ほぼ毎日欠かさず 朝の連ドラを見続けるなんて ほんと久々のことですが、「とと姉ちゃん」 楽しませていただいています♪
そんな楽しみに水を差すかのように登場した悪役 ・ アカバネ電器社長
顔見るたびに一発ぶん殴りたくなる憎たらしさ、古田新太さんの演技力&存在感 さすがです。
この方が出てくるシーンは 少し前だったら まちがいなくスイッチ切るか チャンネル変えるかしているところ、今でも反射的に手が動きそうになりますが、そこをぐっとこらえて注視します。
それだけのご利益があるのです、そこで湧き起こる憤りの体感を すかさずつかまえてフォーカスできるのだから☆
ドラマであれニュースであれ テレビや新聞に接していれば 怒りのタネには事欠きません。
せっかくおとなしくなりつつある内なる怒りを刺激せぬよう、そういうものに触れるのは 極力避けてきた貴秋ですが、最近積極的にとは言わないまでも 出くわせばむしろチャンスとばかりに 正面切って向き合います。
潜在意識のことは そもそも五感で知覚できないものであり よくはわかりませんが、自身のコントロールの及ばないところに なにかやっかいなものが潜んでいるらしいことは これまでの体験から なんとなく感じ取れます。
どんなものがどこで何をやらかしているのかわからないまま、引っかきまわされた結果のほうは 五感の世界のこととして しっかりわが身に及ぶのですから、この “潜む意識” のやっかいさといったら。
そんなやっかいものも、心の底の暗がりから引っぱり出され 五感の世界に浮上してしまえばこっちのもの
以前ならカンベンだったネガティブな話題も、最近はむしろ キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!! という氣分です (笑)
当ブログでおなじみ ニール ・ ドナルド ・ ウォルシュ著 「神との対話」 に、「コントラストを通じての体験も、必ずしも自らが否定的な体験をする必要はない」 という話が出てきます。
高度に進化した星の人々は 「悪」 がなくなった世界で どうやって真の自分を経験するのか、というニールさんの質問への答として語られるのですが、ここからヒントをもらったのが 他者の経験の伝聞や フィクションの世界を通じての感覚フォーカス。
不当に利を得る悪人の話に怒髪天を衝き 迫害され命を落とす民の話に胸塞がれる 感情に左右されやすいわが身を 長年面倒に思ってきましたが、この性質を逆手にとれると氣づいたのです。
ドラマや小説の感想文 ・ 映画レビューなどを読むのは 貴秋の楽しみのひとつですが、心の生傷がぱっくり口を開けたような文章に出会うことが 往々にしてあります。
元の作品はひとつでも そこから感じるものは 人の数だけあり、多くの感想文やレビューを読むにつけ、自分も含めみな 外の世界を生きているように見えて 実際は自ら生み出したストーリーの世界を生きているんだなぁと感じます。
その物語が心地よければいいのですが、生傷を感じさせる文章からは ひとりでは抱え切れない痛みを 外に吐き出さずにおれない辛さ苦しさが伝わってきます。
私たちは、あらゆるものを 自分の意識を通して受け止めます。
サングラスの色が違えば 景色の色も違って見えるように、同じひとつのものも 異なる意識を通せば 違って見えて不思議ありません。
ロールシャッハテストとは、紙に広がる左右対称のインクもようから想像されるものを話してもらい、その答を分析する性格検査法ですが、インクの染みに限らず 目に映るものすべてが 自分の意識の投影なら、私たちは つねに外の事象を通じて 自分の心を見つめているともいえるでしょう。
いってみれば 毎日がロールシャッハテストみたいなもの (^_^;)
自分の心のフィルターに引っかかるものはなにか、痛みを残すものはなにか、スルーせずに氣に留めるところから、望まぬ世界を造り替える道のりが始まります。