的と言ってもよいほどで、強大な力に立ち向かうかのような逞しさを感じたほどだ。
小保方さんは「STAP細胞はあります」「200回以上作った」と述べ、さらに「別の人が独立して作れている」とSTAP細胞の存在について語ったが、その名前は公の場所だからという理由で出さなかった。
■小保方氏一人の不正を強調した理研調査報告書
小保方さんの記者会見は、4月1日に提出された理研の調査委員会の最終報告書とその記者会見を受けてのものだ。
報告書では、STAP細胞の万能性を示した画像に「捏造」、遺伝子を解析した画像に「改ざん」の不正があったとする調査結果を公表。そして記者会見で、理研の野依良治理事長は「科学社会の信頼を損ない、お詫び申し上げる」と謝罪した。
新聞やテレビは、理研の調査報告書も小保方さんの記者会見も歯切れが悪かった、と報じている。「不確実なデータを意図的に使ったことが不正」と指摘する理研調査委員会に対して、小保方さんはSTAP細胞が存在する根拠を明確に示していない、本当にSTAP細胞が存在するのかどうかはわからない、というのだ。
理研は「研究者は全面的に責任を負わねばならない」と指摘しており、今後、懲戒委員会を設置して小保方さんに処分を下す方針を示した。
理研の報告書は、共著者のチェック機能がはたされていなかったとしたものの、小保方さん以外の共著者に研究不正はみとめられない、としている。捏造、つまり意図的にインチキ論文を発表した張本人は小保方さんであり、小保方さん一人だけを悪者と決めつけているような印象を受けた。
■特定国立研究開発法人化を急いだ理研の“敗北”
なぜこのような報告書を理研は4月1日に最終的にまとめたのか。おそらく理研を「特定国立研究開発法人」に指定する法案がこの4月に閣議決定され、国会への提出が予定されていたことが背景にあると思われる。
特定国立研究開発法人化の狙いは、研究者の高給を認めるなど優遇して優秀な人材を集め、世界最高水準の研究機関に引き上げることにある。理研や産業技術総合研究所が候補といわれていた。
理研にしてみれば、大急ぎで最終報告書をまとめ、事態の収拾を図り、特定国立研究開発法人の法案を閣議決定してもらいたいという思いがあったのではないか。
しかし、菅義偉官房長官は9日の記者会見で「一連の問題にメドが立たないうちは閣議決定しない」と語り、今国会での法案成立は断念することになった。
これは明らかに理研の“敗北”だと私は思う。
理研側は小保方さんを懲戒解雇してないため、さほど反撃して来ないだろうとタカをくくっていたのだろうが、小保方さんは捨身の逆襲をしてきたため、理研の思惑は完全についえたと言ってもいい。
■「エネルギー基本計画」の原発回帰報道は間違い
メディアは小保方さんと理研の泥仕合のようなニュアンスで報道するが、それは間違っている。明らかに理研の醜い“敗北”なのだ、と私は見ている。
こうしたメディアの報道内容のズレ、もっと言えば理解不足はほかでも感じる。たとえば、政府が4月11日に閣議決定した「エネルギー基本計画」をめぐる報道もその一つである。
一部のメディアは、民主党政権が掲げた「2030年代に原発稼働ゼロを実現するため、あらゆる政策資源を投入する」とした「革新的エネルギー・環境戦略」を転換し、安倍政権は原発回帰に向けて舵を切った、と強く批判した。しかし、私はこの報道は間違いだと思う。
以前にも本コラムで書いたが、東京電力福島第一原子力発電所の1号機から6号機までを廃炉にし、残る48基をすべて再稼働したとしても、民主党政府が決めた「40年廃炉政策」を続けた場合、原発の全電源に占める割合は、2028年に14%に、2036年には6%になる。
安倍政権は「原発依存度をできる限り下げる」としており、もしそれを行えば民主党が打ち出した脱原発政策以上に厳しい内容となる。原発推進を掲げる自民党の政策として、そんなことはあり得ない。世論の反発を恐れるあまり、大矛盾をきたしているのである。
■メディアは事実を伝えきれていない
こうした「エネルギー基本計画の大矛盾」ということを指摘するメディアはない。
メディアは「無難」を追うあまり、そして理解不足のため、STAP細胞論文の問題についても原発の再稼働問題についても、現実の裏側にある事実をきちんと伝えていない。
そのように考えざるを得ない報道が多いのが残念である。