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デラシネ魂

ジャンルよろずな二次小説サイトです。
ネタバレ満載、ご注意を。

春の嵐

2005-05-02 | 他ジャンル小説
春の街には人があふれている。休みも終盤に近づくと、人間、遊びたくなるものらしい。
「烈兄貴ーっ、こっちこっち!」
その中を、初めて外に出してもらった仔犬のように豪がカッ飛んでいく。
「わかったから!走るな、人にぶつかるぞ!」
無駄とは知りつつ、大声で注意する。と、くらり、とめまいがした。
少し、風邪気味かもしれない。
今朝はすっきり起きられなかったし、頭痛もしてきた。
烈はぼんやりと空を仰いだ。
でも、今日はあいつに付き合うって決めたし。これくらいなら大丈夫だよな。
「烈兄貴ーっ!」
「…今行くよ!」
体調の悪さを隠すように、烈は笑顔で走り出した。

今春、豪は中学生になる。
そのせいか、時々見せるようになった大人っぽい表情にどきっとさせられることも烈にはあったけれど。
どうせ大きくなるだろうから、と指の先しかでないようなぶかぶかの学ランを着せられてた豪は、まだまだ可愛い弟だ。 
     
あー、宿題がないっていいなー。来年もこうだったらいいのになー。
まったくだ。そしたら俺も楽が出来るのにな。
あははは…。
笑ってごまかすんじゃないっ。お前の尻を叩いて宿題をやらせるのも結構大変なんだぞ? 

そんな会話をした日の夜、豪がそのハガキを持って来たのだ。
差出人はナンジャタウンで『-グランドフェスタリアンの皆様へ-特別ご招待のご案内』と書いてあった。
そこは券の代わりに手帳を購入するシステムになっており、施設内のどこかに隠されているすべてのスタンプを押すと、入場料がただ
になったり関連施設の入場料が割引になったりするという。   

お前、いつこんなトコ行ってたんだ?
ま、いーじゃん!なー烈兄貴、春休み中にここに遊びに行こうぜ。これなら金かかんねーし!
うーん、春休みのイベントが花見だけってのもさみしいしな…行くか。
おっしゃーっ!

万年金欠の豪の起死回生の誘いに、烈は素直にうなづいた。
いつもなら藤吉にたかる豪が、自分の力でチケットを手にいれてきたのだ。
こいつもやっと中学生になる自覚が出てきたか、とその成長が嬉しくもあり、あっさり了承してしまった。
その時点で豪の術中にはまっているとも知らないで…。

意気揚揚と入場した豪は烈の手を取り、まっすぐにあるところに向かっていた。
今日一日は豪の好きにさせてやろう、と思っていた烈だが、それが見えてくると途端に身を翻した。
しかしがしっと手を掴まれて、列に引きずり込まれてしまう。
熱があがっているのか、ふわふわして体に力が入らない。簡単に振りほどけないのは、きっとそのせいだ。
そんな烈の状態を知ってか知らずか、豪がにっと不敵な笑みを浮かべた。
「逃げちゃだめだって、烈兄貴~♪」
「お前、知っててココ選んだなっ?」
アトラクションの看板を涙目で見上げる烈。
『サウンドホラー・RING…あなたを恐怖に誘います…』
サウンドホラー。
それはお化け屋敷など、自分で歩き回るものではなく、ただヘッドフォンをして座っているだけのもの。
ただ、出口から出て来る人々はみな揃って顔面蒼白で、その恐怖は並々ならぬものと思われた。
「ちっくしょ…ハメられた…」
烈がギリ、と歯軋りする。
これが遊園地とかいうのなら、警戒したかもしれないが、まさかこんなところに自分が苦手としているものがあろうとは…。
しかし、隣の豪はそんなことどこ吹く風で手を差し伸べた。
「さ、行こうぜ?」
こいつ、後で覚えてろよーっ!
こんなに人が密集しているところで暴れるわけにもいかず、烈はしぶしぶその後に従ったのだった。

やっとのことで通された室内は薄暗かった。
指示通り、ヘッドホンをつけ、木の椅子に座る。それが合図なのか、ろうそくの光がぽうっと灯った。
わずかとはいえ光を得て安心したのか、烈がほっと体の力を抜く。
ちらりと横をみれば、豪が浮かない顔をしていて。
(豪…?)
けれど、いきなり聞こえてきたザーッという耳障りな雨音がその思考を散らしてしまった。
「皆様、ようこそいらっしゃいました…こんなに濡れて…さぞお困りでしょう。さぁ、どうぞ館にお入り下さい…」
嵐の中迷った客人を執事が迎えた、という場面なのだろう。
これから恐怖が始まるのだ、と思うと烈の体は自然と震えてくる。
しかし、ろうそくがともって相対している客の顔が見える状態で、そんな情けない表情が出来るはずもない。
烈は少なくとも表面上は平静を装い、ただじっと事が終わるのを待った。
「この館にお客様をお迎えするのは何年振りですかな…ここもあの事件が起こるまではずいぶん賑わっていたのですが…」
もったいぶった言い方すんな、あの事件って何さ!と怖さを紛らわすためツッコミをいれるが、効果はないらしい。
そんな烈の手を不意にあたたかい手が握った。
「…?」
驚いて横を見ると、豪がしっと指を口に当てている。
安心させるように微笑む豪の笑顔に、一瞬、烈の顔にも笑顔が戻る。
「おや…?お客さん、あの時の方に似てますね…?」
コツコツコツ、と周りを歩いている靴音が響く。
その靴音が、ピタリと自分の背後でとまった。
耳元で囁かれる、不気味な言葉。
烈は思わず豪の手をきゅうっと握り返した。
まるでそれだけがこの世でたったひとつ、自分をまもってくれるというように。
(うわ、烈兄貴、すっげ、可愛い…)
普段頼ってくれない分、その手のあたたかさは豪をなによりしあわせな気分にさせてくれる。
「思い出しますねえ、あの日もこんな嵐でした…」
ガシャン!
窓の割れる音。
同時に風がすごい勢いで横面をひっぱたき、ろうそくの灯りは音もなくかき消える。
「きゃああああああっ」
あがった悲鳴をイベントのひとつと見たか、他の客は動じない。
しかし、豪は声をあげた人物の真横にいるのだ。いや、例え離れていたとしても、烈の声を聞き間違うはずはない。
いまきっと烈はかつてない恐怖にとらわれているはずだ。
「そうだ、ワインをお出ししましょう…さて…」
ぐしゃっ。
まるで一撃で頭をつぶされたような、嫌な音が耳元で響く。
ぴちゃ…ぴちゃ…。
「やはりワインは赤ですね…ふふ…いい色だ」
愉しげな声がすぐ耳元で聞こえる。まるで、自分の喉元にナイフを当てられているような気になる。
灯りがないので、烈の表情はよく見えないが、一向におさまらない震えがつないだ手から伝わってくる。
音しか聞こえない、というのはある意味見えてるよりタチが悪い。
ひとつの感覚が封じられると、人間はそれを補うために他の感覚を鋭敏にする。
それがよけいに恐怖をあおり、風邪の頭痛もあいまって烈の意識はもう限界寸前だった。
「…さようなら」
ガタン!と座っている椅子が沈む。
まるでそれは地獄への誘いのようで。
「っ!」
声にならない叫びをあげ、烈の意識は暗闇に飲み込まれていった。

「はーい、お疲れ様でした。お帰りはあちらですー」
誘導員の明るい声が響き、明かりがつく。
「あーあ、終わった終わった」
度胸のある人間が集まったのか、はたまたこういったイベントに慣れているのか、大して怖がってもいなかった客がぞろぞろと出口に
向かう。
「あー、怖かったな。な?烈兄貴?」
「…」
「烈兄貴?」
返事がない。と、握っている手からふっと力が抜けたかと思うと、烈は豪の方にズルリ…ともたれかかってきた。
「え?」
慌てて豪がその体を支える。
蒼ざめた顔。かたく閉ざされた瞼。荒い呼吸。
「烈兄貴?」
ふと気がついたように額に手を当てれば、わずかに熱い。
こんな抱きしめれば、いつもなら脊椎反射のごとく肘鉄を喰らわされるのに、今の烈はピクリとも動かなかった。
「もしかして気、失ってる…?それにこの熱…やっぱり…」
その時入り口の方から話し声が。次の客が入ってくるのだろう。
ここに留まっていたら、いい注目の的だ。
「烈兄貴!」
揺さぶっても、ペチペチと頬を叩いても、反応はない。
迷ったのは一瞬で、豪は覚悟を決めた。
烈の背中に手を回し、もう一方の手を膝の後ろに滑り込ませる。いわゆる「お姫様抱っこ」というやつだ。
身長は今、烈の方がほんの少しだけ高いが、体重は同じくらいだろう。だったらやってやれないことはない。
「ていっ。って、結構キツいな、こりゃ…」
気合一発。持ち上がりはしたものの、歩けるかどうかは危ういものだった。
それでも豪は額に汗を滲ませながら、出口に向かう。
「どうしましたか?」
そのただならぬ様子に係員が飛んで来る。
(あーっもう、今話しかけんなよ!)
いつもの豪なら、癇癪を起こして突っぱねるところだ。
しかしここで騒がれたら今までの苦労は水の泡。
豪はまるで烈が乗り移ったかのように、あくまで笑顔で、礼儀正しく応じた。
「大丈夫です。何だかこいつ寝不足だったらしくて…」
苦しい言い訳ながら、何とか相手は納得してくれたらしい。
「初デートかい?女の子の体調には気を配ってあげなきゃダメだよ?」
「たはは…」
(なんつーヤバいことを言うんだこの兄ちゃんは… 烈兄貴が気ィ失ってて良かったー)
「ほら、こっちから外に出るといい。すぐそこが公園だから」
人のいい青年は仕事中にもかかわらず裏口のドアに誘導してくれ、おかげで豪はほとんど人の目に触れることなく、烈を連れ出すことが出来たのだった。

風に抱かれている。
そこはこのまま、自分の存在すべてをゆだねてしまいたいほどに気持ち良くて。
「ん…」
ゆっくりと烈の瞳が開く。
「あ、気がついた?」
豪…?
頭がぼんやりとしていて、うまく反応が返せない。
枕にしては何だか変な感触に視線を動かせば、自分が豪に膝枕をされてることに気づく。
「うわぁ!」
気恥ずかしさにがばっと起き上がった烈の体が、ぐらりと傾ぐ。
「烈兄貴!」
豪の胸に抱きとめられて、一瞬息がとまってしまった。
「…」
心臓がばくばくいっている。
(な…何今さら緊張してんだよ。こんなの小さい頃はいつものことだったじゃないか)
「ごめん、烈兄貴。熱あったのに無理させちまって…」
それを見て豪は、しょんぼりと肩を落とす。
「気にするな、黙ってたのはこっちなんだから。それに気絶したのは怖かったから…って」
そこまで口にして烈の顔が真っ赤になる。
そういえば豪はここまでどうやって自分を運んだのだろう?
「ご…豪っ!」
「痛ッ」
肩をガシッと掴まれた豪が、わずかに顔をしかめた。驚いて手を離せば、心配ない、というように笑って見せる。
「お前…怪我してるのか?」
「んー、ちょっと違う。腰にきてるだけ」
烈はすばやく頭の中でシュミレーションを行う。椅子が落ちた時点で自分の意識は途切れている。
なら、おぶうのは無理だったろうから…。
「まさか…」
「あ、大丈夫大丈夫、あんな抱き方しちゃったけど、烈兄貴、男と思われていなかったから」
にっといたずらっぽく笑う豪に、烈は自分の予想が当たったことを知る。
お姫様抱っこかぁ…それなら確かに弟にされたと思われるより彼女に間違えられた方がマシだったかもしれない。
「とりあえず…ごめん、重かったろ?」
「それなんだけどさー」
するり、と腰に手を回されて、烈は危うく声をあげそうになった。
「烈兄貴、ちょっと軽すぎだぜ?ちゃんと飯食ってんのか?」
「よく言うよ、腰にきたって言ってたくせに…そっちこそちゃんと鍛えてんのか?」
照れからか怒りからか、ぼそっと憎まれ口を叩く烈。
豪はあはははーと笑ってごまかした。
「さって、どうする?もう帰るか?」
立ち上がろうとする豪の服の袖を烈がきゅ、と握る。
「あのさ…まだ熱があるから、寒いんだ。だから…」
真っ赤になった烈は、その後の言葉が言えないようで、口ごもってしまった。
「…だから?」
やさしく促せば、聞こえるか聞こえないかくらいの小声で。
「…もう少しだけ、このままでいたい」
「了解♪」
一瞬だけ浮かべた幼い表情を隠すようにぱふっ、と烈が胸に顔をうずめる。
あたたかさに安心したのか、烈はすぐに眠りに落ちた。
「ねえ、烈兄貴、もう少しだけ…?」
寝息を立てる烈の髪を愛しげになでれば、甘えるように身を擦りつけて来る。
その頬に触れるか触れないかのやさしいキスを落とすと、豪は嬉しそうにつぶやいた。

「俺は、ずっと、このままでいたいな」


◇カッコ良い豪を目指して書いた話…だったはず。

ふたりの未来

2005-05-02 | 他ジャンル小説
どんな未来が、この先にあっても

今年の夏は季節外れの台風の来襲により幕を開けた。
昼日中に照りつける太陽はじりじりと熱く、身を焦がす。
夕方になれば少しは暑さも和らぐが、それでも進んで外出する気にはならない。

ちりん。

外に取り付けた風鈴が涼しげな音をたてる。
俺は微かに流れてきた風に身を任せた。 
時計を見れば既に6時を回っている。
それでも外を見ればまだまだ明るく、通りを歩く人の影も濃かった。
帰宅するサラリーマン、子供を連れて夕飯の買い物に行くおばさん、そして自分と同じ受験生とおぼしき若者が歩いている。
しかし暑さの為か、皆一様に疲れた顔をしていた。子供ですら、今いち元気がない。
俺は苦笑して呟いた。
「こんな暑い日に外に出るのはバカだって、バカ…」

ごん。

頭に衝撃。
「いってっ~!」
あまりの痛さに涙がこぼれそうになる。
それでも何とか踏みとどまると、目の前には、白い拳が突きつけられていた。
「誰がバカだって?」
にこやかに微笑む烈兄貴のシャツは汗がじっとりにじんでいて。
そう、まさに今、外から帰ってきたところといったカンジ。
「ああ~えっとぉ、俺です…」
よし。
どこか満足気に頷いて、烈兄貴が俺の手を引いた。
「え、ちょっと烈兄貴、どこ行くんだよ?」
まさかシャワーでも一緒に浴びようとか言うのかな。
そんなんだったら大歓迎なんだけど。
「…何考えてんだお前。シャワーなんて浴びてる暇、あるわけないだろ。さっさと夕飯の買い物に行くぞ」
そうなのだ、今星馬家には俺たちしかいない。
夏休みをはやく取った両親は、ただいま北海道旅行に行っている。
母ちゃんは息子たちのご飯はどうしよう、と最後まで心配していたのだが。
もう子供じゃないんだから、大丈夫、と烈兄貴が送り出したのだ。
その気持ちは俺も同じだったが、まさか料理をする気だったとは思っていなかった。
コンビニで弁当でも買って食べるのかと言ったその日、俺はすごい剣幕で怒られた。
曰く。
「お金がもったいない」
「空の容器も置き場がない、次のプラ回収日は1週間後だ」
とのことで。
烈兄貴、いい嫁さんになるな。
と、ぽろっと本音をこぼしたら、案の定殴られた。

夏の夕方は、どこか懐かしいにおいがする。
小さい頃は、帰りの鐘が鳴っても真っ暗になるまで遊んでいた。
今は暑さに負けて、夏期講習の後の友達の誘いも断る始末。
自分も年を取ったもんだな~、とつくづく思う。
スーパーに着くなり、烈兄貴は当然のように俺にかごを持たせた。
「烈兄貴、今日のご飯は~?」
「肉じゃがとかロールキャベツなんてどうだ?カンタンだし」
嬉々として食材を吟味するその姿は言ったら殴られるかもしれないが、まさに新妻というカンジ。
「それって単純な男ならイチコロのメニューだよな…」
だから、付き合った男には必ず作ってあげるのだ、と前の席の女が言っていた。
後は…そう。
「付き合いが7年って長いのかな」
「いきなり何のハナシだ?」
「夏期講習でさ、そういうハナシになったんだ。今まで付き合った中で一番長いのは、っての」
「ふーん、で?」
野菜を品定めしている烈兄貴は、やっぱりというかなんというか生返事。
目を細めて、ひんやり気持ちいい冷気にひたっている。
「みんな、一番長くて1年だってさ」
「ふーん、そりゃもったいないな」

どすん。

持ってるかごが重くなる。
中にはどうやらおめがねにかなったらしい身の詰まったキャベツ。
「もったいない?」
「例えばさ、人ひとりを理解するのにどれくらいかかると思う?」
あくまで品定めしてる振りを装って。
だけど、その背中が、わくわくしながら俺の答えを待っている。
こういう時の烈兄貴には本気でかからないと後で痛い目を見ることは必至。
「10年くらい…かな」
これだけ言っておけば大丈夫だろう、と思ったんだけど。
「ハズレ」
一刀両断。
サクッと否定されてしまった。
「例えばお前の持ってるこのカゴが1年だとすると」
じゃがいも、にんじん、たまねぎといれられて、ずっしりと重くなった。
「これでもまだまだ足りないな」
ちっくしょ、荷物もちがいると思ってしこたま買い込むつもりだな~?
俺は軽やかに前を歩く烈兄貴の背中を恨めしげに見つめた。

時が経つことに怯えて泣いてた 変わりゆく人の心に

外に出ると、涼しい風が頬を撫でる。
空には白い月。
行きにはあんなにいたのに家に帰ったのだろうか、道を歩く人はまばらだった。
買い物袋をぶらさげてぶらぶらと歩く。
と、前を歩いていた烈兄貴が小声で何かを呟いた。
「え?何か言ったか?」
「答え…」
振り返ったその顔は、どこか寂しそうで。
「答え、教えてやろうか?」
慰めたかったけど、ただ頷くことしか出来なかった。
「これはあくまで俺の考えだけど…一生かかっても1%未満」
「はい?」
「それだけ人と人は近いようで遠いものなんだってこと」
どう反応すべきなんだろう。
俺は相当困った顔をしていたらしい。
烈兄貴はただ笑って、風のように言の葉を紡いだ。
「すべてを理解する必要なんてないんだ。理解したいって気持ちが大事なんだから」
「あきらめずにそばにいれば、思いもかけない進歩だって見られる」
「人は成長するものだから」
ああ、俺ってほんとに烈兄貴が好きなんだ。
実感するのってこういう時。

望まなければ失わないのに 求めずにはいられないよ

「だから1年やそこらで見切るのはもったいないなって言ったんだよ」
ま、もっとも?その彼女が彼氏に見切られただけかもしんないけど。
さらっとキツいことを言う烈兄貴に苦笑しながら、俺は。

買い物袋を左手にまとめて。
右手で肩を抱く。
烈兄貴は暴れないでじっと体を預けてくれていた。
「ほら豪!帰るぞ!」
たった3秒だけだったけど。

お前が頑張ってるのを知っているから、ごほうび。

呟くその背中が愛しくて。
俺は烈兄貴を一生見守っていきたいと思った。

どんな未来がこの先にあっても


◇もしもの未来話。相手を本当に理解出来る日は一生来ないかもしれないけど、だからこそ、一緒にいるんだな、と。関係ないですがこれ見ると、昔だんなにお米と牛乳としょうゆ買って来て、と頼んで、泣かれたのを思い出します。ちなみにイメージソングは「夢みたあとで/GERNET CROW」

時計

2005-05-02 | 他ジャンル小説
それは、烈兄貴が卒園式にくれた時計。
カチカチ、休まず時を刻む。

   つけてると、落ち着くだろ?単純だからな、お前

小学校って楽しいのかな。
俺がいなくっても、烈兄貴、笑ってんのかな。

   俺だと思って持ってろ…大丈夫、一年なんてあっという間に過ぎるよ

その手が小さく震えてたことを知ってるのは、きっと俺だけ。
なのになんで、そばにいられないんだ?


「はーっ、ジュン、今日って何月何日だぁ?」
「え?」
キイ、キイ、キ…。
隣でブランコをこいでた音がとまる。
「…」
「な、何だよ」
幼稚園に入ってから、ジュンはばさばさだった髪をきっちりポニーテールに結わえてくるようにな
った。とはいえ行動まで変わるはずもなく、入園祝いのショートケーキをぶんぶん振り回して帰った挙げ句、開いてみて泣きそうになってたけどな。
まっ、ちょっと話がズレたけどさ、まあその…黙ってればまあまあ可愛いんだ、こいつ。
ちょっと明るい茶色の瞳でじっと見つめられると、なんつーか、こう…。
「ばーか」
そう、ば…。
「なっに~っ!」
「ったく、何回同じコト聞きゃー気が済むのよ?今日は4月10日、烈兄ちゃんの誕生日は明後日、あんたが晴れて小学生になるには、春夏秋冬越えないといけないの!まだまだずーっとずーっと烈兄ちゃんとは離れ離れなの!わかった?わかったら返事!」
こえ~っ。流石烈兄貴の一番弟子だけあって迫力はハンパじゃねーな。
「は…はいはい」
「はいは1回!」
「はいっ!」
すごい剣幕で怒鳴ったジュンは、は~っと脱力しきったため息をついた。
「ジュ、ジュン…?」
「あんたは家に帰れば会えるからいいじゃない…」
ぽつり、と。
今にも泣きそうな顔で呟くその言葉がズシン、と心にのしかかる。
「先行ってる!」
うつむいて走り出すその背中に向かって、俺は大きくブランコを漕ぎ出した。
近づく、大きな空。
同じ青に包まれていても、烈兄貴のキョリはこんなにも遠い。
『家に帰れば…』
イエニカエッタッテ。
『会えるから』
アエタッテ。
『いいじゃない』
「全然、良くねぇよ…」
小学校であったことをキラキラした瞳で話されるのって結構、ツラいんだぜ?
きっとそこには、まったく新しい世界がひらけてて。
友達だって今までとは比べものにならないくらい出来て、そしたら。
そしたら、俺のことなんて…。
「だーっ、もうウジウジしてたってしょーがねーや!」
休み時間も終わりそーだし、とっとと教室戻るか。
カシャン、カシャン!
力まかせに無理やりブランコのスピードをゆるめ、一気に飛び降りる。
ずっと鎖を握り締めてた汗だんだ手のひらからは、かすかに鉄のにおいがした。
「っと、今は…」
あれ?
時計がない!
烈兄貴が俺にくれた、大切なモンなのに!
俺は必死で探した。それこそ地面に這いつくばるようにして、ほこりまみれになって。
んで、何のことはない、それはブランコの真下に落っこちていた。
まだ少し揺れてっけど、パッと取ってくりゃ大丈夫だろ。
いーち、にー、のぉ…。
さんっ!
「ごぉー、何してんの、休み時間終わっちゃうよー?」
その時のジュンの声は、まさに最悪のタイミングとしか言い様がなかった。
「うっせえな、いまそれどころじゃ…」
「豪っ、危ないっ…!」
ごんっ!
しゃがんでいた俺はブランコの直撃をもろくらってその場にくず折れた。
あーもう、だからそれどころじゃねーって言ったのに…はあ。


夢を見た。
俺が、ガラスの水槽の中に閉じ込められてる夢。
そのすぐ前を…烈兄貴が知らない誰かと楽しそうに笑いながら、通り過ぎていく。
『烈兄貴っ』
一生懸命叫んでるのに、烈兄貴はちっとも気付いてくれなくて。
いや…そうじゃないな。こっちを見ても、まるで道端の石ころみたいに無視してる。
『れ…つ…』
もう、俺はいらないんだ。
そう考えたら、すごくかなしくなって。
ぽろぽろ涙がこぼれたけど、みんな水にとけてなくなってしまった。

   ばっかだな、また怖い夢でも見たのか?

俺が、涙を流したら。
烈兄貴、昔みたいに抱きしめてくれるかな。

   ほら、おにいちゃんがそばにいるから。

俺ってバカ?
水の中じゃ、涙なんて見えないのに。

   もう、怖くないよ。

けど、お願い。
もう一度だけ振り向いて。

そしたら…そしたら?


「烈兄貴っ!」
ったー…誰だよ大声出しやがって頭に響くだろー?
あれ、何で空があかいんだ?
「『ったー…誰だよ大声出しやがって頭に響くだろー?』なんて顔してんじゃない!ったく人心配させといてこんな時間までぐーすか寝やがって!」
ぱさっ。
読みかけの本を無造作に置いて、こっちを睨んでるのは間違いなく…。
「烈兄貴?ど、どーしてここに!」
確か俺はガラス張りの水槽に…じゃない!
昼休みに時計取ろうとしてブランコにぶつかったんだ…うわ、情けなー。
「状況認識が遅いよ、お前…まったく、ジュンちゃんに感謝しろよ、お迎えが来るまでずーっとお前の看病してたんだからな」
あ、そういえば頭がひんやりしてら。サンキュ、ジュン。
しかしもとはといえばアイツのせいという気もしなくはないぞ?
「しっかし、ジュンに看病されるとはなー。世も末ってやつだぜまったく」
「そんな言い方ないだろ?ジュンの奴、責任感じて泣きながら小学校まで走って来たんだぞ?大体お前には想像力ってものが…」
あは…烈兄貴、怒ってる。まっすぐ俺のこと、見てくれてる…。
これが本当の世界だよな?
白いシーツがぐにゃり、とゆがんだ。
「…お前、何泣いてんの?」
「…へ?俺の涙が、見えるの?」
「はぁ?」
烈兄貴はポケットから真っ白なハンカチを出すと、それで涙を拭ってくれた。
「ばっかだな、また怖い夢でも見たのか?」
「…っ!」
その言葉を聞いた途端、ぶわっと涙があふれてきて、とまらなくなった。
まったく俺のどこにこんな水がたまってんだろってカンジで。
目を押さえていたハンカチは瞬く間にびしょ濡れになってしまった。
烈兄貴はちょっと迷ったけど、周りに人がいないのを確かめてから、俺を抱きしめてくれた。
とくん、とくん。
あったかいからだ。
ここが、俺が一番好きな場所。
「ほら、おにいちゃんがそばにいるから、もう怖くないよ?」
そう、やさしく頭をなでられると、俺は嬉しさでいっぱいになる。
ひだまりで眠ってる、猫みたいに。
しあわせいっぱいになる。
「烈兄貴…」
「ん?」
「小学校、楽しい?」
「楽しいよ」
笑顔で返されて、しあわせ気分がみるみるうちにしぼんでいく。
そうか…やっぱ、楽しいのか…。
「まあ、来年にはかなわないだろうけどね♪」
「…?」
来年にはかなわない…って、今年より来年の方が楽しいってことだよな。
え、待てよ、ってことは?
「ほんっとニブい奴だなー。あー直訳するとだな、その…」
ちょっとだけその顔が赤く見えるのは、夕焼けのせいなのかな?
「俺だってお前とはやく小学校、行きたいってこと!」
「なーんだそんなの…」
まっすぐに、俺を求める、紅い瞳。ありがと、けど、ちょっとだけ待ってて。
「シュンカシュートー越えたらすぐだよ♪」
「お前、意味わかって言ってんのか?」
来年の春には、きっと。
真っ先に、君のそばに行くから。


◇硝子の水槽に閉じ込められた人の涙が見えない、という設定は結構気に入ってました。自分の力量では絵に出来ないのが残念です。

Once upon a time

2005-05-02 | 他ジャンル小説
よっ、待ったか?
わりーわりー、今日に限ってミーティングが長びいちまってさ…。
しっかしお前も物好きだよなあ。
『俺が烈兄貴のことを何でそう呼ぶのかききたい』なんてさ。
まー、隠すこともねーしな、話すのはかまわねーぜ?
どっから話すかなあ…。
俺の兄貴の名前はトーゼン知ってるよな?そう、「烈」っていうんだけどさ。
その女の子みたいな顔にだまされて、その名前は似合わないなんて言う奴もいるけどさ、冗談じゃねー。
少なくとも俺は、この世界にこれだけピッタリの名前持ってるヤツなんていんのかよ?って位似合うと思ってるんだ。
それにしてもウチの親も、その顔に惑わされずに、よくこの名前つけたよな。感心しちゃうぜ。
ま、今でこそこんなこと言ってっけど、俺も最初は兄貴の猫かぶりにだまされたクチだった。
なんつったって「面倒見の良いおにいちゃん」だったからなあ。
あ、誤解すんなよ。今がそうじゃないって言ってるわけじゃねーぞ。
ただあの頃の兄貴は、ただ笑ってるばっかりで、なーんかつかみどころがなかったんだよ。
今もそうだって?うーん、でもさ、お前だって兄貴の怒ってるトコ見たことあるだろ?
ま、その対象がほとんど俺ってのがツラいんだけどさあ。
人間だったらさ、泣いたり怒ったりするじゃん。しかも子供なんだぜ?
あー…まあ今も子供だけどさ。
まあとにかくだ、烈兄貴にはそういうその年頃の子供にあるワガママがまったくなかったらしい。
俺が生まれて…「おにいちゃん」と呼ばれるようになってからは、特に。
だけど、そんなのムリなんだっつーの、フツー。
んで、その我慢してたのが、とうとう爆発したんだよなあ。
あれは何だったのかなあ…思い出せねーけどさ。原因はとにかく俺にあったんだよな。
んで、怒られたのは烈兄貴だった。
俺はといえば、何にも言えなかった。今じゃ考えられねーけどな。
知ってるか?兄弟の下って結構ツラいんだぜ、そーゆー時。
自分が悪いってわかってるのに、大人が勝手に上を叱っちまうからな。
とにかくあやまろうと思って、部屋に行ったんだよ。
そしたら、烈兄貴泣いてたんだ。声も立てずにさ。
俺、どうしていいかわかんなくて。とりあえず名前呼んでみたんだ。
「おにいちゃん」って。まだそん時は周りもみんな烈兄貴のことそう呼んでたからさ。
そしたら烈兄貴「やめろ」って言うんだ。「もうたくさんだ」って。真っ赤な目でさ…。
んで、きわめつけが、コレ。
「おにいちゃんなんて呼ぶな!」
俺はもうパニックだったね。何しろ知らない烈兄貴のオンパレードだったからさ。
泣くわ怒るわ叫ぶわ…。
そん時俺、すっげー困った。
だって今度からなんて呼べばいいんだよ?
俺は「おにいちゃん」って呼び方しか知らないんだぞ!
すごくすごく、考えたけど、答えは出なかった。
誰か、知らないかな?
『そーだ、サガミのおっちゃんだったら知ってるかもしんない!』
思い付いたら、俺はもういてもたってもいられなかった。
何とか玄関のドアを開けて、家を出て…その5分後には迷子になってた。
「やっべーなーっ」と思っていると、向こうからおんなじ服着た女が連れ立ってやって来た。
それが「せーふく」ってのを着た「じょしこーせい」なんてのは、そん時の俺にわかるわけがない。
ふと、そのうちのひとりがこっちを見た。でっかい目をパチクリさせて。
かと思うと、いきなりハネた髪の毛を揺らしてこっちに走ってきたんだよなー。
「ひょっとして、君、『ごう』くん?」
俺は自分が『ごう』って呼ばれてるのは知ってたから、うなずいた。
あれ、でも何でおれのこと知ってるんだ?
「あれ?今日は『れつ』くんは一緒じゃないの?」
れつ?誰それ?あ、ひょっとして…!
「おにいちゃん?」
「そう、君のおにいちゃんでしょ?新聞に出てたもの」
しんぶんっていうのが何なのかはわからなかったけど。
俺は必死でそいつに話しかけていた。やっとつかんだ手がかりだもんな。
「おにいちゃん『れつ』っていうの?」
「そう。でもそれだけじゃ呼び捨てになっちゃうからね。『れつおにいちゃん』
って呼ばなきゃね」
「…だめなの」
「え?」
「おにいちゃん、『おにいちゃん』って呼ぶなって言うんだ。でも『れつ』って
呼んでもいけないんでしょ?」
「う、うーん…」
俺はもう泣きそうになってた。どうすればいいのかわかんなくて。
せっかく名前がわかったのに、呼んじゃいけないなんてサギだよな。
「よし!いーこと考えたっと♪」
嬉しそうに手を叩くと、そいつは俺の目を覗き込んで、こう言った。
「じゃあねごうくん、こう呼んでごらん『れつあにき』って。ね?」
「れつ…あにき?」
ふしぎなことばだな、と思った。
えっと、れつ…は名前だろ。あれ、それじゃ「あにき」ってどーゆーイミだあ?
「ほら、お迎えだよ」
かすかに聞こえてくる、いつも俺を呼ぶ声…。
「じゃあね」
「あ、ありがと…」
俺は「あにき」って何なのか聞きたかったけど、そいつは笑って帰っていっちまった。あーあ。
入れ替わるように現われた烈兄貴は、ちょっと怒った顔をしていた。
「こんなトコで何してんだ、探したんだぞ、もう!」
「…ごめん、れつ…あにき?」
「はあ?」
その時の顔を思い出すたびに笑っちまうんだよな。
ほんとーに無防備な顔だった。頭真っ白ってカンジのさ。
んで。その後、烈兄貴どーしたと思う?
大爆笑だぜ、大爆笑!まーったく今まで静かに微笑んでいただけのくせにな。
思えばあん時からだよな。烈兄貴が本心見せるようになったのって。
でも、そん時の俺はんなこと冷静に分析する余裕なんてねーからさ、そりゃ慌てたよ。
「おに…じゃなかった、れつあにき、まだ怒ってる?」
我ながら哀れを誘う姿だったと思うぜ?あれは。
んで、烈兄貴から返ってきた答えっていうのが…。
「バッカだなあ。もう怒ってなんかないよ。お前ってヤツは、まったくもう…!」
それも、笑いすぎてその目に浮かんだ涙を拭いながら、ときたもんだ。
ひとしきり笑い転げた後で、烈兄貴は言った。照れくさそうにその小さい手を差しのべて。
「一緒に帰ろ、豪」
俺は、もちろんその手を取った。
あの時の烈兄貴、すっごく嬉しそうだった。やっと自分の名前、呼んでもらったんだもんな。
だから、俺はずっと兄貴のこと『烈兄貴』って呼んでるんだ。
あれからもう7年が過ぎたけど…烈兄貴は相変わらず猫をかぶり続けてる。
あ、でも俺にだけ見せてた素顔の自分ってヤツも段々表に出してきたよな。
ちょっと淋しいけど、それってイイコト…なんだよな?
あ、烈兄貴が呼んでる。もう行かなくちゃ。
最後にひとつだけ教えてやるよ。俺が今イチバンやりたいこと。
それってさ、烈兄貴のこと『烈』って呼ぶことなんだ。
だってこの名前ってほんとそのまんまってカンジだからさ。
ま、俺が烈…に平手打ちくらわなくなったら、また話聞きに来てくれよ。
それじゃ、またな!

                                     
◇どうして豪が烈兄貴と呼ぶようになったか、な過去妄想話。上は色々辛いけど、下だって何も考えてないようで結構考えてるんですよー…多分。  

さびしがりやの花

2005-05-02 | 他ジャンル小説
お待たせー。ごめんね、待った?
え?学級新聞の取材で豪のことを聞きたいって?
うーん、いいけどそういうのって本人に直接聞いた方がいいんじゃないかなあ。
…え?豪に聞くと記事にならないって?ははっ、そういえばそうだね。
アイツ言ってることが支離滅裂だからなあ。
え?『どうせなら意外なトコロを教えてほしい』って?
そう言われてもなー、うーん。
アイツにそんなとこあったかな?
確かにたまーに妙に鋭い時はあるけど…。意外なトコロねえ、うーん。
あ、あれがいいかな。
確かあれは夏にはいってちょっとした頃だったと思うけど。
WGPのリーダー会議で豪と一緒に帰れない日があって…運悪くトランスポーターも故障してて、電車に乗って帰った日があったんだ。
で、家に帰ってみたらとっくに先に帰ってるはずの豪の姿はなくて。
まあ、その時はまたどっかで遊んでんだろうな位に考えてたんだけどね。
夕食の時間が過ぎて、お風呂の時間が過ぎて、時計の針が11時を過ぎると、さすがにのんびり構えてるわけにはいかなくなった。
とりあえず僕が考えたのは、電車で寝過ごしたんじゃないかってコト。
「寝る子は育つ」っていうけどアイツの場合、ホントにそうなんだ。
だったとしたら…とりあえず駅に行ってみよう。
あの時は、僕も疲れてたんだなって思う。
思いつくままふらっと家を出て…気がついたらパジャマにつっかけサンダルだったからね。
今思うとホント恥ずかしいけど。
駅のロータリーの時計を見たら何と0時近かった。
もちろん、終電なんて終わってる。ホームの明かりだって消えてたしね。
だけど、僕には弟の姿がはっきりと見えた。
豪は時計をにらみつけながら、ホームのベンチに座ってた。
その腕に小さな花の鉢植えを抱いて。
「豪!」
僕はその時まったくどうかしてたんだと思うんだけど。
金網を乗り越えて、線路を横切り、ホームによじのぼった…なんてね。
「烈兄貴?」
「…ったく何やってんだ、お前」
豪はちょっと首をかしげて、ニッと笑った。僕が本気で怒ってないことを見抜いたんだね。
ったくそういうことだけは敏感なんだよなあ。
「そっちこそ、何らしくねーことしてんだよ?」
人に心配かけた上にこの生意気なセリフ!あのな、豪!「弟」っていってもたった一歳の差しかないんだぞ?いつもいつも「しょうがないなあ」ですましてもらえるんなら警察はいらないっての!
「…言いたいことはそれだけか?」
僕はすうっと息を吸い込んだ。きゅっと右手を握り締める。
「わーっ待った待った烈兄貴!悪かった!話すよ、話しますってば!」
コイツ…殴られる前に謝ったな…。
まあそれも10年も付き合ってれば当然なんだけど。
観念したのか、豪はポツリポツリと話し始めた。
「…電車から降りたらコイツがベンチでひとりぼっちでさ」
たくさんの人に囲まれていても、いつも、ひとり。
「誰も持っていかないし」
なぜなら誰の助けも求めないし、受けつけないから。
『自分ひとりで何とかしてみせる』なんて。どうしようもない意地っ張り。
そんなこと出来るはずないのに。お前にはトクベツな何かがあるわけじゃないのにね。
僕はちょっと哀しくなった。どこか、自分に似ている気がしたんだ。
と、いきなり目の前に豪の顔が現われた。
「うわっびっくりしたあ!急に立ち上がるなよ、豪!」
「もう0時になったよな?さ、帰ろうぜ、烈兄貴」
そう言うといやに晴れ晴れとした顔をして、手を差し伸べてきたんだ。
「持って帰るのか?」
「苦労させられそうだけどな、んでもいーや」
もう、俺のもんなんだしさ。
そう言った時、豪の奴すごくいい顔してた。
え?その花は結局どうなったかって?
それがさ…豪の奴、何を思ったか学校の花壇に植えちゃったんだ、それ。
『この方が寂しくないだろ?』だってさ。
あ、だけど放っぽりっぱなしってわけじゃなくて水やりとかちゃんとやってるんだよ。
こそこそとだけどね。
僕は『いいことだから堂々としてりゃいいじゃないか』って言ったんだけど。
『ジョーダンだろ烈兄貴!この星馬豪様が花の世話なんてみっともなくて言えっかよ!』
だってさ。ったくおかしーよねー。…ってあれ?
どこ行っちゃったのかな、あの子。
あ、八田くん。今僕の前にいた女の子知らないかな?
ええっ!花壇の方に走ってったあ?そーいやあの子カメラ持ってたような…やば。
ま、いっか。
あれ以上しゃべってたら、余計なことまでしゃべっちゃいそうだったもんなあ。
自分に似た花をみんなのところに連れてきてくれて、嬉しかったとか。ありがとうとか。
あれから、力が抜けてラクになったとか。お前にもにもけっこういいとこがあるんだな、とか。
うっわーっ、ガラじゃないよなあ。さ、バカ言ってないで帰ろ帰ろ。
豪が真っ赤な顔して追いかけてくる前に、ね。


◇烈兄貴の惚気が書きたかったんです、はい。                                         

無敵のトライアングル

2005-05-02 | 他ジャンル小説
◇このお話はいきなり途中から始まってます。何故ならとある方の小説の続き、ということで捧げたものだからです。確かチイコちゃんがすっごい美人になって帰って来て、烈兄貴といい雰囲気で、でも付き合ってないってわかって豪がほっとする…ところから始まってたような。うろ覚えでごめんなさい。

それでもよろしければ、どうぞです。


ま、烈兄貴とチイコが付き合ってるなんてのがガセネタだったってだけで今日はよしとするか。
ふぁーあ、安心したら眠くなってきたぜ。あーもーまぶたが限界…。
「こら、こんなトコで寝るなってば!一体何しに来たんだ、お前は?」
んな呆れることないだろー?俺の心配なんて天然ぼけの烈兄貴にゃわかんねーって。ったく!

「…であるからして、これが…」
昼メシ後の授業ってなんでこんなに眠いんだか。おーおー、みんな舟こいでやがるぜ。
かく言う俺も…ふぁ。この時期の窓際の席ってのは涼しい風が入ってきて、とにかく気持ちよくて、気を抜くとかくっといきそうになる。
だけど、今日は寝てるわけにゃいかねえ。どうやったらチイコと烈兄貴を引き離せるか考えなきゃいけねーんだ。
しっかし不思議だよなー。あーんなちんちくりんだったチイコが何であそこまで化けるんだか。
烈兄貴もまんざらでもなさそうだし…ちっ。
ほんと、神様ってのは不公平だよな。
俺だって三国家に生まれてれば金にモノ言わせて烈兄貴と同じクラスに…って、そしたら同じ場所には立てても、しょせんは他人だもんな。兄弟じゃなくなっちまう。
ずーっと一緒に暮らしてきたってのはある意味リードしてるってことだもんな。
へーん、ざまあみろチイコ。お前は外ですましてる烈兄貴しか知らないだろー。やーい。
だけどやっぱやなもんはやなんだよなー。あーうー。
あーもう、うじうじ悩むのはやめだ!今度の休み時間にチイコにきっぱり釘差しに行くぞ!
「あー、はやく授業終わんねーかなー」
「君のパフォーマンスが遅らせてるんだけどね、星馬豪くん?」
パコッ。俺はいつのまにやら後ろに立っていた教師に頭をはたかれてしまった。
「…百面相は結構だが、ジェスチャーは控えてくれたまえよ」
「は~い…」
殊勝気にうつむくと、満足したようにうなずく。けっ、負けたわけじゃねーけど、そのなんだ名誉ある転進ってやつだな。こんなことで時間取られるわけにゃーいかねーからなっ!
その瞬間、チョークが飛んできて俺の頭にヒットした。
「2度目はないよ?」
教師の妙技にだれていた教室が湧く。ちっくしょー、油断した~っ。
「ばか…」
ジュンのあきれた声が、やけに大きく響いた。

そして休み時間、俺は1階下の烈兄貴達の教室に向かった。
ウチの高校は若い1年の教室は最上階、2年はその下、何かと気苦労の多い3年はさらに下の階に配置されてるんだ。おかげで朝のHR遅刻ギリギリなんだよな、俺。
目標はすぐに見つかった。大勢の『おともだち』に囲まれて優雅に笑ってやがる。
そのほとんだが男ってのはちょっと問題だけどな。
と、不意にその輪が崩れた。
「あら~、お久し振りですわね~」
黒い髪をなびかせてこっちにぱたぱた走ってくる姿は、まさにお嬢様。
その中身を知らない奴には、確かに魅力的…なのかもしんねーな。俺はゴメンだけど。
「烈兄貴は?」
「生徒会の仕事が入ったみたいですわ~。すれ違いですわね~」
故意に挨拶を無視した俺には構わず、チイコはニコニコ笑っている。
「何か言いたいことがおありかしら~?」
うっ、カンの良い奴。っつーか、俺の表情みれば一目瞭然か。
「そ~ね~、察するに烈様と私が仲睦まじいいことをやっかんでるってとこかしらね~」
口調はのほほんとしてるのに、ずばり核心を突いてきやがる。こーゆートコ、ちょっと烈兄貴に似てるよな。
「だったら、どーだってんだよ?」
「どーもしませんわ~」
途端、チイコは今までほわほわしてた表情をすっとかき消した。
挑むような瞳を真っすぐに向けてくる。顔は美人だけになかなかの迫力だ。
「だって私烈様のことが好きなんですもの。お慕いしている殿方のそばにいたいと思うのは当然のことじゃありませんこと?」
よくも言い切ったなコイツ。確かにそうかもしんねーけど、こっちだって『ハイそーですか』って引き下がるわけにゃいかねーんだ。
「烈兄貴はなあ、俺の…」
「『兄』ではあるけど『恋人』ではないでしょう?」
…勝ち誇った笑みを浮かべるチイコに俺は何も言い返せなかった。

「どーしたのよ豪、あんたが暗いと調子狂っちゃうじゃない」
教室に戻った俺を迎えたのは、幼なじみのジュンだった。
トレードマークのポニーテールを揺らしながら、当然とばかりに向かいに座る。
子供の時からこいつの顔は変わらない。ちょっとあどけない、幼い顔。
「お前って、ほんと、変わんねーよなー」
そんな言葉がしみじみ口からもれた。チイコを見てきたから余計そう感じる。
「あのねー、どこ見て言ってんのよ」
「あー、胸とか顔とか、あとは…身長とか」
正直に言ったらぽかっと一発くらった。あ、あと手を出すのがはやいってトコも変わってねーか。
「失礼ね!まだこの人の為なら変わってもいいって良いオトコにめぐり逢ってないだけですー」
ぷーっとむくれて横を向く。
あのな、子供っぽい仕種がハマるうちは恋なんて十年はやいと思うぜ、ジュン?
「そういう奴に会ったら、女は変わるのか?」
確かに恋をすると女は綺麗になるって聞いたことはあるけど、あれはまた特別だろ。
毎日エステに通ってんじゃねーのか?いや、エステの人間が三国邸に出張してきてんのかもな。
無駄な金使ってんなー。んなことしたって烈兄貴がなびかなきゃどーしよーもねーってのに。
「ま、お子様の豪にはまだわかんないかもねー」
クスクス笑うジュンは明らかにコトの行方を面白がっていた。
そーいやジュンはチイコとミニ四駆仲間だったな。こっちの情報は筒抜けってわけか。
「言ってろ!」
「ま、頑張るのねー。陰ながらオウエンさせていただくわ」
にっこり。中立の立場、ややチイコよりってとこか、この笑顔は。
チイコの奴、悔しいけどいい女になりやがった。この俺が一瞬とはいえ呑まれるなんてな。
ましてや烈兄貴なんて…やっべーなー。帰りにもう一度教室寄ってみっか…。

「あら~、今日はよく会いますわね~」
その声を聞いた途端、俺は無言で踵を返した。いやしようとした、のだが。
「…ぐえっ!?」
「レディーの問いかけは無視するものではありませんことよ~」
だからってなあ、いきなり制服のネクタイ、高速で締めるかあ?死ぬかと思ったぞ、マジで!
「おっ、俺はお前に、話が…ゲフッ」
チイコは咳き込む俺など意に介さず、それでもカタチだけは困ったように小首を傾げた。
「あら~、残念ですわね~。今日は先客がいますのよ~。これから待ち合わせですの~」
待ち合わせ?誰とだよ、まさか烈兄貴じゃねーだろーな。
「そんなに怖い顔なさることありませんわ、まだそこまでの仲じゃありませんもの、まだ…ね」
おいおい何だよその意味深な言い回しは!ったく、女は魔性って言うけどほんとだな。
これじゃ、天然ぼけの烈兄貴なんか、あっと言う間に食われちまいそうだぜ。
「あのな、はっきり言わせて…」
「…あげる時間はなくなったようですわよ?」
まるで旧知の知人に会ったようにチイコがにっこりと笑う。途端に肩に感じた節ばった手の感触。
後ろから?
「え?」
驚くほど簡単に体がスピンしたかと思うと、次の瞬間みぞおちに激痛が走った。
「ボディガードにしては、ちょっと弱すぎるのでは?ま、こちらにとっては都合いいですがね」
「待ち合わせに遅れたペナルティ、ですわ。お気になさらないで」
痛みで意識朦朧とする中、そんな会話だけが聞こえてきて…俺は気を失った。

頭がガンガンする。吐き気もする。あーもう、それだけで、気分は最悪だってのによー。
「何だよ、この鉄格子はあ!」
試しに体当たりをかましてみたが、がしゃん、と音がしただけでびくともしない。
俺は恨めし気な視線を、この部屋のもうひとりの主に向けた。
「おい!そこでのん気に茶なんてすすってんじゃねーよ!」
「騒がしいですわね~、何事ですの~?」
見るからに豪華な椅子をかたん、と鳴らし、チイコが優雅に立ち上がる。
テーブルには湯気を立てた紅茶、そして上品なお菓子。
そう、この部屋は牢屋と応接間がドッキングしてる悪趣味な部屋なんだ。この設計した奴、絶対変だぜ、ったく!
「ひょっとして待遇が気に食わない、とかおっしゃるのかしら?」
小さく首を傾げながら、近寄ってくるその余裕の態度が嫌なんだーっつーの!
「何なんだよ、この待遇の差は!」
「私は日本、いえ世界でもトップクラスの三国財閥の人間ですもの。丁重にもてなすのは
当然のことだと思うけど?」
はいはい、金持ちってのは因果な商売だねえ。俺、一般庶民で良かったぜ。
「お前、誘拐されるって知ってて待ち合わせに行くつもりだったのか?」
「まさか。ちゃんと切り抜けて帰って今頃はお風呂に入ってる予定でしたわ。ヘンなおまけがくっついてこなければね」
わざとらしくため息をつかれて、俺はもうブチ切れた。
「それって俺のことかよ!」
「他に誰がいますの?騒ぐだけならサルでも出来ましてよ、ご・う・さ・ま!」」
あーもう、こいつってほんとやな女!誰のせいでこんな目に遭ってると思ってんだよ!
いきなり殴られて、知らないところに連れて来られて、手錠とかはつけられてねーけど、こんな辛気くさい牢にはブチこまれるし、同じ人質なのに待遇は悪イーし…。
あー腹減った、今日の夕飯なんだろーなー。
「さて、とあなたなんかに付き合ってるヒマはありませんわ」
憎たらしいほど悠然と踵を返すと、チイコは何やら操作し始めたようだ。
その冷たく向けられた背中に思い切りあかんべをしてやると、俺はそこらにあった布団をかき集めてふて寝することにした。
どーせすぐには助けは来ないんだから、脱出の時の為に体力は温存しておいた方がいい。
とはいうものの…誘拐なんて初めての経験で緊張してるし、腹は減るしでなかなか眠れない。
加えて、向こうから聞こえてくるカタカタ何か叩く音!これがすっげーカンに触るんだよっ!
それでも俺にしてはガマンして、ガマンして、ガマンして、ようやく何分か経った頃。
ピー。無愛想な機械音が室内に響いた。
「ずいぶん簡単なガードだったわね…えっと…あら、大変。今は何時かしら?」
けっ、知るかよ。問いかけを故意に無視してた俺の耳に、信じられない声が飛び込んできた。
『…警告する。君らがかどわかしたふたりを定刻までに解放しなければ、それなりの処置を取らせてもらう。警告は一度だけだ、良く考えて返事をするように。繰り返す…』
いつもとは違う、低いトーン。別人のように冷たい口調。だけど、この声、それになにより
今日びの日本人が絶対使わないような古風な言い回しは確かに。
「烈兄貴!?」
思わず鉄格子にはりついたそのわずか一瞬で、俺の腕は会心の笑みを浮かべたチイコにガシッとつかまれた。その細腕のどこにそんなバカ力が隠されてんだよ!
「定刻まであと3分?…ギリギリですわね」
「何わけわかんないこと言ってんだよ、大体何で烈兄貴の声がす…うわっ!?」
矢継ぎばやの質問を避けるように、チイコは胸に抱いてた機械をほうってよこした。
なんだこりゃ…ノートパソコンからのびてるぞ?
「それを鍵にはりつけて!はやく!」
って言われてもなあ。展開がはやいわ、訳わかんないわで頭と体がうまくリンクしていないらしい。
それでもなんとかそれをセットすると、チイコはよろしい、とばかりにうなずいた。
途端にすごい勢いでキーボードを叩き始める。周りは何も目に入ってないってカンジだ。
「…?」
俺はよっぽど疑問符全開のマヌケな顔をしてたらしい。
「あーもー、面倒ですわ。百聞は一見に如かず!すぐに烈様がいらっしゃいますから、ご自分の目で確かめなさいな」
しなやかに動かす指はそのままに、チイコが俺に怒鳴ってよこす。
「何で烈兄貴がここに来るんだよ」
「あなたが、ここにいるからよ」
その一瞬だけ見えた、すねたような顔。
「…え?」
カチリ。牢の鍵が開く音。
「壁に寄って!はやく!」
ドカッ。チイコが俺にぶつかった…って、おい!さりげに俺に体当たりかますなよ。
「…時間だわ」
その瞬間、轟音と共に天井が降ってきた。

ぽっかりと空いた空間から、夕焼けの空が見えて、俺はこんな非常時だってのに『綺麗だな』とか思っちまった。現実逃避だったのかもしれないけどな。
だって考えてみろよ。三国の戦闘用ヘリコプターから無造作に飛び降りて来たのが烈兄貴なんだぜ?
そんなこと、あるはずないだろ?
「無事か?豪?」
だっていつもキチッとネクタイ締めてるのに、Yシャツのボタン無造作に外しててさ。
「…チイコちゃんも」
いつものほほんとしてるのに、今まで見たこともない鋭い瞳をして。
「ええ、今回の助けはずいぶんはやかったですわね。やっぱり撒いたえさが良かったのかしら?」
「…っ!」
しかも女を殴るなんてこと!
俺は烈兄貴の拳を止めることが出来なかった。
チイコは殴られても無表情だった。ただ、殴られた頭を静かに押さえただけで。
「チイコちゃん、これだけは言っておくよ。俺は三国財閥にこれ以上関わる気はない。今度俺の大切なものを危険な目にあわせたら、絶対に赦さない」
「はい…胆に銘じておきますわ」
な、何かすごい迫力だな。あのチイコがあんなにしゅんとするなんて。
って、何か烈兄貴すごいこと言わなかったか?あれじゃまるで、兄弟じゃなくて…?
「豪」
「え?」
すぱーんっ!次の瞬間それは見事な平手打ちが俺の顔面に決まっていた。
「何すんだよっ!」
「うるさい!ったく、いつも知らない人についていっちゃいけないって言ってるだろ?バカかお前は!」
そうやって頭ごなしに叱りつけてくる烈兄貴は、いつもの、俺の知ってる烈兄貴で。
ちょっとだけほっとする。
「最初は知ってる奴だったんだって…」
「さ、帰るぞ豪!」
俺のささやかな反撃はさらっと無視された。烈火の如く怒ってる今は何言っても火に油、手出しは無用だな。
「あ、ちょっと待ってくれよ烈兄貴」
うーん、ちょっとチイコが心配なんだよな。だって殴られてから一言もしゃべらないんだぜ?
ひどい目にはあったけど何とか無事だったし、このまま放っとかれたんじゃ可哀相すぎるよな。
「まーあのなんだ、あんまり落ち込むなよ?」
「…ふ」
「ふ?」
見ればチイコは肩を震わせている。泣いてるのかと思ったら違った。
笑っているのだ。
「何で落ち込む必要がありますの?私、嬉しいんですのよ。誰に対しても冷静に対処してた烈様に手を出させたんですもの。弟のあなたにはわからないかもしれないけど…」
そりゃまあ小さい頃から殴られてるけど、それが嬉しいなんて思ったことねーぞ?マゾじゃあるまいし。
「ま…まあ無事ならいいんだ、じゃあなー」
何か身の危険を感じて、俺はその場から脱兎の如く逃げ出した。

見るも情けない顔で俺は先を歩いてた烈兄貴に追いついた。
あー怖かった。何だったんだ、あれ。
「ばっかだなあ。これでお前、卒業まで付きまとわれるぞ」
「はァ!?」
うっそだろーっ、何でそーなるんだよ!あんなのに付きまとわれたら俺の高校生活はお先まっくらだぜ?
「何で!?」
「何でって、恋のライバルだから、かな」
「誰の!?」
「誰のって、チイコちゃんの、だろ?」
「ちっ、ちげーよ、そっちじゃなくて…」
そこまで言って俺は言葉につまった。それはつまり、烈兄貴が、その…。
「豪」
いきなりネクタイをぐいっと引っ張られ、思わず前屈みになる。そして。

その時、ふたりの視線は一瞬だけ、ぶつかった。

「れっ、烈兄貴!?」
「…ファースト、なんだからな。大事にしろよ」
照れたようにそっぽを向くその体を、俺は後ろから思いっきり抱きしめた。
「…そっちこそ、だぜ」
恋のライバル、か。上等じゃねーか。
やってやる、相手が誰だろーがかまいやしねえ、矢でも鉄砲でも持ってこいってんだ!
烈兄貴は誰にも渡さねーからな!


◇こう、普段きっちり襟を正している人が着崩してるのはいいなあと。てかこの烈兄貴、独占欲ばりばりですな。
                                     

SCANDALOUS BLUE

2005-05-02 | 他ジャンル小説
『遥か昔、この風輪町の片隅にある風守神社で…』

“二度と会わない”をくりかえせば 裏切る吐息が絵になる
暴かれた恋に身を震わす 秘密が蒼い傷をつけて


「もう、来るな。豪」
キッパリと言い渡した烈の胸元にのぞくのは、血を分けた弟がつけた所有のしるし。
そのほのかな赤は、桜の花びらにも似て。
「本当に嫌なら追い返せばいいだろ?」
その言に責める響きはあらねど。
海のとも空のともつかぬ青い色の瞳が、烈のわずかな心の揺れを見破ってしまう。
必死に隠している本当の願いを、いとも簡単に。
「もう、来るな」
それだけを言い渡し、くるりと背を向けようとするつれない想い人。
そのなんたる愛しさよ。
豪は自分の想いを彼の人に告げるべく、その手を伸ばす。
「来るさ」
そのまなざしは烈をとらえて逃がさない。一生かけて貫き通すと誓ったその想いの如く…決して揺らがない。
「会いたかったらここに来る」
「俺は、会わない」
拒絶の言葉に、豪は強引にその体を引き寄せると、唇を重ねた。

Fallin’Night じれるほど聞き分けのない唇 
Fallin’Down 罪を抱いて堕ちてゆく


「はなせ…っ、豪!」
激しい拒絶に、力をゆるめてもその肩を抱く手は離さない。
「この手をどけろって言ってんだ」
烈の瞳が輝きを増す。ほのかな赤から、烈しく燃えあがるような真紅へと。
わかってるけど。
高校に入ってから格段に背が伸びた弟の腕は自分より長いことも。そして自分より力が強いことも。
だけど抗わずにはいられない。
なぜならこれは禁忌の恋。かなってはいけない願い。
「ったく…こういう兄貴見てると、ばーちゃんの昔話思い出すぜ」
『それは白い衣と緋色の袴を纏ったまだ少女のような巫女』
「風守神社の巫女の話か?」
『彼女は、純潔をまもるべき聖なる存在でありながら、里の男にからだをひらいた』
「言っとくけどな、お前があの巫女に俺を重ねてるんなら無駄だぞ。俺がお前にほいほい抱かれるわけな…」
「違う!!」
まるで空気を切り裂くように発せられた言葉。
激情のままにぐっと寄せられた真剣な顔は、烈の記憶のどこを探ってもなくて。
「そうじゃねえよ…俺が言いたいのはその後だ」
『…純潔を守り通せなかった巫女はそのちからを失い』
「何だよ」
『里人は禁を破って巫女と契った男を元との戦の場に追いたてた』
「俺、ホントは怖いんだ」
『それを知った少女はその命を神に捧げ、大風をおこし戦をとめた』
「烈兄貴がどっか遠くへ行っちゃう気がして」

愛だからいけない 行き止まるAffection
それでもいい はぐれても もう君なしであるけない


「何でかな、この頃よく思いだすんだ。小さい頃はふーんとしか思わなかったのにさ」
肩に置かれた手がかすかに震えている。
笑顔とは裏腹に、豪の口からは苦し気な声がもれた。
「俺は、烈兄貴が好きだ。今だって抱きたいと思ってる…だけど」
それでいい。どこからか満足気な声がする。それは自分の内なる声。
「あきらめろ、豪。どんなに想ってもかなえられないことってのが世の中にはあるんだ」
これは禁忌の恋。成就してはならぬ想いなのだから。
「だから、この手を、離し…」
なのにどうして、求めてしまうのか。
その瞳を。その唇を。その胸を。
…その愛しき存在を。

Fallin’Nigit こらえても 燃え尽きたい気持ちが
Fallin’Down 拒む腕を叛かせる


つっぱっていた腕の力が抜けていく。
いきなり支えを失った豪は勢いあまって烈にもたれかかった。
「れ…烈兄貴?」
その表情は、前髪に隠されて見えない。
「…手に」
「え?」
口をついて出たのはぶっきらぼうな呟き。
それは烈の、自分が素直になりたい時の、小さい頃からのクセ。
「…勝手にしろ。その代わり、俺はお前に何かあっても絶対助けてなんかやらないけどな」
まっすぐに見つめてくるその蒼い瞳に魅せられたから。
たとえ、古の巫女のように、想いを遂げた後に死が待つとしても。
それでもいい…きっと後悔なんてしない。
豪はふわりと微笑むと、そっとその耳元にささやいた。
「いいの?烈兄貴、それって、最高の告白だぜ?」
「お前『ばかな子ほど可愛い』って言葉知ってるか?」
ひとりがひとりの手を取り。ひとりがひとりの体を引き寄せる。
ふたりの影が静かに重なる。
どちらかともなく紡がれた、誓いの言葉は。
「…愛してるよ」

追いかけて探して 瞬間の Halation
あやまちで終われない 夜を重ねる ‘Cause It’s Scandalous’



◇この頃から巫女とか大好きだったんだな、とか。TOSでは禁忌の関係に悩むって話はあまり書かなかった気がしますが、この話ロイクラとかクラロイでもいけるかもと思いました。
ちなみにイメージソングは「SCANDALOUS BLUE/access」

のこされたもの

2005-05-02 | 他ジャンル小説
久々に会った友人は、かつての彼とは違っていた。

かっちりと着こなしたスーツ、どこか憂いを帯びた瞳、そしてなにより…。
「僕の本は燃えたんだ…」
ボクノホンハモエタンダ。
その言葉の意味するもの。
息が出来ない。言葉が出ない。
咄嗟に清麿は保健室にいるガッシュのことを思った。
「昼休み、屋上で待っててくれないか?」
そんなかなしい話、あの子供にだけは聞かれたくない。
アポロは頷くと、静かにその場を離れていった。

「清麿!」
手をあげ自分を呼ぶアポロは給水塔の上にいた。さすがにここには人はいない。
アポロはものめずらしそうに辺りを見渡していたが、清麿の視線に振り返ると、困ったように笑った。
「もっとはやく来たかったんだが、なかなか時間が取れなくてね。どこで見張ってたんだか、ロップスがいなくなった途端連れ戻されてしまって…」
清麿はどこか空虚なアポロの言葉をただ黙って聞いていた。
自分に置き換えてみれば、今のアポロがどんな気持ちかなんてわかりすぎるほどわかる。
もし、ガッシュが消えてしまったら…?
そう考えるだけで、身震いがする。体が、心が凍る。
もう一度、あの孤独の中に戻れと言われたなら。
自分はまたあの部屋で膝を抱え、泣きながら過ごすのだろうか。
「アポロ…」
清麿はアポロに手を伸ばそうとした。
けれど、自分に何が出来るのだろう?
自分にはガッシュがいて。暖かい時間はまだ続いていて。
それを奪われてしまったアポロを慰めるなんて、おこがましいことではないか?
一体、どうすればいいのだろう。こんな時、知識は役に立たず、むしろ邪魔になるだけで。
何も知らぬ子供だったら、心のままの行動が相手を癒すこともあるだろうに。
ガッシュが自分にしてくれたように。
「清麿」
「え?」
ふわり。
一瞬、視界が金色になる。と、左肩にかすかな重みを感じた。
息遣いを感じるほど近くに他人を感じることで、清麿の心臓が早鐘を打つ。
伏せられたアポロの顔は見えない。
「ああやっぱりちょうど良いね」
なにが、とは聞かなかった。その声が微かに震えていたからなのか、それはわからないけれど。
「すまない清麿、もう少しだけこのままで…」
きっとアポロは今まで人に頼ることなんてなくて。
そして自分は頼られることもなく時を過ごしてきた。
友人が泣いていても、慰めの言葉ひとつかけてやれない。
両拳をきつく握り締めたまま、清麿は立っていた。
ただ立っていることしか出来なかった。

「ふっ…くっ」
それからどれくらいの時間が経ったのか。
アポロの耳に届いたのは、押し殺した泣き声。
驚いて顔をあげると、清麿が泣いていた。ただ前を見つめて、涙を流していた。
「どうしたんだい、清麿」
アポロが聞いても、ただ首を振るだけで、何も答えない。
「泣いてちゃわからないよ?」
「ごめ…」
必死に紡ぎ出すのは謝罪の言葉。
なぜ清麿が謝るのだろう?本を燃やしたのはガッシュではないのに。
「俺…ずるい…どこかでホッとしてる…。『ガッシュじゃなくて良かった』って思ってる…」
ああ、この子は罪悪感を持ってしまっているのだな。
それは当然のことなのに。
別れが先なのに越したことはない。
清麿はガッシュを「やさしい王様」にするためにだけじゃなく、なにより離れたくないから戦っている。
子供故のまっすぐさ。
それが、清麿の強さ。
無益な戦いはしないと言いながら逃げていた、ずるい大人の自分とは違う。
「清麿は優しいね」
それは心からそう思った言葉だったのだけれど。
びくり、と雷に打たれたように清麿の体が震える。そのままずるずると座り込んでしまった。
「違う…優しくなんっ…て、ない。不安だから泣いてるだけ…で、なん…で俺、自分のことばっかり…」
それを優しいっていうんだけどね。
本当に自分のことしか考えていない人間なら、罪悪感なぞ持たず、カンタンにかわいそうだから慰めてやろうとするだろう。
でも清麿は。
目を逸らさず、自分に置き換えて考えてくれた。泣くほど不安になりながら、それでも。
清麿を追ってしゃがみこみながら、ロップスと話す時もこうしてたな…と懐かしく思う。
ふとしたことで浮かび上がる、痛みを伴う思い出。それでも。
「ロップスは消えてしまったけれど、残してくれたものもあるんだよ」
弾かれたように顔をあげる清麿に、アポロは微笑んだ。
自分は幸せだったから。
だから、君が怖がることはない。
君は僕に未来の君を見たのかもしれないけれど。
過去には決して戻らない。得たものは消えない。なぜなら。
「君だよ、清麿」
今度こそ、守るから。
「僕にとって君は、初めてのトモダチだったから」
少しでも長く、君が笑っていられるように。
アポロはただそれだけを願う。
「ありがとう…」
清麿が、笑う。
黒曜石の瞳はいまだ涙で潤んでいたけれど。
そこに常の強い光を見出して。
「どういたしまして」
真っ赤になって怒る清麿を想像しながら、アポロはその瞼に唇を寄せた。


◇大切なものを失った誰かに寄り添うのは、とても勇気のいることだと思います。
清麿はその勇気を持った、素敵な子だと思うのですよ。ツンデレですけど(笑)

特効薬

2005-05-02 | 他ジャンル小説
病気の時は心細い。
戦いの後の怪我からくる発熱にはもう慣れたが、静かな部屋にひとり寝ているのはやはり寂しい。
そんな清麿の心を感じ取ったのか、遊びに行っていたガッシュも今日はいつもよりはやく帰ってきた。
あるひとつの疑問を抱いて…。

「清麿、『ぜつめつにひんしている』とはどういうことなのだ?」
「…は?」
反応が遅れたのは、病み上がりのせいだけではないようだ。
この子供の質問には、時々主語が欠落している。
清麿が学校に行っている間にも色々な経験を積んでいるらしいが、そこはまだまだ子供ということか。
目をキラキラさせて自分に回答を求めるガッシュを、無下に出来るわけもなく。
いまだふらつく体を叱咤し、清麿は身を起こした。
「絶滅に瀕しているっていうのは、そのままではその種が存続していけないってことだ」
ガッシュを見れば、むずかしい顔をしてうなっている。
う、少し言葉がかたかったか?
「…すまぬが、私にもわかる言葉で教えてくれ」
「うーん、なくなってしまうってことかな、カンタンにいうと」
「そ、それは困るのだ!」
「うわぁ!」
必死の形相で飛びついてくるガッシュを受け止めきれずに、ベットに倒れこむ。
見ればその瞳には涙まで浮かんでいて、どうやら事は深刻らしい。
ためいきをひとつついて、清麿は体の力を抜いた。
こういう時のガッシュは、下手に刺激するととんでもないことをやらかすからな。
せっかく下がった熱をまた上げられるのだけはごめんだ。
「なんでお前が困るんだよ」
少し時間を置き、落ち着いた頃を見計らって優しい声をかけてやる。
すると、ガッシュは離れるどころかしがみついてきて、清麿は困惑してしまった。
「あの者は『清麿が絶滅に瀕している』と言ったのだ!このままではいかんのだ!清麿、どうすれば清麿は絶滅しないのだ!」
はい?
一瞬頭が真っ白になった。
絶滅って俺がか?それって死ぬって事だろうか。確かにいつ死んでもおかしくない生活を送ってはいるが…。
というか、今自分をギリギリと締め上げているガッシュをとめないと、戦う前に鬼籍の人だ。
渾身の力をこめて跳ね返そうとするが、ビクともしない。
「わかった、わかったから落ち着け!」
「ウヌ…すまぬ」
最後の手段とばかりに耳元で怒鳴ると、ようやくガッシュは引き下がった。
まったくなんだっていうんだ?
ああ、なんだかまた熱が上がってきた気がする…。
「いいか、俺の質問にだけ答えるんだ。お前が話すとこんがらがって話がよくわからなくなるからな。絶滅っていうのは『その種が』だって話はしたな。例えばライオンとかトキとかそういうものなんだ。そして俺は人類という種に属してる。俺が絶滅に瀕してるなら、人間全体がそうなってるってことだぞ。そいつは他に何か言ってなかったか?」
ガッシュはしばらく考え込んでいたが、パッと明るい顔になり、とんでもないことを言い出した。
「おおそうだ!思い出したぞ、確か『やまとなでしこ』とか言っておった!」
ぷちっ。
自分の中で何かが切れる音がした。
「清麿は『やまとなでしこ』で、絶滅寸前で貴重だから守ってやらねば、と…き、清麿どうしたのだ?なんだか顔が怖いのだ…」
気がつけば、ガッシュがガタガタと震えている。
いや、俺はお前に怒ってるわけじゃないんだ。
ただ、そんなバカなことを吹き込むアイツに熱いザケルを叩き込まなきゃ気がすまないだけで。
「ガッシュ…それは誰から聞いたんだ?」
「すまぬ、名前は覚えてないのだ。ただその者の髪は金色だったぞ、私とおそろいなのだ!」

よし、犯人確定。

不敵に微笑みながらベットに倒れこむ清麿を、ガッシュは不思議そうな顔で見つめていた。


◇清麿ってやまとなでしこだよね、と思って書いた話。病気の時も心休まらないとは哀れな…(笑)

AGAIN

2005-05-02 | 他ジャンル小説
起きたら、まだ薄暗かった。
おかしいなー。日曜はもっと寝坊するはずだったのに。
「…?」
もそもそ。おなかの辺りで動くあたたかいものがある。普段ならここにもぐりこんでくる奴なんて決まってるから叩き出せば済むことなんだけど…。
「おはよ。どーみても猫だよね、お前」
「みゃう♪」
すやすやと丸まって寝ていた小さな、けど、なまいきそーな仔猫が元気に跳ね起きる。
んーっと伸びをすると、悠々と毛繕いまで始めてしまった。
こんな時、豪ならパニくって駆け込んで来るんだろうな。
動揺はしてると思う。けど、深呼吸するくらいの落ち着きは残ってるんだよね。
さて、何か昨日変わったことでもした?特に思い当たることもない。
酔っ払って持ち帰って来たとか?小学生が飲酒&朝帰りするわけないよね。
アイ○の進化したもの?21世紀っていってもそこまで科学は進歩してないよ!
「うーん?」
とりあえずソニックのメンテでもして気を落ち着かせよう…えっと…。
「えーっ!?」
な、ない!うっそだろ、確かここにしまっておいたのに…。
慌てて部屋の隅から隅まで探したけど、ソニックは見つからなかった。
「盗まれるわけ…ないよなあ」
「にゃーん?」
気がつくと、仔猫はベットから降りて足元に纏わりついていた。どうやら遊んでもらいたいらしい。
「はいはい、ちょっとどいて…」
待てよ?
居るはずのない仔猫が発生(?)してソニックが消えたということは…。
仔猫=ソニック!?
はは、まっさかぁ。土屋研究所で色々実験体になってるから疲れてんのかな。
けど、口は勝手にこう呼びかけていた。
「ソニック?」
「にゃん!」
瞳を輝かせて飛びついてくる仔猫。
「なんだかなあ…」
ここまで非現実的だともう頭を抱えるしかない。

騒ぎはそれだけじゃ終わらなかった。
文字通り部屋に転がり込んで来た豪が連れていたのは、大きな人懐っこそうな犬だった。
「烈兄貴起きろ、大変なんだって!!え…そ…それ、ソニック?」
「…ああ。お前の連れてるソレ…マグナムだろ?」
じゃれてくるので頭を撫でてやると、嬉しそうに尻尾を振っている。
「どーしちまったんだ一体?」
「わかるわけないだろそんなの…」
問題はウチはペット禁止ってことだ。
父さんはともかく母さんに知られたら大変なことになる。
「…よし、豪。お前はここでマグナムとソニックを押さえてろ。俺が食料調達してくるから」
「どっちにしろここにいたらヤベーんじゃねーの?まだふたりとも寝てるみてーだし、俺がこいつら連れ出すよ。んで、公園でおちあおーぜ?」
へえ…こいつもたまにはいいこと言うんだな。確かにびくびくしながら隠れてるより、置き手紙をして逃げた方が精神衛生上いいってもんだ。
「よし。じゃ、頼んだぞ、豪」
「まかせとけって!」
俺は残りのご飯で手早くおにぎりを握った。卵焼きとかも欲しかったけど、そしたら母さん達が起きてきちゃう。ま、足りなかったらコンビニで何か買うさ。

「あー腹へった」
「お前、30分前にもそう言ったじゃないか!」
「育ち盛りなんだもーん♪」
「俺だってそうだよ!言っとくけどもう軍資金は尽きたからな!後は自分の小遣いで買え!」
俺達は河原にあるグラウンドにやって来ていた。
ここは広いし、日当たりも良い。
マグナムを遊ばせるのにも、ソニックが日向ぼっこをするにももってこいの場所だ。
「ちぇーっ。わかったよ、マグナーム!」
「おん!」
主人の呼びかけにマグナムがちぎれんばかりに尻尾を振る。
「そーら、とってこい!」
どこで拾ったのか豪は競技で使うようなディスクを手にすると、前方に思いっきり投げた。風に乗りどこまでも伸びていく飛距離。
と、マグナムがタイミングを合わせてジャンプする。その口にはしっかりとディスクがくわえられていた。
「おっしゃーっ!えらいぞマグナム!ってどこ行くんだーっ?」
「やっぱカッ飛びストレートなんだな」
そのまま駆けていこうとする辺り、マシンのマグナムの性格そのままでなんか笑ってしまう。
「っせーなぁ。そっちはどうなんだよ」
「ご覧の通り」
ソニックは原っぱで取って来た猫じゃらしに夢中だ。ジャンプ、噛み付き、引っ掻きと、見事なやんちゃぶりである。
そのうちマグナムとソニックが互いに興味を持ち、遊び始めたので、俺達は芝生で休むことにした。

「あーっ、疲れたーっ」
草の中に大の字に倒れ込む豪。それでもその横顔は本当に楽しそうだ。
「そうだな…そういえば外でこんなに遊んだのなんて久し振りだ」
火照った肌に、河原を吹き抜ける風は気持ち良くて。
そのまま眠ってしまいたくなる。
でも。
「なあ、豪、どうしてソニックとマグナムはこんな姿になったのかな」
これだけはハッキリさせなくちゃいけない。
「わかんねー…って言いたいトコだけど、心当たりはあるんだよな、俺」
キュッと握り込まれた手。噛み締められた唇。
「あの時俺、すっごくすっごく悔しかった」

学校帰りに、豪が見つけたその犬は見るからに人懐っこく尻尾をちぎれんばかりに振っていた。
ためしに給食のパンを与えてみると、これがまたおいしそうに食べるのだ。
けれど星馬家には犬猫を飼う余裕などなく。
しばし思案した後、豪はこの犬の飼い主を探すことにした。
首輪も引き綱もなかったけど、そんなものなくったってぴったり後についてきてた。
それが嬉しくて、意気揚々、歩いていた時…。
保健所の職員がやってきた。
おとなしいから、噛み付かないから、という豪の必死の懇願はものの見事に無視された。
バタン、と無情にドアが締まり。
その犬は連れていかれた。
豪は泣いた。
泣いて道路を叩き、自分の迂闊さを呪った。ご飯の時間になっても帰ってこない豪を烈が心配して迎
えに来るまで、ずっとそこにうずくまっていた…。

「俺は…そうだな、哀しかった。俺にもっと力があったらあんなところでひとりぼっちで死ぬことなんてなかったはずだから」

その猫を見つけたのは本当に偶然だった。
河原を散歩していたら後をついてきていた仔猫。
けれど星馬家には犬猫を飼う余裕などなく。
しばし思案した後、烈はこの仔猫を家からさほど離れていない茂みでナイショで飼う事にした。
朝のランニングと称して餌をやり、遊んでやり…せめて独り立ち出来るまで面倒をみてやろうと思っていた。
ある日、いつもの場所に行ってみると、仔猫はこときれていた。
口から流れる、一筋の血。
なにか毒になるものを食べたのか、イタチにでもやられたのか。
その原因はわからなかったけど、ひとつだけ確かなことは。
仔猫はこの寒空の下、たったひとりで死んだのだ。
烈は泣いた。
泣いて土を掘り、墓を作って仔猫を埋めた。登校時間になっても帰って来ない烈を心配して豪が迎えに来るまで、ずっとそこに立ち尽くしていた…。

「「あん時の烈兄貴/豪ったらかわいそうで見てらんなかったよなー」」

思いがけずハモった言葉にどちらともなく笑い出す。
そして真剣な顔で、今は動物の姿となってしまっているソニックとマグナムを見つめた。
「似てる…んだよな」
「そっくりだぜ!俺、何回も夢に見たもん」
命よりも大事なマシンが彼らに変わっていた時も、驚いたり、困ったりした。
けれど。
嬉しかったのも、本当なんだ。
それはあの時、泣きながら祈ったことだったから。
あいつにもう一度、会わせて下さい。そしたら。
今度こそひとりになんてしないから。

だからみんなで、家に帰ろう。

「しっかしソニックが猫ってのはハマリ過ぎだよなー。この生意気そーな顔!さすが烈兄貴にトルネードかましただけのことはあるぜ!」
「ふん、マグナムの犬ほどじゃないね。まーっすぐ走ってたかと思うと途端にコースアウトだ。ご飯も余ったみそ汁とご飯の猫まんまでいいなんて、メンテが楽でいいなー」
「こいつ『モンプチ』しか食べないもんなー。さすがソニックっていうか…」
当の本人(?)達は御主人様の会話はそっちのけで仲良く遊んでいる。
昼間に加えてさらに1時間も遊べばさすがに眠くなったのか、仔猫ソニックが小さくあくびをする。
犬マグナムがその体を抱き込むように横になると、安心しきったように眠りについた。
「へへー♪」
「なんだよ、気持ち悪いなぁ」
「なーんか俺達の未来ってあんななのかなーって思ってさ♪」
「バーカ…んなわけないだろ」
兄貴が、弟より小さくて幼くてそれに…まもられてるなんて。
それはあまり嬉しくない未来予想図だ。
「ほら!いつまでもバカ言ってないで寝るぞ!」
「へいへい…よっこらしょっと」
「何で人のベットにもぐり込んできてんだお前…」
「えーっ、だってマグナムのこと心配だしさー」
「だからって…」
「あんなぐっすり寝てんだ、起こすのかわいそーじゃん」
「そりゃそうだけど…」
「それに…な。なんとなくわかるんだ、俺」
きっと今日が、あいつらといられる最後の夜だろうからさ。
そう耳元に囁くと、豪はばふっと布団をかぶった。
「おやすみ!」
風に運ばれて頬に降って来た涙は、やっぱり塩辛くて。
それは自分の涙と混じって、枕を濡らした。
別れはいつでもつらいけど。
けれど泣いてるのはひとりじゃないから。つないでる手があたたかいから。
きっと乗り越えられる。
うん、俺も。
俺もお前がいてくれて良かったよ、豪。

さよなら、『  』…

烈と豪が泣き疲れて、眠ってしまった後に。
むっくりと起き上がったマグナムとソニックはその涙を互いの舌で舐め取った。
どうしてももう一度、会いに来たかった。
初めて、自分のために泣いてくれた人だから。
「…本当は違う名前で呼んで欲しかったんだけどね」
「照れくさかったんじゃない?」
一番大事に思っている人の名前を、ふたりはつけてくれたから。
「それじゃ、またね。烈」
「ありがと、豪」
最後に笑って天を仰ぎ、魂を運ぶ風に乗る。
天に昇っていく彼らをマシンに戻ったマグナムとソニックが優しく見守っていた。

   俺の大事な人の名前を、お前にあげる。
   大丈夫、きっと幸せになれるよ…。


◇小学生といえば、犬猫拾い!ということで書いたお話。何だかしんみりしたものになりましたが、結構気に入ってます。ちなみに烈と豪の経験したことは両方実話。