テレビドラマが放送されていたのが4年前の今頃。引き込まれて観ていました。
文庫化されたのは2年前。夏休みの目玉でしたが、もう大して売れませんでした。
でも、私は買っていた。
毎年楽しみにしている「プリンセス駅伝」(女子の実業団駅伝NO1決定戦)を今年もテレビ観戦し、ああ、走るってやっぱいいなあと感動し、忘れた頃に読もうと思っていたこの本に手が伸びた。
最高だった。
時間を忘れてぐいぐい引き込まれる。いい感じで細部は忘れており、物語を堪能できた。
ドラマで観たシーンも、俳優たちの演技も蘇る。
一番泣けたのは、世間から見放されたマラソンランナー茂木が、こはぜ屋の支援に応え、走り方もシューズも生き方もリセットして、2年後、怪我をしたマラソン大会に再出場し、激走する場面。そこには正真正銘の「信頼」が描かれていた。調子のいいとき、すり寄ってくる人々は、走れなくなった途端に見向きもしない。それが世間であり、そんな人々はゴマンとおり、多数派でもある。そんな人たちの顔色を伺うのはもううんざりだ。茂木は、自分の人生をかけて走る。その彼を、こはぜ屋チームは全力で支える。
新しい商品を開発することの難しさと楽しさも十分に描かれていた。会社経営のこと、銀行との付き合いも。
こはぜ屋は、老舗の足袋屋で、売れ行きは緩やかな下降を続けている。何か新規事業を立ち上げないと会社の存続も危うい状態だった。
社長の宮沢の息子は、就職活動で失敗ばかり繰り返し、イヤイヤ家業を手伝っていた。
「シルクレイ」の開発者で特許を持つ飯山は、せっかくの技術を生かせないままくすぶっていた。
シューフィッターの村野は、選手からの信頼に厚いが、大企業のアトランティスの上司と決別してしまう。
どん底からの物語。個性ある人物たちが、いかにチームとなって活躍していったかの記録。
想定しうるすべてのアクシデントや感情は出尽くしていると感じる。だからこそ、読後の満足度が高い。
今、読むべきだったとやっぱり思う。
私もまた、これから新しい商品(小説という作品)を立ち上げていかなければならない。そうしなければ、時間とともに老朽化していくだけだ。
「世の中というのは、糾(あざな)える縄のごとし、ですねえ」 738ページ8行
このセリフは、最後の最後、設備投資のための資金融資の依頼を断った銀行の支店長に対して、他社からの支援を受けて新しい工場を稼働させていた宮沢社長のもの。
禍は福となり、福はまた禍ともなる。絡まり、より合わせられた縄のように。
小説だからこそ届けられるものがここにあった。テレビドラマにはテレビドラマのオリジナル場面があったようですが、原作を忠実に再現していた。そして原作の方がおもしろかったと私は思う。本は、自分のペースで読めるし、行間に、自分の思いを重ね、味わうために止まることもできたから。何より自分のお金で手にし、自分の手で、1ページずつめくっているから。ドラマの本質を、自分自身で引き寄せているとも言える。
走ることが好きな人はハマるはず。それだけでなく、新商品や新生活に悩む人たちも、そっと陸王は支えるだけの力を持っている。
力を出すときには本物の信頼関係と、もう一つ、読解力も必要。
茂木のように、向かい風のときはあえて抑え、ライバルの挑発にも乗らず、自分のペースを守り、追い風になったなら、己を信じて迷わずに「ゴー」。
力尽きて倒れようと、ゴールの先にはあたたかく抱きかかえてくれる仲間が待っているから。
池井戸潤 著/集英社文庫/2019
文庫化されたのは2年前。夏休みの目玉でしたが、もう大して売れませんでした。
でも、私は買っていた。
毎年楽しみにしている「プリンセス駅伝」(女子の実業団駅伝NO1決定戦)を今年もテレビ観戦し、ああ、走るってやっぱいいなあと感動し、忘れた頃に読もうと思っていたこの本に手が伸びた。
最高だった。
時間を忘れてぐいぐい引き込まれる。いい感じで細部は忘れており、物語を堪能できた。
ドラマで観たシーンも、俳優たちの演技も蘇る。
一番泣けたのは、世間から見放されたマラソンランナー茂木が、こはぜ屋の支援に応え、走り方もシューズも生き方もリセットして、2年後、怪我をしたマラソン大会に再出場し、激走する場面。そこには正真正銘の「信頼」が描かれていた。調子のいいとき、すり寄ってくる人々は、走れなくなった途端に見向きもしない。それが世間であり、そんな人々はゴマンとおり、多数派でもある。そんな人たちの顔色を伺うのはもううんざりだ。茂木は、自分の人生をかけて走る。その彼を、こはぜ屋チームは全力で支える。
新しい商品を開発することの難しさと楽しさも十分に描かれていた。会社経営のこと、銀行との付き合いも。
こはぜ屋は、老舗の足袋屋で、売れ行きは緩やかな下降を続けている。何か新規事業を立ち上げないと会社の存続も危うい状態だった。
社長の宮沢の息子は、就職活動で失敗ばかり繰り返し、イヤイヤ家業を手伝っていた。
「シルクレイ」の開発者で特許を持つ飯山は、せっかくの技術を生かせないままくすぶっていた。
シューフィッターの村野は、選手からの信頼に厚いが、大企業のアトランティスの上司と決別してしまう。
どん底からの物語。個性ある人物たちが、いかにチームとなって活躍していったかの記録。
想定しうるすべてのアクシデントや感情は出尽くしていると感じる。だからこそ、読後の満足度が高い。
今、読むべきだったとやっぱり思う。
私もまた、これから新しい商品(小説という作品)を立ち上げていかなければならない。そうしなければ、時間とともに老朽化していくだけだ。
「世の中というのは、糾(あざな)える縄のごとし、ですねえ」 738ページ8行
このセリフは、最後の最後、設備投資のための資金融資の依頼を断った銀行の支店長に対して、他社からの支援を受けて新しい工場を稼働させていた宮沢社長のもの。
禍は福となり、福はまた禍ともなる。絡まり、より合わせられた縄のように。
小説だからこそ届けられるものがここにあった。テレビドラマにはテレビドラマのオリジナル場面があったようですが、原作を忠実に再現していた。そして原作の方がおもしろかったと私は思う。本は、自分のペースで読めるし、行間に、自分の思いを重ね、味わうために止まることもできたから。何より自分のお金で手にし、自分の手で、1ページずつめくっているから。ドラマの本質を、自分自身で引き寄せているとも言える。
走ることが好きな人はハマるはず。それだけでなく、新商品や新生活に悩む人たちも、そっと陸王は支えるだけの力を持っている。
力を出すときには本物の信頼関係と、もう一つ、読解力も必要。
茂木のように、向かい風のときはあえて抑え、ライバルの挑発にも乗らず、自分のペースを守り、追い風になったなら、己を信じて迷わずに「ゴー」。
力尽きて倒れようと、ゴールの先にはあたたかく抱きかかえてくれる仲間が待っているから。
池井戸潤 著/集英社文庫/2019
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