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デラシネ魂

ジャンルよろずな二次小説サイトです。
ネタバレ満載、ご注意を。

その手に高く、灯火をかかげ

2006-10-01 | 他ジャンル小説
◇最終回ネタバレしまくりなので、観てない方は閲覧にはご注意を!


そのあたたかい手があれば。
例え光差さぬ暗闇の中でも、歩いていけるから。

私は決して忘れない。
あの時、密かに背に回された息子の手が震えていたことを。

『みんな…ありがとう…!元気でな…!』

荒廃したXゾーンには確かに翔の力が必要だ。
けれど、本当にこれで良かったのだろうか。
翔は送還の光の消えた後も、じっとその場に立ち尽くしていたが。
ぐい、と涙を拭うと、こちらを振り返り、笑顔で自分の手を取り、駆け出した。

『さ、行こうぜ!父さん』

本当は、わかっているのだ。
この子がここに残ったのは、私をまもるためだということを。
操られていたとはいえ、ふたつの世界を崩壊寸前まで追い詰めた罪は重い。
投獄もされず、無罪放免で復興に携わることが出来ることなど、稀有なことなのだ。
大神官の口添えだけでは苦しかったことだろう。
しかし、この世を救った英雄がその力をXゾーンのために使う、と言ったとしたら。

『…父さん?』

すまない、そうと知りながらまだお前と共にいられることに喜びを感じてしまう私を許して欲しい。
そう、言葉には出来ないけれど。

『いいんだ、俺が決めたことなんだから…父さんはなにも気にしなくて、いい』

ふわりと微笑むその顔は、記憶にないもの。
きずついても、傷ついても、それでもこの子は『父親』を取り戻すことを諦めなかった。
だから今、私はここにいる。ここに、いられる。

迷いながらも、ここに残ることを選んでくれた翔のために。
私には何が、出来るだろう?

そしてそれからしばらくの時が経ち。
翔がXゾーンの復興に色々な街を飛び回る中、私はインペリアルXの研究に勤しんでいた。
一刻もはやくエネルギーの流れを安定させ、翔を元の世界に返してやりたい。
それだけが今の私のすべてだった。
「父さん、これ…」
私の焦りを知ってか知らずか、復興の手伝いの合間を縫って顔を出す翔は、今にも閉じそうな瞼を擦りながら資料を差し出してくる。
自分も世界を駆け回って疲れているだろうに、いくら先に寝ろと言ってもきかない。
まったく、そういうところは幼い頃から変わらないな。
「少し休んでいなさい。後は結果待ちだ」
「んー、そうする…」
それでも素直に頷くあたりに成長がうかがえるというものだ。
仮眠用に備え付けられたソファに横になるのを見届けて、私は計器に視線を戻した。
程なくしてきこえてきた健やかな寝息に、自然と笑みが浮かぶ。

まだだ、まだ足りない。
今までかなしませた分も、自分はもっと頑張らなければ。

「大分、煮詰まっとるようじゃの」
その時。
目の覚めるようなしろが目の前をよぎった。
「…大神官!」
呪いの力でふくろうに変えられた親友は、ずっと翔と共にあったという。
ならば、自分が敵になった時のあの子のことも知っているのだろうか。
「翔を元の世界に返してやりたい気持ちもわかるが…お前さんが倒れては元も子もないと思うがのー」
「…聞きたい、ことがある」
ちらり、と翔の様子を伺えば、やはり疲れていたのかぐっすりと眠っているようだった。
「ん?なんじゃ?」
「翔は…」
言いかけたものの、しかし怖くて、私はその後の言葉がつげなかった。
あれだけその心を傷つけてしまったのだ、恨み言のひとつやふたつ覚悟していたのに。
翔は、私の息子は、あまりに綺麗に笑うから、不安になる。
言いたいことを飲み込んでしまっているのではないかと。
無理を、させてしまっているのではないかと。
「ふむ…」
黙り込んでしまった私の気持ちを察したのだろうか。
白い梟は、厳かに語り出した。
「翔の寝相はの、最初は最悪じゃった」
「は…?」
「こう、大の字に寝そべっての。周りの雑魚寝している連中をなぎ倒して眠るんじゃ」
そんなことは知っている。
幼い時から、そして今も、このこどもが実に気持ちよさそうに眠るということは。
誰よりも、よく。

「それが」

口を開きかけた私を制するように、相手の声が途端に鋭くなった。
どこか責めるような響きを帯びていたのは、気のせいではないだろう。
「お前さんが敵になってからは、きちんと行儀良く眠るようになった…こう、体を丸めての、寝返りもうたずに眠るんじゃよ。隣で眠ってるあゆむに泣き声を聞かれたくなかったんじゃろうて」
そうして泣き声を殺して、戦いたくないという心を押し殺して。
翔は、ふたつの世界を救い、そしてずっとずっと会いたかった父親を取り戻した。
「翔…」
離れたくない、と言っていた。
もう二度と会えないのは嫌だと。
それが翔の本心なら。
「今は、どうじゃろうな?」
ばさりと白い翼をひろげ、飛び去る親友を私は呆然と見つめていた。
それは確かめろ、ということか。

「ん…」

情けないほどに震える足を叱咤して、やっとのことで辿り着いたソファでは。
大の字になり、今にもずり落ちそうにも関わらず、なんとも気持ち良さそうに眠っていた。
「ありがとう…」
ゆるされていたのだ。
一番ゆるして欲しかった存在に、自分は。
「とう…さん…」
気配を感じたのか、空を彷徨った手をそっと握ると、いまだ夢の中の息子はふにゃと笑った。
それはちいさくて、それはあたたかくて。
泣きたいほどに、自分を幸せにしてくれる、手。

もう二度と、離したくない。

そのあたたかい手があれば。
例え光差さぬ暗闇の中でも、歩いていけるから。


◇どこを見てもパパしょだった最終回を観ての走り書き。
元に戻った猛に抱きつくのはまあわかりますが、その後のみんなを元の世界に送るシーンでの密着度はただごとじゃないと思う。互いの背中に手をあて…というかほとんど抱き合ってますし(笑)!というかお母さんが立派な方でTOSのアンナさんを思い出しました。そう考えると猛と翔ってクラトスとロイドの関係に似てないこともないかも。「父さんはまだ向こうの世界にいるけど、みんな心配してるだろうから戻ってやれってさ」ってパパ偉そう!(笑)しかしこの翔の表情はかざるの目にはのろけてる風にしか見えないです…いやほんとに。
しかし某方も日記で書いてらっしゃいますが、本当に残るとは思いませんでしたよ。しつこいようですがTOSのクラトスとロイドもこういう選択をしてくれればよかっ(以下略・ご存知でない方にはなにがなんだかなネタ振りでごめんなさい)
ところで翔ってXゾーンにいる間にどれくらい年取ったんだろう…謎。

ぱちぱち(拍手)はこちらになります。書く原動力となりますので、気に入った方はよろしければぽちっと押してやって下さい。→翔がXゾーンに残ったのはパパと離れたくなかったからに一票!
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今は見えない、未来の果てに(壱)

2006-09-29 | 他ジャンル小説
◇これは明日最終回を迎える韋駄天翔の捏造最終回もどきになる予定の話です。
そういうのが苦手な方はご注意を。
*途中まででもいいわ!という心の広い方向き。未完になる可能性大です*

それではどうぞ。


それは、静かに。
けれど確かに翔の自由を奪っていった。

『これで、いいんだ…これで…』

気づかなかった、気づけなかった。
あの笑顔は。
きっと知っていたに違いないのに。
プラチナエンブレムを装置にはめ、世界を再生するということがどんな意味を持つのか。
だから、翔はあの時、あんな顔を----。

「いってきまーす!」
「じゃ、行って来るな」
「すみませんみなさん、留守を頼みます」

フレイムカイザーで父・猛と走ること。
それは翔にとっておそらくはなによりも大切な約束。。
古代の怨念に執りつかれた父と幾度となく戦い、その体を、心を傷つけられても。
決して捨てられない、夢で、あったから。

だからこのXゾーンにいる間に、翔が猛とあゆむと3人だけで走りたいと申し出て来た時にはなんの疑問も抱かなかった。
やっと元に戻った父親とそして成長した弟と一緒にいたいというのは当然だと思ったから。
元の世界に戻っても、3人で走ることはいくらでも出来るけど、と翔がぽつりと呟いた言葉にも、そうだね、と軽く頷いた。

どうして。
どうしてそんなに無邪気に信じていられたんだろう。

ううん、どこかで僕はその可能性に気づいてた。
あれだけ傷ついた世界が、なんの代償もなしに再生するなんて。
そんなことありえないって思ったけど、無理やりその考えを打ち消した。

もし自分の仮説が、あたってしまったらと思うと怖くて。
言葉に出さなければ、また元の世界での生活がはじまるって信じて…いられたから。
信じて、いたかったから。

空を仰げば、綺麗な青がひろがる。
どんよりとたちこめていた黒雲は消え去り、そこにあるのは眩しい太陽。
投げかけられる、光は。悪夢が終わりを告げたことを示していた。

けれど僕たちにとってのそれは、まだ始まったばかりだったんだ。

今は見えない、未来の果てに(弐) に続きます。


◇というわけで韋駄天捏造最終回、本当に最初のみですが。明日までにどれだけ追加出来るかは永遠の謎。
多分また自分の見たいシーンだけの書きなぐり文になりそうなのですが、お付き合い頂けると幸いです。え、ええと出来れば分岐で牙舞、あゆむ、京一ルートにしたいな、とか…。

(2006.09.30追記)

続きが間に合いそうにないので、箇条書きで捏造最終回の設定を。
・プラチナエンブレムを装置にはめたことで、翔は再生した世界を維持する要となる。
・そのせいでエンブレムの力が強いXタワー周辺でしか元気でいられない体に。
・元の世界には戻れないんだけど、それを隠している。
・一度古代の怨念にとりつかれた猛はこのままXゾーンにいると装置の不安定化を招くので、元の世界に戻らなくてはならない。
・それを知ったあゆむは神官の血筋だから、と自分が残ろうとするが、装置は「プラチナエンブレムをはめ世界を再生した者」しか認めない。
・連れ出したくとも、翔を解放する手立てが見つからない以上、何も出来ない。
・そして別れの朝、神官のマントを身に纏い現れた翔と、それぞれの語らい。

・あゆむ→翔のひじ当てとか手袋
・牙舞→神官のマント
・京一→スパナ

な小道具を使って、分岐になるといいなあと画策しておりました…。

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想い出は、いまは遠く

2006-09-26 | 他ジャンル小説
『さあ、来い翔。お前は、私と走りたがっていたはずだろう?』

やさしくて、つよくて。でも時には、厳しくて。
俺は父さんが大好きだった。
生きてるって聞かされた時は、涙が出るくらい嬉しくて。

でも、今の父さんは。

『今の私に必要なのはプラチナエンブレムだけだ』

振り返りもしなかった。
かつての父はあんな時、立ち上がろうとする自分を見ていてくれたのに。
追いつくまで、やさしく笑って、待っていてくれたのに。

「父さん…!」
もう、涙なんて出し尽くしたはずなのに。
ぽたり、ぽたり、と地面に吸い込まれる雫を見たくなくて、翔は荒れ狂う空を仰いだ。
足や、肩の怪我はいつか治る。
フレイムカイザーも、きっと駆やユウキが直してくれるだろう。
では、このからっぽの心は?
「もう無理、だよ、走れないよ…」
無意識のうちに零れ落ちた言葉に、翔は愕然とした。
今、自分はなんと言った?
なにかに、だれかに縋ってしまいそうな手をぎゅっと握り締め、胸に抱く。
いけない、こんな弱い心では、立ち向かえない。
今の父さんは、世界を滅ぼそうとしている敵、なのだから----。

「おにいちゃん」
よく知る声に振り向けば、そこには意外な人物が静かに佇んでいた。
もう、とっくに眠っているものと思っていたのに。
「あゆむ…?」
「泣いてたの?おにいちゃん…」
「!」
しまった、野営の光もろくに届かぬこの場所だから、見えないと油断していた。
兄として弟に弱いところなんて、これ以上見せられないのに。

「…」

まっすぐに自分の目を見つめてくる、黒曜石の瞳。
そこにはかつて自分が持っていた、けれど手放してしまった光があって。
そう、それはなにかを一途に信じている時の。

「ライダーは手を冷やしちゃだめなんだよ?」

慌てて涙を拭おうとする兄の手を、小さな温かい手がやさしく制する。
次いで感じたあたたかさに、翔は空色の瞳を見開いた。
ああ、これはいつか見た光景。
今となっては思い出すのも辛いけれど、でも。
「な、なにしてんだよあゆむ!冷たいだろ?」
「おにいちゃん、僕が手が冷たいって泣いてたら、こうしてくれたよね?」
確かに、自分は。
服で小さな手を包んで、自分の肌に押し当てて、体温が移るまでそうしていた。
何故なら、それは。
「おとうさんも、よくこうしてくれたって…」
「…っ」

もう、限界だった。
こんなの、情けないってわかってるけど。

「ごめん…ごめん、な、あゆむ…」

ただひたすら謝りながら、翔はその小さな体に縋るように嗚咽をもらした。
どうして。
どうしてこんなことになっちゃったんだろうと、弱々しく呟きながら。

「ね、おにいちゃん…そのままでいいから、聞いて」
「…?」
「本当のおとうさんは、ちゃんとおにいちゃんの中にいるんだよ。だから、嫌いになろうとしなくたって、いいんだ…」
「あゆむ…」

僕だって、おとうさんと走りたいもん。
だからねおにいちゃん、おとうさんを取り戻すために、今は出来ることをしようよ。

そう言って笑う弟の顔は。
まるで自分の心を照らし、あたため、満たしてくれる太陽のようだ、と翔は思った。


◇「俺はあゆむにいつも話してた!父さんがどんなに立派なライダーだったか、どんなにすばらしいMTBの技術者だったか!」な翔の叫び(44話)から妄想。こういう想い出を語り継ぐというか自分がしてもらったことを弟にしてやるってのもいいかなと。いや、父さんが敵って展開は最初のOPからバレバレでしたが、あんなに父さん大好きっ子だったのに、それはないよなあと。こう、MTBに乗ってる父さんに涙目でしがみついたりとか、夜遅くまでセッティングに付き合ったりとか、小さい頃の翔って本当にかわいいのですよ…って今もですけど!(笑)

かざるの場合、何か書きたいなって思うと基本的に主人公総受けになる傾向があるのですけれど、韋駄天はどうだろう…あゆ翔とか?(ナンダッテー)いや牙舞翔とか京翔とかももちろん好きですが!なんというか血縁関係とかに弱いので…猛翔の無理やりとか読んでみたい気がします。だってあんな父さん父さん言ってるのに、無視出来るなんてある意味すごいよ!絶対あの後手を出してると思(以下略)

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それは手のひらから零れ落ちる、砂のように

2006-09-22 | 他ジャンル小説
◇これは韋駄天翔のお話です。
しかもホースケ=かつて王の怨念を封印した英雄というとんでも捏造設定な上、困ったことに死にネタっぽいので「そんな妄想にはついていけないわ!」という方はお手数ですが自力回避をお願い致します。いやほんとに。

すみません、それではどうぞ。


なんとなく、本当になんとなくだけど。
いつかはこうなるんじゃないかって、思ってたんだ。

怨念を封じ込めたのが、かつての英雄なら。
そいつはきっとその体が滅んでも、この世界が心配で心配で、どんなことをしても、例え魂だけになっても護ろうと、するんだろうなって。
だから。

「…ホースケ、お前なら知ってるんだろ?」
「…」

沈黙は了承。
俺達が出会ったのは偶然じゃなかった。
だってお前は、この瞬間のために、自分の後継者を育ててきたんだから。

「翔?」
「おにいちゃん!なに、言ってるの…?」

獅堂やあゆむだけじゃない、他のみんなもとても信じられないって目でこっちを見てる。
「お前はかつて王の怨念を封印した。自分の命をかけて」
でも、わかるんだ。
何より…フレイムカイザーが、その心が、そう言ってる。
「…そう、かつて俺は王を封印した…」
ひとりは哀しいと。寂しいと。
「この世界に平和が戻るなら、死んでもいいと思ってた。だが、あの時俺は願ってしまった」
ひとめでいい、その世界を見たいと。
一瞬でいい、この世界に、在りたいと。
「生きたいと願ってしまった結果がこれだ…封じ切れなかった王の怨念はお前の父に乗り移ったことは察知出来たが、その行方までは追えなかった。だから、俺は…」
どれだけこのこどもが父に焦がれているか、知っていたのに。
そのことが、彼の者の心をどれだけ傷つけるのか、わかっていたのに。

「知ってたよ」
「翔?」
「お前があの石碑を読んだ時から…なんとなくだけど、そうじゃないかって」

なんでもないことのように笑って、ホースケを肩にとまらせると。
翔はフレイムカイザーのペダルに左足をかけた。

「んじゃ、ちょっと行って来るから…後は頼むな」

止める間もあらばこそ。
まるで疾風のように走り去った韋駄天バイクの向かう、先は。

バイバイ

まるでそれは、光の爆発。
今にも空を覆い尽くそうとする黒を、不死鳥の浄化の炎が包み込み、そして。

絡み合う黒と赤は、古代の塔の中へと、消えた。


青年は今日も澄み渡った、青を仰ぐ。
かつて彼の兄が護り、そして今も護り続けている、このそらを。
「…来たよ、お兄ちゃん」
そっとその扉に触れれば、感じるのは、あの時抱き締めてもらった時の温もり。
『あゆむ!元気だったか?』
鮮明によみがえるのは、記憶の中の、兄の声。
いつだってその体で、心で、自分を護ってくれた、ひとの…。
「もう、僕、お兄ちゃんよりずっと大きくなっちゃったんだよ?」
『それがどうしたってんだよ。俺から見ればお前はまだまだこどもだっての』
わかってる。
これは自分の記憶が勝手に会話を作り出しているだけ。
だけど、もう少しだけ、そのやさしい夢に浸っていたかった。

それはてのひらから零れ落ちる、砂のように。
ひとつところに留めることが出来ないと、知っていたけれど。

『あゆむ…ごめんな?』

困った顔をして、そっと涙を拭ってくれた兄のその手の温もりを。
死ぬまで、忘れないでいようと、思った。


◇おかしいなあ、最初はホースケと翔のはーとうぉーみんぐすとーりぃだったはずなのに(ナンダッテー!)
これだけじゃわけわからないと思いますのでちょっと補完すると、翔は古代の塔に王の怨念を閉じ込めて、いわば開かずの門の役割を担ってるというか。で、ちょっとずつ浄化してって、いつかはその体というか心は解放されるのですが、そんなの悠長に待ってられるかぁ!というわけで韋駄天ライダー達は各自で翔を助ける方法を探してたり。この話のあゆむは17.8歳位ということでひとつ。…すみません、兄弟ネタって大好きなんで特に下克じ(以下略)

某サイト様で素敵な京翔話を拝見したので、便乗して微力ながら翔受け布教しようかと思ったのですが、はてさて。勘違いでなければ、かざるの勝手な呟きがあのお話を書く原動力となったとか、それを読んで「グッジョブ自分!」と思いましたです。小学校で違う学年の教室に行くのは勇気いったなぁ…と懐かしくなりました。もう遠い遠い昔のことですが(笑)ライダーとしてではなく、ただの小学生なふたりに、あのやり取りにいやほんとに萌えさせて頂きました。さらに牙舞まで翔争奪戦に参入とは、いや本当にごちそうさまです…!こちらこそ萌えをありがとうございましたv
そしてチーム韋駄天の話は萌えと燃えがバランス良くブレンド(?)された、たまらない回ですよね!うーん、また観たくなりましたです。

ぱちぱち(拍手)はこちらになります。更新の励みとなりますので、よろしければぽちっと押してやって下さい。→「おにいちゃん!」「あゆむ!元気だったか?」の山登兄弟のハグはたまらんです…なでなで…
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受け継がれるもの

2006-09-20 | 他ジャンル小説
その人の背中はとても大きく見えて。
その人の瞳は、とてもつよく見えて。

けれど、それだけじゃないって、今初めて知った。

握り締めた拳は、震えていて。
くしゃり、と歪んだ笑顔は、見ているこちらが辛くなるほどで。

「先輩…」

傷ついた彼の人のためにも、笑い、進んでみせると。
涙が零れ落ちないように、必死で上を見るその姿は、まるで迷子のこどものよう。

きっと、とても大切な人。
子供達に、未来を、その心を託して、師は逝った。
そしてその最期の時に一緒にいられなかったことは、この人に大きな傷跡を残し。
でも。

「進む、です。きっと待っててくれるです」

そしたら、いっぱいいっぱい甘えるです。
言えば、目の前の人はぱちくり、とその瞳を瞬いて、首を横に振るけれど。

あの人は、きっと。
こどもだからじゃなくて、先輩が先輩だから、甘えさせてくれるですよ?

「ありがとう」

はにかむように微笑んだ先輩の顔は、きっと今まで見てきた中でも一番好きな笑顔でした。

その人の背中はとても大きく見えて。
その人の瞳は、とてもつよく見えて。

でも、それだけじゃないって、今初めて知った。


◇DANDOH!!ネクストジェネレーション4巻から。知らない方には(知ってる方にも)何が何だかな話ですみませんです。
というかこのDANDOH!!という漫画は、素で年の差カップル(もしくは主人公ダンドーのオヤジキラー戦歴)のお話だと思ってましたがアニメはそれに輪をかけてすばらしい描写でしたことよ…。久々に見て感心してしまいましたです。

ネクストジェネレーションの受け継ぐ、というテーマが好きです。
自分が娘に渡せるものなど、大したものではないのですが、両親の、姉の、そして今まで自分に関わって来たすべての人の、やさしさとかあたたかさとか、そういうものを少しでも渡せたらな、と思うのです。

消してましたが、ひっそりと再UPしてみました。

RELIEVE

2005-05-02 | 他ジャンル小説
Fire away 心解き放つ 研ぎ澄ました瞳で
全ての謎を解き明かす 胸騒ぎの未来を今


「は…?」
烈は呆然と目の前の人物を見つめていた。
今日は日曜日、場所は陽光ふりそそぐレストラン。ここに入ったのは、ほんの10分前。
そして、テイクアウトで持ってきた食べ物で、テーブルは一杯だった。そのはずだ。
なのに。
何も…ない?
「あれ?兄貴のオーダーってそれだけ?」
「食欲ないんだよ」
そうそっけなく返事を返し、アイスティだけのトレイを静かに置く。
ちぇっという顔をした豪を無視して、ストローに口をつけた。少しだけ苦い。
「腹減った~。烈兄貴何か頼んでよ、チキンカレーとか♪」
「…お前のその財布はお飾りか?自分で頼め」
「ああ、たった今お飾りになった!ただいま残金33円!」
「…アホ」
こいつに関わるとサンザンな目に遭うな…とふと考えたダジャレに自己嫌悪を覚えつつ 烈は立ち上がった。
「あれ?」
「何ぼけっとしてんだ!何がいいんだ?チキンカレーか?」
「いいの?」
「もう一回しか言わないけどな?何が、いいんだ?言ってみろ?あん?」
途端に目を輝かす豪に烈は冷たい視線を向けながら、ドスのきいた声を出した。
クラスの女子が見たら、イメージぶち壊しだろーなー、などと平和なことを思いつつ豪はパッと手を差し出す。
「あー…だったらさ、財布俺に預けてくれたら、自分で好きなもの…」
「俺が、そんな、危険なコト、すると、思うか?」
その笑顔と、ひそかに握り締められた拳は『ふざけんなこのヤロー』と雄弁に語っていた。
「チ、チキンカレーお願いします…」
やっとのことで、それだけを口にした豪を取り残して、烈は悠然とレジに向かうのだった。

何をしたいか判らずに ただ寂しくて苦しくて
その場その場で馴れ合った 自己嫌悪だけ繰り返し


「いっただっきまーす♪」
はむはむはむ、ごっくん。うめーっ!
擬音で示せそうなほど、明快な喜びを表してみせる豪に烈ははーっと溜息をついた。
「お前ってほんとうまそうに食うよな…」
食糧危機になってもこいつならきっと生きていけるだろう。
周りが無意識に手を差し伸べたくなる何かをこいつは確実に持ってる。
「んあ?んあって…」
ちょうどチキンにかぶりついたところだった豪が、間抜けな声をあげる。
「とりあえず、それ食い終わってから話せ…」
『なんだよー、だったら声かけんなよなー』と言いたげな視線を無視して、烈は再びアイスティを口に含んだ。
「食い終わったぜ、烈兄貴。で、何だって?」
ご飯粒ひとつ残さないその見事な食べっぷりに、しばし烈は呆然としていたが。
気を取り直すように、こほんとひとつ、咳払いをした。
「どうして、そんなにうまそうに食うのかってことだよ」
「は?そんなの決ってんじゃん。うまいからだっての」
そんなに心底不思議そうな顔をされても、困ってしまうのだが。
「例えばさ、お前の嫌いなものが入ってた、とか、味がイマイチ、とかあるだろ?
そんなもん食べた時でも、そう思うのか?」
「…兄貴、それって食べ物のことじゃねーだろ」
いつのまにか豪の視線が鋭いものになっている。
ったくいつもはぼけぼけしてるくせに、なんでこういう時だけ鋭いんだか…。
「さあ?」
とりあえず、わざとらしくとぼけてみせる。
すると豪は、眉間にしわをよせたかと思うと、そのままテーブルに突っ伏してしまった。
「おーい?ごーお?」
「烈兄貴は言わないからなー。俺なんかうるさいくらいに当たり散らしてんのに」
違うよ、豪。『言わない』んじゃなくて『言えない』んだ。
今まで、言葉を飲み込み過ぎたから。もう、感情さえ、忘れてしまったのかもしれない。
「あのな烈兄貴。兄貴ってすぐ表情に出っから、とぼけても無駄だぜ?」
いつのまにか、豪の顔がすぐそばにある。何もかも見透かされてしまう気がして、烈はふいと視線を逸らした。
「…まあそれはそれとして。質問に答えてないぞ。何で、お前はそうやって…」
誰の心の中にも、すんなりと入っていけるんだ。
「何度聞かれても答えはおんなじ!『うまいから』ただそんだけなんだぜ?確かに食ってみたら『?』ってのもあるけどよ、まーそれはそれだよ!」
「それはそれだよって、お前…」
あーもう、昔から言葉が足りないのは昔っから変ってないな、コイツは。
「だからさ、その時は美味くなくても、次はうまいかもしれないじゃん!店が違ったり、腹がもっと空いてたりとかさ!大事なのはあれだよ、一回で懲りないってことだな、うん!」
そう言って、豪は、笑った。

だけど愛も この笑顔も 君が教えてくれたね
孤独じゃない 無力じゃない この手で出来ること


「…豪」
「ん?あれ、どうしたの烈兄貴、そんな目エうるうるさせちゃってさ?いーぜいーぜ、感動したんなら隠さなくったってさー」
ニシシ、と笑いながら顔を近づけてくる豪に、烈は手痛い一撃をお見舞いしてやった。
「っ痛ー、何すんだよ、烈兄貴!」
涙目で食ってかかる豪に澄まして答える。
「デコピンよりキクだろ?むずかしいんだぞ、これ?コツは相手の額に指を垂直に当てて思いっきり突くことなんだってさ」
「…んなこと聞いてねーよ」
どうしてなんだろう。
どうして、こんなことだけで、心が軽くなる?
「悪かったって。おわびに何でもおごってやるからさ、500円以内で。ってもうさすがにおなかいっぱいだよな、いくらお前でも…」
「何で?」
え?
「あー腹減った!慣れないこと語ってたらエネルギー使っちまったよ!何やってんだよ烈兄貴!さっさとオーダーしに行こーぜ!」
と、思ったら。いつのまにかレジの前でぶんぶん手を振っている豪に烈は頭を抱えた。
「あーもう、おとなしくしてろ!ったくもう!」
いつもの自分からは考えられないような、大声を出してしまった。
くすくす。周りから笑い声。
けれど、不思議。ひとりの時に感じてた孤立してるカンジはしない。
まるで、やわらかい風が頬をなでていったよう。くすぐったいけど、嬉しい気持ち。
あいつはあいつなりに、気を遣ってくれてんのかな?
烈はゆっくり歩き出した。
今度は、豪と一緒にごはんを食べよう。大丈夫、きっとおいしいって思えるから。

Fire away 現実は止まらない だけどつかみかけてる
この瞬間を変えてゆく 胸騒ぎの未来を今



◇お店であまりオーダーとかスマートにこなせないので、あの急かすような店員さんの視線とか、早くしろよって後ろから来るプレッシャーが苦手なのです。烈兄貴は言いたいこと飲み込みすぎて、胃潰瘍になりそうだよな、と思って書いた話、だったような…?ちなみにイメージソングは「JUSTICE~Future Mistery~/高山美瑠 with TWO-MIX」

YOU ARE THE ONE

2005-05-02 | 他ジャンル小説
俺と烈は似ている、と思う。
『何を考えているのか、わからない』
良く言われる言葉だ、と言ったら烈は自分もだ、と笑っていた。
兄、という立場からだろうか。俺達は感情のままに動くということがあまりない。
どこか自分を作っているところがあって、それが他人には壁のように感じるのだろう。
あいつは笑顔で俺は無表情。その違いこそあれ、俺達はふたりとも。
どこかで、何かを、あきらめている。

明日もし君がいなくて ひとりきりもし走るのなら
明日もし信じることが 何もかも見えなくなったら


きっかけは、道端で着物で着飾った子供を見かけたことだったと思う。
「あ、七五三だ。懐かしいだろ、豪?」
「俺をいくつだと思ってんだよ烈兄貴!ま、それはともかくとしてやっぱ楽しみは千歳飴だよな、あれはうまかったーっ!」
「豪くんは単純でいいでゲス。わてなんか記念撮影で大変な目にあったんでゲスよ。パパが全然帰ってこなくて結局真夜中に叩き起こされたんでゲスからねえ…」
俺はちらり、とJと二郎丸に目をやった。
「…」
思った通り、ふたりとも話題に入れないようだ。
烈と豪には両親がちゃんとそろっているし、藤吉にだって不在がちとはいえ父親がいる。
それにひきかえ俺たちにはそういった存在がいない。仕方のないことだ。
「あ…」
烈がその空気を察したのか、ふっと黙った。しかし豪の方はかまわずしゃべり続けている。
リーダーとしてチームメイトの感情に敏感なのは結構なことだが、烈の場合、他人に感情移入し過ぎて自分を追い込んでしまうことが多いように思う。
その小さな背中がため息をついたような気がして、俺は思わずその頭を撫でてしまった。
「…何?リョウくん?」
「いや、何でもない」
烈は一瞬きょとん、とした顔で振り返ると、すぐにクスクス笑い出した。
「…何だ?烈?」
「ううん何でもない♪」
『ありがと、リョウくん。気を遣ってくれたんでしょ?』くりっと見上げる瞳がそう言ってる気がした。
ま、気配りがうまい奴は他人のにも敏感ってことか。
俺は何事もなかったかのように、前に視線を移した。すると二郎丸が不思議そうな顔でなにごとか藤吉と豪に聞いているのが目に入った。
「千歳飴ってなんダスかー?」
「特別なおやつみたいなもんでゲスよ」
「『おやつ』…ダスか?」
そしてあまりに無邪気な声がその場にこだました。
「えーっお前、ひょっとしておやつ食ったことないの?」
一瞬の沈黙。そして俺の視界に飛び込んできたのは。
「…っ、お前なんかにそんなこと言われたくないだす!」
「豪!」
怒りでみるみるうちに真っ赤に染まっていく二郎丸の顔と。烈が思わず振り上げた手。
「リョウくん?」
俺はその細い腕をなんなく捕まえると、その耳にささやいた。
「やめろ、烈…コドモの言ったことだ」
かくん、と振りあげた手から力が抜けた。
そして俺は有無を言わせずみんなに解散を命じたのだった。それぞれの気持ちは収まりのつかないものだったろうが、明日は休みだ。一日置けば、頭も冷える。
そう、それが、何の解決にはならないとわかっていても。俺にはそうすることしか出来なかった。

強くこらえる気持ちが 落ち着く空間を引き寄せてくれるさ
静かに夜も静かに夜も 静かに夜も明ける


「リョウくーん!良かったあ、やっぱりここだったあ!」
それは次の朝、いつもの練習コースでのことだった。マシンのエンジン音をかき消すような大声が響き渡ったのは。
「どうした?何かあったのか?」
「うん、あのね…」
烈は持ってきたかばんの中から何かをごそごそと取り出した。
エプロンと、牛乳。それと…『フルーチェ』。何だこれは?食いもんなのか?
「フルーチェ?」
「おやつ、作ろう。これならレンジとか要らないから」
「…昨日のことを気にしてるのか?」
そう言うと、烈はちょっと困った顔をした。
「…実はね、これ、朝起きたら冷蔵庫の中に隠してあったんだ。こんなことするの、豪しかいないし」
「だから、代わりにお前が来たのか?」
その時の俺は無表情だったが、声が不機嫌だった、我ながら。
自分が起こしたコトを兄貴に収めてもらうなんざ、男としては情けないんじゃないか?豪。
それを察したのか、烈は慌てて頭を振った。
「あ、違うんだリョウくん。豪は自分で持ってこようとしたと思うんだけどね…」
【お前が行くとまた騒ぎになるから】と置き手紙を残して、そっと家を出てきたのだという。
「何でまたそんな役を買って出たんだ?」
「…悔しかったから、かな」
「?」
「昨日、豪が二郎丸くんにおやつのこと言った時にさ、僕すっごく怒ってた。だけどそれってきっとリョウくん達のこと可哀相だって思ってたからなんだ」
それは俺も感じてた。だから、止めた。自分達は可哀相じゃないんだと、そう証明したくて。
だけど、出来たのはそこまでで。
「それだけじゃ何の解決にもならないのに、それで終わらせようとしてたんだ」
目の前にいる烈は、辛そうにそれでも自分が感じたことを言葉にしているのに。
「だけど、豪は違った」
あの後、家に帰った烈は豪を厳しく問い詰めた。何であんなことを言ったのか?謝れなかったのか?
それに対する豪の答えが、これ。
『謝ったらそれで全部チャラになんのかよ?俺は間違ったことは言ってないぜ、悔しかったらおやつを作って食ってみればいーじゃん。そりゃレンジとか使えないだろうけど、考えればきっと出来るはずなんだぜ?あいつらなりのおやつってやつがさ。烈兄貴、俺は謝らないぜ。謝ったらあいつらを可哀相って言うだけで何にもしない奴らと同じになっちまう…それだけは、嫌なんだ、俺』
それに対する、烈のコメントがこれか。この兄弟らしいな。
「…ほんっとにいつのまにかこんな生意気な口きくようになったんだかってカンジだったよ」
まったく、あの単純を絵に描いたような豪がこんなことを考えていたとは驚きだ。
それも、自分が目を逸らし続けていたことをズバリと突かれるとは。
「そういうわけなんだ。だからまず謝っておくよ…昨日はゴメン」
俺は黙ってうなずいた。烈はその時本当に嬉しそうに笑った。
「じゃ、すっきりしたところで、はじめよーか、コレ?」

何年も君を見てきた どれほどの奇跡を見てきた
ときにはめちゃくちゃだったりで 投げ出したけど結局憎めない存在


「烈…」
「えーっ?何か言ったリョウくん?」
「その…コレを作るにはエプロンは要らないんじゃないか?」
「まー気分の問題だからねー。良く似合ってるよ?それ」
俺の言いたいことはわかるだろうに、烈は空とぼけた返答しか返さない。
ぴよぴよひよこがプリントされたエプロンが似合ってると言われても…まったく嬉しくないんだが?
「ほーら、手が止まってるよ?手早くかき回さないと、すぐ固まっちゃうんだから~」
はいはい。わかったわかった。
このフルーチェはすこぶる簡単に出来る。まず原液をボールにいれて、牛乳200CCをいれる。で、かきまぜれば出来上がりだ。
「うん、上出来♪」
烈は嬉しそうに笑うと、どこから持ってきたのかきれいなガラスの器に盛りつけ始めた。
「はい、出来上がり」
さて、二郎丸は、と…。
「ほら、さっさと歩くダスよ。これだから町っ子はだらしないダス~」
「なっに~!お前が人のこと木から蹴り落したからだろーが!」
「反応が鈍いのが悪いんダス~」
賑やかな声がしてきたと思ったら、当の本人がやって来た。しかも後ろに豪を従えている。
どうやら気になって様子を見に来たところを捕獲されたといったところだろう。
「あっ、真面目野郎も来てたダスか?何か今日は賑やかダスな~」
「よ、よう偶然だなあ」
…おいおいそれじゃバレバレだぞ、豪。
俺達ふたりの冷たい視線を避けながら、豪がどっかと座り込む。
「あー腹減っちまったな、何かねーのかよ?リョウ」
大根もここまで来ると大したもんだ。俺はさもしかたがないといったカンジで力作を差し出した。
「『おやつ』で良ければあるぞ、豪」
「おーっ、俺これ大好物なんだよなあ」
「良かったなあ、豪」
あっはっは。はい、ここで3人大笑い!…・って恥ずかしくなる位の芝居だな。
「…恥ずかしくないダスか、みんな?」
…は?
みんなの視線が一斉に集中する。当の二郎丸はおかしくてしかたがない、といったカンジだ。
まさかこいつ、気付いてるのか?
「オラの情報網を甘く見ちゃいけないダスよ。ジュンから聞いたんダス。何でもどーしても買いたいもんがあるから500円貸したって言ってたダス~」
「ジュンの奴、あれだけナイショって言っといたのに…」
「だけど、嬉しかったダスよ。その…豪」
「へ?」
豪はもともとでっかい目をいっぱいに見開いて固まっている。
二郎丸はいたずらっぽく舌をペロッと出すと、みんなに大号令をかけた。
「さ、食べるダス!」
さて弟ふたり組はといえば。俺があんなに苦労したフルーチェを、あっという間にたいらげたあげく。
「兄ちゃ~ん…」
「烈兄貴い…」
得意のおねだり攻撃をそろってかまし、仲良く俺達の分までかっさらっていった。
兄貴がうだうだ悩んでる間に、弟は弟同志なんだかんだ言いながらも、ちゃんと前に進んでいる。
「終わり良ければ…かな?リョウくん」
「まあ、な」

ときには満たされず 叫んだこともあったね
でも結局夢を追いかけている


俺と烈は似ている、と思ってた。
けれど、烈は俺にはない強さを示してみせた。
俺も、そうなりたい。歩みなんて遅くてかまないから。
いつか、きっとな。


◇烈兄貴とリョウくんの違いって何だろう、と書いたお話…だったような…。烈は自分の中にある差別意識に気づいて、それときちんと向き合える、強い子だと思います。ちなみにイメージソングは「You Are The One/Globe」
  

FRIENDS

2005-05-02 | 他ジャンル小説
朝の雨も夜の長い闇も もう何も怖がらないで

豪が倒れた。
というと大変な事のようだが、原因はいたってポピュラーな睡眠不足と診断されては心配を通り越して呆れるというものだ。
そして。やっぱりというか何というかその後始末を任されたのは、兄でもあり、チームのリーダーでもある烈だった。
「まったく…何やってんだよ、お前」
深く深く眠る豪に、その言葉は聞こえるはずはないけど。
烈としては何かしら声をかけてないと、恥ずかしくていたたまれないのだった。
その寝息が聞こえるくらい、くっついている身としては。
「やっぱりひざまくらの方がよかったかな」
と、後悔してももう遅い。
そもそも何でこんな態勢で寝ているかといえば、豪の寝息が静かだからだ。
日本で一緒に寝てた時は、いびきがうるさいくらいだったのに。
今は、本当に静かだ。
昔、ずっと昔、烈が先に眠ってしまうと決まって起こしていた豪。
『このまま目が覚めないんじゃないかって思った』
涙をためた瞳で告げたその理由に、あの時は苦笑していたものだけど。
今は、少しだけ、その気持ちがわかる。
多分、自分は不安なのだ。
そうじゃなかったら、いくら人気のない木陰でとはいえ、豪に腕まくらなんてしない。
「はやく、起きろよ、豪…」
傍らにあるそれは確かに呼吸して、わずかだけど動いている。けれど。
腕をくすぐるかたい髪の毛も、首にかかる寝息も、すぐ近くにある唇も。
つくりものみたいで、何か嫌だ。
「お前、ちゃんと目、覚ますよな?」
答えはない。
沈黙が痛くて、すごく痛くて。
まるで溺れる者が藁をつかむように。
ふかくふかく、くちびるをあわせていた。

君がそばにいるとそれだけで僕は 誰より強くなれるんだ

「…あれ…?」
豪が目を覚ましたときに感じたのは、ちょっとした違和感だった。
人の体温を感じて目覚めるなんて、何年振りのことだろう。
それはとても懐かしいカンジだったけど。
「烈兄貴?」
すぐ隣で寝息をたてている、その存在が信じられなくて。
まだ小さい頃は自分だけのものだった、あったかい場所。
心がすっと軽くなる、不思議なにおい。
「そっか、俺…」
確かにこの頃自分は寝不足だった。
だけどその理由を誰に相談するわけでもなく、毎日練習に励んできたそのツケが一気にきたらしかった。状況から察するに。
「で、烈兄貴が残ったのか…相変わらず甘やかされてるな、俺」
豪はふっと自嘲気味の笑顔を浮かべた。
自分とはまるで違う柔らかな髪と。大きな、紅い瞳。
日本にいた頃はなんとなく異質な感じがしたものだが、ここアメリカでは不思議な位とけこんでいる。
それが羨ましくて、妬ましくて。
自分の子供っぽさが身に染みるのは、こんな時だ。
周りを傷つけて、自分を傷つけて。手に入るものなんて何もないのに。
「ったく、何やってんだか」
「ホントだよ」
ふと気がつくと、何時の間に目を覚ましたのか、烈がじっとこちらを見ていた。
「うわっ」
「何だよ、そんなに驚くことないだろ」
思わず飛びのいた豪だったが、烈がなかなか起き上がらない。
「手がしびれてんだ、気にするなって」
それはつまり自分の体重が長時間かかってたからだよな…と豪は思う。
「ごめん、烈兄貴」
「そんなことはいいから、とりあえずお前が悩んでることを残らず話せ。じゃないと、俺まで眠れないだろ?」
そうして、笑って手を差し伸べてくれる。
いつもいつも、抱えてるものが大きくてつぶされそうになっても、この存在がある限り、自分は無敵だった。そしてこれからも。
「隠そうとしたってだめだ。お前にはこのしびれた腕の借りがあるんだからな」
いたずらっぽく笑う烈に豪はもう逆らえなかった。

昨日までの涙 今日からの笑顔 そのすべてを受け止めたい

英語が話せない。
なんのことはない、それが豪の悩みだった。
「実にお前らしい、悩みだよな」
烈はわざとらしくため息をついた。
出来ないなら、出来るようになるように努力すればいいものを。
みんなと違うということ。それがマイナスにはたらくこと。
豪は今までそういう経験がない。まったく幸せなことに。
WGPは世界各国の子供たちが1年間かけて参加するものだから、当然その国の言葉を話すことになる。
今回の開催地はアメリカ。世界の公用語と言われる英語を話す機会は格段に増えた。
生活するためにはそれが必要不可欠だったから。
「だってアイツら何言ってんだかわかんねーんだもん」
ふてくされたように言う豪の頭に烈はパカッと一発拳をいれた。
「あのなあ…去年はみんなそうだったんだぞ?みんな一生懸命日本語しゃべってくれたじゃないか。してもらって、こっちは何も返さないんじゃムシが良すぎるってもんじゃないのか、豪?」
「そりゃ、そーだけどさあ…」
しゅんとなる豪の頭を烈は今度はぽんぽん、と優しく叩いた。
「ま、これも何かの縁だからな。俺が英語教えてやるよ」
「烈兄貴があ~っ!?」
「何だよ、何か不満なのか?」
「いや、いーんだけどお手柔らかに頼むぜ…」
とか言う割には完全に腰が引けている。
確かにテスト前にはスパルタともいうべき教え方をしたものだが、そう怯えることもないだろうに。
「はいはい。んじゃ、まずはこれだけ覚えろ」
烈は豪の腕をぐいっと引っ張ると、その額に自分の額を重ねた。
「…『I belive you』」
耳慣れぬ言葉に、豪はぱちくり、と瞳を見開いている。

僕はこの空のように 君を強く守る翼になって
はるかな時間を飛び越え 今始まる未来 君にあげるよ


「さ、帰るぞ」
「烈兄貴、今のどういう意味?」
「…みんなに聞いてみるんだな、もちろん英語で♪」
「わーったよ!やればいーんだろーっ?」
その本当の意味を豪が知るのは、もっと先の話…。

風に向かい大地を踏みしめて 君といつまでも生きよう


◇烈兄貴は海外にいても違和感ないよね…と思って書いた話。もうちょっと、広い世界を知って、兄が離れていくかもしれないと知った豪の不安みたいなものも書きたかったです。ちなみにイメージソングは「FRIENDS/米倉千尋」

王女サマは苦労人

2005-05-02 | 他ジャンル小説
ACT1 「王女は何を怒ったか?」


むかしむかし、ミーシカという王国がありました。
そこにはこういった話にはお約束の王子様と王女様がおりました。
年の頃は12と13位でしょうか、子供というにはとうのたった、大人というにはおこがましい、微妙なお年頃というやつでございます。
まあ王族とはいってもミーシアは吹けば消し飛ぶような小国だったので、おふたりは庶民に負けず劣らずのつつましやかな、言いかえればビンボーな生活を送っておりました。
どっかの国の王妃様のように『パンがなければお菓子を食べればいいじゃない』などとゴーマンをかましたり、無茶などは決して言わな…。
「スイカが食べたい」
「は?」
王女は我が耳を疑いました。スイカというのは夏のものです。
そして、今は春。たっまーに来る行商人が持ってることもありますがとっても高いのです。とても手が出るものではありません。
「なんだ、聞こえなかったのか?烈」
「いいえ、兄上。ただあまりに唐突だったもので、思考がついていかなかっただけです」
聞かないフリをしたかったというのが本音でしたが、返事をしてしまった以上しょうがありません。
弱みを見せたこちらが悪いのです。
烈はしぶしぶながら兄である王子に視線を向けました。
艶やかな黒髪、涼し気な目許、その笑顔は初夏の空のようにさわやかで一点の曇りもありません。
しかし、だまされてはいけません。王子がこういった顔をする時は決まって何か悪だくみをしている時なのですから。
「シュミット様、烈様はかなり警戒しているようですよ」
象牙色の肌、銀髪の青年がそっと王子に耳打ちをしました。ビンボーでもお付きの人位はいるのです。
「今までこの人がやってきたことを考えれば当然だと思うけど?」
これまた烈の傍らに控える色黒の肌、金髪の少年が誰に言うともなく身もふたもない言葉を発します。
「エーリ」
「J」
烈とシュミットが諌めるようにそれぞれの従者の名を呼ぶと、ふたりはピタリと動きをとめました。
「無理ですよ、兄上。今の王室にそんな金はありません。男ならきっぱりあきらめて下さい」
烈はひとつため息をつくと、わくわくと返事を待つ兄に引導を渡しました。
先手必勝、出来ないことは出来ないと言っておかないと、どんな無理難題を押しつけられるかわかりません。
大体既に烈は無理に無理を重ねているのです。
「いいじゃないか、お前がその格好で可愛らしく首をかしげれば、商人だってイチコロだぞ?」
ぶちっ。血管が切れる音が辺りに響いた気がしました。
「好きでこんな格好してるんじゃないんだけど?」
その握り締められた拳がぷるぷると震えています。烈はすうっと息を大きく吸い込むと、大声で叫びました。
「大体男なのになんで俺がこんなカッコしなきゃいけないんだ!」
そうなのです。ミーシアでは跡取りの王子以外はすべて女として育てられるのでした。
ご都合主義もここまでくるといっそあっぱれです。
このふたりは異母兄弟でしたから、年は同じでした。では、どうやって跡取りを決めたかというと。
「まあ、そういうのは似合う方がやった方がいいだろうからな。2年前のドレス姿、あれは見事だった」
そう、2年前、あの10歳の誕生日。
余興ということで着せられたドレス姿の自分を見てみんなが感嘆のため息をもらした時に、烈の運命は決まってしまったのです。
王子も同じドレスを着ていましたが、純情可憐という点では烈にかなうはずもありません。
そりゃそうでしょう。まるで魔女のような凄絶な美貌の持ち主が、白いレースたっぷりの、ふわふわとした可愛らしい服を着ても、なんだかなあと思うでしょう?
そう、王子はわざと似合わないものを選んだのですから。
「満場一致でお前の『王女』は決まったじゃないか。はっはっは」
しれっと言う王子に烈の握りしめた拳がぷるぷると震えました。ここでこいつの顔を殴り飛ばしてやったらさぞかし気持ちいいでしょう!
「あの時はまんまとハメられましたよ。兄上はあの時から性格がひっじょーによろしかったですからね…」
けれど、人のいい烈に出来るのはせいぜいぼそっと恨み言をつぶやくことくらいでした。
嗚呼悲しいかな、中間管理職…いえ何でもございません。お気になさらず。
「いいか烈?王女っていうのはな、ひらひらのドレスを着て、笑顔で手を振る根っからのサービス精神の持ち主じゃないとつとまらないんだ。ましてや我が国はこう言っちゃなんだが、かなりのビンボーだ。ゆくゆくは金持ちの王国とつなぎを持たないと滅びてしまうかもしれない。その為には烈、お前の協力が必要なんだ」
はいはい、さよけ。人ひとり犠牲にしなければ存続出来ないような王国なんぞ滅びてしまえ。とまでは言いませんでしたが、烈は嫌いなものを無理に飲み込まされたような、複雑な表情を浮かべました。
「そんなこと言われても…」
「だからな、烈、スイカを手に入れてきてくれ」
王子の頭の構造は一体どうなっているのでしょう?
烈はすがりつくような瞳でエーリを見つめましたが、彼はただ悲し気に頭を振るだけで役に立ちそうにありません。頼れるのは自分だけなのです。いつものことですが。
烈は、物心ついてから、いえ正確にはシュミットを兄と認識してから爆発的に増大したためいきをつきました。
もはや多くは望みません。
スイカを探しに行くしかないのは避けられないことだとしても、せめてそこに必然性が欲しいものです。
何か…。
「えっ、スイカの苗?」
「ああ…それがないと俺達はここを追い出されるらしい」
その時、このシリアスな状況の中で、いきなりすっとんきょうな声があがりました。
見れば、Jの幼ななじみのリョウが窓から顔をのぞかせています。
12というにはガタイのいいこの少年は、その力と思わぬ繊細さ(但し自分の気にいったものにしか発揮されないのが玉にキズですが)を買われて、王家の庭師として働いていました。
リストラ、というには若すぎる年代です。その話のもっていきかたに烈は作為的なものを感じました。
「で、誰に言われたの、それ」
Jが何を今更、とツッコミを入れたくなるような問いを発しました。しかし口調は限りなく冷ややかで、とてもそんなことが出来る雰囲気ではあろません。
その目は自分の主人のみならず、幼なじみまで陥れようとする王子に向けられています。
「もういいよ、J」
烈は決心しました。所詮、この人には逆らえないのです。
この場合、烈の友人を使うのは戦略的に最も有効な方法です。自分が特に情もろいとは思いませんが、
やはり友人が追い出されるのをみすみす見過ごすのは嫌なもんですからね。
「わかりました。兄上、烈がスイカを取ってまいります」
何かを振り切るように、背筋を伸ばして言いきった烈をシュミットは満足そうに見つめていました。
しかしその時一瞬口元に浮かんだ笑みが何を意味するのか、誰にもわからぬままでした。


◇次は豪編のはずだったパラレル連載話(笑)
実は結構気に入ってました。

ディア マイン

2005-05-02 | 他ジャンル小説
それは、13歳の誕生日に豪から手渡された指輪。
まるで風をとじこめたかのような透明な輝きをはなつその石の持つ意味は、純真。
素直に受け取ってしまったのは、もしかして一生の不覚なのかもね。

緑の木々が、風に揺れてる。
開けっ放しの窓から見える、真っ青な空。
しかし今を溯る5日前に弟と交わした会話はその爽やかさをブチ壊すものだった。

『烈兄貴ー、俺達8/20から長野に合宿なんだ、それも5日間も!』
『って、その時お前夏休みの宿題追い込み時期だろーっ?どーすんだよ、この夏休み初日から放っぽりぱなしの手付かずの宿題の山は!』
『悪い、やっといて!』
『やっといてってお前…
『あのさ、烈兄貴、この合宿でウチの剣道部、秋季大会のメンバーが決まるんだよ。だから後顧の憂いなしでさ、全力投球してーんだ』
『豪…』
『なっ♪』


「終わったー」
ばんっ。気がつくと俺は机の上に教科書とノートを勢い良く放り投げていた。
ばんざーい、と大きく伸びをする。普段ならこんなことは絶対しないのだけれど、宿題が終わった開放感を味わうためである、しかたない。
しかも今回は2倍以上の手間暇をかけているのだ。
「豪の奴、合宿があるんだったら最初っから終わらせとけーっ!てんだよな、ったく」
ぶつくさ文句を言いながらも、結局キチンと終わらせてしまっている自分が恨めしい。まあ、来年受験だし、基礎をしっかり固める為には1年の勉強をしておいてソンはないけど。
「なーんか腹立つよなー」
がたーん!
怒りのままに立ち上がれば、その勢いに耐え切れず、椅子がけたたましい音を立てて倒れた。
「うわっヤバ…って、あれ?」
周りを見渡せば、すでに誰も残っていなかった。それもそのはず、図書室の掛け時計の針はもう5時を差している。
夏の夕暮れ、誰もいない図書館にひとりきりというのは、さすがに少し心細い。
「遅いな…豪の奴…」
今日は、豪が合宿から帰って来る日だ。
午前中は練習をして、昼に旅館を出て、夕方位にこちらに着く。剣道の防具を置きに一回学校に寄るというから、ここで待ってれば自然と会えるわけだ。
とはいってもすでに日も落ちかけている。図書室の鍵を預かっている図書当番とはいえ、そろそろ退出しないと当直の先生に迷惑をかけてしまうだろう。
「何やってんだよ、豪…」
左の薬指にわずかにかかる重み。
風をとじこめたような、透明な輝きの石をはめこんだこの指輪は祖母の形見。そして豪が初めて自分の力だけで手に入れてくれた、バースディ・プレゼント。

   烈兄貴、ダイアモンドの意味って知ってるか?
   俺、それ聞いた時、絶対あげたいって思ったんだ。

『純真:気持ちにけがれがなくて嘘をついたり疑ったりしない様子』
意味を調べた時、自分にふさわしくない気がしてもうずっとしまい込んでいたのだけれど。
不思議と気持ちが落ち着くので、この頃はいつも身につけていた。
なんだか、豪に、抱かれてるみたいで。
どこまでもひろがるそらのいろ、なにものをもうけいれてくれるうみのいろ。
風はつかみどころがなくて自由なんて言われるけど。でもね。
それはいつでもあおいいろにやさしくつつまれているからこそ。
空も海もないところでは存在すら出来ないんだ。
だから、はやく帰って来て。

「豪ぉ…」

「あーっ、疲れたー。ったく渋滞のせいでヒデー目にあったなー」
この声?
かたん。武道場に続く扉の開く音がして、ざわざわ、人の話し声が流れ込んでくる。
「こらこら、遅くなったのはお前が『OBから一本取るまで絶対帰んねーっ』ってギリギリまで粘ったからだろーが、渋滞のせいにするんじゃない。ま、雨降ってくる前に着けて良かったよなー」
「げっ、先輩今日雨降るんすか?」
「豪、お前傘持ってないの?合宿のしおりに書いてあったろー?」
「ははっ、今回は自分で準備したんで…」
「は?」
「い、いや何でもないっす。俺、教室に置き傘ありますから、それ取って帰ります」
「そうか、んじゃ俺達は帰るからな。気をつけて帰れよ」
「お疲れ様でした!」
ヤバい、剣道部の連中が図書室の前を通る。もし見つかって『あれー、どうした星馬、弟のお迎えかー?』なんて言われた日にゃ、うまく誤魔化せる自信がない。ましてや指輪なんてしてたら…。
慌てて外した指輪をぎゅっと握り締めて、俺は貸し出しカウンターに身をひそめた。
…行ったか?
耳を澄ませて、辺りをうかがう。大丈夫、もう人の気配はない。
「はー…心臓に悪い…」
俺はぐったりと椅子にもたれかかった。
薄暗い教室の中、自分の心臓の音だけが聞こえる。
「ったく、何やってんだか…あ?」
パタパタ、軽快に響く、サンダルの音。豪が戻って来たんだ。
俺がここにいるなんて、気付くはずないよな。今日俺図書当番なんて言ってないし、図書室は電気つ
けてないし、とどめに俺は息ひそめてるし。

でもそれでも。

お願い。

気づいて。

…ピタ。
なんの前触れもなくとまった音に、心臓がとくん、と鳴る。
カラカラ…とドアが開いて。
現われたのは、ずっと会いたいと願ってたひと。
「烈兄貴?電気もつけないで何やってんだ?」
「図書委員のおつとめを、ちょっとな」
もう日も落ちて暗いはずなのに、輪郭だってボヤけてるだろうに、何でお前は迷いもせずに俺の名を呼ぶんだか。
「…今日、当番だったんだよ」
うつむきながら、スルリと指輪を胸ポケットにすべりこませる。ずっとしてたなんて知られたら、恥ずかしくってたまらない。
「ずいぶん、遅くまでなんだな?」
久し振りに会う豪は、たった5日間離れてただけなのに何だかずいぶんたくましくなってるカンジで。
悔しいけど、みとれてしまう。
そんな気持ちも、何もかもお見通しって顔で、ニッと笑うもんだから、こっちとしてはちょっとムッとせざるを得ない。
「お前の宿題やってたんだろーが!あ、あとお前のことだから傘持ってないだろーと思って待っててやったんだよ」
「置き傘あったのに」
「どーせ、梅雨ん時からロッカーに入れっぱなしなんだろ?もう錆びちゃってるよ、きっと」
豪がぎく、と顔を強張らせる。ん?と促しても、一向に傘を開こうとしないところをみると、図星だったらしい。
ふん、ざまあ見ろ。
「さ、帰ろ。鍵、早く返さないと…」
「烈兄貴」
「え?」
くん、と手を引かれ、思わずその胸に倒れ込む。
豪のにおいがする。この世で一番安心できる場所。
「何すんだよっ!」
だけど、そんなこと言えるはずもない。俺は努めて怒りの表情を浮かべ、無理やり豪を突き飛ばした。
なのに…。
「…何嬉しそうに笑ってんだよ、気持ち悪い」
「俺がいない間ずっと、指輪、してくれてたの?」
嬉しそうに微笑む豪に今度は俺がぎくっとする。
バレてる?
いや、そんなはずないよな。大体、ポケットにいれた指輪に気付く前に突き飛ばしたはずだぞ?
え、じゃあどうして。
「指輪してたのバレてるかって?」
え?
「ほーんと烈兄貴って顔に出るよなー。可愛いったらありゃしない♪」
ぎゅっと抱きしめられて、嬉しい…わけないだろ、離せって!
「何でだよ?」
「あれ、全然気付いてないの?んじゃほんとにずっとしてくれてたんだ?」
「~っ、だから一体何のことだよ!」
いたずらっぽく微笑んだ、青い瞳が近づいてくる。
肩を抱かれたままの俺にはその接近を避ける術はない…と、豪はひょいっと俺の左手を持ち上げると、薬指の付け根に軽いキスをおとした。
「やっ…豪!」
いつになく紳士的な豪の振る舞いに、心臓が高鳴る。
ようやく唇を離してくれた時には、顔から何から火照ってしまっていた。
「黙ってろって。今証拠見せてやっから…なっ?百聞は一見に如かずってね」
「あ…」
目の前に掲げられた手を見て納得、そこには一筋の白い日焼けの跡がくっきりと残っていた。
「だから、わかったんだよ。ま、もっともそんな跡なくてもバレバレだったけどな」
豪は迷うことなく左胸のポケットにその手を伸ばし、件の指輪を取り出した。
「変わってねーな。だいじなもんここにしまうクセ」
うー。何か悔しい。
「それと、知ってたか烈兄貴?この指輪ってさ、裏にサファイヤが埋め込まれてんだぜ」
「ほんとだ…綺麗だな」
それはまるで、青く輝く、豪の瞳。
ああ、だからか…離れてても一緒にいるみたいで気持ちが落ち着いたのは。
「だから、お守りとして持ってて欲しかったんだ…」
そして豪はその指輪を手のひらでやさしく包み込んだ。
「ありがとな、烈兄貴のコト、守ってくれて」
ダイアモンドの意味はけがれなき心。
「うん。ありがと、豪」
お前の想いが、俺を少しずつ変えていく。
「…好きだよ」
それって何だか心地よいね?
豪はびっくりした顔をしてたけど、やがてふわりと微笑んで。
「…俺も」
ちょっと照れながら、その指輪をはめてくれた。
どこにって?それはもちろん…。


それは、13歳の誕生日に豪から手渡された指輪。
まるで風をとじこめたかのような透明な輝きをはなつその石の持つ意味は、純真。
素直に受け取ってしまったのは、もしかして一生の不覚なのかもね?


◇この話の前にあたる豪が烈に指輪を渡す話は、もうデータが吹っ飛んでしまったのです…うう。自分でもあんまり覚えてない…どなたか保存している方は…いらっしゃらないだろうなあ…。ええと、これは指輪とか時計って夏してると日焼けのあとがつくよな、と思って書いた話です。こう…甘々が書きたかったのです、きっと。