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そこはかとなくかきつくれば

日々のとりとめのない気付きを結晶に

今の世界経済を俯瞰してみる

2011-11-24 | 社会

とりあえずどこもいい情報があまりないのが

今の世界経済のようである。

 

ギリシャ:年が越せるだろうか?

12月に償還期限が来るのが120億ユーロ。これでもましになった方である。

11月に償還期限が来ていた80億ユーロはユーロ圏からの融資で返却したのだろう。

ただ、専門家の見方ではギリシャに関してはもはや匙を投げている気がする。

他の経済大国に問題が飛び火しているからだ。

ちなみに、ギリシャの借金は年内償還期限のものがこれだけであって、

借金自体は3000億ユーロらしい。

 

イタリア:10年国債の利率が11月上旬に危険水域と言われる7%を突破。

その後6%台後半でもみあいが続いている。

ただ、この水準に来ると後戻りはできないことが多いらしい。

要するに、ここもデフォルト(債務不履行)の可能性大。

 

ちなみにギリシャは1年国債でさえ今は270%とか狂気の沙汰になっている。

 

スペイン:11月に入ってから10年国債利率が急上昇し現在6%台後半。

1年前からも既に知っていた話だが、若年層の失業率が40%を超えている国である。

 

アメリカ:リーマン・ショック以降、実は経済状況が全く改善していない。

11月21日に財政赤字削減案が合意に至らず、実質的に間に合わないことになった。

歳出削減が強制発動されることになるという。

既に米軍の大幅なリストラが発表されており、軍事的影響力が弱まることは必至である。

 

中国:不動産バブルが11月初頭に弾けている。

その他の分野ではまだ直接的な影響は出ていないものの、

最近の人件費高騰によって、外資系の工場が他の東南アジア諸国に移転してきている。

雇用の受け皿が減るということであり、不安材料が増えてきている。

 

韓国:ウォン対ドルが再び1154:1の水準まで上昇している。

ウォン安に歯止めがかかっていない。

これが10月上旬の最安値1200台を突破すると危険。

賃金上昇率よりも物価上昇率の方が高い状態が続いている。

経済が対外貿易にかなり依存しているため、欧州危機の影響をもろに受けている。

日本のマスコミは韓国びいきなのでこうした話は出さない模様。

 

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日本も決していい経済状態とは言えないのだが、

海外はそれより遥かにひどい状況になっているのかも知れない。


世論調査と地震予知

2011-11-07 | 社会

新聞やテレビの世論調査は信用できるのだろうか。

 

現政権支持率などは、そのメディアの贔屓する政党によって

出てくる値が大きく異なる。

統計的には、そのような大きな誤差が生じる可能性はほとんどない。

そのための大規模調査なのである。

 

もし、そこで明らかに大きな誤差が出た場合は、

調査方法自体に問題がないかどうか、吟味しないといけない。

一番疑わしいのは標本抽出が本当に無作為になっているかどうか、である。

例を挙げると、政党支持率を調べる場合に、

ある特定の政党の支持者のみにアンケートをとっても意味がない。

全体の中から偏りがないように、回答者を選ばなければいけないのである。

 

残念ながら、今のマスメディアの多くは真実を伝えることを目的としておらず、

支持母体の拡大を優先するので、その目的のために

調査母体を偏らせたり、数字の捏造などを平気でする。

そうでないなら、これほど報道ごとに数字の誤差がでることにまず疑問を持ち、

自分たちでその原因を分析するべきなのだ。

 

彼らが数字を捏造した結果、選挙結果もしばしば

事前のアンケートから大きく外れた結果がでたりする。

その場合も、なぜ予想と結果に狂いが生じたか反省がないといけない。

それが本来の論理思考というもののはずだ。

 

無責任な数字を公開しても、そこには何の意味もない。

 

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同じことは、地震など他の天災予測についても言える。

「近い将来に大地震が起こるかもしれない」

と予見する専門家はいる。

もし実際に地震が起これば、彼らは「それみたことか」と自慢するだろう。

 

しかしその程度でいいのなら素人でも

「明日地震が起こるかもしれない」

と毎日言っておけば日本国内ならいずれ当たるだろう。

そんな予言は何の役にも立たない。

 

怪しげな預言者と科学的専門家を区別するには、

「予見が当たったかどうか」だけではなく、

彼らが予見を外した場合に「なぜ外したか」を

論理的に分析、反省しているかどうかが重要なのである。

 

東海大地震ももうずいぶん前(10年単位)から

危険を叫ばれているが、まだ訪れない。

オオカミ少年呼ばわりされるより前に、

専門家はそろそろ「なぜ今まで予見を外してきたのか」

を自分たちで反省した方がいいのではないか。

その上で、今後の危険性を述べるべきだと思う。


「頑張ろう日本」

2011-10-28 | 社会

人文系の人が言葉を「」付きで用いるときは要注意であるらしい。

その言葉の字面以外に、何か含意がある。

 

私は人文系ではないのでその辺の文脈はよく理解していないが、

このタイトルも、「頑張ろう日本」と皆さんに呼びかけているのではなく、

その呼びかけの言葉について考えようとしている次第である。

 

これは仙台市内でもしばしば見かけたフレーズなのだが、

誰が、誰に対して呼びかけているのだろうとしばしば疑問に思う。

というのはマスコミや行政など、むしろ「お前が頑張れ」と言いたくなる人たちが

盛んに連呼しているからだ。

自分たちが頑張る気がないのなら、「頑張ろう」ではなく

せめて正直に「頑張れ」と言ったらいいのに、と思う。

 

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先日久しぶりにテレビを見たが、そのときは

いつまでも動かない行政を待っているわけにはいかないと

民間団体や子持ち主婦が自主的な放射線検査を始めたというニュースを

流していた。

 

「国が(放射線濃度の)基準をなかなか定めてくれませんから、困ったものですね」

とコメントを垂れている暇があるなら、マスコミさん、

まずは自分たちが勉強し、人手をかけて基準を自分なりに定め、

放射線検査に協力したらいかがでしょうか。

下らない局地的な情報を垂れ流すよりよほど社会に貢献すると思うのですが。

 

とりあえず、「側溝や雨どいの放射線量が高い」などといい加減な情報を流して

無用な危機を煽らないでください。

そんなことよりホットスポットの地域を特定することの方がよほど重要です。

 

この危険事態を、未だ煽り記事のネタとしてしか捉えられないマスコミは

いったいどういう精神構造をしているのだろう。


日本は単民族国家?

2011-10-17 | 社会

もう随分前になるが、とある議員が

「日本は多民族国家」と発言して物議を醸したことがあった。

 

実際のところはどうなのか、と言われると私も答えに困る。

そもそも「民族」とは何かが分からないと、

「多民族」と「単民族」の区別をつけることができないからである。

 

実際には日本総人口1億2000万人のうち、

外国人(ここでは「日本国籍を有しない者」で定義する)は

既に一般永住者・特別永住者だけでも100万人にせまる勢いであり、

他に日本人の配偶者・定住者・留学生・国際業務などもろもろを合わせると

200万人は超えている。

 

1~2%というのは、さまざまな意味で既に無視できない。

例えば、学校教育に携わった立場から言うと、

一学年4クラスの規模の学校であれば

1~2%の生徒に起こる事象(疾患、家庭的事情など)なら

学年内の生徒のうちほぼ確実に何人か該当者がいるということになり、

教員は常にその対応に追われるのである。

企業でも、数百人の顧客がいれば同様の事態になるだろう。

 

多くの場合、日本人国籍の有無というより、

(1)日本語でのコミュニケーションができるかどうか、

(2)日本における暗黙の社会ルールに従って動けるのかどうか

というところで外国人の存在は実際上様々な軋轢を引き起こす。

他の国でも、移民政策を奨励してきた国々は常に同様の課題に悩まされ続けている。

今回、全世界各地で起こっている暴動やデモとも無縁ではない。

 

だから外国人を日本から排斥せよ、ということを言いたいのではない。

それは現実的には既に不可能であり、日本の利益にもならない。

 

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冒頭に戻って、逆に「日本は単民族国家」と主張できるのかどうか、と問うてみる。

それは「日本国籍を有する者」のみを国家構成員とみなすということであるが、

上述のように数%の該当しない人々の存在を無視することになる。

それは本当に国家の利益になるのかどうか。

 

「民族」とか「日本人」とかいう言葉を使う前に、それが本当は何なのか

少し考えてみてからでないと、議論が噛み合わなくなる。

それらの言葉は、決して確固たる概念ではない。

そのことは、政治家もジャーナリストも多くが理解していないように思う。


自衛隊という存在

2011-09-29 | 社会

先日の記事の中で、「男性性の否定」という表現をした。

ここで、男性性とは何かを説明しなければならない。

 

女性らしさを「feminine」、男性らしさを「masculine」というように、

男女の性差をいうときにはどうしても男性の筋力という特質は無視できない。

ましてや否定することもできない。

ただ、その筋力を「暴力のための手段」と一面的なレッテルを貼ると、

次の三段論法になってしまう:

 

「男は筋力がある。筋力は暴力をふるうのに使う。

暴力は悪だ。従って男は悪だ」

 

馬鹿馬鹿しいと読者の方は思われるだろうが、

過激なフェミニストの主張の中にはこういった意識がどうも垣間見える。

(余談かもしれないが、彼女たちは女性は「女性」というのに対し、

男性は「男」というらしい)

 

上の三段論法で、「筋力」を「戦争」に置き換えてみると

問題点がよりはっきりしてくる。

(多少文章は改変するが)次のようになる:

 

「男は戦争をする。戦争は悪だ。従って男は悪だ」

 

冷静に考えれば笑い話でしかないのだが、

今でもこの思想を真顔でTVドラマで放映していたりする。

(ちなみにこのドラマは男性を貶めた結果、

女性まで貶められてしまっていることに気づいていない)

 

この後者の三段論法のどこがおかしいのだろうか。

今でこそ、女性が軍隊に入ることもあるが、

それはあくまで少数派であり、他の職業のように男女比が1:1に近くなることは考えにくい。

(もしそのような状態が実現するのならば、それこそ社会的な病理を表していると思う。)

従って、それが全てではないが、「戦争」という概念は男性性を強く表している。

一文目は根本的に間違っているわけではない。

 

むしろ、「戦争は悪」と一面的なものの見方をするのが問題なのである。

こうしたフェミニズムの意見はなるほど、聞く分には耳に心地よい。

しかし、いざ有事に至ると彼女たちの言い分は圧倒的な現実の前に無力になる。

 

東北大震災での自衛隊の活躍を、彼女たちはどう評価するのか。

 

自衛隊は、男性が多い。

業務上も、その「男性性」が必要だった。

そして、自衛隊は日本において一番「戦争」「軍隊」に近い存在である。

 

彼女たちの主張する理論の中で、

どうやっても「自衛隊」は据わりの悪い現実なのである。

 

この「自衛隊」の概念をきちんと組み込んで考えることのできている

フェミニストの意見を、私はまだ知らない。