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振り向けば大宮の夜が明ける。 少し変わった角度から眺めるの!

大宮在住。
伸び行く大宮市、
その時々の目に留まったことなどを楽しくユーモアも交えて
書きたいと思います。

寺院向けに敷設された列車と初詣ブームには因果関係があった。

2019-01-12 22:20:10 | ブログ

こんにちわ、大宮鉄道博物館の南館からお送りします。

南館3階中央ステーション中央時計広場に小さなショーケースが2たつ並んで

いました。

このケースは千葉県成田にある成田山初詣の時代物の京成電鉄資料です。

 

 

 

 

年越しの暮れからお正月の初詣は、神社行きの電車がセットされており、終日運転

で私達に簡単にアクセスできるように配慮がなされています。

 

これもひとえに参拝客が寺院へ向かうための交通手段として鉄道会社が路線を敷設

整備したからの恩恵に私達は授かっているのです。

 

初詣が定着した一つの要因は、鉄道敷設が関係しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

成田山で10万円のお年玉を出したと書いてあります。

 

成田山参拝記念乗車券には、美しい日本髪の女性が着物姿の子供達が

映画館のチケットみたいでしたね。

これは1970年(昭和45年)の事でした。

 

 

その前にいるちっちゃなダルマさん何だと思いますか?

なんとこのダルマさんも背中に乗車券のマークがあるチケットだそうです。

1984年(昭和59年)の正月用でした。

 

 

 

 

左側にあるのは開運祈願の絵馬と国鉄バスがセットになった成田山初詣の

国鉄バス記念乗車券です。

 

右側は成田山初詣列車時刻表

1934年(昭和9年)東京鉄道局

 

鉄道省(国鉄)では、大晦日から元旦にかけて、新宿や品川から成田まで

直通臨時列車を終夜運転をしていました。

 

乗車券の横には開運来富と印刷がなされています。

1981年(昭和61年)

 

 

そして時刻表の横には、1981年(昭和61年)の美しいセンスのある広告です。

マツダランプという名で6畳に60ワットの電球をと宣伝しています。

版画文化のある日本は素晴らしいです。

 

 

 

 

そして明るい色使いの地図が置いてあります。

京成電鉄のご案内

東京東京成田千葉間沿線名図

1929年(昭和4年)京成電鉄軌道

1926年(大正15年)に押上(おしあげ)~成田間が全通し国鉄と旅客の争奪戦

があった。

1945年(昭和20年)現在の京成電鉄に改称した。

 

 

 

駅名が少しは読めるかなと思い縦にしてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京東京成田千葉間沿線名図

1929年(昭和4年)京成電鉄軌道

我忘れまじき江戸の華をと言いたい、江戸文化が続いています。

清らかな静けさの中にいつまでもいたかった。

喧騒の昭和時代でした。

 

 

 

 

次は世界的にも有名になってしまった東京に位置する高尾山です。

高尾山初詣記念乗車券1968年(昭和43年)京王帝都電鉄

 

 

 

 

京王電車沿線名所図絵

1928年(昭和3年) 京王電車軌道

絵師 吉田初三郎

美しい鳥観図

左手奥が高尾山

 

 

 

 

えん

縦にしますと上の右側が高尾山

高尾山の麓からケーブルカーが描かれていますが、見えないですみません。

後で検索してみてください。

 

 

 

こんなに明るい派手な色使いのはずなのに、水色カーキ色と桃色まで使っても

同化色のようになってしまう。

素晴らしい 巻物のような絵画です。

鳥観図についての知見は何もない白雪姫でさえ素晴らしいと思います。

 

 

 

 

1928年(昭和3年) 京王電車軌道

絵師 吉田初三郎

素晴らしい世界の鳥観図

 

 

 

 

いったい日本には何人の絵師がいるのでしょう。

川端康成があの時言いました。

「美しい日本の私!」と

 

 

 


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