都立高校の社会科教師だった、鈴木啓介さん、69歳。
2005年、職場の健康診断で左肺におよそ7cmのガンがあると告げられた。
この時、手術を担当することになった医師が、ある疑問を抱いたという。
「毎年、レントゲンを撮ってるのに、1年でこんなにデッカくなるっていうのは、 ちょっとおかしいから、前のやつ(2004年)を病院へ行ってもらってきてくれと」 (鈴木啓介さん)
三千例を超す肺ガン手術を手がけている、癌研有明病院の院長・中川健医師。
2005年当時に主治医として、鈴木さんの2004年に撮影されたレントゲン画像を確認したところ、目を奪われた。
「私は驚きましたよ、これ、今年(当時2005年)の間違いじゃないのって、その時言っちゃいましたけど。」
Q,それはなぜ?
「だって、あまりに立派なもの(ガン)があるのに、これがチェックされてないからです。 これは見落とされた方が、はっきりと責任があると思います」
鈴木さんが肺ガンを告知された、2005年の画像。
2004年の段階でも、すでに6センチほどのガンが見えていた。
さらに、2003年の画像にも、ガンの影があった。
「それは早い段階で見つかっていれば、見つかっているほど、治る確率的には増えたと思います。少なくても、今よりは症状が軽かったということは言えます」
(中川健医師/癌研有明病院院長)
鈴木さんは手術で左肺を全て摘出したが、リンパ節の転移があり完治できなかった。
2008年には、右肺に転移。
“あと一年、手術が早ければ完治できたかもしれない”、そんな思いがよぎる。
「素人目でも分かるものが、見落とされていたということですから、どうしてだろうと」
(鈴木啓介さん)
鈴木さんが健診を行った関東中央病院に説明を求めたところ、当時の病院長ら関係者が自宅を訪れたという。
「明らかに影がある、これを見逃すということは、ちょっと有り得ないことでありまして、何らかの理由でそれを見なかったのではないかと。 本当に深くお詫び申し上げるしかございません」
(鈴木家が関東中央病院側の承諾を得て録音した音声記録より、院長の発言)
実は、鈴木さんの肺ガンを見落としたのは、当時80代の開業医だった。 関東中央病院は、都立高校教員の健診に必要な検診車を持つA事業団に委託。 そこからB社を経て、開業医(80代)がレントゲン画像を読影するという、二重三重の下請けの構図が存在していた。
納得がいかない鈴木さんが、さらに詳しい説明を求めたところ、開業医から『詫び状』が届く。 ボールペンで、こんな言葉が綴られていた。
『今後、このような事態を避ける為には、読影者を複数にするしかないと思います』
当時の事情を聞くため、取材班が開業医を訪ねると、開業医の診療所は二年前に廃業していた。 開業医は2005年当時、推定83歳。 命を左右する健診の読影作業は、高齢の開業医ただ一人に委ねられていた。 レントゲン画像の読影は、見落としを防ぐため、 二人の医師によるダブルチェックが基本である。 しかし、コストがかかるため、必ずしも徹底されていないという。
「読影の管理は、わが国では行われてない。 同じ日本国民なのに、住んでいる所や、受けている検診機関によってバラつきがあるのは事実なので、それを何とか改善していかなきゃいけない」
(西井研治医師/日本肺癌学会•集団検診委員会)
取材に対して、関東中央病院は画像のダブルチェック体制をとっており、2005年当時、A事業団に対して、契約時にダブルチェックを指示した、と回答している。 だが、結果として、鈴木さんの肺ガンは見落とされた。
原爆の図の作者であり、ノーベル平和賞の候補になった、丸木夫妻の美術館。
ここで鈴木さんは、ボランテイアでガイドをするつもりだったが、 肺ガンで体力が低下、断念せざるを得なかった。
「人の命というのは、皆それぞれに大切で大事なもので、 それはまた、社会にとっても大事なものです」
(鈴木啓介さん)
これまで、知らされていなかった、レントゲン検診の限界。
そして、ずさんな実態。
肺ガンから命を守るため、いま変えるべきことがある。