TAZAN-NO-ISHI

「他山の石」で軌道修正しながら
 真の幸せにつながる言葉を
 メモってゆきたい

<新天新地>

2023-11-01 | 新教会短信
【▼真のキリスト教3  新しい天界と新しい教会の信仰についての項目
 神エホバは愛そのもの、英知そのもの、善そのもの且つ真理そのものにて在し給う。その方は神と共なる神-聖言(みことば)であられ、天界・地獄・教会のすべての秩序を回復するために、みずから人間性をとり、世に来られた。なぜなら当時、地獄の力は天界にまさり、地上では悪の力が善の力にまさって、凡ゆるものに破滅の危機が迫っていたのである。神エホバは、この切迫した破滅を神的真理なる人間性によって防ぎ、かくして天使と人類を贖われた。その後、ご自身の人間性の中で神的真理を神的善に、即ち神的な英知を神的な愛に結合された。かくして、ご自身の人間性の栄化にともない、またその栄化を通して、永遠からのご自身の神性へお戻りになられた。これらのことは、ヨハネ福音書の次の語により意味されている「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。・・・そして言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を見た・・1:1~14」また同書に「わたしは父から出てこの世にきたが、またこの世を去って、父のみもとに行くのである。16:28」 ヨハネの第一の手紙には「さらに、神の子がきて、真実なかたを知る知力をわたしたちに授けて下さったことも、知っている。そして、わたしたちは、真実なかたにおり、御子イエス・キリストにおるのである。このかたは真実な神であり、永遠のいのちである。5:20」
ここで分かる事は、主のご降臨がなかったら、何ぴとも救われ得なかった事が明らかである。今日も同様。。それゆえ、主が聖言である神的真理によって再び世に来られなかったら(ご再臨が無かったら)、だれも救われ得ない。

(2)人間の側からの『信仰箇条』
1. 神はひとりであられ、その中に神的三一性があり、その方は主なる神・救い主イエスキリストであられる。
2. 救いの信仰とは、その方を信ずることである。
3. 悪しき行為は悪魔のものであり悪魔から発する故、行なってはならない。
4. 善き行為は神のものであり神から発する故、為さねばならない。
5. この善き行為は、人間によって あたかも人間自身によるかのように為されなくてはならない。しかしそれは、その人を通し、その人において、主が働かれるのであることを信じなくてはならない。

▼黙示録講解959  神の性質は多様であるため、聖言では以下のように多くの名で記されている。エホバ(=在る者, 在らしめる者)、主、神、在りて在る者(I AM THAT I AM.)、救い主、永遠の父、イエス・キリスト、人の子、子、聖霊等々。これらは主であられる一人の神の御名であるが、聖言に記されている所では、各々名は他と区別される属性または性質を意味している。(再)】

恥ずかしながら、わたしは長年
神様の御存在すら知りませんでした。
  /隣人語録より


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