Crónica de los mudos

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シモン・ソト『畜殺場フランクリン』

2019-08-28 | コノスール

 前作『死者の集会』で、愚かなスペイン人カップルたちご一行を地獄の底へと叩き落し、マラケシュの銀行から大量の宝石とあるファイルを強奪した、イスラム国の資金調達人サアラウィことハイバラを主人公にしたノワール『処女と処刑人』、今度はアメリカのために暗躍する女スパイをからませ、地獄のようなシリアの街ラッカを舞台に新たな展開。私、すっかりファンになってしまいました。あんなの読んでる場合じゃないのですが。

 チリ行に備えて先にこちらを読むことに。

 シモン・ソトは1981年生まれ。

 チリで刊行された本書は、上を見るとわかるように、すでに3刷、これは小説でチリ国内レベルでは大成功の部類に入る。いちおうプラネタだが国際枠ではないので、世界市場での評価はこれからというところであるが、去年から複数の知り合いにずっと勧められているので、今回、これを読まずに太平洋を渡るわけにはいかんだろうということに。

 題名は19世紀のアルゼンチンの古典的小説を想起させるが、それもそのはず、舞台はやや昔、20世紀前半のサンティアゴ。畜殺場のある地区を根城にするマフィアがどのようにして勢力を拡大したのかが描かれる。チリのこういうネットワークは、1973年のクーデター以降、歴史の表舞台から消えていったという。ピノチェト時代に経済が「正常化」するなかで消滅していった古き良き猥雑なサンティアゴという街そのものが主人公、なのだと帯には書いてありました。

 そして読んでみた。

 簡潔にして周到な文体。

 余計なものをそぎ落とした物語。
 舞台は畜殺場のあるサンティアゴの古い町フランクリン。そこを根城にする畜殺業界の人々、関係する賭場の人々、その周囲に群がる人々の群像劇である。
 中心は3人。
 かつて賭場の元締めに殺されかけ、追われるようにアルゼンチンへ逃げていったトルクアート・システルナス。15年後、65歳になったトルクアートは、犯罪組織の大物になってフランクリンへ戻ってきた。
 畜殺場の牛解体のボスで、冷静沈着な初老のロボ・マルドーネス。息子たちもみな牛解体の現場で働いている。かつては荒っぽい仕事にも手を染めたロボだが、いまは畜殺場ではたらくすべての人間から一目置かれる存在となり、平和な日々を送っている。
 ロボに拾われたみなし子のカブロことマリオ・レイバ。青年になった彼は、トルクアートのもとで競馬の情報屋として働くようになっていた。
 いっぽう、南部チロエ島の貧しい猟師の家に生まれた少女ルイサ。母を虐待する養父を誤って殺してしまった彼女は逃れるように首都サンティアゴへやってくる。ところがロマの女に身ぐるみはがされ、流れ着いたのが畜殺場だった。成長したルイサは、やがてトルクアートの愛人になるが、カブロにも心を寄せるようになる。
 トルクアートは港湾都市バルパライソにトトとオスカロの兄弟を派遣、米国の船員を相手にコカインの密輸を始めるが、ここでトラブルが起きてしまう。そしてかつての宿敵で、畜殺場の賭場を仕切るパハロ・アクーニャとその配下にある豚の解体業者らと敵対関係になってゆく。やがて豚解体業者のボクシングチャンピオンと、トルクアートがアルゼンチンから連れてきたボクサーが試合をすることになり、トルクアートのボクサーがリング上で相手を殺すという結果になり、緊張が高まる。
 いっぽうロボは冬のアンデスから牛数十頭を首都まで連れてくるという仕事を引き受けるが、道中では残虐なことで知られる牛泥棒のコルテス一味が待ち構えていた……。
 牛の解体、人どうしの殺し合いなど、殺戮場面の描写が非常にシャープで鮮烈な読後感を残す。人物の過去や内心に踏み込むこともあまりなく、行為や目つきだけで読者に想像させるという、いわゆるハードボイルドなのだが、トトとオスカロ兄弟のエピソードや、トルクアートの腹心の部下で、ルイサと奇妙な友情を築いていくラ・チナなど、女性陣の描き方も巧みで、とても30代の作家とは思えない老練ぶり。
 クラシカルな重厚さも兼ね備えた犯罪小説。
 チリで売れていることがよくわかる本だ。
 同じ路線の新作が今から楽しみ。
Simón Soto, Matadero Franklin. 2018, Planeta, pp.325.

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